第31話 『破滅』が破滅する日
鍵が破壊されることで現出した“死滅狂衰の門”。
その門が壊されることがあれば冥界は現世に溢れ、紅の世界は終わる。
地上は地獄、生者は死者と化し永劫に苦しみを与えられ続ける。
二度と地上で生命が育まれることはなくなる。
『悲哀の終幕劇』
“死滅狂衰の門”にエリスの魔法が迫る。
エリスは駄々をこねるように、全力で力を開放した。
この攻撃を受け止められるものなど、地上には存在しない。
轟音。
爆煙。
やった! とエリスは勝利を確信する。
煙が晴れる。
“死滅狂衰の門”は厳然としてそこにある。
そこには傷のひとつさえ見られない。
「……………………………………………………………え?」
エリスはやっとのことでそれだけを口に出す。
目の前で何が起きたか理解できないようだ。
「驚いたかね? ここまで事態は君の手の内で進行していたように見えて、実は私のシナリオ通りなのだよ」
自慢げに解説してやる。
これでも結構苦労したんだ。
勝ち誇るくらいのことは許して欲しい。
「なにが、おきたの?」
思考が停止しているか。
無理もない。
最後の最後で全てがひっくり返ってしまったのだから。
「まず君が“死滅狂衰の門”が破壊できなかった理由から話そうか。確かに『能力』ならば簡単に破壊できただろう。なら、何故破壊できなかったのか? それはお前が破神を使えていなかったからに他ならない」
「つかって、いなかった?」
そう、そのために手を尽くした。
全てはエリスにこの瞬間に能力を使わせないために。
門の破壊には『破神』の能力の1%もあれば十分すぎる。
しかし、最後に放った魔法はエリスの魔力のみで作られた魔法だ。
それでは傷一つ付けられない。
“死滅狂衰の門”は破壊できない概念存在なのだから。
「そうだ。そのために私はあらゆる手段を使った。光神に絶望を与え、闇神に一筋の希望を与えた。貴様にも憎しみを奪い絶望を与えた。もしくは世界から逃げるよう仕向けた」
「それが?」
光神には己の無力さを演出してやって絶望の底に沈めた。
闇神には最後の一言を聞いてやることで、一筋の希望を残させた。
エリスには詭弁を弄することで現実を否定させた。
「わからないか? 能力は感情に反応するんだよ。私も君の『破神』と起源を同じくする『終焉』を持っているからわかるのだよ。君はそれすら知らなかったろう? 私の能力に必要なのは絶望だが、君のは違う。おそらくは憎しみか恐怖であると推測できる。しかし否定というのは逃避でしかないのだ。逃げる者は力を引き出せない」
「それで……」
私たちは能力と共鳴することで、能力に力を貸してもらう。
能力の方が上位にあるから、そもそも引き出すという捉え方自体が間違いだ。
それでも、あえてこの言い方をした。
逃避に占められた感情と能力を下位とみる勘違いがあれば、ほとんど能力は扱えないだろう。
「そして貴様に“死滅狂衰の門”を出現させたのも、もちろん理由がある。放っておけば、この門はいつか勝手に開くのだよ。かといって、無理に開くのが無駄とは思えんが。いつか、など期待できたものではない」
「そう」
勝手に開くまでは、1~20年程はかかるだろう。
さすがに範囲が広すぎるが、分からないのだからしょうがない。
開かないかもしれないからといって、そのままにはしておけない。
「ただ、本当に開かせるわけにはいかなかったから手は打った。そして、この門は改めて封印しない限り血赤の極光を引き起こす。貴様を泳がせていたのそのためだよ」
「そういうこと」
開かなくても、この門は災厄を呼び続ける。
血赤の極光をはじめ、冥界が現世へと流入し現世に冥界の理を呼び込む。
それを放っておくわけにはいかない。
どうしても一度“死滅狂衰の門”は出現させておかねばならなかった。
封印するために。
「何か質問は?」
「ない」
私の描いたシナリオ通りに進んで、とても気持ちが良かった。
私にはめられた愚かな女よ、質問があれば答えてやろう。
そう思ったのに質問しないとはつまらない。
「なにか最後に言い残す言葉くらいないのか?」
「もう、いい」
本当につまらない。
もう殺して終わりにしてしまおうか。
盛り上がりに欠ける最期だ。
最後くらい最高の演出で華々しく散りたいとは思わないのか?
