第49話 誤算
「『コスタリカの石球』が見えてきたな。まあ、吹雪のおかげで捉えられる者もいないだろうが」
ルシフェレスがつぶやく。
四方から群がる敵兵を蹴散らしながら。
「さて、アレに攻撃を届かせることができるのは聖堂魔術くらいだ。だが、位置がわかるかな。きっちり捉えておかないと、アレは動くぞ」
彼方に朧気に見える石で作られた玉にしか思えない球体が怪しい緑色に発光する。
そして、一点へと収束していき光が放たれる。
その光は地表へと到達する。
光が移動し、その途中にあるものは焼き切られる。
――腕でも、足でも、胴体でも。
光が刃となり恐るべき殺人機械と化す。
10秒の収束と、2秒の照射。
それが12個。
思い思いに飛んで、人を焼いていく。
「さて、どう出る――?」
『コスタリカの石球』によって出る被害者はわずかばかり。
万を超える軍勢の前にはこんなものは豆鉄砲に等しい。
しかし、豆鉄砲でも後方にいた軍に自分が戦場にいたことを思い出させるには十分だった。
“これだけの兵がいるのだから、自分が戦闘することはないさ”そんなふうに思っていた大多数の兵は逃げ惑う。
なにしろ、無差別な光の照射は最後尾にすら届くのだ。
そんな折に下った命令は“全隊は前進し、人類の敵を打ち倒すこと”だった。
「ち、引き上げることはしないか。で、全隊を一斉に進めると。混合軍で進軍速度を合わせることもできないのによくやる」
「そうですわね。まあ、数で押しつぶす正攻法は最も確実でもあります」
相変わらず通信で会議に参加するルシフェレス。
雑魚どもを蹴散らしながらもよくやる。
ちなみに、答えたのはラクスリア。
「しかし、それでは消耗戦になるのであります。確実性のために兵を犠牲にし、災害にはどう対処するつもりでありましょう?」
「おおかた我々のことを災害とでも見ているのだろうさ。奴らは自分に従わないものと虚飾に満ちた貴族のことしか知らんのさ。だから、殺そうとする。よくわからない我々は理解するのが面倒だから壊してしまおうというわけさ。我々に貴族精神なんて要らない。」
「まあ、そこらへんは私とイラにしかわからないのでは? 外国に直接行ったことがあるのは私達くらいですもの」
「奴らの馬鹿さ加減を嘆いても時間の無駄でしかない。奴らはどう出てきた? ここで引いてくれれば正直楽だ。そして、奴らの生き残る道も出てくる。奴らも自殺するために滅亡の道を突き進んでいるわけではあるまい」
「ええ。全隊の突入を決意したようです。バラバラなスピードで突っ込んできますわ。行きの方には魔物には期待できませんが。もっと頑張っていただきたいものですわね」
「いくら雑魚とはいえ、大罪の国ラインを超えての軍事演習は慣れたものだろう。100レベルの魔物を倒さなくては一人前のレベルに成長するまでに時間がかかるからな。つまり、この厳しい気候を耐える術がないわけがない。ここらに生息する魔物も同様に。だが、罠の道を行くのは初めてだろう」
「うむ。しかし、イラよ。『針の道』はともかくとして地雷は攻撃力が低すぎるのではないか? 我ならば火傷すらせんぞ」
「いくら戦闘が本分ではないと言っても、あなたは当主なのでございます。あれくらいで傷を作られてはたまりません。火薬はそれほど殺傷力を持たないのであります。それに、地雷は雑魚を怪我させるために作ったものであります。殺すわけではございませんです」
「ほう。それをしたところで何がどうなると? 数を減らしたとて、所詮は雑魚。ある程度以上の強さを持ったものを倒さなければ意味が無いのでは」
「無理よ、アヴァリティア。そこまでしたら地雷が大きくなりすぎてバレますわ。あれほど弱い威力だからこそ、大量にばらまけるんですもの。それに雑魚といっても、その数は大半を占めます。そいつらを倒せるのですから、有効かと」
「そうか? まあ、雑魚が減ってくれるのは都合がいいか」
「そうですわ。足が吹き飛んだ人は荷物扱い。上官にはゴミのように蔑まれ、仲間には引っかかってくれたことを感謝される。ああ、自分でなくてよかったと。けれど、哀れみはすぐに侮りに変わる。こんな足でまといは置いていきたいと思う。けど、自分がそうなった時のことを考えると置いてはいけない。うふふ。内部分裂から血で血を洗う内部抗争に。同士打ちって見ててとても興奮しますわ」
