第53話 疲弊という現実
「『アンティキティラの砲台』は!?」
「過剰負荷で使用不可なのでございます」
「修理のめどが立たねえくらいにぶっ壊れたって話だ」
「なら、『ネブラディスク』」
「残りは10足らずであります。ほとんど撃墜されてしまったのでございます」
「『アショカ・ピラー』」
「全て撃墜されたな。ないものは我とてどうしようもない」
「『コスタリカの石球』」
「落とされた1以外は11全て順調に稼働してる。ここまでの数に囲まれちゃあ、心もとないがな」
「『バールベックの巨石』」
「ついさっき轟沈された」
「『ガラスの街』」
「使用回数は使い切った」
「ぐぅ――」
「ラクスリア、いい加減にしろ。もはや状況は切迫している。こちらの兵器はほとんどが使えない。さらに兵力も3割を切った。たいしてあいつらは2割も減っちゃいねえ」
「その通りでございます。奴らはもともと数が多すぎたのでございます。初めからこちらの全兵数は彼らの1%にも及ばなかったのでございます。さすがに予想外でしたが、こうなっては仕方がありません。『死の福音』を使用するときなのでございます」
「駄目よ。それは最終兵器。それを使っても、戦争には勝てません。『龍麟結界』は未だ破られてはいない。勝てる時まで待ちます」
「ラクスリア、現実を見るのでございます。『龍麟結界』はいつ破られてもおかしくない状態なのでございます」
「奴らは攻城兵器を使用し始めたぞ。いくら我らが大罪の国が誇る大結界といえど、砕けないわけではない。なんにせよ、敵の数が多すぎる」
「……いいえ。まだ、持ちます。あんな奴らごときに破られるはずが――」
「破られたらどうする? 『死の福音』は結界がなければ使えんぞ。正確に言うなら、結界がない状態で使用したら王都まで滅ぶ」
「今、使えるうちに使ってしまう以外にありません。使った後に攻勢をかけるのでございます」
「……うぅ。けれど――」
「ラクスリア。使ってください。その後で私が命令を出します。総力を挙げて侵略者を撃滅しろ、と」
王が言う。
ラクスリアは従うほかない。
「はい。了解しました。『死の福音』を起動」
大罪の国を中心に紅い光が降り注ぐ。
そして、後には結界に守られた大罪の国と死体の山。
だが、その死体の山でさえ一部でしかない。
すぐに再侵攻をかけられる。
「みんな、武器を。最後の一人まで敵に抵抗しましょう」
「「「「「は!」」」」」
思い思いに手をとる。
女子供にすら武器を手に取らせての最後の反撃。
「その必要はないわ」
「「「っ!」」」
会議室に息をのむ音が響く。
王が口を開く。
「あなたは『死者』シシュフォス・エフィラ・サンテスですね。あなたがイラに手を貸していることは承知の上です。けれど、この状況はあなたにすらどうすることもできないでしょう?」
「それは違うわ。最悪の禁じ手があるもの。そう、ただ一人の人間が純然なる力によってすべてを支配する手が。あの人はそれを毛嫌いしていたわ。けれど、自分が死ぬならともかく、大罪の国が滅びそうになっているときに出し惜しみしていられないとも言っていた」
「そこまでの力があるのですか?」
「ええ。嫌になるほどの力が」
「なら、頼みます」
「承りました。『死霊秘法・邪竜召喚』。これらに任せておけば済みますわ。もっとも、その後でどうなるかはわかりませんが」
2体の竜は兵を虐殺し、この戦争を終わらせた。
その二体の竜は、虐殺を楽しんだ後に空に登った。
双方ともに傷跡が残る悲惨な戦争だった。
後に残るのは、疲弊した国力という現実だけ。
「終わったようだな。は。あの2体の竜、私でさえ倒せるかどうか。しかし、なぜこんなところに出た? 私は大罪の国に帰ったつもりだったのだが」
あたりを見渡す。
荒れ果てた森以外何もない空間を。
どうやら大罪の国からもそこそこ離れている場所のようだった。
今のルシフェレスでは帰るのに何時間かかるか。
土を踏む音。
ルシフェレスは音に気づき、人影は人に気づく。
「「む――?」」
人影は飛び退くように下がる。
見れば3人の付き人もいる。
冒険者仲間だろうか。
「あなたは――ルシフェレス!」
「そういう君はアマテラスか。君については期待外れというか、なんというか。まさか何もしないとはね――」
「なぜ戦争を起こしたりなどしたのです!? 僕に”光滅剣ライト・ノヴァ”をくれたあなたがそんな凶行をするなんて」
「そんなことは知らん。攻めてきたのは向こうだ」
「和平の道はあった。それをめちゃくちゃにしたのはお前たちじゃないか」
「誰が犬になってまで愚かな敵を守ろうとする? あれは和平交渉ではなく、宣戦布告でしかなかった。もっとも君の言う通りあの場で降伏していたらこの戦いはなかったがね」
「なぜ、そうしなかった?」
