第14話 『破滅』の元に集う神達
「ハァ.....ハァ......げほっ。ぐ」
心臓を失ったエリスは喘いでいた。
戦闘狂共と違って、痛みを笑って受け入れられるほどの精神力はないのだ。
「ぐ.....ぶはっ....ごくごくごく」
ポーションを飲む。
心臓の傷を塞ぐほどの効力があるものは飲めない。
劇薬を水のように飲めるような存在は限られている。
「う。はぁ」
それでも落ち着いてきたようだ。
心臓が再生していないのに、それでも落ち着けるのは流石にレベル160といったところか。
レベルが100より下のものは、心臓に傷を受けた時点で即死するが。
「さて、これからどうしましょうか」
独白する。
『最強』を無力化する策は失敗した。
しかし、恐れる必要はない。
一番の凶悪な人間を先に無力化しておきたかっただけで、手駒はこれから揃うことになるのだ。
自分が死んでない以上、これからの計画を変更する必要はない。
そう。
世界の構成要素、その7つの欠片を支配する7人の神達が集うのだ。
『破滅』エリス・アレストラ・ネロの元に。
―水鏡の国・宮廷内
「今、何と言った?」
厳しい声で、詰問するのは水鏡の国の国王。
その声には傲慢さが透けて見えるようだ。
ついでに肥え太った脂臭さも。
「暇をいただきたいと申し上げたのです。我が王だった人よ」
応えるのは『水鏡』ネロ・アスラ・ユスティニアヌス。
王の叱責を受けているというのに、涼しげな顔の美丈夫だ。
こんなことをしている暇はないが一応は恩があるので付き合っておいてやろう、とでも言いたげな様子だ。
「ふざけるな!余が貴様を育てるのにどれだけの金を費やしたのだと思う?貴様は余の言うことに従っていればよいのだ。親衛隊長の分際で余計なことを考えるな!貴様は少し地下牢で反省していろ。衛兵、その身の程知らずを連れて行け!」
怒り狂って、吐き捨てる。
飼い犬が出て行こうとしているのがよほど気に食わないようだ。
怒りのオーラが発散して、脂臭さが漂ってきそうなほどだ。
「お言葉ですが、もう十分に恩は返しました。もはや貴方のおままごとに付き合ってはいられません。私には使命が、貴方ごときが関与できないほど重大な使命があるのですよ。繰り返しますが、暇をいただきたい」
あくまで涼しげな顔で茶番を演じる。
一兵士が王に意見を言えば、王が怒ることは火を見るより明らかだ。
水鏡の国の王は、一般的に言われる傲慢な王そのままの性格をしているのだから。
「衛兵!何をぐずぐずしておる。さっさとその愚か者を連れて行け。余の命令が聞けんのか!」
激昂した王は『水鏡』の言うことなど聞いちゃいない。
衛兵達に向かって野次を飛ばすばかりだ。
その衛兵達はと言うと、戸惑っていた。
『水鏡』は平民と貴族を差別することのない良い上官で、多くの尊敬を集めていた。
その衛兵達もまた、『水鏡』を尊敬している。
さらに、実力で言ったら天と地の差なのだ。
もちろん地の底は衛兵達。
束になろうが、足止めすらできるか怪しいレベルなので流石にためらう。
捕まえようとしたとしても、一瞬で返り討ちだ。
「こちらを向いていただきたい。貴方には前々から言いたいことがあった。民を省みず、己のことばかりを考え、勝手なことばかり言う。民を思わぬ貴方に国を統治する資格などない!」
『水鏡』は断言する。
民を不幸にする王を断罪する。
民から血税を搾り取り、強制労働させる。
さながら中世のようなこの国では当たり前に行われていることだ。
別にこの王は民を虐げることに快楽を見出しているわけではなく、広く行われているような行為。
それでもなお、『水鏡』は王を責め立てる。
「言うに事欠き、言うことがそれか!?私が王なのだ。王は、国を好きにできる資格を持っている。もう良い!貴様は死罪だ。今すぐ腹を切り自害せよ!これは勅命であるぞ」
ついに自害命令まで出す王。
己に従わぬ者がよほど気に食わないようだ。
しかし、『水鏡』が自刃するはずもない。
そんなことは様子を見ればわかる。
何せ『水鏡』の目に映るのは、悲壮な覚悟ではなく侮蔑であるのだから。
一方
(まずい。この流れはまずい。私が共犯と見られてもおかしくねぇ。その上、このままじゃ、私が『水鏡』と戦う羽目になるんじゃねぇのか?実力はあっちのが完全に上だ。一応説得はしてみるか―)
水鏡の国の姫である『冥界』プルートゥ・エリュシア・ハデスは焦っていた。
いつものように何も聞かされず会議に連れてこられたのだが、雲行きが怪しい。
自分に声こそかかっていないものの、周囲にはプルートゥを見る視線がある。
