第29話 5つの扉
「何ですって?」
私を追い詰めて有頂天になっているエリスに言ってやる。
「ほうら、救世主が来た。正しくは『勇者』が」
勇者ならば邪神でさえ葬ってくれるだろう。
マレフィは、私が言ったとおりに人質を連れてきてくれたことだしな。
勇者は仲間を守るために真の力を使うだろう。
私がここに居ても、勇者が真の力を使うためには邪魔になるだけ。
勇者とエリスが話し始めた。
よし、注意はそれたな。
今のうちに去ろう。
『転移』
抜け目のないことに愚者の翼と雷帝も同乗してきた。
……好都合ではある。
「さて、ルシフェ。これからはどうするのかの? 勇者の加勢にでも行くか?」
「その必要はない。これから3日後にエリスに決戦を挑む」
落ち着いてきたところで尋ねてきたマレフィに答える。
あの状況を作っておけば、勇者は邪神を倒してくれるはず。
それにしても情けないことに、愚者の翼と雷帝は口を開く体力も残っていないようだ。
私にはかろうじて話すくらいの体力は残っている。
「3日後か。邪神はいいとして、根拠は?」
「最速で“死滅堕衰の門”を開こうとすれば、それだけの時間がかかる」
別にもっと時間をかけてもエリスたちに問題はないだろうが、無意味な引き伸ばしはしないだろう。
されたとしても、先延ばしならば問題はない。
守るべき場所は分かっている。
待ち続ければいいだけの話だ。
「またマレフィの知らない単語が出てきたの」
「“死滅堕衰の門”とは”冥界の扉”の上位概念だ。開かれれば、地上の生き物全てが死に絶える」
漆黒の領域、という言葉を覚えているかな?
そこは死者の国、人が人として生きていくことができない土地。
有り体にいえば、紅の世界全てが”そう”なる。
現世と冥界がひっくり返されてしまう。
「なら、止めんといかんわけか。で、どうやったら止められるのじゃ?」
「それは簡単だ。門を開くには5つの鍵を壊す必要があるから、壊されなければそれでいい。鍵が現れるまでの時間が3日だ」
邪神の悪影響が顕著に現れるまではおおよそ三日。
龍脈が汚染され、5つの鍵が現れる。
その鍵は木、火、水、金、土の5つの属性を司り、鍵を壊さなければ門は開けない。
そして鍵は同じ属性の魔法でなければ破壊できない。
『火神』と『金神』は死んでいるが、上位概念である闇と光ならば代行可能。
数は丁度というわけだ。
「ふむ。で、そう言うからには鍵がどこに現れるか知っておるのじゃな?」
「当然」
さすがに知らないというのは恥ずかしすぎるからね。
しっかりと把握してあるさ。
「ちっと思うたんじゃが、先に鍵を手に入れて隠してしまうわけにはいかんのかの?」
「無理だ。さっきは鍵といったが、それは龍脈そのもの。厳密には全く違うが、要するに鍵の破壊とは龍脈の破壊だ。魔法を打ち込むことで壊す。さすがに龍脈を移動させることはできない。そんなことをすれば天変地異が起こってしまう」
まあ、鍵の奪取は真っ先に思いつくか。
けれど、先程は便宜的に鍵といったが実際は動かすどころか隠蔽すら不可能な代物だ。
マレフィの意見は却下だ。
ちなみに龍脈というのは、人で言う気脈だ。
人の体内を駆け巡る魔力の流れを想像するとわかりやすくなる。
龍脈とは、世界を人体としてみた場合での気脈のことだ。
もちろん壊されれば調子が悪くなる――世界の場合は災害が頻発するようになる。
「そうかの。さすがにそんなにうまくはいかんか」
「だが、光神と闇神さえ殺してしまえば私たちの勝利だ」
代役が可能な2人さえ殺してしまえば属性は合わなくなる。
他の魔法使いに頼むのも、神の代役が可能な魔法使いはマレフィくらいなので無理。
「けど、リリスはどうするんじゃ? 1対1では勝てんじゃろ」
「その分は勇者にお願いするさ」
リリスを戦力に数えることができない以上、一番信頼がおけるのは勇者くらいしかいない。
……まがりなりにも信頼できる者は他にいない。
私の交友範囲はかなり狭いようだ。
どうでもいいことだが、この場に限っては不都合か。
「引き受けてくれるかの?」
「世界の危機です、と言っておけばついてくるだろう」
あれほどのお人好しは他にはいない。
あいつならば、人の話を軽々しく信じて協力してくれると信じている。
「ま、奴はそんな感じではあったがの」
「さて、2日間は眠ることにする。お前も備えておけ、マレフィ」
大罪の国でゆっくりと英気を養えた。
後は鍵の場所で待機するだけだが……
ここで問題が発生した。
「勇者、見つからんみたいじゃな」
「そのようだ、困ったな」
邪神が消えたのは、出現地から遠く離れたここからでも確認できる。
だが勇者の行方は知れない。
ラクスリアの情報網で見つからないとなると、捜索は諦める他ない。
療養しているのか、それともどこか遠くにいるのか。
重要なことは一つ。
勇者は鍵の防衛戦に参加できないということ。
「どうするのじゃ?」
「もともと数合わせだ。化け物部隊から借りてくるさ」
そう、別に勇者は換えが効かないところに置く気はなかった。
負けても、それはそれで別にいい。
「さて、行くとするかの」
「ああ」
散っていった。
月が天空に輝き、星が地上を照らす。
いつもと変わらぬ光景とはいえ――
「良い夜だ。月は狂気を掻き立てる、そうは思わないか?」
「月は月でしかありません。そんなものに感傷を抱くのは、人間だけです」
ん? この声は――?
