第42話 会議
ルシフェレスは妹のもとに赴き、イラ家の管理についての話をした。
その中で兵器に関する諸々のことを確認したりもした。
次は会議に出て、大罪の国としての方針を決定する。
イラ家がなくても国自体は回るようになっている。
本当に取り返しがつかないのは秘宝たる“世界龍の鱗”のみだ。
でないと、柔軟な対処などとれるわけがない。
それでも絶対の権力を持つのは創始者たるイラ家。
そして、イラ家の中で絶対的な権力を持つのは当主であるルシフェレスだ。
王は象徴にすぎない。
むしろイラ家当主が絶対的な敬意を払うからこその地位だ。
元々大罪の国は他の国とは根本から異なる。
大罪の国が作られた目的は権力のためではなく、世界龍と相対できる存在を作り出すため。
他は全て、その研究のための補助でしかない。
研究機関、そして“世界龍の鱗”から国の形が作られたのだ。
つまり理想郷ではなく絶望郷だ。
もっとも民のために作られた国など、歴史を紐解いても悲惨な形で消えていったのみだが。
ルシフェレスはその絶対なる権限を用いて会議を開く。
他の出席者の予定など無視だ。
それでも王の都合のいい時間を選び、迅速に行う。
それは妹を訪ねた翌日のこと。
「イラ殿、我々を呼び出した目的は今後の方針の決定でよろしいか?」
「そのとおりだ」
会議は王が開始を宣言し、常に貴族院の長が始めに発言する。そのような決まりがあるわけではないが、いつの間にか慣例となってしまった。
長と言ってもそのような地位があるわけでなく、貴族のトップたる5人の貴族院で最も存在感のある一人でしかない。
それは凶家の7当主にも言えることではあるが。
理念の上で、7当主は対等である。
それが現実というわけではなくとも。
「我々は6大国に王都の会談を望まれている。彼らの意図は不明だが、戦争の準備の段階である可能性もある。どのように対処なさるのか?」
「私が行く。普通であれば会談なんてものは戦争の口実作りにすぎない。しかし楽観的にすぎる見方をすれば、ただ協力を仰いでいるだけの可能性もまた捨てきれない。我々から挑発するような真似はしない。しかし、王を彼らのもとに送ることは認められない。ゆえに、私が王の代わりに行こう」
この会議がルシフェレスへの質疑応答となってしまうのは仕方ない。
彼が常に留守にしているのが悪いのだ。
もっとも、国に常駐しないことはイラ家当主としての義務ではあるが。
まあ、だからこその“仕方ない”だ。
総人口が少なすぎる大罪の国にとって、戦争行為はある意味禁忌に等しい行為である。
人口のキャパシティが低い上に、増加率も低い2重苦だ。
人口受精に人工子宮技術で補ってはいるが、一人の村人の死とて馬鹿にはならない。
更に精兵主義であることも負荷をかける。
兵は大切にしなければならない。特攻など、国の自殺と同義だ。
人口が少ないがゆえに、大軍主義を取れないのが苦しい。
「あなたが、ですか? しかし、逆に挑発行為にとられる恐れがあるのでは」
「その程度のことでけちをつけるのなら、どちらにせよ戦争は回避できない」
少し考えればわかるが、会談に最強の兵士を連れて行くのは在り得ない。
ただ、ルシフェレスの場合は準最高権力を持っていると周囲にも認識されているのが複雑なところだ。
しかしある程度以上に弱いほうが客を招く側にとっては気が楽だ。
「そのようなことはありますまい。王を行かせずとも穏便に事を収める方法はありましょう」
「なら、どんな手段がある?」
「それは……」
つまる。
まあ、そんなに簡単に代案を出せれば苦労はない。
「発言しても良いですか?」
若い貴族が立ち上がる。
緊張しているようだが、その顔には恐れはない。
「良かろう、発言したまえ」
ルシフェレスは発言を許可し、会議場の人間の視線が一様に若者へと向けられる。
その視線にも物怖じせずに発言する。
「王都の会談を彼らが望むのなら、王都に招いてはどうですか?」
とびきりの爆弾を投下する。
若さ故の無謀というやつであろうか。
排他主義の大罪の国の歴史そのものに喧嘩を売るような発言だ。
他国の者を王都に入れようとは、裏切り者め――。という敵意の混ざった視線が彼を貫く。
好意的な視線は全くない。
建国以来そう簡単には入国すら認めてこなかった歴史を鑑みれば当然のことかもしれないが。
極限られた商人や訪問者は王都に足を踏み入れたことがあるが、それにしても厳重な監視と行動制限があった。
彼の救いはただひとつ。
