第44話 戦争の開幕
かくして大罪の国は6大国により侵略されることになった。とはいえ、6大国を横暴と責めることはできないだろう。
彼らの不信と疑いは大罪の国が代々国としての付き合いを断ってきたことに由来する。
唯一外に出ていたのは代々のイラ家当主だが、彼らはお世辞にも外交的人物とは呼べなかった。
例え街を襲う魔物を倒しても、めぼしい素材は全て持って行ってしまう。街には復興のための資金が必要であるというのに。
それどころか希少素材を買い占めて値段を釣り上げたかと思えば、次は大量に放出して荒稼ぎをする。
ようするに、恨まれていたのだ。
好き勝手なことをして、周りを振り回す。
何を考えているのか、よくわからない。
強い魔物が現れるところにばかり出没する。
代々世界最強クラスの使い手である。
人助けに興味はない。
依頼をすれば、大金をふんだくられる。
このような有様では信用しろという方が無理だ。
もっとも信用は勝ち取るものであり、そのような努力をするつもりは代々の誰一人としていなかったが。
彼らはその代わりに貯めたお金で武器を買ったり、罠を仕掛けたりして他国の侵略に備えた。
ただ、武器を買ったのは彼らの趣味が強いが。
しかし、信用されなかった方の言い分もある。
それが合理的判断であれば、信頼できるできないに関わらずやるべきだということだ。
もちろん、これは暴論だ。
例えてしまえば、ロシアンルーレットをやれと言われたら断るなというものだ。もちろん断ったらその場で射殺されるから。
100%の死よりは6分の1の死のほうがマシということだ。
もちろん、大抵の人はそんな死のギャンブルなどできずに射殺される。
むろんただの例えであり、現実とは多少異なる。
そもそも射殺されるといっても、あちらも戦う力は持っているのだ。
後ろに控えているお兄さんたちが構えている機関銃で掃射してくるなど、誰に言い切れる? ポケットに仕舞ってある銃で相手を始末し、この場を逃れられる可能性だって0ではない。
さらに、現実はそれほどわかりやすくはないのだ。
そもそも大罪の国の実力は未知数としか言えないし、仲間の力だってわからない。どころか、自分の力だって把握しているかは怪しいところだ。
なんせ、自分一人の力ではなく、人が大勢集まった“国”の力なのだから。
「さて、早速敵が集まってきたな。どうやら、元から会談が終わった直後に攻めこむつもりだったようだな」
「先制攻撃を仕掛けますか? 距離はありますが『コスタリカの石球』を起動させますか?」
ここは大罪の国の会議室だ。
7大罪の凶家当主――今は一人欠けて6人――と貴族院の5人、そして王が居る。
この12人により戦術が決定され、各所が動いていく。
しかし余裕のある開戦前だからこそ全員いるが、いざ始まったら櫛の歯が抜け落ちるように散っていくだろう。
人員に余裕が無いどころか、むしろ開戦前でさえ足りないのだ。
「止めておきましょう。未だ彼らは遠く離れております」
消極的な意見をいうのは貴族院だ。
なぜ敵の位置関係が分かるかというと、大罪の国の超技術によるものだ。
もっとも、魔法世界の科学技術が未発達な世界だからこその超技術ではある。
言ってしまえば、地震計とコンピュータを組み合わせただけだ。
人間が大勢集まって行進していることを感知するだけ。
それでも十分すぎるほどの情報アドバンテージはある。
数による圧殺が勝つか、超技術による虐殺が勝つか――そういう話だ。
「賛成だ。『コスタリカの石球』は130レベル以上なら壊せる。数は12しかないし、移動速度も遅い。今切るべき手札だとは思わない」
ルシフェレスが賛成する。
もっとも、こちらは完全に戦術的判断によるもののようだが。
もはや彼は正義だの慈悲だのと言ったものを戦術から切り離してしまっている。
彼の頭にあるのは、いかに効率よく侵略者を撃退するかのみだ。
「多少脅かしてやれば、退くのではないですか?」
この発言は別の貴族院によるものだ。
「無理だな。反応を見てみろ。少し大きい。これは、攻めこむ前からプロパガンダを流していたな」
