第15話 ささやく『破滅』
「ふふふ。順調に神は覚醒しているみたいね」
『破滅』エリス・アレストラ・ネロはつぶやく。
心臓の傷があっても、眼光は全く衰えてはいない。
もちろん、能力としての『神』と統の世界にいる”神”は全く異なる。
前者は、他の能力とは一線を画す強力な能力としての『神』。
後者は、世界を管理するものとしての”神”。
存在理由そのものが違う。
「ああ、楽しみね。どれだけの力を持っているのかしら?世界を滅ぼすための力を与えられた彼らは」
嗤う。
世界全てを見下すような笑み。
なんということだろう。
集まってしまう。
世界を破滅させんと目論むエリスの元へ、比類なき能力を持った神が、7人も。
「けど、まだやることがあったわ。『最強』が統の世界にいるうちにやっておきたいことが」
無駄かもしれないけどね、とつぶやいて其処からエリスは姿を消した。
戒の国には、ずっとルシフェレスの帰りを待ち続けるリリスがいた。
リリスはおとなしく座っている。
人間味がないほどに美しいリリスがそうしていると、まるで人形のようだ。
時折近づく魔物たちを振り向くことすらなく殲滅していく。
そこにエリスが現れた。
エリスがリリスを見るも、リリスは何の興味も示さない。
リリスはルシフェレスに関さないことに興味を持たない。
昔の仲間にすら。
「リリス、お久しぶりね。元気にしてたかしら?」
「......」
リリスは何もしゃべらない。
宝石のようにじっとしている。
「あなたの『最強』に関することよ。元仲間のよしみで、あなたに忠告したいことがあるの」
「ルシフェの?」
やっと反応した。
「ええ。ルシフェレスのことについてです。実は彼、あなたに興味がないのでは?」
「何のこと?」
エリスは気を取り直して、神妙な顔をしてみせる。
リリスは純粋な瞳で話の先を待つ。
「彼はあなたのことなど何とも思ってないのでは?彼は他人を歯牙にかけることなく使い捨てられる人間です。貴方も同じように捨てられてしまうのではないかと心配で、貴方に会いに来たのです」
「ルシフェは私のこと、他人なんて思ってないよ。エリスのことなら、そうだと思うけど」
エリスは心配で会いにきたなどと言いながら、リリスに不信を植え付けようとする。
それに対して、リリスは一切の疑いなくルシフェレスのことを信じる。
「貴方がそう思っているだけでしょう?私は知っています。ルシフェレスの心はシシュフォスのことでいっぱいであることを。それは私たちが仲間だった頃から変わっていないのです」
「?シシュフォスのこと、私も好きだよ」
リリスは精神的に未熟で、恋のことなどわからない。
だから、エリスの言っている内容がわからない。
「ルシフェレスはシシュフォスのことを愛しているのですよ。貴方よりも、ずっと。貴方のことがどうでもよくなってしまうくらいに。だから、ルシフェレスはあなたを置いてどこか遠いところに行ってしまうでしょう。そのいつかは、今かもしれません」
「そんなことない。ルシフェは私が傍にいてもいいって言ってくれた。ルシフェレスは私を置いていかない」
恋を知らないリリスが望むことは、好きな人の近くに居ること。
キスも知らない彼女が望むことはそんな簡単で、けど難しいことだ。
彼女はそれだけを頼りにして生きている。
「いいえ、ルシフェレスはあなたを置いていきます。断言できます。あなたは、ルシフェレスに見捨てられる」
「そんなことない!ルシフェは、ルシフェは…….」
言葉が出てこない。
それは、図星を突かれたからではなく。
ただ、人との会話に慣れていないから言葉が出てこない。
それだけの話だったが。
他ならぬリリスにとっては、意味が異なる。
「詰まりましたわね。それは、あなたもそう思っているということですわよ。悪いことは言いません。ルシフェレスから早くお離れなさい。あなた自身も気付いているのですよ」
