第41話 戦争の準備
「さて、ラクスリアとの話によれば、すぐとは言わずとも戦争は起こる。話し合いで決着がつくようなら、戦力などいらん。我らの方にも戦力はあるが――。魔物を倒すのと、人間を殺戮するのはまた別だ。アメールに話をしておく必要が有るか。あいつは人間を相手にしたことはない。どころか、どう考えても大きな弱点だな。大罪の国では人間同士での殺し合いを経験した者が少なすぎるというのは」
こつこつと通路を歩く音が響く。
ルシフェレスはイラ家の当主代理を任せた妹に会いに行くところだ。
イラ家の城は対魔法反射装甲で作られており、しかも通路は足音が響きやすいように作られている。
靴に毛皮を張る程度の小細工ではとても足音を隠すことなどできない。
戦闘のことばかり考えて日常生活のことを何一つ考えられていない要塞じみた城がそこにはあった。
「順調にやっているようだな」
「お兄さま、ようこそいらっしゃいました。おっしゃってくだされば、私の方から行きましたのに」
ルシフェレスは人影に声をかける。
その人影は弾んだ声で呼びかけに応える。
妹であるアメールが兄に向ける気持ちは尊敬を通り越して崇拝のレベルに達している。
彼女は満面の笑みを浮かべて兄を伺う。
兄の言葉は神の言葉にも等しかった。
崇拝する兄の言葉は全て達成されなければならない――、彼女はそのためなら命を捨てることも惜しくはなかった。
「その必要はない。現状で私が使える最もアクセス権限が強いコンピュータはここにしかない。色々と確かめなければならない。今は『ネオトピア』で十分だ」
「しかし、最も権限の強い『アトランティス』はお兄様でも使えるはずですが」
他人に対して情がないと思えるほど苛烈なルシフェレスであっても、頬がゆるむ。
妹ゆえと言うよりも、可愛らしい崇拝者を前にしての感情であろうが。
とはいえ、ルシフェレスのわずかな頬の緩み具合は問題にならない。
なぜなら妹の頬が緩みきっていて、見ていられないほどになっているからだ。
頬を上気させて、とろけそうな笑顔を浮かべた栗色の髪の美少女は、むしろ目の毒とさえ言える。
「それを使えないわけがあるのさ。ついでにお前にも会えるしな」
「うむ。主が相手ならマレフィも空気にならずに済むしの」
今までずっとルシフェレスの後ろについてきたマレフィキウムが口を開く。
その横にはリリスも居る。
二人共が小さいので、ルシフェレスの正面からでは二人共隠れてしまう。
姿が隠れようとも、二人の妖しい魅力までは隠れない。
わずかに漏れだす濃密という言葉でさえ薄いほどの魔力が彼女たちの周りに滞留している。
魔力を持つ“もの”はそれだけで美しいのだ。
それが彼女たちのように幼いとはいえ、人形以上に整った容姿を持っていれば尚更。
しかし、彼女たちの美しさはタイプが違う。
マレフィキウムのそれは、悪意に狂的な純粋さを伴った妖しい美。
リリスのそれは、ただひたすらに空虚な中に一匙の純粋さを入れた虚ろな美。
「別に喋っても良かったのだぞ? あれは公式の会談でもなかった」
「いや、マレフィはあの御仁は好かん。口も聞きとうないよ。アレは心を読む魔物か何かじゃ」
マレフィキウムはぶるぶると体を震えさせてみせる。
ふざけてはいたものの、眼の奥には本気の恐怖がある。
『魔女』を怖がらせるとは、さすがに大罪の国を代表する人間である。
ちなみに、代表は情報のラクスリア、暴力のイラ、象徴の王の3人だ。
「恐れる理由がわからない。心を読まれたところで、奴が大罪の国の凶家当主であることは変わらない。同じ志を持つものをどうして恐れる必要がある?」
「それは主だけじゃよ。というか、心を読まれたところで、殺すのには関係ないとか思っておるじゃろ?」
マレフィキウムは甘えるような声でルシフェレスに尋ねる。
背筋がぞっとするような妖艶な声だった。
その幼い姿から見れば、魔女というよりむしろ人の人生を狂わせる妖精だ。
ルシフェレスは楽しげに自らの恋人に答える。
「確かにな、その側面もある。しかし、その程度のことに拘泥していては国を導くことなどできない」
