第54話 終わりの幕引き
ルシフェレスが死に、『死者』、『魔女』、『吸血神祖』が大罪の国から去った。
そして、世界は紅く染まった。
大罪の国がかけた封印が解けたのだ。
しかし、5日は平穏が続く。
その中で大国は大罪の国へ再侵攻をかけることを決定する。
ほとんどの正規軍は前戦争で失っていたが、それでもまだ兵はいる。
兵隊がいなくなったら、農民を消費すればいいのだ。
そこには前戦争で散って行った兵の恨みや以前からの不信が根底にあった。
しかし、大罪の国にはまともな戦力は残っていない。
せめてもう1週間あれば戦力もわずかには回復したのだろうが。
抵抗する力のない大罪の国に残された選択肢は降伏することだけ。
だが、大罪の国は降伏しなかった。
攻めてくる軍隊を道連れに自爆したのだ。
“世界龍の鱗”から得られるエネルギーを全て凝縮し、暴走させる。
それは抽出した魔力を小規模に暴走させて放つ『死の福音』は違う。
防衛のための『龍麟結界』すら解いての一撃。
その究極の自爆兵器こそが『龍の逆鱗』。
発動したそれは大罪の国のすべてを焼き尽くし、再侵攻する軍隊までも焼き尽くした。
大罪の国が消えたことで紅い夜が明けるのを期待する全ての人々――。
その期待はあっけなく裏切られる。
当然だ。
紅い夜は大罪の国が起こしたことではないのだから。
冤罪をかぶせた国を倒したところで、救いが訪れるはずもない。
むしろ、救いをもたらす可能性を自らの手で消してしまったということになる。
大罪の国を滅ぼした国々は、2日後にその報いを受ける。
妖怪は兵隊がいればいくらでも対処できるほどに弱い。
けれど、その兵は大罪の国との戦いでほとんど全て失っていて。
生き残ることが出来た人は極僅かだった。
『勇者』の異名を授けられたアマテラスも頑張りはしたのだ。
だが、一つの村の人間――その2割ほどを助けることしかできなかった。
いくら強くても、細かい雑魚を相手に全てを食い止めるなど不可能。
そこで求められたのは最強の英雄などではなく、ただの1兵隊でしかなかった。
『死者』、『魔女』、『吸血神祖』はその惨劇を尻目に姿を現すことすらしなかった。
1ヶ月も持たずに状況は最悪へと転がり落ちる。
食糧不足だ。
耕す者のいなくなった畑は荒れ果てる。
管理する者のいなくなった倉庫の中身は害虫に食われ、または腐った。
日持ちのする食料は貴重だった。
探せば見つかるかも知れない。
けれど、探すには魔物や妖怪の跋扈する土地を横断しなければならない。
なら、同じ人間から奪うほうが手っ取り早かった。
さらに3ヶ月後には、もう――
動くものはほとんどいなくなった。
さらに3ヶ月後。
わずかな人々が飢えをしのぐために樹の根をかじるようになった頃。
天使が現れて残った人々を抹殺した。
これにはアマテラスも自分が生き残るので精いっぱいだった。
なぜか自分にだけは攻撃していなかったけれど、やっぱり天使の殺戮を止めることは出来なかった。
生き残った人間を抹殺し終えた天使は何処かに帰って行った。
「こんにちは、アマテラスといったかの?」
絶望し、何もする気力のなくなったアマテラスに声が掛けられる。
「あなたは……『魔女』?」
「そうじゃよ。ちいと用があっての」
「何をしていたんですか?」
「うん? 何をしていたか、ねえ。ルシフェを探しておったんじゃよ。ま、無駄になったがの」
からからと笑う。
その姿には想い人を殺された恨みなど無さそうで。
この期に及んでもアマテラスはほっとしてしまった。
「じゃ、何もしなかったということですね。……救えたのに」
「は。マレフィにルシフェ以外を救う気なんぞ無い。人間を助けるのは、全てルシフェのためじゃ。それを咎められる覚えなんぞない」
ほっとしたアマテラスは次に恨みを口にする。
自分が頑張って人々を救おうとしている間に何もしなかったのだ、こいつは――。
「何で来たんですか?」
「よい景色になったじゃろ? 無駄のない綺麗な景色に。けれど、主はルシフェが帰ってくるこの世界には邪魔じゃと思うての」
「僕を殺すんですか?」
「うむ。死ね」
「なにも救わなかったくせに。殺すことだけはするんですか?」
「その通り。殺すだけ殺して、誰も救えなんだ主と同じよ。それに、マレフィにとってはルシフェが全てじゃ。無駄話にも飽きた。『氷結・エターナルフォースブリザード』」
「斬!」
「な!? 魔法を切るじゃと――? どこにそんな力が……」
「人のいない景色を綺麗というなら、お前が死ね!」
「ぐ……。最大魔法を打った後、すぐには2発目は放てん」
「待て」
「え? ルシフェ!」
「……あなたがなぜここに? 死んだのでは」
「能力持ちは1度死んでからが本番だ。地獄に落ち、生き返ることこそ能力を支配する条件。現世に戻るのは手間だった。生きた肉体を失っているので地獄に引き戻されるのだよ。まあ、引き戻されたところで輪廻の輪には加わらんが」
「影の玉座に立ち大罪を思うがままに操り、ついには全てを支配しようとした。国家の全てを滅ぼすというのはそういうことだ。しかし、地獄に落とされた。支配することもできずに。国を保たせることすらできずに。神に叛逆を起こし、地獄に落とされた堕天使と同じよう。そんな愚かなルシフェレス・ファフニル・イラはもういない」
「そう、私は『終焉』ルシフェレス。ただのルシフェレスだ。もはや大罪の国のことなどどうでもいい。そんな感情は君に殺されたときに失った」
饒舌に語り終えたルシフェレスは一息つく。
そして、愛おしげにマレフィを見やる。
「ルシフェ。やっと会えた。ずっと一緒じゃよ」
マレフィが目に涙をためて抱きつく。
どれほど待ち望んでいたのだろう――?
その顔には満開の笑みが浮かんでいる。
まるで少女ながらに老人のような老獪な表情を見せていた彼女が、子供のような純粋な笑みを。
「君はそこで絶望していろ、アマテラス。――いや、『未来』。君の描くべきものは、もはやない」
マレフィを優しく抱きとめるルシフェレス。
しかし、口では絶望の宣告を下す。
「マレフィ。一緒に滅びを見ようか」
「うむ、うむ!」
愛おしげに想い人に口づける。
キスをもらったマレフィは嬉しげにこくりこくりと頷いている。
結局は好きな人にそばに居てもらえるのなら、他はどうでもよいのだろう。
「さあ、世界は新生の時を迎える。世界が壊されるは世の摂理。覆すことはできん。だが、我々は生き延びる。さあ、新しい世界へ行こう。『魔女』、いや――『創世』。我が『終焉』と対になる力。私たちで新しい世界を作るんだ。私が壊し、君が作る。いいね?」
「ずっと貴方と一緒に居れるんじゃろう? ならば、是非もなし。私は貴方と一緒にいたい。作ろう。マレフィと貴方の世界を」
世界は黒く染められる。
しかる後に白く染められるだろう。
そして、『創世』と『終焉』という対は二度と離れることはない。
長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ここまで読んでくださった貴方に感謝を。
どうぞ、感想に読了とだけでも書いていただけたら幸いです。




