第46話 弱者のやり方
『賽の河原』VS『爆炎』
「さて、宣告も終えましたわ。すぐにでも、その命をもらいましょうか」
『賽の河原』シシュフォス・エフィス・サンテラは微笑む。まるで地獄のように。
後ろには死神。
鎌を構え、命を刈り取る時を待っている。
「それは、どうかな?」
『爆炎』ドゥロ・アセン・ヴァルドシュタインは己より遥かに強いであろうシシュフォスの嗜虐に満ちた笑みを笑い飛ばす。
見れば冷や汗がとめどなく流れ落ちている。
それでも顔には怯えの一つも見せない素晴らしい胆力をしている。
「あらあら、これは困りましたわ。何か罠でも仕掛けているんですの? あまり時間はかけたくないのですけどねぇ」
シシュフォスは依然として笑みを崩さない。
だが、慎重だ。
相手を自分よりはるかに下位の存在と認識していながら、足をすくわれるのを警戒している。
ゆっくりと、慎重に。しかし迅速に殺すつもりだ。
急がば回れ――彼女はそれを油断なく実行していた。
彼女は舐めるように周囲を見渡す。
「私は戦争の国の精鋭、『爆炎』だ。『賽の河原』が何処にあるのかしら無いが、私の前に立つのなら、その喉笛――喰いちぎってやる」
『爆炎』は足に力を込める。
手にした槍を構え――一歩を踏み出し爆発する。
『爆縮』
足の裏に爆発を生み出し、とてつもない加速度を持ったスタートダッシュを行う。
とてつもないレベルの足腰の強靭さと平衡感覚が必要とされる走りは、人が到達可能なレベルにはない。
しかし彼はそれを実現していた。
彼もまた人外だ。
視認すらできないような速度で迫る『爆炎』に対し、シシュフォスは変わらぬ笑みで答える。
『月下の仮面舞踏会』
死神が存在感を増す。
圧倒的な恐怖が世界を凍らせる。
『爆炎』はもはや止まらない。
死神は完璧なタイミングでカウンターを行う。
人間は電気信号のやり取りで動いている。
だが先程の動きは電気信号のやり取りで実現可能なレベルにはない。
カウンターが当たる――直前、『爆炎』は横へと吹き飛ぶ。
爆破による移動方法、それが彼の専売特許だった。
もちろん反射ではない。
死神やシシュフォスとは違うのだ。
一瞬にすら届かない瞬間でしかない時で相手に対応するのは不可能だ。
ゆえに、これは反射ではない。
彼はシシュフォスがカウンターを当ててくることを読んでいた。
だからこそ、考える前に見る前に動くことができた。
鎌は彼の横を通り抜けていく。
しかし、彼の槍も横へと流れて当たりはしない。
だから彼は槍の側面を爆破し、横薙ぎを行う。
衝撃による加速がつき、とてつもないスピードで槍がシシュフォスへと迫る。
「え?」
勝利を確信したその直後――
絶望を通り越して、何も理解できない顔になった。
槍は――、シシュフォスによって受け止められていた。
こともなく。
まるで子供がふざけて紙の剣を振り下ろしてきたのを受け止めるように、優しく。
「やはり、この程度ですわね。170レベルとはいえ、200レベルの――それも『能力』を授かった私の敵ではありません。ま、新しい異名の方は広まりませんか。まあ、改めてご挨拶しましょうか? 『死者』のシシュフォス・エフィス・サンテラですわ。よろしくお願いします。そして、さようなら」
死神が鎌を振り下ろす。
月下の仮面舞踏会はまだ効果が続いている。
大抵の魔法の効果は一瞬である。
それは魔法の維持にはとてつもなく魔力を消費するものであるから、彼女は『爆炎』が一瞬で使い終わる魔力量を常時使い続けている。
だが、シシュフォスの魔力は空にならない。
それは『爆炎』と『賽の河原』の圧倒的な実力差を表していた。
『爆炎』は歯を食いしばる。
ガリリ、と歯が砕ける音がするまで。
「があああああああああああああああああああああああああああああ!」
彼の体ごと槍が爆発する。
シシュフォスは槍を離さない。
人一人を粉々に出来る程度の爆発では彼女に傷をつけるどころか、肌を赤くすることさえできない。
だが、加速には十分だった。
彼は槍を離して草むらに飛び込む。
その直後には槍を持って突進する。
『爆狼神破』
先程よりも数段早い。
そして、どうやら辺の草むらに槍を仕込んであるようだ。
突撃の時以外槍を離していれば身軽になる。
だから、槍を持つのは突撃する、その時だけ。
「く」
今度ばかりはシシュフォスも苦い顔をする。
カウンターが出来ない。
速すぎて、そらすことで精一杯だ。
まさか喰らって動きを止めようにも割が合わない。
四方八方から『爆炎』はシシュフォスに襲いかかる。
彼女はその攻めを危なげなくしのいでいく。
(けれど、油断はできません。膠着しているように見えて、彼の攻撃は自爆技。そして、ここまで魔法を連発するのは彼にとって辛いはずです。この分では後何分も時間は稼げないでしょう。だから、彼は必ず何かを仕掛けてきます……!)
