第24話 通りすがり
「神々は呆気ないほどさっさと引き上げたが――」
「そのようなものものしい雰囲気で何をするつもりか?」
また、変なのが出てきたな。そう思いながら後ろを振り向く。
被っているのは恐竜の頭蓋骨か何かか?
良い趣味をしているとは言えない。
ぼろぼろの黒マントはともかく。
「なに、少し世界の脅威を取り除こうと思って、ね」
「罪もない民を皆殺しにでもするつもりか?すごい殺気だぜ。何者だ?」
実行するのは、ここに奉じられた御神体の破壊だ。
褒められたことではない。
が、私が皆殺しなんて残酷なことをする訳がないだろう。
まあ、初対面の相手に言っても仕方ないが。
神々を逃がした失態で多少イラついているしね。
少し殺気が漏れてたかもしれない。
「君こそ、そのような例えようもない気配は何だ?せめて名前だけでも教えてもらいたいね。それと、私の名は『最強』ルシフェレス・ファフニル・イラだ」
「ほう、君が――。名前は聞いたことがあるよ。私の名前は『通りすがり』エルガードレフテニア・レフフォニアシリアシリス・ドヴェルアデリスクルス・ネーエリブルグヒルガリアス・ビヴァリテイアレイエデス、だ。よろしく」
ふむ、その異名は聞いたことがないな。
しかし、この感覚は『世界龍』に会ったとき以来!
こいつ、とても人間とは呼べない。
強すぎる、な。
「お前は何だ?」
「『通りすがり』の正義の味方さ」
ひょうひょうと捉えどころがない。
正義の味方だと気負っている様子もない。
恐ろしいほどに自然体だ。
こういう奴の行動は読めたものではない。
気まぐれでどんな大事をしでかすやら。
悪の方がまだマシだ。
「私の目的は世界の脅威を取り除くための御神体破壊。別にここの農民を殺すわけではない。そこを退いてもらえないかな?」
「やれやれ。世界の脅威を取り除くためだと?例えどんな理由があろうと、民の信仰を打ち砕いていい理由にはならない」
む?
こいつ、結構熱い奴か。
禍々しい鎌を構えた。
しかし、未来というものが分かっていないな。
致命的なことが起こっていないうちに対策を立てなければ、すぐにでも最悪な未来が訪れる。
多少非道であろうと、今の内に災厄の芽は潰しておかねばならない。
それなのに、御神体を破壊すれば住民が嘆くなど悠長なことを言っている奴は――
―“世界”が、自分に優しいものとでも思っているのか?
「優先順位というものがある。それが許される行為でなかろうと、やらないでいい理由にはならない。それが世界の守護のために必要なことならば」
「お前のやっていることは、悪だ。だから、止める」
同時に飛び出す。
『天使を喰らう杭』
『悪魔を喰らう杭』
私と奴の攻撃が中央で交差、消滅する。
これは、私と同種の魔法だと!?
同じ流派の人間なら、同種の魔法を使ったとしてもおかしくない。
同じ師匠から魔法を教わるのだから。
しかし、初対面の人間が同種の魔法を使うなどありえない。
初めて使う魔法には威力がない。
魔法には、熟練度が必要なのだ。
同じ魔法を繰り返し使えば、それだけで威力と制御は上がる。
つまり、くり返し使わなければ弱々しい威力のままになる。
私のファイナル・アウトのような発展技は数少ない例外。
イラ家の人間でもないのに、私と同種の魔法を使う奴は一体?
「これは、一体何だ? 『通りすがり』」
「さあな。私は、お前を止めたいだけだよ『最強』」
初めて使う魔法で、私の魔法を相殺した。
つまり奴は格上どころの話ではない。
異名を呼ばれるのが皮肉に聞こえる。
「何様のつもりだ?貴様」
「私は何様でもない。ただの、通りすがりの正義の味方さ」
全能の神のつもりか?
この私をとるに足らない生物と舐めてるのか?
正義がそれほど偉いとでも?
「ふざけるな!正義など、目的の達成には邪魔になるだけだ」
「そんなことはない。正義はどんな人の中にもある。ただ、隠れてしまっているだけで」
正義など――
目的の達成には邪魔になるだけ――
それを問題にもしないほど奴は強い?