「本気で聞いているのか? ――いや、本気なのだろうな。なぜ自分たちが酷い目にあわないために、お前らを酷い目にあわさせてくれなかったと聞くとは正気を疑うが、一応答えてはおく。大罪の国を守るためだ」
「その結果、貴様らはどれだけの仲間を失った!?」
「兵士は27名、化け物部隊を仲間と言うなら125名ほどか。君らが虐殺してくれた住民のほうについては知らん。確か、報告ではシェルターに5000名はいたはずだが――生き残っているものはいないらしい」
「そんなに人が死んでいるじゃないか。お前の選択は間違いだった!」
「まさか。犠牲者の数なら考えるまでもなく、降伏したほうが多かった。大罪の国の人間すべてを生贄にされるよりは少なく済んだろう? 未来の可能性だからとて、流石に夢物語にも限界が有るぞ」
「そんなことにはならない。みんなで協力していれば犠牲なんか出なかった」
「おいおい。馬鹿か、貴様は。それを言うなら、そもそもが紅い夜の発生を防いでいればこんな状況にはならなかった。この戦争の直接の引き金はあれだよ」
「そ、そんな――。紅い夜は防げたのか? なら、なぜそうしなかった?」
「君は何を言っている? 防げたのなら、防ぐだろう。夢物語の話ではなかったのかな? それはすまない。机上の空論を議論したいのかと思ったよ。なんせ、君がみんなで協力とか言い出したものでね」
「協力はできたはずだ。夢物語なんかじゃない」
「相手のほうから拒絶してきたのに? 奴らに我々と協力しようとする気などなかった。ただ、支配しようとしただけだ。そんな奴らと協力など出来ない。こちらが消耗した瞬間に全てを奪おうとするのは目に見えている」
「交渉する余地はあったはずだ」
「ああ、それはあったよ。ただ、こちらは交渉が不得手でね。我々は言葉で縛られるより前に交渉を終わらせてしまった。そっちが絶対的な有利な条件で、我々が犠牲になって孤軍奮闘してやれなくて悪いね。こちらも国益というものがあるのだよ」
「お前らの国益のために多くの兵が死んでいったのか?」
「違う。貴様らの誇りのためだよ。文字通り、死んでも得体の知れない国と手を結びたくはなかったようだ。多少の損失なら人命のために譲歩もする我々を切り捨てたのはそちらだ」
「そんなことはない。現に会談は行われたじゃないか」
「だから、あれは宣戦布告だったよ。まあ、君らの言葉でいえば降伏勧告かな。どちらにしても、我々は我々の国を譲らない」
「だからって、こんなことをする必要なんてなかった」
「そうだね。私もこのような無用な侵略には憤りを感じている。やれやれ、奴らに少しでも人を信じる心があればこうはならなかっただろう」
「どの口が……!」
「は。世界は君の妄想とは違う。この世界には憎しみに恨みや不信だけが満ち、優しさは閉じられた箱に中にだけある。君とて例外ではないのだ。君の言うみんなとは、君の国の人間のことだ。しかし、君の国の人間を思うことだけでも賞賛に足る。大罪の国のような小国とは段違いなほど多くの人々がいるのだから。でも、君はその多くの人々に愛を向けることで、他の国の人間にも愛をむけていると勘違いした。そして、その代価を欲しがっている。やってもいない博愛の対価を。君も自分勝手だ。多くの人間を殺した私と同じでしかない。結局、お前は仲間しか信じていないし、助けるつもりもない。私と違うのは、助けてもない人間に助けてもらえると思っていることだけ。そんな君が――私は大嫌いだよ」
「ルシフェレス!」
「なんだい? アマテラス」
「お前は、人を人と思わない。ここで死んでいった兵達の仇、此処で討つ」
「私は君を人と思わない。君も私を人とは思わない。私は君に私を人と思ってもらわなくともかまわない。だけど、君は私に君を人と思ってほしいと思っている。助けないけど、助けては欲しいなんて勝手だね。君は自分のことを弱者と思っているから、それでかな?」
アマテラスが殴りかかる。
その単調極まりない拳の軌跡は簡単に見切られ、鳩尾に拳を撃ち込まれる。
「やれやれ。先ほどまで疲弊で動けなかったのだがね。無駄話をしている間に拳を握れる程度まで回復したよ」
「ルシフェレス。あなたは……」
「残念だったな。ここで死ね」
「「「アマテラス!」」」
取り巻きが叫ぶ。
「来ないでください!」
(――は。足手まといを呼ばないのは正解だがな。無防備に突っ立っていては殺してくださいと言ってるようなものだ。初めは期待もしたが、所詮は英雄願望のガキか)
ルシフェレスの拳がアマテラスの頬に打ち込まれ――
――止まった。
「……なんだと」
「あなたにはもう力は残ってません。先ほどの攻撃だって、信じられないほどに軽かった。もう立っているのも辛いんじゃないですか?」
「……そんなことは――」
どん、と片手で押す。