「えらく投げやりになったものだな」
「ええ、御高説は聞きあきたわ」
風向きが変わってきた?
この流れはまずいか。
エリスから黒いものを感じる。
「なら、どうするのかな?」
「決まっているわ。全てぶっ壊してやる」
これは、憎しみか。
憎しみのままに暴れようとしている。
純粋な破壊衝動がエリスの中で暴れている。
この状態なら破神をわずかながら扱える。
絶望を怒りに変えるとは流石と賛辞を送りたいところだが、『破神』に選ばれた人間ならむしろ当然とも言える。
笑いが抑えられない、面白くなってきたではないか。
不謹慎だ、という思いは捨て置く。
「出来るかな?」
「やってやるわよ」
窮鼠猫を噛む、どころの話ではなくなってきたな。
鼠の一撃で喉を食い破られるかもしれん。
だが、最期は華々しくいかなくてはな。
味気ない幕引きなど、否定してやる。
「そうか。では、殺し合おう。盛大に」
「壊してやる……! あなたも……! 世界も……! 全てを……! ぶち壊してやる!!」
さあ、楽しくなってきた。
どちらがより能力を引き出せるか――
どちらの能力がより強大であるか――
勝負!
お互いに跳んで距離を取り、魔法を放とうとする。
―キィィ―
そこに不気味な音が響く。
まるで地獄の扉が開かれたかのようだ。
いや、地獄の奥底がこちらを覗いている――
“死滅狂衰の門”が人間一人が通れる程度に口を開いている。
「ごきげんよう、エリス、ルシィ。そして、さよなら」
『終わる箱庭の加護』
不穏な雰囲気を感じて即座に形振り構わず飛び退く。
『戦場の破壊盾』
エリスは防御。
『死者は現世で夢を見る』
山にも匹敵する大きさの人影が現れ、鎌を構える。
黒いマントを羽織っている死神。
フードの中から覗く顔は骸骨。
それも人間の輪郭などしていない。
10mはある鎌を横なぎで振るう。
かろうじて私は攻撃範囲から逃れるものの、エリスは盾ごと両断にされた。
それを確認する暇は私には与えられなかった。
扉から出てきた人間の顔を見てしまったから。
「…シシュ……フォ…ス」
呆然とする。
見つめるのは私が殺したはずの人。
死者は生き返らない。
それが現世でも冥界でも変わらぬ掟のはずなのに――
―何故笑顔を浮かべていられる!?
「久しぶりですね。殺された私が今更あなたに顔を合わせるのは、いささか気まずいものがありますが」
言葉を話している、だと?
それは生者にのみ認められたこと。
シシュフォスは私が、この手で殺した。
なのに、なぜ私はシシュフォスの声を聞いている?
「なぜ、そこにいる? “死滅狂衰の門”から出てきたならお前はすでに冥界に囚われている。現世に現れて何を為すつもりだ?」
「別に、何も。ただ、あちらの世界は変化がなくてつまらかったものですから。けれど、理解不能なことに敵意を向ける癖は直しなさい、と生前よく言っていたではないですか」
訳が分からない。
だが、世界はこうしてある。
今私は地面の上に立っている。
ということは、これは大した事態ではないのかもしれない。
何しろ世界は終わっていないのだから。
「お説教をよくされたことだけは覚えているよ。いつも聞き流していたがね。そういうお前も人の話を聞かないことは直っていない」
「あら、それはあなたにも言えることですよ。しかし、この世界は変わりましたか? なんだが、以前とは違った感触を覚えます」
私はわざと話を聞かないだけで、ごく自然にスルーする貴様とは違う。
それと、敵意を向ける癖を直す気はない。
もう慣れたが、相変わらず話を急転換させる女だ。
「変わっていないよ。変わったのは、お前の方だろう」
「それもそうですね。変わったのは私の方ですか……今の視点で世界を見て回るのも楽しそうです」
……ちょっと待て。
勝手にどこかに旅立とうとするな。
どんな急展開だ?