思考が止まってしまう。
『聖刻召還・火竜の息吹』
『氷結・エターナルフォースブリザード』
後ろに下がっていた2人が魔法を繰り出す。
驚いて無防備に振り向いてしまう。
私は――
『終焉する冥王の悲哀』
その攻撃を叩き潰した。
「リリス、マレフィ、手を出すな! 下がっていろ!」
怒鳴りつける。
「ルシフェ……」
「……ルシフェ」
2人とも悲しそうな目をして私を見る。
睨みつけると、すごすごと引き下がっていった。
「非道いことをする」
「貴様には関係ない。正義の味方など、私は絶対に認めない」
『神より堕ちし聖刻の杭』
『蛇より堕ちし邪刻の杭』
交差、消滅。
私たちは同時に距離をとる。
「何故、正義を嫌悪する? 貴様にも、信じる正義はあるはずだろう!」
「ないさ! あるとすれば、それは例え悪でも信じる道を行くということだけだ!」
「やりたくないことをやってまで、何かをやり遂げる意味はない!」
「やり遂げられないなら、その過程こそが意味をなさない!」
「結果だけを求めることに何の意味がある!? 重要なのは、過程だ! 結果を出そうとする正義の意思だ!」
「結果を出せない過程に意味などあるか! 結果を出すためなら、正義の意思など捨ててやる!」
『始まる希望の加護』
『終わる箱庭の加護』
強化した体で殴り合う。
「なぜ過程に目を向けない!?」
「貴様はこの世界の何よりも強すぎるから、そんなことが言えるのさ!」
「だれでも正義の心さえあれば強くなれる!」
「強い奴だけが正義の心を持っていられるのさ!」
離れて力を貯める。
彼はそんな私を冷たく見つめる。
「正義の心を分かってくれないのか」
「分からないさ。人間を気取る化け物のことなど」
『ファイナル・アウト』
『ホワイト・アウト』
技の威力が対消滅する。
一方的に押さえ込まれた。
周囲には何の影響もない。
本来なら余波でこの村ごと滅んでもおかしくないというのに。
しかし、その技は――
――彼女の技。
私が殺した初恋の人の、『賽の河原』シシュフォス・エフィラ・サンテスの技。
偶然とはいえ、その技を使うなど絶対に許さない。
その技を使っていいのは、彼女だけだ!
「お前の名前、エルガードレフテニア・レフフォニアシリアシリス・ドヴェルアデリスクルス・ネーエリブルグヒルガリアス・ビヴァリテイアレイエデスだったか? 長すぎて、滑稽な名前だな」
「……お前」
わなわなと震えている。
『通りすがり』が姿を見せてから、初めて敵意を見せる。
先ほどでさえ、どちらかと言えば説教のようなもので、敵意はなかった。
相手の魔法を真似た攻撃で対消滅させることで、相手の戦意を失わせる。
諦めずとも、相手の体力の限界まで完封して組み伏せる。
それが奴の戦法だった。
その彼が、姿を見せてから初めて殺気というものを放つ。
それはもしかしたら、世界創世以来より初めてのことだったかもしれない。
それも当然。
なにせ、名前を侮辱されたのだから。
名前は“世界”より頂いた命より大切なもの。
相手がどんなクズであろうと、汚してよいものではないのだ。
そんなことをされたら、たとえ聖人でも殺意を実行に移すだろう。
名前を汚されるとは、そういうことだ。
ある意味上位生物として他者に殺意を覚えることのなかった『通りすがり』が、人を嬲り殺すためだけに呪法を開放する。
『六道輪廻・地獄界』
気がつくと血の池に落とされていた。
体中に付着した血が激痛を与えてくる。
痛みで気を狂わせるのが奴の攻撃というわけか。
これは、血の池地獄をモチーフにしているのか?
それにしては、浮いてる死体がない。透き通った血色で綺麗なものだ。
しかし、常人であれば痛みを感じた瞬間にあの世に逃げ出すような苦痛!
奴らしいな。
あの世という逃げ道を用意しておくとは。
それに死体を漂わせておく残酷さも持ちあわせていないようだ。
だが、ぬるい。
痛みが攻撃になるとでも思っているのか?
私にとっては痛みなど、戦闘に伴う付属物でしかない。
そんなものが束になって襲いかかろうと、記号以上の意味はない。
けれど、絶望はここにある。
奴が作り私が囚えられたこの世界は強固すぎる。
私程度ではこの世界を壊すことができない程に。
……初めから感じていた。
だから最初から自暴自棄になっていた。
私が『最強』などと言われていようと、実力は『通りすがり』の足元にも及ばない。
でなければ、相殺などふざけた真似が出来る訳がない。
私では、適わないのだ。
『最強』は『通りすがり』に歯が立たない。
ここからは抜け出せない。
地獄で永遠に苦しめられ続ける。
この世界に囚われ続ける――永遠に。
けど―
それでも―
そうであったとしても―
“憤怒”はこちらも同じ。
むしろ、殺意は私が上。
壊す。
絶対に、壊す。
壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊ス壊ス壊ス壊ス壊ス壊ス壊ス壊スコwスコkスコワsコwスkwワスコワw―
ああ、飲まれていく――
ぼんやりと、どこか冷静な部分がささやいている。
飲み込まれていくのだ。
『終焉』に。
もはや理性はどこにもなく、野獣じみた暴力性だけがそこにあった。
行き先を見失った力だけが暴走する。
皮肉にも、その時がルシフェレスは『終焉』を完全に扱えた最初の時であった。
それは言い換えれば、『終焉』が完全にルシフェレスを手中に収めた瞬間の時でもある。
―『終焉』―
そこにはただ、剥き出しの能力だけがそこにあった。
生命の輝きは、意思の輝きである。
ならば、地獄にはわずかな輝きすら存在しない。
光など何処にもない血色を『終焉』が終わらせていく――
残ったのは、ルシフェレスだけ。
ただ一人、『終焉』の支配を受けるルシフェレスだけがそこに残る。
器たるルシフェレスだけは、終わりの中から救い上げられた。
世界が変わる。
捉えられた世界が崩壊することで、元の世界へ――
現世の光が目の中に飛び込む。
音がする。
風の音。
その音はどんどん強さを増していって――
悶える。
ぐっ!?