「あうぅ....あぅ。ルシフェが私を置いて?......あうぅ」
リリスはうなだれる。
意味もない言葉が口から漏れている。
「どうです?あなた自身ですらルシフェレスから離れるべきであることはわかっているのです」
「そんな.......あうぅ」
もちろん、エリスはリリスが答えられなかった原因などわかっている。
むしろ、そうなるように言葉をまくし立てたのだ。
悪辣ではあるが、効果はある。
「さあ、ルシフェレスから離れましょう」
「あぁ……あうぅ」
リリスの顔が絶望に染まっていく。
「どうか私についてきてください。私なら、あなたを幸せにできます」
「それは、違うよ」
断言した。
先程の言葉に詰まった時とは大違いだ。
それにはエリスの方が動揺した。
このまま勢いで乗り切れると思っていたところで、いきなり相手に調子を戻されたのだ。
人間は案外、勝っていると思っているときは脆いものである。
「何故です!?何が違うというのです?」
「私はあなたたちとは違うの。何がとは言えないけど、ルシフェもそう。だから、あなたたちと一緒に居ても幸せにはなれないの」
根拠はなく、奇妙な確信だけがそこにあった。
本人ですら説明できない感覚的なもの。
「そんなものは錯覚です。あなたはさっきルシフェレスには付いて行ってはいけないと、自分で認めたではないですか?」
「そう?なら、私のほうが間違ってたんだよ」
迷いなく断言するリリス。
どうにか話の流れを戻そうとするエリス。
「あなたは、自ら不幸になりに行くおつもりですか!?」
「私は、ルシフェとじゃなきゃ幸せにはなれないもの」
だんだんと取り乱していくエリス。
その顔は酷く歪められている。
リリスは、もはや迷わない。
自分の確信に従い、根拠も論拠も必要なく判断する。
相手が悪いイメージを植えつけようとしても、おかまいなしだ。
「何故ルシフェレスをそこまで信用できるのです?」
「ルシフェのことが好きだから」
臆面もなく断言するリリス。
これも幼さゆえの、精神の未熟さだ。
「......そんなふうに恥ずかしげもなく告白されてしまうとはね。そこまで慕われるというのは、少し羨ましくもあります」
「残念だったね」
独白するように、恨むようにぼそぼそとしゃべるエリス。
そして、幼さゆえの残酷さで同情するリリス。
「ふふふふふ。そこまで言われてしまうとは、この『破滅』エリス・アレストラ・ネロも堕ちたものです」
「がんばってね」
堕ちた女神と呼ぶに相応しい禍々しいオーラを纏い始めるエリス。
本人に悪気はないが、結果的に挑発している好例である。
本人はというと、本当に無邪気にエールを送ろうと思っている。
「このガキが」
「え?」
エリスが吐き捨てる。
リリスは聞こえなかったようだ。
「死ねぇ!」
「きゃ!」
エリスが襲いかかる。
リリスは抵抗できない。
リリスの戦闘能力には致命的な欠陥がある。
相手が自分を少し動かすだけで、全ての秘術の発動が防がれてしまう。
つまり、近接戦ができない。
「あなたの弱点は知っています。接近戦ができないあなたには私にすら敵わない!」
「それなら、隙ができるまで待つよ」
エリスがリリスの小さな体をボールのように蹴り飛ばす。
されるがままのリリスは、秘術を発動させようとして邪魔される。
「確かに通常の方法では、あなたを消滅させることはできない。だからと言って、秘術を発動させてやるとでも思いまして!?」
「…..それまでずっと待つよ」
蹴られ殴られ続ける未来を、一瞬の躊躇すらせずに選ぶリリス。
リリスにとっては痛みなど、自分の体など、どうでもいいのだ。
嬲られ続けて、いつかできるかもしれない隙を待ってもいい。
万が一ルシフェレスが助けてくれたらいいな、と思いながら自分の体を破壊され再生するループを続ける。