「どういうことです?」
「そちらは私から話しましょう」
ラクスリアが横から答える。
情報関連を握っているのは彼女だ。
ゆえに詳しいのは彼女しかいない。
というか、ルシフェレスだってプロパガンダの中身は知らない。
「彼らは以前から――、大体2ヶ月ほど前でしょうか。諸悪の根源を我々だと主張し始めたのですよ。曰く、紅い夜は我々が行った邪悪な儀式。曰く、各地で荒れ始めた土地は我々の呪術によるもの。曰く、作物が育たないのは我々が何かしらのエネルギーを奪ったせい。曰く、随所で頻発するようになった諍いは我々が呪詛を世界に流しているから。曰く、我々は世界を終わらせる秘術の最終段階に入っている」
ちなみに、最後のは完全なる妄想。
もちろん紅い夜は大罪の国が引き起こしたものではなく。
残りは赤い夜に付随する悪影響だ。
貴族や王族が護衛を固めればその分農民が死に、人が死ねば土地も荒れる。
土地が荒れれば、作物も採れなくなる。
作物が取れなくて飢えれば、いさかいは増える。
見事な悪循環だ。
ルシフェレスは最初から見抜いていたが、自分の保身のみ目を向ければ見えるはずもない。
かくして戦力を取られた農民は死んだ。
政府がとった対応策は完全に間違っていた。
もっとも自分の身辺を固めるのは対応策と呼べるほど上級なものではない。
愚かな民衆は、何も気づくことはない。
ただ言われたままに誰かを憎むだけだ。
「彼らも必死だな。確かに自分の失策を隠すのには、他人を攻撃するのが最も合理的だ。罪をなすりつける相手を間違わなければな」
ルシフェレスがつぶやく。
大罪の国と戦争をすれば、国力は確実に削られる。
それは紅い夜のような事態を考えれば、自殺行為に等しい。
大罪の国にとっては、防衛側に回るというのは大きなアドバンテージではある。
が、戦争をするという事自体が損失ではある。
そして、彼らからはそれを避けるすべなどないのだ。
頭を垂れ、飼い犬となる以外は。
「ラクスリア、今回出撃する高レベルの使い手は?」
「160レベルが5人ですわ。永久の国を除く5国からひとりずつ。さらに、150レベルが2人、140レベルが2人、120レベルが13人ですわ。110から100レベルに関してはわかりませんとしか。『エインズワートの地図版』にマーカーを付けておきましょう」
酷い情報チートだった。
もはや筒抜けレベルだ。
自国周辺の地図を詳細に描いた『エインズワートの地図版』に、敵部隊の位置が示される。
これでは戦術まで筒抜けに違いない。
まあ、録音機なんてものを持っているのは大罪の国だけだから仕方がない。
他にもラクスリア家の実力もある。
そして、100レベルほどに関しては仕方ない。
100レベルは本当に数が多いのだ。
大罪の国では100レベルにならないと1人前とすら認めてもらえない。
100レベル未満は戦場に出るな! ということだ。
そんな訳で戦力の大部分を占めるのは100レベルになる。
大軍主義を地で行っている光の国サイドはそれ以下の未熟者を大勢抱えているだろうが。
「奴らはどんな作戦で来る?」
「それが……各国は各国で他国を邪魔をしないようにと。後は適当に前進、ですかね」
本当に適当だった。
作戦を立てる気があるかどうかすら怪しい。
まあ、各国の兼ね合いとかで作戦を通すことすら一苦労なのだろう。
「珍しく歯切れが悪いな。彼らもそう馬鹿ではなかったか? ようやく防諜関係に力を入れ始めたのか」
「いえ……。それが、馬鹿なのですよ。兵を進軍させている今となっても、具体的な戦術は定まっておりません。逆に脅威かもしれませんね。突発的な思いつきで何をしてくるのやら。ああ、聖堂の場所ならわかりますから攻撃します?」
まあ、大罪の国ならぽっと出の作戦が採用されることは十分あり得る。
それは他の国が柔軟な作戦をとれる形態をしているということを意味しないが。
「ほう、それもいい。先ほど却下した『コスタリカの石球』を使って聖堂に攻撃を行うのもいいかもしれんな」
「おやめください」
ルシフェレスの言い分にツッコミがはいる。