この風はなんだ?
私ですら、地面に張り付いているのが精一杯だと!?
目を、開けていられない!
四肢を使って、必死に地面にしがみつく。
この私が地面にへばりつくなど、屈辱だ。
目も口も力の限りに締め付けているのに、砂が侵入してくる。
この風では現世の外にまで吹き飛ばされてもおかしくない。
この業風――
何も見れない、聞こえない、感じられない。
声を出すことすらできない。
本当に、厄介な風だ!
もはや攻撃と言ってもいい程ではあるが、人を害すような質ではない。
石ころでも直撃したら撃ち抜かれるがな!
たっぷりと時間をかけ、風が収まる。
奴は、『通りすがり』はどうなった?
冥界の果てまで吹き飛ばされていても不思議はない――
獣のように無様に四つん這いになった姿で、風が通り過ぎたあとを見上げる。
人影がある。
立っている。
何も変わらずに、立っている。
『通りすがり』は、じっと佇んで私を見ている。
面を伏せ奴を仰いでいるかのような私の格好。
……私などより余程強いのだから不思議もないか。
私は見返す。
たとえ相手の方が強かろうとも、視線はそらさない。
私は、上座にて見下ろす奴を睨む。
「……あれから抜け出すか。悪かった、本気になってしまった。あまり悪いことはするなよ? じゃあな」
さらりと言って、去って行ってしまった。
……どういうことだったのか?
まるで訳が分からない。
『通りすがり』の顔に負の感情はなかった。
まさか、少し力を開放しただけで冷めてしまったのか。
奴の感情は一体どうなっている。
ボタン一つで切り替えできるわけでもないだろうに。
さて、リリスとマレフィは――
――木に叩きつけられて目を回している。
何が起きたかわかっていない様子だ。
「リリス、マレフィ、無事か?」
「うむ。体に問題はないが、今のは一体何が起きたのじゃ?」
「…大丈夫」
「返りの風だよ。さっさと立て。ひっくり返っているぞ」
「うむ、いつまでも天地が逆さまでは気持ち悪いしの。で、返りの風とは?呪い返しなら微風しか起こらんじゃろ」
「そうとも限らない。奴は規格外だ。例え、呪術に使った1%以下の魔力しか返らなかろうと、それが膨大な魔力であればこんなふうになる」
「むう、なんという膨大な魔力じゃ。あやつ、『通りすがり』とか名乗っておったが魔王か何かか?」
「むしろ、神様とでも言うべきだね。あれは」
「うぐ、厄介じゃの。一応見逃してくれたとはいえ」
「余り気にするな。あんな天災みたいな超常存在に関わっても無駄だ」
「忘れておるのか? お主は奴の名前を侮辱したのじゃぞ? 本来なら冥府の果てまで追いかけられてもおかしくないことを忘るるなよ」
マレフィは私のことをじっと見ている。
最悪なことをした自覚があるだけに、きついな。
「確かに、な。しかし、奴は去った。水に流してもらえたと思いたいね」
「それはそうじゃが。しかし、名を侮辱したのじゃからな。流石にそう思うのは無理があると思うぞ?」
まあ、名前を侮辱してしまったら、な。
しかし、あれは常識内で生きるような存在でもあるまい。
「常識は捨てろ。見るのは現実だけでいい」
「確かに、ここでうじうじ考えても仕方ないのじゃが。それを現実逃避というのではないかの?」
「考えるな。私は考えないし、考えたくもない」
「やれやれ。で、お主がキレたのはホワイト・アウトで自分の技を相殺されたからかの?」
「…そうだ」
「ああ。まあ、名を侮辱するのに比べたら大したことのないものじゃが、あれも人の人生そのものを否定する行為じゃしな」
「奴は、私とシシュフォスの絆を愚弄した」
「まあ、それで名前を侮辱するのもどうかとは思うのじゃが。で、何故急に冷めた? マレフィには『通りすがり』が呪法を使った後、急に2人とも戦意を失ったように見えたぞ」
「私の方は『終焉』の力の影響だな。我を失うことを許してくれなかったらしい。奴は知らん」
「そう…か…の」
不可思議そうな顔だな。
そんなに能力が人を支配下に入れるのがおかしいか?
ま、基本は人が能力を使うものだからな。
しかし、『終焉』は違う。
能力といってひとくくりにできるようなものではない。
これは世界の欠片なのだから。
そう、世界を管理する“世界龍”と同じ起源を持ちしもの。
『ノア』
今回は主人公でも歯が立たないチートが登場しました。
批判を喰らってしまいそうな内容でしたが、どうでしたか?
感想が欲しいです。




