第52話 『死者』の凌辱
「さて、こんにちは。『秩序』テミス・デスティン・ローに『戦争』エンケラドス・ウォー・テュポーン。どうしてこのような場所に来てしまったのでしょうね? 不思議な事もあるものです」
シシュフォスが笑いながら言う。
「……『賽の河原』シシュフォス・エフィラ・サンテスか。貴様はあの『最強』についているのは知っている。ふざけたことを言うな」
『戦争』が怒鳴りつけるように言う。
その荒れた風貌通りに荒々しい男だ。
「うふふ。そうですわね。まあ、ここは私にとって慣れ親しんだ世界ですし。まあ、連れてきたのはルシフェレスでしょうけど。その方法も見当が尽きませんけど。さらに言うなら、こんなことをするなど何も聞いてませんけど。でも、この状況はあなた方を倒せとのことなのでしょう。私はマレフィキウムみたく以心伝心などできませんが、この状況はそれ以外に解釈などできませんし」
頬に手を当てながら、童女のように首を傾げる。
その場違いな姿は彼女に似合っていて、妖艶に過ぎた。
「で、この世界であなたを倒したとして、元の場所に戻れますか?」
『秩序』が聞く。
神父みたいに静かな男だが、その眼には警戒があらわになっている。
「さあ? というか、私も戻り方は知りません。ルシフェレスならば戻れるでしょうね。ただ、あなた方が戻してもらえるかどうかは私の知ったことではありません」
「んだと!?」
『戦争』がすごむ。
ここにシシュフォスを釘付けにできるのは、意味がないことではない。
けれど、それを望むのはむしろ大罪の国の側だ。
彼らは一刻も早く戻らなくてはならない。
けれど、それには大罪の国の首魁の力を借りなければいけないらしい。
八方ふさがりだ。
「ならば、私が自分で戻り方を見つけなくてはならない、と」
『秩序』がゆさぶりをかける。
簡単に戻れるのを隠しているだけなら、動揺することを期待できるのだが。
「試してみたらいかがです? 後学の為に見学させていただきましょう」
さらりと受け流された。
この態度は――できるわけがないと確信している。
実際、彼女はここにいたが脱出法は“死滅狂衰の門”を通ることだけだった。
が、その門は現在封印されている。
「は! こんなところに呼び込んでおいて、帰る方法はなしってのはねぇだろ。ぶちのめして聞き出してやるよ」
血気に逸る『戦争』が殴りかかろうとして、沈む。
この世界では普通に歩こうとしても落ちる。
無限の闇へ永遠に落下し続ける。
「駄目ですわよ。ここは歩こうと思わなければ歩けません。無意識でなんでも処理してしまう人間という生物にはつらいところです。狂ってしまわぬように注意してください」
「は! ご忠告、どうも!」
一瞬で要領を理解し襲いかかる。
だが、当たらない。
幽霊のようにすり抜ける。
「それでも駄目。ちゃんと、誰に当てるか考えないと」
殴る。
それだけで大きくぶっ飛ばされた。
「がはっ!? なんつー力だ」
うめく、がすぐに立ち上がった。
「ふむ。12連世界のいずれもと異なる法則で動く世界ですか。厄介ですね」
後ろで見ていた『秩序』がつぶやく。
これは殺し合いとはいえ、さすがに相手だけがルールを知っているというのは不利にすぎる。
ぽろっとルールを教えてくれたりもするが、一番知りたい帰る方法だけは教えてくれそうにない。
幸いにして相手にはさっさと自分たちを殺す気はなさそうだ。
どんな思惑かは知れないが――。
ここは、ひとつ素直に質問してみることにする。
「一つ確認していいですか?」
「ええ。どうぞ。答えたいことなら答えてあげる」
ひどい答えだが、贅沢は望めない。
これを幸いとするほかない。
頭を絞ってルールを推理していく。