革新的な思想を持ち、発言したところですぐさまの排除はありえないということだけ。
もっとも他国に利用されるようなことがあれば、すぐにでもラクスリア家の者に暗殺されるだろうが。
「……そのような方法は考えても見なかったな。しかし、彼らもこの地に来るとなれば護衛は欲しいだろう。そして、護衛をシェルターに置いていくことも認めないだろう。だが受け入れる側の我々は大罪の国には多くの人間を入れたくはない、落とし所を見つけるのは難航するだろう。それくらいなら私が行ったほうが早い」
「しかし、貴方は政治家ではありません。交渉ができるのですか?」
街の中にいるのならともかく、外に出るのなら護衛は必須だ。外には魔物が出るのだから。
さらに、大罪の国に出没する魔物は強い。
ただし大罪の国としては、強い魔物から重要人物を守れるだけの兵士を連れてくるのは認められない。
シェルターの中に置いていこうとも、それは嫌がるだろう。
何が悲しくて、街の外の冷たい鉄籠の中にいなくてはならないのか。
いや、ヒーターは入っているが。
「それを言うなら、大罪の国の誰に政治ができるというのだ? 大罪の国は他の国と仲良くなろうと試みたこともなければ、してきたこともない。お前が出来るというなら話は別だが」
「……私にはできませんが。しかし、貴方では宣戦布告になるのでは?」
ここで触れておくとルシフェレスは誰彼構わず喧嘩を仕掛ける人間では決してない。
どころか、あまり人間とは戦わない。自分が認めた人間とは全力で殺り合うが、特に必要がなければ生命までは取らないことが多い。
とはいえ、政治に向いているわけではない。
口を開けば、直接的な一刀両断で相手の心象を悪くするのがオチだろう。
ただし平和的な――儀礼的でくどい建前的な話し合い方を操れる人間はこの場にはいない。
嘘と建前に満ちた言葉をかわす能力など、誰一人として持ちあわせてはいないのだ。
「言動には気をつけることにするさ。忠告はありがたく受け取っておこう。ただ、私は猪武者ではないのでね。考える頭くらいは持っているつもりだ」
「すみません。そのようなつもりでは……」
顔面を蒼白にして恐縮する。
どうやら彼は自分の言葉が侮辱に取られたのかと心配したようだ。
ルシフェレスにしてみれば単に事実を口にしただけなのだろうが。
「イラ殿。お供くらいは連れて行っても良いのでは? 流石に『魔女』や『吸血神祖』を連れて行くわけにはいきますまい。国を滅ぼせるほどの戦力を持ってお話し合いに、と言う洒落が彼らに通じるとも思えませんからな」
長が若者に助け舟を出す。
純粋に改善案を行っただけに過ぎないだろうが。
「ああ、さすがにそれはまずいか。よかろう、貴族の者を何名か連れて行く。選別はお前に任せたい」
「承知いたしました。任せられれば2日でまとめましょう」
自信に満ちた顔で断言する。
こういう名誉的なことを決めるには、家柄や派閥など考えることが多そうで数日では判断できなさそうに思える。
だが、大罪の国では別だ。名誉などよりも合理を取るこの国では。
「他に意見は?」
「無視する訳にはいかないのですか?」
今度は中年の男が発言した。
先ほどの意見に負けず劣らず過激な意見だ。
無視というのは最上級の挑発だ。
災害のことを考慮から外せば、間違い無く戦争が起こるような行為。
「無視、ね。それも選択肢の一つではあろうがな」
「それは選んではならぬ選択肢じゃ。そのような行為はこちらから戦争を起こすようなもの。それだけはやってはならぬ。戦争となれば多くの国民が死ぬことじゃろう。イラ殿、そのような行為をして貴方についていくものなど在り得ませんぞ」
長が顔を真っ赤にして怒号を飛ばす。
頬に手を当てて考えるふりをするルシフェレスに叱責が飛ぶ。
迷惑そうというか、心外そうだ。
「なぜ私に話が振られてくるのか。すべての選択肢は考慮されるべきだ。それが取られてよいものかは別にして、ね。それも立派に選択肢の一つだ。私は支持しないがね。よく言いづらい意見を言ってくれた」
「お褒めに預かり光栄です。反論はありません」
あっさりと引き下がる。
単に提案をしただけだったようだ。
こういうことは誰かが言っておかないと、下の者に不満が貯まる。
「次」
「いないか。ならば、王よ。ご決断を」
すべての決定権は王が持つ。
それが建前のものであろうとも。
「はい。イラ、貴方が会談の場に赴いてください。そして貴族に連れて行く方の選別をお願いします」