泥をかぶれ、と言うわけだ。
ここに、率先して口を挟む貴族はいない。
王族ですら。
責任を被るのは嫌なのだ。
だから、後ろ盾のないプルートゥに泥を被せてしまうという空気がある。
それを受けるプルートゥは水鏡の国を裏切れない。
幼少のころから、そう教育を受けてきた。
家柄の低い母から生まれたプルートゥはマナーなどを教えてもらえず、今でも冷やかな目で見られることがあっても、それだけはきっちりと教えられた。
水鏡の国の王にその身を献上しろ、との教えは今でもプルートゥの中に根付いている。
だからこそ、プルートゥは裏切れない。
それは幼少のころからの呪縛。
その呪縛は、周囲に裏切りを疑う目があっても解けはしない。
貴族達はしつこくプルートゥが『最強』と繋がっていないことを証明させ続けようとしている。
己の都合の良い駒として動かすことで。
もちろん、貴族の言いなりに動いても疑うことはやめない。
疑うだけで大きな戦力を得られるのだ。
止める理由がない。
貴族たちの視線を受けた以上、プルートゥは傍観者を決め込むわけには行かなくなった。
「お待ちください、『水鏡』。どうか今は矛を収めてはいただけませんか?貴方は今、興奮しているのです。少し時間があれば、貴方の考えもきっと変わるでしょう」
それは、説得と言うより時間稼ぎの一手。
戦闘になればプルートゥが負ける危険性が高いし、何より王が危険にさらされる。
というか、そもそも。
プルートゥが勝てる確率は著しく低かった。
何故なら。
プルートゥの愛用する武器。
大槌『煉獄の殉教者』は。
王が極秘に保管しているのだ。
ここには、ない。
武器のないプルートゥは帯刀している『水鏡』には適わない。
武器がなければ、まぐれすら期待できない。
「そんなことはありません。これは私自身が考えて至った結論です。あなたもご自身で考えてみてはどうでしょう?そう、ご自身で、この国のことを、冷静に、考えてみてください。貴族や王達の言いなりになっているのではなく」
悪魔のささやくように、『水鏡』は言葉を紡ぐ。
はっきりとした意思だけが、そこにあった。
「馬鹿なことを言うな!殺せ!殺すのだ!プルートゥ。こいつを殺せぇぇぇぇぇぇぇ!」
不味い事をいわれたかのように顔を蒼白くする王。
王は教育によって、プルートゥを縛ったことを自覚している。
ここでプルートゥにまで離反されたら、己が身の破滅だ。
この二人なら、水鏡の国を滅ぼすことは容易い。
それにしても、国の心配を一切しないのが愚王らしい。
そもそも賢王など、どれだけ存在するか怪しいものであるが。
「やはり、こうなりますか。仕方ありませんね。覚悟しなさい、『水鏡』。これから貴方を処刑します」
「いいでしょう。貴方が戦いたいと言うのなら、戦って差し上げましょう」
不利を悟って苦々しげな顔をしたプルートゥから戦線を開く。
例え不可能であろうと、王の勅命は実行しないわけには行かない。
涼しげに話す『水鏡』はさらに言葉を続ける。
「しかし一つ訂正しましょう。私はもはや水鏡ではありません。私は水王。この世界のあまねく元素の一つ”水”を支配する『水神』ネロ・アスラ・ユスティニアヌスなのです」
『冥界葬送・打ち首』
プルートゥがいきなり技を使う。
この技は思い切り顔のあたりを殴って、頭を吹き飛ばす技。
大槌がないので、ラリアットで代用。
しかし大槌どころか、ろくな服装備がないので、速度、威力共に不十分。
『水鏡』改め『水神』にとって防ぐのは何てことのない攻撃だ。
『水神盾』
一歩も動くことなく『水神』は魔法を発動させる。
自由に形を変える、一見脆そうな水のヴェールはいとも簡単にプルートゥの攻撃を弾いた。
「あ―」
そのまま水のヴェールはプルートゥの四肢を切断する。
その顔はやっぱりこうなったか、こんちくしょうめ、とでも言いたげに歪められていた。
「さて、では私はこれにて去ることにいたしましょう。皆さんごきげんよう」
狂乱する周囲に向かって告げる。
一瞬でこの場で唯一戦力として数えられるプルートゥを失ってしまったのだから、この狂乱は当然とも言える。
「誰か!誰か私を助けろ!おい!」
王にいたっては、砕けた腰で必死に這いずって『水神』から一歩でも離れようとしている。
錯乱した有様は、酷く見苦しい。
助けてもらおうとしながら、命令系であるのは傲慢さの表れだ。
貴族の大半も同じ。
兵士達はとっくに逃げた。
「待てよ、こら」
優雅に扉から出て行こうとしていた『水神』に声がかけられる。
何事かと思って、振り向くと―