「ここは願いが重要な世界ならば、帰りたいと願えば帰れてもよさそうなものだ。もちろん僕は戻りたいと願っています。では、なぜ帰れないのですか?」
「――ああ。それは世界の法則を誤解しているわ。願いというよりはどちらかというとイメージに近いの。まあ、思ったほうが簡単なんだけど。たとえば自分のフォームをイメージしながら殴れば100%以上の力が出せる。もちろん、相手の姿も思い浮かべなきゃ当たらないけど。ところで、あなたはここから脱出できる姿が思い浮かべられたかしら?」
「……無理ですね。ここがどこかもわからないんですから。転移符のイメージも無駄なようですし」
「あはは! 当然ね。その程度で脱出できるわけがない。ここは12連世界の裏の世界ですのよ? なんでも思いが叶う夢の場所ではない。むしろ、荒れ狂う激流があなたを木の葉のように振り回す」
「そうですか。ここにいると何か悪いことが?」
「貴方達なら大丈夫じゃないかな? 悪いなら、もうシチューになってるはずだから。まあ、怪我をして意識がもうろうとしたらやっぱりそのままシチューになっちゃうかもしれないけど」
「シチュー?」
「――ああ。食べてもおいしくないと思うわ。溶け崩れた人間の肉なんて口にしたくありませんし。ちょっと原型が残る部分もありますよ。シチューの中の具みたいに。そうなりたければ、自分を見失わなければいい。けれど、異名もちでもなければ自分に対する認識なんて持ってないんですよ」
「で、そのシチューとやらは地上に出てくることがあるのですか?」
「それは知らない」
「逆に地上のものがここに落ちてくることは?」
「それも知らない」
「なら――」
「まだるっこしいんだよ! どうせこいつは出る方法を知ってやがるにちがいねえ。ぶっ殺して吐かせてやるよ。『戦火の戦場跡』」
『戦場』から炎が噴きあがり、駆け抜けた後には何十体ものぼろぼろに焼け焦げた死体が立っていた。
こうして生み出した人形を使って戦うのが彼の戦法。
「あら、似たような魔法を使いますね。けど、それはただのお人形。魂を弄ぶ私の領域には程遠い! 『死者の舞踏会』」
同じように、しかし2人だけの死人兵を生み出す。
焼死体ではなく、まさに死者の国の住人と呼ぶにふさわしい姿。
うつろな表情で黒いマントをはおっている。
「さあ、私の人形となり現世を愚弄せよ。『規律』ハワード・レノックス・イニス、そして『爆炎』ドゥロ・アセン・ヴァルドシュタイン!」
2人の死人兵が焼死体を蹴散らしていく。
だが、焼死体は次から次へと生まれてキリがない。
そして最初にしびれを切らしたのは『戦争』。
シシュフォスは艶然とほほ笑んでいる。
「てめぇ! もう一人のほうはともかく、俺の弟子をそんな風に使うなんて許せねえ! 今すぐその頭、ぶち抜いてやらあ。『戦場の砲戦火』!」
次々に炎の球が浮かび、すごい勢いで叩き込まれていく。
まさに戦場を思い浮かべさせる光景。
だが、この光景を作るのはただ1人の『戦争』だ。
「うふふ。すごいですねえ」
「余裕だな!? すぐにその悪趣味な人形をぶっ壊して殴り飛ばしてやるよ」
「あらら。私がすごいと言ったのは、元部下を躊躇なく消し済みにできるその精神性ですよ。愛着のある人の死体をそんな風に鞭打てるなんて」
「……てめぇぇ!」
「そんなに怒らないでください。ほら、消し済みになったあなたの部下。すぐに元通り。――また、消し済みにできますね?」
「ぶっ殺す! 『虐殺者の宴』」
――暴風。
――爆破。
――激突。
戦場以上の災害があらゆるものを打ちのめす。
「……ち! まともに観察している暇がない。奴め、僕のことまで巻き込むつもりか」