「ここに来るのは『闇神』かと思ったのだが――」
「残念ですね。その方はそこまで予想して、もう片方に行きました」
ここは金の属性を司る鍵。
金には闇神を、火には光神をよこすというのが私の予想だった。
どうやら、その考えは闇神に読まれていたようだ。
それで実際には金には光神、火には闇神ということになったか。
「まあ、君でも問題はないさ。さっさと死んでくれるかな?」
「死ぬのは貴方です。神を殺した罪深き人間よ」
罪深き、ね。
言葉を飾ることに意味はない。
反論はしない。
始めようか、世界を賭けた戦いを。
鉄火を逢わせ、思う存分に殺し合おう!
『破滅する冥王の嘆き』
『光神槍』
私の攻撃が光神の魔法を殴り潰す。
私が今装備しているのは“サタナエルの竜牙”、攻撃力のみを補正する呪いの鎌。
圧倒的な攻撃力が生み出した余波が光神を襲う。
「がはぁっ」
呆気なく吹き飛ぶ。
それを見下ろし、私は冷たい声で宣言する。
「わかってもらえたかな? 君の能力は私よりも下だ。何をしようと、私には敵わない。諦めたまえ」
「うぐぐ。ぐぐぐぐぐ。私様は諦めるわけにはいかないのですよ。なぜなら私様は神なのですから! 神が世を正さなくて、誰が正すというのです!?」
大した覚悟だ。
力の差をまざまざと見せつけられ、無力を宣言されても絶望しないとは。
神を名乗るだけはある。
...良い意思だ!
が、その意思――折らせてもらおうか?
「世界を滅ぼして、かね? 人を救うために人を殺すのは本末転倒だろう」
「本末転倒? 人は死ぬことで幸福に満ちた世界に逝くことができるのです」
幸福、ね――
幸か不幸かは死に方が決めるものだと、私は思う。
お前のやり方は不幸しか生まない。
「それは違う」
「何故そう言い切れるのです? 世界には、不幸が溢れすぎている」
私が正義の味方だったら、人は自分の力で幸せを見つけられるものだ、とか綺麗事を言っていただろう。
あるいは、生きていることが幸せ、とかね。
生まれながらの不幸というものを知ろうともせずに。
しかし、私はそんなことは言わない。
私はそんな凡庸とは一味違う。
私は悪魔的に――奈落的に宣告してやる。
「君の姿を自分で見てみるがいい。どうだ? 無様だろう。それが己が望みを叶えられずに死んでいく人間の姿だ。幸せか? 違うだろう。死ななければ幸せになれないというのなら、まず自分で死を実践してみせろ」
「き、貴様ぁぁぁ」
憎しみに歪んだ顔。
しかし、私が望むのは憎しみではない。
君の絶望を見せてくれ。
「くっくっく。これでもまだ世界を滅ぼすなどと戯言を言うかね? 口だけの君にそんなことができるとは思えないね。とっとと逃げ帰ることをおすすめしよう」
「『最強』ルシフェレス・ファフニル・イラァァァ!!」
光神は叫ぶ。
自分の人生の全てを賭けて。
この私を殺そうと、それだけを考えて魔法を放つ。
『光』
全てを消し去る圧倒的な光の津波。
それは真に純粋な爆発であった。
光が全てを飲み込む。
それを前にして、私は微動だにしない。
目を閉じず――
回避もせず――
防御もせず――
ただ、受ける。
これは、さすがにきつい!