殴られた。
殴ったのは、先程殺したはずのプルートゥ。
「ぐ、生きておられたとは。油断しました。私もまだまだ神の力の使い方が甘いようで」
わずかにダメージが入ったのか口の端から血が垂れる『水神』。
血を拭って立ち上がる。
「へ。実はな、さっき使った”幻想虚像”つうアイテムを昔『最強』からパクってたんでな。いやぁ、助かったぜ」
さっき殺されたプルートゥは幻覚だったのだ。
本物のプルートゥは気配を殺して、機をうかがっていた。
「ほう、私としたことがそんな手に引っかかるとは。しかし、私と貴方の差は歴然として存在します。ラッキーパンチが当たったからといって、どうにかなるとお思いで?」
まだまだ余裕の『水神』。
それもそのはず。
もう幻想虚像の効果は切れている。
そして―
「さらに、私が王を狙ったら貴方はどうするというのでしょうね?」
この世界では汚い手段は常套手段。
人間同士の戦争が永遠に続くこの世界では、正々堂々などというのは豚のえさ以下の価値しかない。
「へ。そう来ると思ったよ!」
『水神』が王に注意を向けた一瞬で仕掛ける。
相手によって守りに入らされる前に、自分で一か八かの特攻をする。
『冥界葬送・磔』
魔法で相手の動きを止め―
大きく腕を振りかぶり、手刀を心臓に向かって突き刺す。
防御を捨て、手刀に魔力を集中させる。
体感する時間が引き伸ばされて行く。
『水神』が驚いた顔をする。
わずかに行動が遅れた。
手刀は妨害されることなく『水神』の心臓に向かって一直線で放たれ。
『水神』は呆気にとられて反撃を忘れる。
結果、彼女の腕は彼の心臓を突き破った。
「殺ったか!?」
この奇跡のような勝利をプルートゥは喜ぶ。
相打ち狙いの一撃は見事に勝利をもたらしたのだ。
王を守れた安心感で、腰が砕けそうになる。
心臓を貫かれた『水神』の死体は崩れ落ち、砕けた。
砕けた死体は水しぶきを上げて、消えた。
「え?」
何が起こったのかわからないプルートゥ。
いや、脳がわかることを拒否しているのか。
「『水神鏡』。先程あなたがなさったことですよ」
貫かれた『水神』もまた、偽者だった。
その言葉と共に今度こそ、偽者でないプルートゥの心臓が手刀で貫かれた。
「がはっ。ぐぐ。てめぇ」
「まだ息がありますか。流石ですね。ならば、取って置きの技で葬って差し上げましょう」
立つのがやっとの有様で『水神』をにらみつけるプルートゥ。
涼しげな顔をして、プルートゥに哀れみの視線を送るアスラ。
『水神槍』
槍の形をした水が、跡形もなくプルートゥを消し飛ばした。
「さすがに、もう王は逃げていますか。些事を片づけたところで、集うといたしましょうか」
振り返ることなく去っていった。
今度こそ。
―光差す丘で
「これが私の運命ということなのでしょうか?ならば、従う以外にありません。私様は、集わなくてはならない」
『光神』の力に覚醒したネロ・アレス・ハイリッヒが呟く。
その姿は、光のように神々しかった。
―宝石の原石が散らばる場所で
「へ。そういうことかよ。なら、従わないわけにはいかねぇな。オレは従わなきゃなんねぇ。集わなきゃいけねぇってか」
『金神』の力に覚醒したネロ・アレラ・シュタールがぼやく。
その姿は、金のように移ろわなかった。
―溶岩たぎる火山の上で
「はっはぁ!そうかよ!従えってか!いいだろう!集ってやるよ!」
『火神』の力に覚醒したネロ・アスト・ザリエルが熱狂する。
その姿は、火のように荒々しかった。
―清浄なる森の中で
「はい。そうですか。そう言われるのなら集いましょう。」
『木神』の力に覚醒したネロ・アトラ・ホーエンツォレルンが捧ぐ。
その姿は、木のように静かだった。
―地層に埋もれた遺跡の上で
「このようなことが起こるとは。全く、わし以外にできぬのなら仕方あるまい。集ってやるとするか。」
『土神』の力に覚醒したネロ・アレト・シュタインが独白する。
その姿は、土のように悠然だった。
―暗き闇の中で
「ひっひっひ。そういうことになっちゃってんのかよ。しっかたねぇなぁ。集っちゃおうか」
『闇神』の力に覚醒したネロ・アロラ・ナハトが嗤う。
その姿は、闇のように禍々しかった。
偶然か、必然か、住んでいる世界も人種も年齢も異なる7人の神の声が重なる。
「「「『破滅』の元へ」」」
星が、瞬く。
今回は主人公なしでお送りしました。
彼らが当面の敵となります。
水鏡の国は2大戦力を失い、落ちぶれてゆくことでしょう。
周りの状況次第では、他の国に吸収されるかもしれません。