『秩序』が慌てて身をひるがえす。
それほどの無差別。
破壊が駆け抜けた後、シシュフォスはダメージを受けた様子もなく立っていた。
「それは、何だ?」
「あら、見えるのですか。――『死神の舞踏会』。私の死神に守ってもらいました。まあ、別に全力でもないのでほとんど見えないはずですが。それで、いいのですか? あなたの部下がまた復活しますよ」
「ぐ。 何度も何度も、てめぇには死者をいたわる気持ちがねえのかよ!?」
「なら、あなたが死ねばいい話でしょう? まあ、あなたの部下ごときでは相手にはなりませんか。死神に相手してもらうことにしましょう」
わざわざ復活させた死者を消す。
そして、死神を実体化させる。
『万物は滅びゆく』
「ごほっ!」
シシュフォスが膝をつく。
先ほどの災害レベルの攻撃でさえノーダメージだったというのに。
「大体わかりました。あなたの能力は死者と死神を操ること。この世界の法則と合わせて、意識が集中できなければ何もできない」
「……ぐぅ。防御無効化の攻撃ですか。死神の衣では防げない……! そして、死者を操るのはあくまで私。死者自身に意思はない。この攻撃を喰らってしまえば、すべての攻撃が中断され、私を殺すチャンスになる。けれど、私より早く技を出せますか? 『死神の――
「させません! 『万物は滅びゆく』」
腕を動かそうとしたシシュフォスに攻撃が加えられる。
意識を集中させるためには手の動きを使うことは有効だ。
それは相手によって無理やり意識を切断されなければの話だが。
「2対1というのを甘く見すぎなのですよ。今までの全てを観察させてもらいました。この世界では攻撃には意識を集中させるためのタメを必要とします。そして、私は貴方が集中する瞬間を見抜いた。もはや、あなたには何もできません」
「がはは! こうなっては赤子同然だな。わが弟子を愚弄した罪をその身で購え! 『戦場の砲戦火』」
動けないシシュフォスに砲撃が叩き込まれる。
木の葉のように吹き飛ぶ。
「やめろ! まだ脱出方法を聞いていない」
「……ち。とどめは俺に刺させろよ」
「げほっ。はぁ。無駄ですよ。そんなものは知らないと言ったでしょう。ルシフェレスにでも聞いてください」
「ぶっ殺すぞ」
「待ちなさい。では、あなたを人質にとって『最強』に聞くしかありませんか」
「――ふふ。無理ですね」
「んだと!?」
「あなたの動きは監視しています。何かをしようとしても無駄――」
「『死霊秘法・邪竜召喚』」
「な――!?」
「おい。てめぇ、監視してたんじゃなかったのかよ!?」
「監視していました。彼女は意識を集中する暇はなかったはず!」
「なら、なんだって奴は魔法を使えたんだよ」
「簡単なことですよ。ただの召喚術ならば意識を集中させる必要がない。ただ、それだけです。ここは能力を使いやすいですしね」
「ですが、召喚される魔物はあなたよりは弱い。3対1になったところで――」
「俺がぶっ潰してやる!」
台詞を遮られた『秩序』は憮然とする。
「ふふ、愚か! いまだに私が使う魔法を現世のものだと思っていたとは――。あなた方は先ほどの死体さえ趣味の悪い偽物だと思っているのでしょうね。けれど、あれは本物ですよ。そして、この2体の竜は私よりも強い」
「「何ぃ――?」」
「さあ、滅ぼしなさい。『死生竜』そして『屍聖竜』!」
≪ギジャアアアアアアアアア!≫
黒い死に侵された竜。
腐敗に侵された竜。
2体の竜が2人に襲いかかる。
「上等! かかってこい。『虐殺者の宴』」
「何を出してこようとも倒すだけだ。『人は地獄にてさえずる』」
二人の最大の技。
それを竜は霧でも払うかのように振り払って、一体で一人ずつ食い殺した。




