第51話 終わりの引き金
――リヒト法国、星光騎士団『星乙女』アストライア・アステル・ヘレネス。
――シュヴァイン法国、王族専属護衛隊長『風神』ゼピュロス・ノトス・ボレアノス。
――ヴァイス帝国、秘密帝国軍団長『太陽神』アポロニア・イアペトス・ヒュペリオン。
以上3名は大罪の国に向けて進軍していた最中、突然暗闇へとさらわれた。
彼らは1人で集団を超える戦力を持った軍隊であり、そもそも別々の法学から進軍をかけていた。
兵を連れていたわけでもない。
ただ、気が付いたらこの空間に居た。
これは大罪の国の仕業以外あり得ない。
だが、一体どんなことをすればこんなことができるのか。
瞬間移動というのは手間がかかる。
人に気づかせずに瞬間移動する方法なんて彼らは想像すらできないし、そもそもが他人を瞬間移動させることすら実現不可能と言っていいほど難易度を持つ。
「驚いたかな?」
必死に状況把握に努めようとする彼らに声が掛けられる。
けれど、状況すらつかめない。
雷が降り注ぐ土地、魔物が地形と同化している土地ならば経験してきた。
それでも、なにも考えなければずぶずぶと沈んでいく沼のくせに、立とうと思えば普通に立てる地面になる――こんな摩訶不思議な土地は噂に聞いたことすらない。
何が何だか理解できない場所でも恐慌に駆られずに必死に状況を整理しようとしているのは、さすがは各国の最強戦士。
ただし、協力という概念など彼らの頭にはないようだが。
「『最強』ルシフェレス・ファフニル・イラ! てめぇの仕業かぁ!」
『風神』が突っ込む。
こんなわけのわからない土地でさえ、しっかりと走れている。
他の二人はじっくりと見ている。
少しでもルシフェレスの力を見極めようとしている。
「その通り。だが、迂闊に動かないほうがいい。歩けるのはさすがだ。普通人間は歩くことを意識しない。けれど、ここではきっちりと歩くという意識を持って歩かなければ歩けないというのに。それでも、変な所に落ちてしまうことがあるからね。私としては楽だが、そんな結末も面白くあるまい」
ルシフェレスはいつになく饒舌だ。
ただ足を前に踏み出せば沈み込むが、歩こうという目的意識を持てば歩けるということまで教えてしまっている。
しかし、変なところというのは意味不明だ。
空間のねじれを察知できない彼らに位置が刻一刻と変わるランダムワープポイント――行先はここよりも次元がねじれ狂った空間――のことなどわかるわけがないのだから。
しかし、彼らにとって重要なことは発言内容ではない。
「お前、なんで――そこにいる?」
ルシフェレスは一瞬のうちに後ろに回っていた。
いや、超高速移動ならば彼らは影を見ることくらいはできる。
しかし走るどころか、走ろうとした瞬間さえわからなかった。
一瞬よりも短い刹那のうちに消えて背後に再出現した――としか言いようがない。
「だから動かないほうがいい、と言ったのだよ。一応言っておくと、君らにもできるぞ。自己認識をずらして虚空存在座標を変動させればいいだけの話だ。……まともな精神を持っている限りは不可能だろうがな」
「で、お前はこんな貴様に有利なところに我らを連れてきて勝利を得るつもりか? 『最強』の異名を持つあなたがずいぶんと卑劣なことだ。……そこまで我が恐ろしいか」
不敵な笑みを浮かべて『太陽神』が挑発する。
この圧倒的不利な状況でなお、怒らせて隙を作るつもりらしい。
ずいぶんとまた、自信家だ。
怒って何かをされる可能性もあるというのに。
「――ああ。圧倒的不利ね。まあ、ここでは貴様らが圧倒的に不利だろう。3対1のⅠの方が有利というのもおかしな気もするが。だが、私は優しい。本来、人が理不尽に殺されるのにすら怒りを覚える性質なのだよ」
「どの口でそういうこと言うんだよ」
無視して続ける。
「ここでまともに戦いたければ、しっかりと意識を持つことだ。それが狂気に達すれば、どのような不思議があっても戦える」
「……精神論か。どちらにせよ、人を煙に巻くような物言いだな」
「くっく。仕方あるまい。この世界はそういう世界なのだよ。まあ、まともに理解できるところではないから、まともじゃない理解をするしかない。私には出来たぞ? だからどうしたということはないがな」
「――で、結局おまえは何がしたいんだ?」
「うん? 貴様たちをここに連れてきた目的のことか。それはある種の不可攻略だよ。5人の200レベルが投入されたら私とシシュフォスで対応するしかなくてね。そこで貴様らを隔離できるのはこれしかなかったということだ」
「この世界は何だ? 12連世界のいずれの世界でもないな。紅、鋼、黒、廻、統、歪曲、緑、尾、知、月、焔のいずれでもない。時空のねじれは歪曲世界特有のものだったが、此処は物理法則すらねじれている」
「ほう、1分足らずでよくぞそこまで把握した。――その通りだよ。ここは12連世界の裏側とでも言うべき世界。全ての世界につながっているゆえに、どこからでも来れるしどこにでも行ける。だから距離の離れた貴様らをここに雁首そろえさせることができたというわけだ」
「腑に落ちねえな。なんでお前はそこまで教える? お前が、こんなところに連れてきて説教垂れて喜ぶような奴だって噂は聞いたことがない。ここにきて時間稼ぎってのも妙だ。何を考えている?」