「なぜお前がここにいるのか、まだ聞いていないのだが?」
「ああ、私がここにいる理由ですか。確かに私はあの時死んで、死んだままでいるべきだったのでしょう。しかし、それは生き返ってしまった私が死ぬ理由にはなりません。別の話ですから、こうして生き返ってしまった私に死ぬ気はありません。この世界を楽しんでみようかと思います」
死ぬべきだった、と今死ぬのは別か。
それもそうだ。
今生きているのだから楽しみたいというのもわかる。
しかし、私が納得できるかはそれもまた別。
「それを許すとでも?」
「逆に聞きますが、あなたに私が止められるとでも?」
無理だな。
さきほど見た魔法から実力は桁違いだとわかる。
おそらくは『能力』と魂が完全に癒合している。
融合すら果たしていない私とは大違いだ。
「ち、私には仕事がある。とっとと何処にでも行ってしまえ、シシュフォス」
「ええ。久しぶりに会えて嬉しかったですよ、ルシィ。さようなら」
歩いていくシシュフォスを見送る。
人間気取りか?
まあいい、勝手にしろ。
やるべきことをさっさと済ませなければな。
「イラ、痴話喧嘩は終わったか?」
人影が聞いてくる。
私が待機させておいた人間だ。
「は、余裕だな。アケディアよ。本当に喧嘩していたら、お前は消し飛んでいたぞ。いくら大罪の国で最高の防御能力を誇る貴様であってもな」
“アケディア”―『怠惰』
大罪の7家の中で特に封印を担当している。
中でも、この人影は罪名を冠する当主。
「そうですか。貴方が感謝しろというのならば、そうしましょう。で、私が封印するのはあの大きな門か? まさか最上級封印術式を施術する機会が私にあるとは思わなかった。修復なら手馴れたものだが」
それもそうだ。
封印する必要のあるものなど、単に壊すのが惜しいことが理由であることがほとんどだ。
大罪の国ではそんな無駄はしない。
壊せるのならば、一思いに壊してしまう。
だが、この門は絶対に破壊されてはならないものだ。
大いに不本意であるが、封印する他ない。
「そうだ。アレは最上級封印術『七罪結界・龍神堕天』でなければ封印できない。“世界龍の鱗”の欠片を使って行う、人の世には過ぎた術だ。死の覚悟は十分か?」
「無論。私は役割を果たす。始めるぞ」
良い覚悟だ。
補助をする人間の準備も終わったようだ。
単に定位置に移動するだけだが。
“世界龍の鱗”とそれを制御する人間があればそれでいい。
他は邪魔にしかならない。
「世界龍の鱗は私が持つ。安心して命をあずけろ」
「言われずとも。号令は任せる。お前が頂点だ。イラ」
始めようか。
あるいは、終わらせよう。
「これより『七罪結界・龍神堕天』を発動する。各自、封印術を忌動せよ!!」
応える声はない。
代わりに、翠色の光が広がる。
アケディアを中心に狂的な密度で複雑な図形が描かれていく。
頭が沸騰しそうなほどの術式の嵐。
見るだけで頭が壊れそうだ。
もちろん、そんなものを起動させるための魔力など人を1億人集めたところで足りはしない。
鱗の欠片が持つ無限大とも思える魔力を利用して封印術を紡いでいく。
そこには詠唱はない。
神秘的な道具もない。
熱狂する気配もない。
代わりに光があった。
荘厳たる意思があった。
狂った魔方陣があった。
封印が完成していく。
周りに敵はいない。
これは意識を散らして完成させられるような類の術ではない。
ゆえに、前もって虫の一匹に至るまで殲滅しておいた。
目の前で封印術が完成していく。
アケディアと補助の6人を犠牲にして。
泣き言ひとつ言わず、命を惜しむことなく励む彼ら。
大罪の国のため、引いては世界のために命を捨てる。
人はそれを勇姿と呼ぶのだろう。
私は彼らの勇姿を心に刻み込む。
物音ひとつ立てることなく、彼らは散った。
現世を冥界に染める“死滅狂衰の門”を封印して。
長く続いたエリス編もこれで終了。
次は世界を破壊するモノ編へ移行します。
人ではない巨大な災厄たちへルシフェレス一行が立ち向かう話。
エリス編はいかがでしたか?