「ラクスリア。本当にただ突進しているだけか? おそらく何かをしてくるぞ。奴らの業はそれほど甘くない。守るというのはともかく、滅ぼすことにかけては人間の右に出るものなど存在しない」
「……イラ。いえ、そんなものはありませんわ。どなたかが独断専行をすれば別ですが。どこの国もそんな話はしておりません」
「そうか。ならば、このまま様子を見ていようか。そろそろ、オルガンが火を噴く頃か?」
「ええ。聞こえましたの? 相変わらず凄まじい聴力。3隊ほどが射程距離に。オルガンでは殲滅は無理ですね。木々が邪魔です。まあ、あなたの化け物部隊が片付けてくれるでしょう」
ラクスリアの言うことは正しかった。
人体改造技術の粋を集めた化け物部隊は、その魔物じみた能力を用いてオルガンに動揺した敵部隊を片付けた。
もちろん、相手の数が増えてくると取りこぼしも出てきたが。
「オルガンの弾が尽きましたわ」
「くっく。ならば次は、『アショカ・ピラー』と『ネブラディスク』の出番か。『コスタリカの石球』もまだ傷ひとつ受けていない。数も多いが、このざまでは我らに勝つことなど夢のまた夢よ」
『コスタリカの石球』は厳然として宙に浮かんでいる。
空中に浮かぶ物体には手を出せない。
大きさ自体が10mもない上に、吹雪で弾道が曲がる。
魔法といっても、風の影響を無視できるわけではないのだ。
「『アショカ・ピラー』は言ってしまえば空飛ぶ柱。空から落ちてきた柱が人を潰してしまう。ああ、戦友が潰れるさまを見た兵が絶望する様はなんと甘美でしょう。まあ、反撃はできるでしょうね。壊せる人間が近くにいるところには落としませんが」
「そして、『ネブラディスク』。これは破壊の音を響かせる円盤状兵器。破壊の音というのは、人間を壊す音。聞けば頭をぐちゃぐちゃにかき回されて死にます。まあ、出ても血涙程度ですね。臓物もぶちまけないつまらない死にかたです。人間よりも小さいですから、これも破壊できないのでは? まあ、強度は一番下ですが」
「分かりきった説明をご苦労なのでございます、ラクスリア。そんなことより、砦までたどり着く敵がちらほら出てきたのでございます。温存していた正規部隊を出すべきでございます」
「いや、まだだ。どうせ奴らに砦を壊す術などあるまい。たどり着いた連中はどうせ砦攻めの装備などしていないだろう。全く、相手がどんな守りを持っているかすら知らずに戦争を始められるとはな」
「ですが、王都に侵入出来ることはなくても、奴らの汚れた手で聖域に触られるわけにはいかないのでございます」
「ああ。私はそう思いませんけどね。外側なんて既に雨風で汚れていますわ。まあ、やりたいのだったら止めはしません」
「そうだ。どうせなら我が行ってもいいぞ。偉大なる我が一瞬で蹴散らしてくれよう」
「アヴァリティア。お前の血統は補助の専門だ。戦場には出るな。貴様らがそこまで言うなら、部隊を出して殲滅してしまおう」
「どこの部隊を出しますか? イラのところは兵器の管理で忙しいでしょう。ならば、スペルヴィアに? ちょうど居ても居なくても同じだと思い始めた頃ですし」
「いいだろう。私が率いて敵を殲滅してくる。数は10人でいいか?」
「あらあら。10分の1以下だなんてケチらなくてもいいんですわよ。まだまだ彼らは彼方にいるのですから。今から節約しても、気力が減るだけですわ」
「必要ありません。私ならば一人でも十分。10人も連れていくのは、抵抗の暇も与えずに一方的に殺戮するためだ」
「ふふ。悲鳴を聞く暇もないとは、忙しないことです。まあ、余裕ぶって怪我をもらうよりいいのでは?」
「ふん。我が手伝ってやっても良いが。あの程度は任せておこう」
「では、少しばかり席を外させていただきます」
「……っ! イラ、『ネブラディスク』が壊されていきます。これは――」
「何故だ? 壊せるような奴がいる部隊は迂回させているはずだろう」
