第六話 迷いは姉の事
今回は視点が異なるため、短いです
私の名前は風と言います。
母様と兄さん、あとお姉様の4人家族でした。
でも、兄さんと母様は…もうこの世には居ないと思います。
こうなったのも、兄さんが人間に戦争を仕掛けた…いえ、それを止められなかった私のせいでもあります。
人間はほとんどが死んでしまい、生き残った一部の人は、月に逃げていってしまいました。
戦いの音が消え、うるさい警告音だけが聞こえる街を歩き、兄さんを探していると、血溜りに沈み、じわじわと赤く染まっていく人影が視界に飛び込んで来ました。
その全身真っ白な人影は、兄さんが血眼になって探していたお姉様だとすぐにわかりました。
抉れた脇腹から血がとめどなく流れ出し、誰が見ても助かるようには見えなかったでしょう。
震える手をお姉様に伸ばしたとき、握っていた結晶が血溜まりに落ちました。
すると、まるで逆再生を見ているかのような光景が…。
不思議な出来事のあと、少しだけ意識を取り戻したお姉様を担ぎ上げて逃げようと走りだしたとき、お姉様はかすれた声で洞窟の天井を落とすようにいいました。
でも、周りを見回しても洞窟なんて見えません。
私が戸惑っていると、お姉様の口が少しだけ動き、何かを呟きました。
でも、声が小さすぎて何を言ったのか私には聞き取れませんでした。
―――――
――――
―――
――
「え?」
私は気が付くと、家族で過ごしたあの洞窟の中にいた。
肩にはお姉様を担いで居るので、さっきまで街に居たのは間違い無いはず…。
「洞窟の天井………あ!」
ここで、やっと私はお姉様の言ったことの意味を理解することが出来、お姉様を洞窟の奥にそっと寝かせると、すぐさま入り口に向かった。
妖力弾をいくつも作り出し、一気に天井に投げつけると……。
ドン!パン!バン!……ズズン!
いくつもの爆発音の後に天井が崩れ落ちて、入り口を完全に塞ぎ、洞窟は外から隔絶された空間になった。
お姉様が言っていたのは多分このことのハズ…。
私は、土埃にむせながらそう思った。
「コレで良いのかな……」
その時、外から大きな爆発音が聞こえ、その衝撃で、地面が揺れ、天井からパラパラと岩のカケラが落ちてきた。
私は明かりが全く入らなくなり、真っ暗になった洞窟で、匂いだけを頼りに奥に寝かせたお姉様のところに戻って行った。
横たわるお姉様は、さっきは確かに切れ切れではあるものの、私に指示を出せるほどに回復していたはずだったが、今は再びピクリとも動けなくなってしまった様子だ。
呼吸はしているので、死んでしまった訳ではないようだ。
あの虹色の結晶を使えば、回復するかもしれない。
アレが埋まっていたのはどの辺りだっただろうか……。
真っ暗な上、匂いも判らないのでどこにあるのかサッパリ分からない。
「確かこの辺に穴があるはずだけど…」
私は地面を手探りで探して行く。
そんなに大きな穴を掘った訳ではないので、なかなかさっきの穴が見つからない。
「どうしよう……あ…」
やっとそれらしい小さな窪みを見つけ、その場所をより深く掘っていくと、次々と結晶が掘り出されていく。
10個ほど掘り出したが、まだまだ沢山埋まって居るようだ。
「明るい……けど…」
結晶を初めて見たとき、少ない光を反射して虹色に光っていると思ってた。
しかし、全く光がない今の状態でも、結晶は辺りをその虹色の光で満たしている。
この結晶は発光しているのだ。
「……チカチカする」
7色の強力な光のせいで、何だか目がおかしくなってきた。
「………あ」
私は光を放つ結晶を持って、お姉様のところに戻ってくると、そこでは狐が一匹眠っていた。
変化を解いたのだろうか……。
いや、これは解けてしまったと言った方が正しいのだろう。
変化が勝手に解けるというのは、変化を保てない程に妖力の量が減ってしまったことを意味している。
私は人間を恐怖させる以外に妖力を回復する方法を知らないので、今はこの不思議な結晶が不思議な力でお姉様の力を回復してくれる事を願うしか無い。
そう思いながらお姉様をよく見ると、首元に自然と目が行きました。
「………首…輪?」
お姉様の首には何故か首輪がついている。
お姉様には色々と聞きたいのは山々だが、何だか怖いので聞くことは無いだろう。
「あ……結晶……」
お姉様の首輪のインパクトが強すぎてうっかり忘れかけていたが、結晶を使うんだった。
「どうして……どうして何も起きないの!」