「お兄さま、それくらいにしていただけますか? ラクスリア様は正直に申しまして私も怖いです。それと、リリス様はそこにいらっしゃいますが、シシュフォス様はどちらへ?」
アメールが嫉妬を交えた声でルシフェレスを遮る。
マレフィキウムとの話のほうがうれしげだったのが気に喰わなかったようだ。
彼女はルシフェレスとマレフィキウムが愛を誓ったことを知らない。
知ったとしても崇拝は揺るがないだろう。
しかし、マレフィキウムにはどのような対応をとるか……。
「あいつなら、訓練場の方だ。当主専用の特別室に行かせた。問題はあるまい?」
「はい。貴方が使用許可を出したのであれば、何ら問題はありません。それで、現在の進捗状況をお聞きになりますか?」
当主レベルの人間ともなれば普通の訓練場は使えない。
本気で技を出すと訓練場を壊してしまうのだ。
しかし、当主クラスの人間に耐えられる訓練場をそこかしこに配置するのは、予算や材料の問題から不可能だ。
だから、特別室が用意された。
もっとも、現在のルシフェレスやシシュフォスの攻撃には耐えられないだろうが。
「頼む」
ルシフェレスは鷹揚に促す。
臣下の立場をとっていると言えども、そこには王の風格があった。
「では、現状についてお話します。まず、モンスター・トループについてですが、量産は難航しています。しかし、維持だけなら問題がないようです。つまり、貴方が以前に聞いた時点から一歩も進んでいません」
「そればかりは仕方ないな。多少急がせたところで、都合よくブレイクスルーは起こらない。維持だけ出来れば戦力にはなる。こちらの兵数はどれくらいだ?」
ルシフェレスは口ではそう言っていても、顔は苦いものになっている。
さすがに国を相手取るとなれば余裕が無いのだ。
ただ、話し合いを軽視するのがルシフェレスの悪い癖で、この状況で戦争を確実視するのはいささか早計とさえ言える。
闘争を担当する人間ではしかたのない事かもしれないが。
「イラ家の兵は50です。騎士達が1000、他の凶家の兵を含めると全て合わせて1500ほどです。戦闘可能なモンスター・トループは200です」
「そうか、やはり少ないな。どの国でも1万は出せるだろう。しかし、数の多さが仇となることもある」
「む? 多ければ多いほどよいのではないのか? 雑魚でもいないよりはマシじゃろう。ああいうのを潰すのはチクチクと時間を喰うからの」
やはり、大罪の国の兵数は少ない。
国力という点で見れば弱小国でしかないのだ。
もっとも使用エネルギーだけで見れば他より飛び抜けた大国となる。
世界龍の鱗から得た魔力を王都の各所に供給し、使用する。
そのようなことをやっているのは大罪の国だけだ。
他の国は魔力を貯める石を使う他、後は燃料を燃やす以外にない。
魔導科学技術は他の数世代先を行っている。
とはいえ、兵数の問題は響いてこないわけがないのだが。
そして、強者にとっても立ちはだかる弱者共は脅威なのだ。
いや、自分が危ないかといえば、ただの的でしかないのだが。
しかし、どこかに行こうと思えば的を壊しながら行くしかないのだ。
当然、移動速度は激減する。
これこそが数の脅威だ。
「いいえ、マレフィキウム様。不利な状況でかえって力を発揮することもあります。数という力に溺れたものには、思わぬ落とし穴が待っているでしょう」
「…….そういうものなのかの?」
「常に余裕を持っているお前には分からぬかもな。しかし、自分の認識と現実のズレはいつであろうとも深いものだ。で、罠はどうなっている? 先祖代々仕掛けてきたもので膨大な数に上っているはずだが」
ルシフェレスは気づいていないが、先程からマレフィキウムとアメールの間で火花が飛び散っている。
マレフィキウムがルシフェレスの腕に抱きついていて、彼が何も言わないからアメールも何も言えない。
だから代わりに睨んでいる。
睨まれている方も余裕たっぷりに体を擦り付けなどしている。
完全に当てつけ目的だ。
「そんなものがあったのですか?」