『太陽神』の質問にはニヤリと笑って答える。
その笑みは狂っていて、右目は空洞のようだった。
「素晴らしい。素晴らしい質問だ! クハハハハハ。やはり、君らは愚鈍な人間どもとは違う。褒めてやろう、そんなことにまで気付くとは! やはり極度に発達した戦闘能力には卓越した頭脳が不可欠だ」
「だが――悪いね。ご期待には沿えそうもない。いや、むしろ期待以上になるのかな? さあ、改めて自己紹介をしようか。『最強』改め、『終焉』ルシフェレス・ファフニル・イラだ。ご存じの通り大罪の国を統括する7大罪の凶家――イラ家の当主だ」
「異名が――変わっただと!? 異名が変わるのは一つしかない。新しい力を得た時だ。大抵は師匠から異名とともに力を受け継ぐ時だが――。そんな甘い話ではなさそうだな……!」
「そう。この『終焉』の力だが――あまりにも強すぎるのだよ。制御する以前に、うまく使われることすら怪しい状態だ。能力自体は意志を持たないゆえに私の目的に使用できてはいるのだが。使うたびに私の精神は汚染され、最期には私はただの『終焉』となり果て……世界を滅亡させるだろう」
「汚染は使えば使うほどにその侵食速度を倍加させる。君たちをここに連れてくるのに随分と消耗してしまってね。こうして話でもしてなければ、頭がおかしくなってしまいそうなんだよ」
黒く染まった右目を手で抑えながらささやくように言うルシフェレス。
その声は途切れて消え入りそうだが、はっきりと耳に響いた。
「――ああ、本当に狂ってしまいそうになる。頭がかき回されているようだ。認識がおかしくなってくるな。ああ……、そんな目ならいらない」
おもむろに右目に手を突っ込む。
そのままグチュグチュとかき回して――、ぞろりと視神経ごと引っ張る。
空っぽになった眼孔からびろびろと伸びた視神経をぶちりとちぎる。
そのまま握った右目を握りつぶす。
「痛くはないのか? この狂人」
「……さあ。まあ、そのままにしておいたほうが痛いさ」
「さて、このまま話しているのも芸がない。そろそろ殺すか」
まるで朝食の話をするかのように気楽に言う。
だが、3人は彼の言うことを即座に理解し、警戒する。
ここまで観察していたが、有効な対策など何一つ見つからない。
こんな状況で活路を見出すには、3人のうち1人が捨て駒になって戦い方を他の2人に観察させることだが……。
そんな殊勝な人物がいるわけない。
彼らは違う国に所属する、状況が違えば殺し合う間柄なのだから。
『神より堕ちし聖刻の杭』
ルシフェレスの一撃が空を貫く。
しかし、3人もいつでも防御魔法を出せるように準備していた。
状況にのまれず常に頭を回転させていなければとても200レベルにまで到達することはできない。
『星の守人』
『神風の護封壁』
『紅炎煉獄』
思い思いの魔法で防御する。
だが、その防御は砕かれる。
ルシフェレスの技はそのまま3つに分かれて威力のみが空間を飛び越えて3人をとらえる。
「「「――っ!」」」
無様に吹き飛ばされたのを見て、ルシフェレスが嘲笑を浮かべる。
「くくく。さすがと言ってはあげよう。上級者となれば防御は意識せずに行えるものだ。それを逆に意識して行うには慣れが必要だが、貴様らは本来の威力の半分程度は出たな。意識が混濁して1割も力を出せない私より貴様らのほうが上だ。はは、慣れてるはずの私がこんな有様だとはな。喜べ」
もちろん、素直に喜べるはずがない。
3%ほどの力で自分の防御を破られたのだ。
そして、防御に徹することもできない。
防御などしていれば、ダメージが蓄積してどうしようもなくなる。
なら――。
「攻撃だ! 貴様に攻める暇など与えん。『紅炎車輪』」
『太陽神』が前に出る。
6,000度にも達するほどの炎の輪を投げる。
温度が高すぎて焦げる前に蒸発するレベル。
「貴様の言うことなど聞かん! 『神風の礫壊陣』」
『風神』が飛び上がって続く。
とてつもない風の圧力により対象を押しつぶす攻撃。
破裂するどころか、爆裂して消失する。
「ここは、続いておいたほうが良さそうですね。『流星群』」
魔力の塊を多数上空に設置し、落として貫く殲滅魔法。
これの前にはどんな砦であろうと、ガラクタ以下の廃品にされる。
これから身を守ることができる防具は存在しない。
「……ち。かわせないか。かわせないのなら、叩き落とすまで! 『終わる箱庭の加護』」
攻撃を当てるためには必要なのは対象の設定。
誰に当てるかも設定しなければ当たらないのだ。
逆にいえば設定したのなら、離れていても当たる。
それを1回で見抜いた彼らはやはり頭が切れる。
宣言通り、炎の輪を殴り飛ばし。
風の圧力を拳で相殺し。
星を連打で一つ一つ砕く。
「『終焉』の前に存在していられるものなどないというのに、健気だな。涙が出そうになるよ――。だが、臆病者に勝利はない!」
散開して次の攻撃を仕掛けようとする3人をにらむ。
嫌な予感を感じても、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
防御するためには、攻撃するしかないのだから。
「喰らい尽くせ、漆黒よ。『漆黒の帳は闇を染める』」
闇よりも暗い漆黒がルシフェレスから滲みだす。
3人の攻撃を喰らい、どこまでも追いかける。
そして、全てが漆黒に消えた。