「私たちに気づかせずに部隊を移動させたか、本人だけ移動したか。おそらく後者でしょうけど、100しかない『ネブラディスク』を壊されるのは――あまり良くありません。扱いやすい殲滅兵器ですのに」
悔しげに唇を噛む。
相手の動きを察知できなかったことが屈辱なのだろう。
「――あ! 『コスタリカの石球』まで。そんな馬鹿な! こいつを壊せる人物は射程範囲内にはいなかった! まさか、敵に私が把握できていない何かがある?」
唇をかみちぎるほどに悔しがる。
その目にはもはや余裕はなく、ギラギラとした殺意がある。
「壊されたのはどこだ? あいにく、私はそこにはいない。よって『エインズワートの地図版』は見れない。言葉での説明を聞くしか無い」
「すみません。壊されたのは永久の国の近くにあるのです」
「……『空帝』エウリュアレ・バード・リスキィか」
「イラ、今何をおっしゃったのでございますか? あなたと同じ200レベルがこの戦争に参加するなどと――」
「ありえる訳がありません! 彼らは王を守っているはずです。そばを離れるなんてことはありません。そんな話は誰の口からも出ていませんよ!?」
「なら、王の独断だな。まさか、他から言われることもなくその判断を下すとはな。どれだけ我々に恨み辛みを抱えているのか。いずれにせよ、この戦争で『空帝』を消費する永久の国は終わりだ。我々にとって救いにはならんがな」
「……ぐ。『ネブラディスク』を壊されるのはともかく、『コスタリカの石球』まで。空の圧力を消されれば、敵の士気が上がってしまう」
「イラ、そっちで倒すことはできないのか? さすがに我といえど、その距離はどうにもならん」
「無理だ。囲まれていてわずかずつしか動けない。ラクスリア、マレフィとシシュフォスは?」
「他の場所で戦っています。差し向けることは不可能です」
「ならば、『アンティキティラの砲台』を使え。二度と使えなくなっても構わん。エネルギーを過剰供給して射程と威力を上げろ」
「そちらも無理です。位置がつかめません。よしんば掴めたところで、殺しきることはできません。相手は的ではありませんから。『ピラミッド・アイ・タブレット』を使いましょう」
「200レベルを呪い殺せると思うか? しかし、こちらに使えるのはそれくらいのものだぞ……!」
「ならば、我が力を貸そう」
「グラ、私も協力は惜しまないのであります。我々が全力で『ピラミッド・アイ・タブレット』を強化します。インヴィディアの血統は呪い。グラの補助と合わせれば殺せるのでございます」
「だが、この場面で当主2人の魔力が尽きるのは都合が悪い。放っておく手は? こちらの誰かの手が空けば殺しに行ける。最悪、私が最終手段を使って殺しに行く」
「イラ、今の時点であなたにそこまでの負担を強いるわけにはいかないのであります。当主といえど、真に重要なのはあなたとラクスリア。あなたたちさえ残っていれば――予定外ではありますが、修正は不可能ではございません」
「そのとおり、貴様は我の雄姿をその場でゆるりと眺めておれ」
「……任せる」
「かしこまりましたでございます」
「おうよ」
「それで、ラクスリア。下はともかく、上のほうに動きはあるか?」
「……わかりません。各国はそれぞれで会議をしております。ぎゃーぎゃーとわめくばかりで、全軍突撃以外の作戦が採択された様子はありません。ですが、私が把握しきれていない何かがあるかも――」
「弱気だな。だが、『空帝』の気まぐれを見抜けなかったとしても、誰も貴様を責めることはしない。貴様こそはこの世で最もあくどい女だよ。貴様を出し抜くことなど誰にも出来ん。だが、今回は世界に牙をむかれたようだな。安心しろ。私たちは世界に対して牙をむいている。不運など、乗り越えるべき敵でしかない。この状況はまだ生ぬるいほうだよ」
「……ふ。変な励ましですわね。怖がらせているようにしか聞こえませんわ。世界が――敵の味方、だから私たちは不運に見舞われるだなんて。まあ、あそこは陰陽が発達しておりますもの。何らかのお告げを聞いたのでしょう」
「ぬるい友情ごっこがお望みか?」
「いいえ。私が望むのは狂乱。お告げに幸運など、血の海に沈めてやりましょう」