「起動しなければ発動はしない。そして、発動の権限を持つのはイラ当主だけだ」
「そういうもんは普通、王様が権利を握っとるもんではないかの?」
「そうでもない。が、アレは代々の当主が勝ってにしかけておいたものだ。王も存在は知っていたようだが、何も言われなかったから権限はこちらが握ったままだ。コードは666。もっとも、コードを知っていても閲覧にはイラ家当主の生体認証が必要だがな」
「ま、起動の仕方なぞどうでも良いわ。要はどれだけの罠が仕掛けられているかじゃな。多数を相手取るには相手を足止めしておかないと話にならん」
本人の確認手段は主に魔力の検定と、瞳によって行われる。それは指紋による認証では具合が悪いからだ。
この世界では腕が失われても金さえ豊富にあれば再生できる。
一度や二度では“機能には”何も問題はない。
だが――もっとも欠損した四肢を治すようなポーションは毒性も強く、体の弱った病人や子供が摂取すれば死亡する。
毒性もあるポーションで繰り返し蘇生すると、影響が出ることがある。
指紋が変わるのは序の口、最悪――体全体が腐る。
「アクセス完了しました。分布はこのようになっております。さらにオルガンという兵器が倉庫に放り込まれていますね。あの開かずの扉の奥にはとてつもない兵器が隠されていましたね」
「ふむ。これは……確かにな。使える」
「……こんなもん、マレフィでさえ喰らいたくないぞ」
「しかし、弾が少ないな」
「アレでか!?」
「ええ、消費スピードを考えますと……心もとないですね」
「兵器課に作らせることは可能か? 弾だけでいい」
「可能です。手配しておきましょう」
「しかし、恐ろしいの。よく考えるもんじゃな。このオルガンとかいうもの……」
「話は変わるが、騎士達はどうしている?」
「4分の3が避難民の誘導にあたっています。残りはここで貴族の護衛です」
1ヶ月ほど前の災害により維持不可能になった村が多少出た。
現在はそこの住民を保護して回っている最中だ。
それは貴族の仕事となったため、凶家のほうはそれほど関わっていない。
進捗状況くらいは知らされるものの。
騎士たちは普段は4分の1が領内を回って魔物の討伐を、4分の3が貴族の護衛をしながら訓練をしている。
遠征にはお金がかかるので、半分も遠征させられないのだ。
それが普段の3倍も騎士を出すとなれば、お金に糸目をつけなくなった証拠だ。
人が少ない国では、ひとつの村の存亡が国自体お存亡に関わってくる。
人口が少なすぎるゆえに、これ以上失う訳にはいかない。
少なくとも貴族はそう考えている。
王都にいる騎士の数が少ないが、元々休暇中の兵が4分の1はいた。
王宮の守護は凶家が担当するゆえに、現在は困ったことも起きていない。
訓練自体は行われなくなって久しいが、それでも元から兵のレベルは高かったので問題はない。
というよりもレベル上げは王都では出来ない。王都での訓練は技術や魔法を磨くだけで、本当に強くなるためには強い魔物が出没する地域への遠征をもってしか達成できない。
「ここに残る騎士は少ないな。しかし、仕方ないか。もしや、難民を王都の中に入れたりはしていないだろうな」
「もちろんです。大罪の国は外部の人間を受け入れません。壁の外にあるシェルターに住まわせています。緊張状態が解除され次第、送り返す予定です。災害がいつまで続くかはわかりませんが」
「――災害、ね。ルシフェ、アレは終わるものかの?」
壁の外にあるシェルターは地面の上に寝たらまず間違いなく凍死するであろう人に対しての収容施設であり、隔離施設だ。
王都内部につながる通路はあるものの、厳重に管理されている。まるで相手を犯罪者扱いしているかのように。
それでも、食料も毛布も供給されるのだから難民にとっては文句はない。
あってもそれを聞く人間もいないだろうが。
「恐らく、終わらない。しかし、生きていくことは出来るさ。この戦争を――そして『災厄』を乗り越えたら、な」
「いずれにせよ、物騒な話であることは変わりないじゃろうな――」