私の手によってお姉様の上に並べられた結晶達はお姉様を照らすだけで、何も反応を示さない。
お姉様が一度だけ意識を取り戻すことができたのはコレのおかげではなく、世間一般で“奇跡”と呼ばれる現象だったのだろうか……。
「何か薬草を………」
ならば傷に効く薬草を森で探そうと、立ち上がりかけたとき、ついさっき自分で入り口を完全に塞いだ事を思い出し、再びその場に座り込んだ。
それに、例え塞がっていなくても、外は爆発によって火の海になっていて、薬草なんか生えてる訳が無かった。
「このまま様子を見るしかないのかな……」
私は自分に出来ることが何一つないことに気が付き、落胆した。
「このままじゃ私も……」
人間が居ない今、無駄に妖力を消費すると、自分の存在が保てなくなってしまう。
お姉様の事は確かに心配だが、手の施しようが無い上、自分が消えては意味が無い。
すぐに変化を解いて狐の姿に戻り、お姉様の傍で今日の所は眠りに就くことにした。
―――――
――――
―――
――
私が眠りから覚めて、うっすらと目を開くと、そこには相変わらず眠り続けるお姉様の真っ白い毛並みが広がっていた。
しかし、なんだろう……昨日迄は無かったプレッシャーをお姉様から感じる。
そのプレッシャーから逃れるために、ゆっくりと身体を起こしてお姉様から距離をとった。
しかし、おかしいのはお姉様だけでは無かった。
洞窟は所々崩れていて、床には何年も放置されていたかのように土埃が積もってしまっている。
壁は尻尾で軽く掃くだけでパラパラと欠片が崩れ落ちる程に脆くなっていた。
私が一晩寝ている間に何が起きてしまったのだろうか……。
「1日でこんな……」
私は一晩で洞窟がこれほど荒れてしまったことに対して驚きを隠せ無い。
私はすぐに姿を変えて天井を落として塞いだ入り口へと向かった。
すると…
「なん……で?」
その一言を発するのが精一杯だった。
街の爆発を受けても石ころ一つ崩れ落ちなかった瓦礫が、一部崩れて空が覗いている。
さらに、その隙間から微かに聞いたことがない音と嗅いだことのない匂いが漂って来る。
「水の音……雨?」
瓦礫の隙間から見える空は雲一つ無い青空。
雨のハズが無い。
では、一体何なのだろうと、隙間に近付き、外の様子を伺った。
「ひゃう!?め、目が……」
顔に突然かかった飛沫が目に入ってしまい、その目は物凄く痛んだ。
「…しょっぱい」
唇に付いた水を舐めると、濃い塩の味がした。
この水が目にこれほどまで滲みるのはこの水が塩水だからのようだ。
痛む目を無理やり開けてもう一度外を覗いた。
勿論今度は飛沫に気を付けて、だ。
「うわ……綺麗…」
そこに広がっていたのは、空の青よりも深く、透き通った水。
朝日を反射してはまるで鏡の様にキラキラ光って、思わず見とれてしまう程に綺麗だった。
「…………って!陸はどこ!?」
深い青に吸い込まれてしまい、目の前の光景の異常さに気付くのが遅くなってしまった。
見える範囲に陸は無く、ただ広がる深い青が満ち引きを繰り返して飛沫を散らしていだけ。
「よいしょ!」
「何ともまあ……禍々しい気配を感じて来てみれば……あやつ以外にもしぶとく生き残っていたとは…」
瓦礫の上半分だけをどけての上から身を乗り出して外を見回していると、突然私の上からプレッシャーと共に何者かの声が掛かった。
一度も聞いたことが無い声だったが、その声が耳に届いた途端、言葉にならないほどの恐怖を感じ、身体中の筋肉が硬直し、額から冷汗が滝のように流れ始めた。
「イザナミと共にこの地に降り立ち、新たな国を作り出そうとしている時に…」
その人物はプレッシャーを放ったまま私の目の前の水面まで降りてきた。
沈んで行かないのは空を飛んでいるからだろう。
全力で目を合わせないようにしている私を置いて、相手は一人で勝手にブツブツと話し続けた。
「この国は清浄な物にするのだ!これ以上穢れの素を放置しては国創りに影響を及ぼしかねないからな。早いうちに浄化させて貰う!」
そう高らかに宣言すると、その人物は腰に下げた刀を抜き、素早く私との間合いをつめ、私の首を目がけて刀を振り下ろしてきた。
私は、未だに身体の硬直が取れずに指先一つ動かすことができない。
私の首を切り落とす事が出来ることに歓喜するかの如く鈍く光りを放つ刃。
数秒後には私の首を綺麗に切り落とすであろうソレを私はただ見つめるだけだった。