シシュフォスは警戒する。
実力の違う相手に対して一泡吹かせようと思えば一発逆転の博打に頼るしかない。
彼女はその博打を慎重に潰そうと考えていた。
『爆炎』は動きを止める。
彼の服は煤けていてボロボロだ。
まだ浮浪児のほうが良い服を着ているだろう。
体の方もあちこちが焼け焦げていて、一般人なら即死レベルだ。
一方シシュフォスも血で薄汚れていた。
もちろん彼女の血ではない。
全て『爆炎』の自爆による傷から出たものだ。
「私には後一度、槍を振る力しか残っていない。だから、最後の一撃に勝負をかけようと思う。乗ってくれるか?」
『爆炎』が提案する。
馬鹿しか受けないような提案だ。
なにせ、このまま待っていれば彼は自爆して果てる。
わざわざ攻撃する必要もない。
だが――。
「ええ、いいですわ。実は、私そういうのは大好きですの。闘争に命を賭ける者ならばだれでも分かってくれることでしょうけど」
「ならば――」
「――ええ、その一騎打ちを受けましょう」
それぞれ槍を、鎌を構える。
『彼岸の彼方』
『子羊は死の前に――
『爆炎』の体が爆発する。
それはもう、木っ端微塵に。
跡形すらなくなるほどに。
そこまで爆発を持って撃ちだされた槍の一撃は今までとは次元が違い――
(間に、あわな――)
シシュフォスは防御が間に合わない。
鎌というのは扱いにくい形状をしている。
防御に、攻撃に、気をつけていなければ自分の首を跳ねる。
鎌を攻撃のために構えてしまったら、防御に移るのには時間がかかる。
そして、魔法も間に合わない。
槍は一直線へとシシュフォスに向かい――、その心臓を貫いた。
『愚者の翼』VS『風切』
「宣布、完了。敵、排除」
『愚者の翼』イカロス・クレタ・パラフィリアは人間味の欠けた言い分をする。
これは単純に人の関わりが極端に薄く、人への興味が絶無だからだ。
彼に興味が有るのは自らに相応しい任務と報酬、そして任務を果たすことだけだ。
黒いマントを纏う姿は死神と言うよりも呪い人形といったほうが近い。
「甘く見ないでください。貴方のほうがレベルは上でも、『最強』のような化け物と違い、あなたはまだまだ人間レベルですよ。貴方であれば――、まだ殺せる」
鋭い視線を向けて睨みつける。
二人の実力差はそう決定的なものではない。
ましてや、『愚者の翼』は一度ポーションを使用している。
ポーションを飲めば動きは鈍る。誰であろうとも。
真っ白な騎士服を着た『風切』カペ・ヴァロア・ヴァンドムはその容貌に似合った几帳面さで剣を構える。
「殺害」
「悪魔の眷属よ、消えろ!」
『愚者は空に月を見る』
突進から真上に飛び上がることで撹乱し、相手の頭にナイフを突き立てる攻撃。
『風刀閃――旋風
真正面から突っ込む。
しかし剣を振り下ろす前に相手は消える。
一瞬動揺するが考えるまでもない。
相手が消えたなら、居場所は上しか無い。
横か下なら目で捉えられないはずはない――!
空振りした剣を手元に引き戻しそのまま上へと2発めを放つ。
ナイフを弾き飛ばした。
さらに
3陣』
3発目を放つ。
元々この技は3連撃。
剣は相手へと届く――
ギィン!
人間から鳴ったとは思えない甲高い音が響く。
空中で体を捻り、2本目のナイフで防御していた。
が、勢いまでは殺せない。
そこらにある木へと激突する。
激突した瞬間に腕の力だけで自分の体を投げ飛ばし、地面へと着地。
そのまま技を放つ。
『愚者は空に月を見る』
「奇襲技が二度も通用すると……っな!?」
なりふり構わず腕を顔の前に差し出す。
『風切』は軽々と吹き飛ばされる。
蹴りだ。
上からと見せかけ、実際に上に跳んで見せながらも攻撃は下からくる。
この攻撃を買わせるものなどルシフェレスやシシュフォスなどの頭のイカれた面々だけだ。
もっとも彼がかわせたのは上記で上げた面々がやるような勘頼みではない。
それは人外の専売特許だ。
人を踏み外しかけている程度の彼では真似できない。
では、どうやって避けたのか?