貴族院の一人だ。
「何故だ? ああ、まだ宣戦布告を受けていなかったな。これでは我々が戦争の火ぶたを切ることになる……のか? しかし、奴らの目的が我々の虐殺にあることは明白。問題はないと思うが」
「聖堂に居るのは、戦争には関係ない女子供なのですよ!? 虐殺を行うつもりですか」
どうやら虐殺には反対の様子。
殺してしまったほうが戦局は有利にすすむが、そのために女子供を殺すのは我慢できないというわけだ。
「虐殺? 違うな、これはただの戦争だよ。女子供とはいえ、我々に特大の火を放ってくるのだ。奴らは我々を殺す、我々も奴らを殺す、どこに問題がある? 女子供であることなど、なんら免罪符には成り得ない。殺そうとしてくる者は、殺し返してもいいはずだ。自分が何をしているかわからなくとも」
「相手は女子供ですよ!?」
叫ぶ。
彼とルシフェレスは真っ向から対立した。
「関係ないと言った」
「私は聖堂を狙いにするのは賛成できませんな」
「私もだ」
「私も」
一人を皮切りに貴族院は全員が反対してきた。
「私は子供殺しに賛成ですわ」
物騒なセリフを吐くのはラクスリア。
だが――
「反対の一票を投じさせてもらおうか。子供が少ない我が国こそ――、子供の大切さはよく知ってるんじゃねぇか?」
グラだ。
長距離狙撃魔法の使い手である彼の家は敵を殺すことをのみ考えてきた一族。
当主の彼はボロボロのコートに身を包む中年男性だ。
旗から見ればアル中と見られてもおかしくないが、彼は生涯にわたって酒に手を出したことはない。
そして相手に認識もさせずに殺すことを生業としているのに、今更正々堂々などと言った概念は持ち合わせていない。
それでも、子供を殺すのには反対した。
それが――火薬庫と同等の存在であろうとも。
見れば、ルシフェレスを支持するのはラクスリアのみだ。
ルシフェレスは潔く諦めた。
彼といえど、強権を発動させることは全くといっていいほど無い。
暴政を恐れぬ者はいないが――。
彼は彼で反逆されるのを恐れている。
「さて、却下されたところで話を変えよう。議題は戦線布告をどうするか、だ。奴らは我々をテロリストとしか見ていない。そう見なければ戦争などできないからな。疑わしいからなどと本当の理由は言えん。かといって、遠く離れた大罪の国にまで遠征する理由が征服のためというのも在り得ない。ならば我々が宣戦布告をしなくてはならないが、さて――。どうしたものだろうな?」
「昔ながらの手法にそって、お手紙を出せばよろしいのではありませんこと?」
ラクスリアが提案する。
「それでは握りつぶされる。宣戦布告は実際に戦う兵どもにも聞かせなきゃなんねぇ」
グラが言う。
「拡声器を使えばいいのではありませんか?」
貴族院の男が言う。
「無理ですわ。アレで届くのは精々1kmくらいのものです。端から端までで何百km離れていると思っているんですの? そもそも遠隔通信事態がとてもむずかしいのです。イラ、ちょっと行ってきてくれませんこと?」
ラクスリアは艶然と微笑みながらささやく。
いつもながら人の性感をくすぐるような女だ。
「そんな悠長なことをしていては奴らが大罪の国の目の前にまで来てしまう。しかし、人を派遣するにしてもそいつらの地位は雇われに近い」
ルシフェレスがすぐさま却下する。
「あなたの個人的な従者ですものね?」
ラクスリアがからかう。
ルシフェレスは無視する。
「それでは、赤い旗を上げましょう。とびきり大きなものを、派手に」
ラクスリアが嗤う。
赤旗、それは白旗と正反対のものを表す。
降伏の正反対とは――、徹底抗戦だ。
最後の一人までも徹底的に戦い抜くという決意を表す旗。
大抵が落とし所を見つけるための、経済のための戦争が蔓延する今日では滅多に見なくなった旗。
独立を目指した奴隷たちが赤旗を背負って最後の一人まで果敢に政府に立ち向かっていく姿は、もはや過去の中にしか無い。
「それは良い」
ルシフェレスがすぐさま賛成する。
そして、次々に賛成の声が上がっていく。
戦争は赤旗により開始を告げられる。