それだけで、仰向けにひっくりかえってしまった。
「立ち上がれもしないでしょう?」
「ぐ……ぬぐっ……。うぐぐ――」
手は地面をかきむしる。
もはや、仰向けになることすらできない。
『最強』は今や地を這いずることもできないイモ虫と化していた。
「まさか、あなたがそんなことになっているとは――」
「そんな、こと? 私は、お前とは、違う」
少し休んで。
「大罪の国を、守る。どんな、犠牲を払っても」
とぎれとぎれの息で苦しそうに話しきる。
そして、話し方からは信じられないほどに機敏な動きで筒を取り出す。
「なにを!? やめてください。攻撃しますよ!」
アマテラスの言うことは無視する。
どうせ攻撃なんざできないとタカをくくっているのだ。
鉛筆くらいの大きさの、小さな穴が空けてある小型の無針注射器。
それを、首筋に当ててピンを引き抜く。
「ぎぃ……が……ぎぐ…がああアアアアア」
途中から人間の唸り声から化け物の唸り声に変わっていく。
こんな濁った声は人間には出せない。
変化は声だけではない。
腕は鱗におおわれ、大きな爪が生える。
顔は銀のような黒のような光沢に汚される。
足は太さは3倍にもなり、尻からは尻尾が生える。
“竜人”、そう呼ぶのにふさわしい姿だった。
もはや、人の領域からは完全に外れた姿。
人型ではあっても、人間ではない。
≪ジャアアアアアアアアアアアアアアア!!!≫
咆哮が大地を震わせる。
変身は完了した。
人間を化け物に変える薬――“月狂いの血晶”――。
もちろん、ただの薬にそんな力を持たせられるわけがない。
できて昆虫型生物や液体金属になるのが関の山だ。
そして、その化け物は戦争にも投入されていた。
だが、この薬には“龍の鱗”の欠片が含まれている。
それがルシフェレスに人知を超えた力を与える。
強すぎて通常の状態でも制御しきれるものでもないが。
案の定、暴走している。
ルシフェレスも生き残ろうと思ってその薬を使ったわけではないが。
「な! まさか、人間が魔物になるなんて……」
竜人が地を蹴る。
アマテラスは本能的に剣を構える。
ルシフェレスからもらった剣、”光滅剣ライト・ノヴァ”を。
光が集まり、刃を構成する。
その光はいかなるものも切り裂く。
もっとも――
竜人の拳がアマテラスを殴り飛ばす。
――防御性能はなきに等しいが。
紙を盾にするようなものだ。
3人の取り巻きは動けない。
漏れた殺気により気絶していた。
心臓が停止しなかったのは奇跡だ。
≪ギィィッ≫
一瞬で後ろに回り込み、殴り飛ばす。
「が……げほっ!」
地面に叩きつけられたアマテラスは喀血する。
起き上がれないところへ魔手が迫る。
≪ギルルルッ≫
「ちぃっ――」
カウンター。
鱗におおわれた手を切り飛ばす。
自分の武器が通用することに安堵するアマテラス。
だが、彼はすぐに血を吐きながら地面を転がることになった。
――蹴りだ。
ダメージにひざが震える。
この時点で並みの200レベルでも死ぬほどのダメージが加えられていたが。
それでも、攻撃にカウンターしようとする。
竜人の攻撃は再生した左手をたたきつける一撃。
武術の一かけらもない野獣のような戦い方。
第一撃を迎撃。
右手の第二撃も迎撃。
両腕を切り飛ばされても、まだ足が残っている。
第三撃までは迎撃できない。
立ち膝のままでいる彼に叩きこまれる。
≪グルルルルルル≫
一瞬で腕を再生。
舌なめずりするように舐める。
「ぜえっ! はぁっ!」
立ち上がる。
そして竜人を睨みつける。
「あなたはルシフェレスじゃない。ただの獣だ。お前みたいな獣には負けない!」
≪ジャアアアアアア!≫
交差する。
竜人は真っ二つに断たれた。
この状態で生きていられる生物など――。
≪グル……キキキヤアアアアアア!≫
黒い霧が噴きあがる。
そして、再生していく。
ただの再生ではない。
全てが黒く染まっていき、フォルムが鋭角化。
黒い結晶が生える。
漆黒の竜人となった彼は誕生の雄たけびをあげる。
鼓膜が破れるほどの叫びをあげながら襲いかかる。
腕を盾にしての突進。
「な!?」
とてつもない速さで景色が吹っ飛ぶ。
これは、大罪の国と真逆の方向。
わずかに意識が残っているのか。
執念が竜人に宿っているのか。
≪クキキ……ギイルゥアアアア!≫
竜人から吹きあがる漆黒は全てを黒く染め上げ、消滅させる。
なにも遮るもののない剥き出しの『終焉』がそこにあった。
何もかもが壊れていく。
黒く染まった粉雪が舞う。
これは彼の終焉に侵された部分が砕け、それ以上のスピードで再生するために起こる現象。
彼に触れたものは全てが砕け散る。
己の身さえ。
「貴様には……負けない! 獣に落ちたあなたになど!」
≪シィィィィィッ!?≫
飛びかかる竜人を光の刃が切り裂いた。