「いつか私が疲れて、隙を見せると?どんな手段を用いても、私にあなたを殺せないと?本気でそう思っているのなら、あなたは見た目と同じ5歳児程度の頭しか持ってないことになりますわよ」
「私は殺せないよ?神祖の回復力があるから、どんな攻撃を受けてもすぐ回復するの」
このまま続けて不利なのは、むしろエリス。
相手は殴られても体力や気力を失わないのだから、体力を消耗していくのはエリスのみ。
一方的に攻撃されている方が、実は有利だという稀有な事態が発生していた。
「『神炎刀“レーヴァテイン”』。これならあなたでも焼き尽くすことができます。世界を滅ぼす業火に包まれて死になさい」
「……『聖刻召喚・地竜の―
エリスは、虚空より炎で構成された正に神剣と呼ぶべき一刀を虚空から引き釣り出す。
その威容は、視界に捉えるだけで焼き尽くされそうになるほど。
しかし、リリスはそんなものに心をとらわれない。
抜け目のないリリスは、エリスが語り始めた瞬間に秘術を使う。
「小賢しい!秘術の発動はさせないと、言ったはず!」
「….あ」
エリスはレーヴァテインを振り下ろす。
リリスの秘術は間に合わず、魂ごと焼き尽くされ魂のかけらすらも残らない。
まさに絶体絶命。
リリスの命もここで終わり。
無敵に近い生命力は、神剣の前では意味をなさない。
不死にして不老である吸血鬼の神祖が、ここで消える。
悲鳴が上がる。
まるで世界が叫ぶかのような、歪んだ金属音の悲鳴が。
「そうはさせん」
この世界のあらゆるものを焼き尽くす神剣は、一人の男によって受け止められていた。
悲鳴は、手と神剣の間から響く。
「貴様は、『最強』ルシフェレス・ファフニル・イラ!?」
そう、受け止めたのはルシフェレス。
黒いオーラをまとった手で、神剣を掴んでいる。
「そのとおりだよ。『破滅』エリス・アレストラ・ネロ。恥ずかしながら、私のリリスを守りに来させてもらった」
そこに居たのは、統の世界に置き去りにしたはずのルシフェレス。
エリスはルシフェレスがここに来るまでの間を利用して、リリスを陥落させようとしていたのに。
「何故、どうやってここに来たのです?貴様は統の世界に置き去りにしたはず。この紅の世界に到着するには、どうやっても1日はかかるはず」
「さあ、なぜだと思う?もしかしたら神の思し召しというやつかもね。」
もちろん、統の世界にいる神に人を転送できる能力はない。
だから、これは単なる軽口。
ここで自分の能力をペラペラ話すほど、ルシフェレスは甘くない。
「その腕、つい先程統の世界に居たときは存在していました。つまり、あなたの移動手段は腕を犠牲にしなければならないもの、のようですわね?」
見れば、ルシフェレスが掴んでいる方とは逆の腕は存在していない。
ルシフェレスの再生能力があれば、直ぐに治っているはずの傷。
「本当にそう思うのかい?君に騙されかけたことが悔しくて、自分で引きちぎったのかもしれないよ。それとも、神の怒りに触れたといったほうが、君の好みかな?」
余裕の表情で、うそぶいてみせる。
繰り返すが、あの無力な神に人を傷つける力は無い。
ルシフェレスは後ろにリリスをかばっている。
リリスはルシフェレスにかばわれているまま。
余程かばわれたのが嬉しいのか、顔がにやけている。
そんな表情でも、美しいリリスならば天使のような顔となる。
「まともに話をする気はありませんか。なら、”レーヴァテイン”で焼き尽くすまで」
「話をする気がないのではないよ、秘密主義なのさ。それに、確かに君の持つ神剣ならば私を殺し切れるだろうが、当てられるかな?」
憎々しげに構えるエリスと、涼しい顔で挑発するルシフェレス。
両者の力関係はルシフェレスの方に傾いているように見える。
そこに―
「あまり我らの女神をからかわないでいただきたいものですな?『最強』」
神々しい、光のような男が現れた。
「君は?」
「私様は『光神』ネロ・アレス・ハイリッヒ。そして―」