それは彼が油断しなかったからだ。
普通、相手が馬鹿なことをしたら“しめた”と思って攻撃する。
だが彼は違った。
相手が馬鹿なことをしたと思うのではなく、なにか企んでいると考えた。
それは驚異的なことだ。
いついかなる時も考え続け、自分の有利でさえも否定する。
それは――、なんと非人間的なことだろう。
『風切』は受けていたら顔面が切り裂かれ多量の出血は免れなかったであろう攻撃をいなし、反撃に移る。
『風刀閃――烈風1陣』
『愚者の翼』はかろうじて防御に成功するものの、無様に弾き飛ばされる。
ポーションの副作用が彼の反射神経を鈍らせていた。
短期間に2本もポーションを飲めば動けなくなる。
彼は追い詰められた。
『太陽へと至る夢』
『風刀閃――神風』
『風切』は奥義を繰り出し、『愚者の翼』を跡形もなく切り消した。
「勝った! 私の勝ちだ、悪魔め。貴様らなど――生まれるべきではなかったのだ! はははははははははははははは!」
大笑いする。
『隠炎』VS『陽炎柱』
紅い少女『隠炎』クリス・レーヴァテインとまるで一昔前のオヤジ顔番長の『陽炎柱』スキュル・ゾンブルグ・ハンスが対峙する。
『隠炎』は紅い少女趣味な洋服を、『陽炎柱』は騎士服を不良っぽく崩して着ている。
「……」
暗殺者らしく『隠炎』は声も出さずに魔法を放つ。
「『フレイムブラスト』ォッ!」
『陽炎柱』は拳を構えて叫び――、魔法を殴った。
「……っ!?」
さすがの『隠炎』も息を呑む。
『陽炎柱』は笑みを浮かべ、そのまま殴りかかる。
「ぜりゃああああああ!」
「……くぅ!」
接近戦では『隠炎』は『陽炎柱』に及ばない。
ゆえにさけるのに集中して距離を取ろうとする。
しかし、『陽炎柱』もそれを黙って見逃すはずがない。
攻めて攻めて攻めまくり、相手に息をつかせる暇さえ与えない。
「せい! はぁ! とりゃあああ!」
「ぐ……。ひっ! あうっ」
少女は大男の攻撃を必死にかわしていく。
少女の方は息が切れてきた。
ついに動きが鈍くなる。
鈍くなるというのなら、ポーションを飲んだことで始めから動きは鈍くなっていた。
「そこ!」
「きゃっ!」
『隠炎』は『陽炎柱』に殴り飛ばされる。
体格差は歴然としている。
普通に見たら大男が少女をいたぶっているようにしか見えなかった。
が、相手をぶん殴った大男は苦い顔をしている。
つつ、と手からわずかに血が流れる。
そもそも『隠炎』は少女の外見をしているといっても、戦闘能力ならば少女どころか人間扱いするのすらためらわれるほどだ。
もちろん、大男の方も『陽炎柱』と呼ばれるほどの実力者。
彼女が本調子であっても互角に戦える。
「……くすくす」
殴り飛ばされ、木に叩きつけられた『隠炎』は小さい笑い声を上げる。
手には小さいナイフ。
その刃は禍々しい碧色をしている。
――毒だ。
「……てめぇ、やってくれんじゃねぇの。こんな卑怯な真似をせずに正々堂々と戦え! 大罪の国の人間は皆そんな卑怯者ばかりか!?」
吠える。
今は大罪の国と戦争の国に分かれて戦う二人に血の繋がりがあるのは皮肉なものだ。
少なからずの割合で秀才の娘は秀才だ。
血のつながり自体は叔父と従姉妹程度の薄い繋がりではある。
しかし誘拐されて暗殺者の教育を受けて、ルシフェレスの暗殺に向かい、部下にされるという数寄な運命を辿り、挙げ句の果てには知らずに戦い合うとは運命とは何処まで人を愚弄するのか。
『陽炎柱』は従姉妹の誰かがさらわれたことくらいは聞いたことがある。
人さらいはよく聞く話でしか無いが。
「……ふふ」
卑怯者という罵りに『隠炎』は蔑みで答える。
暗殺者としての教育を受けた彼女にとって、正々堂々など隙でしかない。
ただ、世間では正々堂々とか正義とかはもてはやされてはいる。
例えば公衆の面前で卑怯な真似をすればリンチにあう――それくらいに。
……世界中から許されざる敵認定されている大罪の国の人間にとっては今更だった。
『豪炎天覇』
『フレイムブラスト』
「ちいっ」
『陽炎柱』は魔法を殴り消す。
毒の回りは遅い。
伊達に人の領域から足を半歩踏み外してはいない。
一般人なら即死するほどの毒でも彼ならば動きが鈍る程度にしか聞かない。
『隠炎』はこのまま魔法を連打し相手の体力を消耗させ、隙を見ては毒を打ち込む戦法をとる。
『陽炎柱』にしてみれば、毒の一撃をさばきながら、必殺の一撃に頼るしか無い。
何発もの魔法を殴り飛ばし、毒付きのナイフをかわし続ける。
少女に焦りの感情はない。
大男は焦りに顔を歪める。
「てめぇぇぇ!」
少しずつ体力を削り取られていくことに我慢が効かなくなり、飛び出す。
『超・番長ナックル』
「……くすくす」
焦りに動かされた攻撃など簡単に避けられる。
嘲笑を浮かべて悠々とかわそうとして――
転がっていた死体に足を取られた。
「え!?」
気付いた時には拳が目の前に迫っていて。
死を覚悟した。