だが、耐えきった。
余裕の表情で詭弁を操ってみせる。
「先程のは攻撃だったのか? 悪いな。威力が弱すぎて気付かなかったよ。次はもうほんの少しでいいから、本気で撃ってみてくれないか? そうしたら、まぶしがるくらいはしてやるから」
莫大な光量で目も見えず体も動かないが、涼しげに言い切る。
今の私は誰が見てもダメージを受けていないと信じさせてしまうほどの演技をこなしている。
けれど実を言えば、声を出すのさえしんどい。
それも当然。
なにせ、『光神』の全力の攻撃を受けたのだから。
「ひぃぃ...あああ......ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫。
神々しさはない。
意思は砕かれた。
完全に精神が崩壊したようだ。
いや、完璧に奴の心を破壊したと言おうか。
これを成したのは私だ。
この顔が見たかった。
私の体は数秒で動けるまでには回復した。
ポーションを飲み干して残りの体力も回復しておく。
「さあ、止めを刺してあげよう。壊れた状態でいるのも辛いだろう」
私としては、こんな姿を他人に見られるくらいなら死んだほうがマシだ。
人として壊れてしまったら尊厳が終わる。
「いひ。ひひひひひひひひひひひひひ」
笑っている。
脈絡がないな。
本当に、見苦しい。
死んだほうがマシだろうな。
私は運命を刈り取る形をした鎌で、首を切ってやった。
「さて、他はどうなっているかな?」
『雷帝』トラロック・アルピラ・レイン
「ぜぇ、はぁ。へ、思ったより大したことなかったなァ『木神』。お前なんぞ、脇役に過ぎねェんだよ。とっとと舞台裏に引っ込みな!」
満身創痍のズタボロ状態で虚勢を貼る雷帝。
明らかにギリギリで競り勝ったことがその様子からうかがえる。
『雷帝』VS『木神』 雷帝の勝利。
『愚者の翼』イカロス・クレタ・パラフィリア
「勝ち」
涼し気な様子で勝鬨を上げる。
多少服は焦げているが、2回戦を行えそうなほどだ。
『土神』VS『愚者の翼』 愚者の翼の勝利。
“化け物部隊”所属『鎧人―アルマ―』
「やれやれ、とんだ化け物でしたが神に歯向かおうとは片腹痛い。この『水神』に勝てるとでも思ったのでしょうか。薄汚い化け物が」
ほとんどダメージを受けた様子はない。
ただ、鎧人の防御力が高くて攻撃がほとんど通らなかったのにいらついている様子ではある。
『水神』VS『鎧人』 水神の勝利。
『魔女』マレフィキウム・ヘクセ・ウィッチクラフト
「くっくっく。こんなものか? こんなものが神の力か? 弱すぎる。弱すぎて話にならんのう。一度生まれ直してみてはどうじゃ? そしたら、ほんの少しくらいはマシになるじゃろ」
「ぐ、『魔女』め。どうしてここまでの力を待っているわけがあるんだ? そこまでの力をお前は持ってなかっただろ」
『闇神』はマレフィに屈服させられていた。
圧倒的な実力差で。
「なぜ? そんなもの本気を出していなかっただけに決まっておるじゃろ。もっと言えば、装備を変えたんじゃよ。防御力だけを補正する安物から、魔法の威力を上げる貴様らが手も出せないような武具にな」
「そんな――。所詮失敗作は失敗作、俺は俺ってことかよ。せめて、世界に一筋の傷跡を残してやりたかったのによ。相手がこんなに強いとか、あんまりだ」
装備の差は圧倒的な能力差を生む。
今のマレフィならば例え神でも一撃で殺せるほどの能力がある。
そう、本来の実力ならば『最強』と呼ばれるルシフェレスより上―
―それが、『魔女』。
「では、さよならじゃな。せめて安らかに眠れ『闇神』」
「は、最後に一つ、せめてお前に傷を残してやる。お前の大好きなルシフェレス様はすぐに死ぬぜ! そいつだって俺と変わらねぇ失敗作なんだよ」
マレフィは冷たく死を宣告する。
闇神は慌てて負け惜しみを残す。
相手の心に影を落とすために。
「適当なことを言ってマレフィを動揺させて隙を作るつもりかの? 負け惜しみに付き合うほどマレフィは暇ではない」
「は、俺もアンタを騙せるなんて思っちゃいない。これは本当のことだぜ? 奴の体は治ってない。タイムリミットまでの時間をわずかに伸ばしただけだ」
状況から見れば、適当に言っているようにしか思えない。そう、マレフィは思おうとする。
けれどこの状況で言うならばもっと別の――そう、ふさわしい命乞いがある。
そして、ルシフェレスはしきりに時間が足りないと言っていた。
足りないのは世界に残された時間か、それともルシフェレスに残された時間か――
「嘘じゃ! 主は嘘をついておる!」
「おお、動揺したかよ? 少し満足したぜ、『魔女』のそんな姿が見れてな。ほれ、殺せよ」
マレフィは叫ぶ。
闇神の言うことを認めたくないから。
けれど、マレフィはいつもルシフェレスが時間が足りないと言うのを聞いていた。
「消えろ! 『終炎・エターナルブラストサラマンダー』」
一気に焼き尽くしてしまった。
マレフィは荒い息をつく。
「は。あのルシフェが死ぬものか。絶対に、絶対にそんなことはありえぬ――」
マレフィが無敵具合を発揮する回でした。
ちなみに、主人公の寿命で打ち切りエンドとなることはありませんのでご安心を。
今回は光神および水神が強そうに見えましたが、ぶっちゃけ相手のせいです。
ルシフェレスは超攻撃力特化装備で行ったので。
鎧人にいたっては未完成で弱いといった有様。ルシフェレスが大罪の国の人材を惜しんだだけです。