『光神』の横にもう一人の男が姿を表す。
「オレは『金神』ネロ・アレラ・シュタール」
さらにもう一人が。
「オイラは『火神』ネロ・アスト・ザリエル」
続々と姿を現す。
「ワタクシは『木神』ネロ・アトラ・ホーエンツォレルン」
「わしは『土神』ネロ・アレト・シュタイン」
「私は『水神』ネロ・アスラ・ユスティニアヌス」
「ボクは『闇神』ネロ・アロラ・ナハト」
「「「ここに、七人の『神』が降臨した」」」
七人が声を揃えて宣言する。
『最強』ですらこの戦力差では、お話にもなりはしない。
それぞれが獲物を構える。
「そうか。君たちが『神』の力を持ちし者たちか」
「そのとおりですよ。そして、我らが揃ったからには貴方は終わりなのですよ。『最強』が『神』に勝てるとお思いで?」
残酷に宣言される。
この状況では、エリスとの相打ちくらいしか望めそうにない。
「ち。しかしこの状況でも『破滅』との相打ちくらいは望めるぞ?それは君たちにとって、道しるべを消失を意味する」
揺さぶりをかける。
口八丁でこの場を仕切り直す以外に、道はない。
さすがに8対1で簡単に殺されてしまうのは、ルシフェレスの望むところではない。
「それはどうでしょう?『神』にとって私1人を守りながら、あなたを殺すのは容易いことないでしょうか」
ち。
残念ながらその通りかもしれない。
エリスのニヤニヤ笑いが鼻につく。
その首、落としておけばよかったかな。
「そこまでにしておいてくれないかの?このマレフィに免じて」
緊張した空気の中に、無邪気な声が投げ込まれる。
幼い声に反して、老獪な老人のような口調の声がその場の空気をさらに緊迫したものとする。
「貴様、『魔女』マレフィキウム・ヘクセ・ウィッチクラフト!?なぜ貴様がここで出てくる?」
「何の用かな?マレフィ」
二人の視線にさらされて、愉快そうにするマレフィ。
一方、リリスはルシフェに庇われた幸せに没頭中。
神たちは、エリスの会話に口をはさむ気はないようだ。
「くっくっく。ちょっとばかり、ルシフェに恩を作りにの。その腕はどうしたのじゃ?マレフィは心配で胸が張り裂けそうじゃよ」
「後で教えてやる。それにしても、いつもながら君は胡散臭い」
「むぅ。相変わらずマレフィの好意は素直に受け取って貰えんの。マレフィはルシフェと子作りしたいほど、お主を愛しておるぞ?」
「あいにくと、1000年の時を生きていると噂の『魔女』の言葉を素直に信じられるほど、子供じゃなくてね」
「マレフィはまだまだ幼いぞ?ほれ、身長もこの通りじゃ。リリス程とはいかなくても、お主の肩にも届かぬ」
「いつから私は幼女嗜好になったのかな?」
私が雑談しているのを、エリスは警戒しながら睨む。
「ち。“今”は乱戦になれば私たちが不利。この場は引くわ。あなたたちはそこで延々と無駄話でもしてなさい」
引き上げていくのを見届ける。
ここで戦いたくないのはこちらも同じ。
エリスには隠し通したが、今は両腕とも使用不可能の状態だ。
片方は移動に使った力の副作用で消失。
もう片方は“レーヴァテイン”を防ぐのに使った力のせいでボロボロ。
ま、向こうも乱戦では『神』の力をうまく扱えないのだからお互い様。
私の両腕が使えないのを知っていれば、危険を冒す価値もあったろうが。
しかし、そうと知らないのであれば、逆に不気味に思えてしまうものだ。
この私の腕が無いなど、どんな謀略が潜んでいるのかと戦々恐々だったろう。
そう見えるように振舞った。
ま、この場の危機は乗り越えた。
戦闘になれば危うかった。
会話で終わった回、または第2の幼女が登場した回。
とはいえ、二人とも真正の幼女ではありませんが。
ちなみに戦闘になれば、主人公は倒されてしまうところでした。
今後は会話が増えていく予感が。
後、総合評価が常にお気に入り登録の2倍になってるのがデフォルトのような。
仕様ですかね?




