第五話 惑いは大戦の事
勢いに任せて書いているからだろうか…自分で読んでも駄文だと思う。
私は、このような状況を作り出した残酷な神を怨みつつ、その人物と対峙していた。
「なんだ?こんな人数を一度に相手するのは無理だと言わんばかりの顔だな」
―――――
――――
―――
――
この都市の科学は本当に凄いと思う。
大広間での会議の丁度一週間後のこと、宇宙船完成の一報が綿月家に飛び込んできた。
一週間で造るなんて寝言だと思っていたが、見事に作り上げた。
綿月家の人々と私は、先日の荷物に入れることができなかった必要最低限の荷物を持って航空宇宙センターに徒歩で向かっている。
これほど技術が進んでいるのも関わらず、この街に自動車はあまりないらしい。
その少ない自動車を誘拐に使ったばかりにあの誘拐グループはすぐさま御用となったのだが…。
それにしても、綿月の屋敷と宇宙センターは現代…いや、平成の世ならば誰も歩こうとは思わないぐらいに距離がある。
今は丁度半分くらいの辺を歩いているが、誰も疲れた様子がない。
今までほとんど外に出ていない豊姫達でさえ、だ。
ここにも未来の人類とのスペックの違いがありありと出ている。
豊姫よ依姫は、住み慣れた我が家を離れるのが辛かったようで、出発してしばらくは姉妹揃って泣いていたが、今はもう泣き止んでいる。
しかし、やはり堪えるのか、ずっと下をむいている。
話しかけても鼻声で言葉少なに応える程度なので、今はそっとしておくことにした。
私たちは人数が多いので、まるで大名行列のようになって歩いており、往来を行く人々の視線を集めている。
これだけの人数が居るにも関わらず、これで全部と言うわけではないのだから驚きだ。
今、この場にいない街の警護に参加した警護隊長をはじめとする人たちは、私たちと一緒の船で月に行くことになっているので、今頃、宇宙センターで私たちを待っていることだろう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「人間共が一箇所に集まりつつあります。如何いたしますか?」
森の中で木の陰から街の方に目を凝らしていた彼はそう言うが、私には集まっているかどうかどころか、人影さえ見えない。
私の隣にいる兄さんは興味深そうに彼に聞く。
「ほう?どの辺に集まっているんだ?」
「はい!ええと…だいたいあの辺りです」
彼が指さしたのは、街の中心辺り。
それを聞いた兄さんはニヤリと笑い、踵を返して歩き始めた。
「適度に集まった頃に一気に仕留めるか…ククク」
兄さんの向かう先は本部になっている洞窟だろう。
私たち家族4人で過ごした懐かしい洞窟…。
兄さんはここを本部にするときにお母様と涼花お姉様を仲間に引き入れるつもりだったようだが、2人ともその姿はなく、今も見つかっていない。
私たちが洞窟に着くと、その中には既に4つの影があった。
私たち家族と同じ4人……。
しかし、この4人には家族にはある温かさというものが存在しない。
私が感じるのは、憎悪、怒り、そして戦闘欲。
醜く、恐ろしい感情を抱く者。
そういう者達だからこそここにいるのだが…。
「本日、作戦を決行する。人間共は街の中心に集まってらしいが、理由は恐らく“月に移住する”などという馬鹿げた妄想。適度に一箇所に集まったところを一気に叩く。作戦内容に変更はない!俺の合図で各部隊一斉に決められた突入経路で突入せよ。街の中では暴れに暴れるのだ!」
兄さんが4人に素早く指示を出すと、4人は一礼して各部隊に戻っていった。
「さて、俺たちの部隊はあいつらが穴を開けたところを通って人間が集まっている場所で思いきり暴れることだ。分かっているな?」
4人が居なくなったあと、兄さんは私を振り返り、そう言った。
しかし、私は答えない。
何故なら本心はそんなことはしたくないからだ。
何も言わない私を見て、兄さんの顔がみるみるうちに険しくなっていく。
「お前…まさかまだ『私は戦いたくない。静かに暮らしたい』なんて思って居るんじゃないだろうな!?」
「……」
それでも私は答えない。
「そうか…もういい!お前はここにいろ!お前の部隊の指揮は俺が直々に執る!」
肩を怒らせて洞窟を出ていった兄さんの背中を見送り、私はその場に座り込んだ。
「痛っ!」
ため息をついて手を後ろについたとき、何かが手のひらに刺さった。
掌からは血が少しだけ出ている。
「……何?石?」
私は何が刺さったのかと地面を探した。
すると、地面から何かの鋭い先が飛び出ている。
しかも、周りの土は最近掘り返されたように他と比べて柔らかい。
「なんだろう?これ…」
私はその物体に興味そそられ、周りの土を掘り起こしてみる。
土の下から出てきたのは幾つもの美しく虹色に輝く結晶。
その結晶は薄暗い洞窟の中でもキラキラと輝きを放ち、かつ何か力強さを感じる。
この、自分の手のひらに収まる程度の大きさを持つ結晶を埋めたのはお姉様かはたまたお母様か…。
そして、何の意味が有るのか、私には想像もつかない。
外が騒がしくなってきた。
多分突撃の合図が出たのだろう。
もし、この場にお母様やお姉様が居たならば一体どうしていただろうか……。
兄さんに同調して街に突っ込んでいただろうか……。
逆にどんな手を使ってでも兄さんの暴挙を止めただろうか…。
いずれにせよ、私にはそのどちらを取る勇気も存在しなかったのだ。
私は自分が情けなくて美しい結晶を握り締め、独り――泣いた…。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
宇宙センターは、大変混雑していた。
この中から護衛隊長達を捜すのは一苦労だろう。
それどころか私自身、迷子になるかもしれない。
それは是非とも願い下げなので、振り向いて豊姫と手でも繋ごうとした。
――が、私の手は空を切り、豊姫や依姫、さらにはあの大名行列のように連なっていた綿月家一行の姿は既に視界から消えていた。
「え!?マジ?ちょっ!えぇ〜!?」
慌てて辺りを見回すが、人混みで全く見つからない。
ど、どうしよう……このままじゃ置いて行かれる。
よく考えれば、誰かが気付いて探してくれるはずなので、置いて行かれるような事はまず有り得ないのだが、焦りというものは正常な判断を阻害し、思考能力を奪う。
その状態に陥った私は、ただただ冷や汗をかくだけだった。
「あら?あなた、こんなところでなにをしているの?」
滝のような汗をかいている私の横から聞き覚えのある声がかかった。
その声は私にとってまさしく救世主の声に聞こえた。
「永琳。あなたも一緒に行くの?」
「ええ、席もあなたたちの近くにしたわ。それよりも、あなたはなぜ独りで突っ立っていたの?まさかとは思うけど、あなた…」
永琳の口元が面白いものを見たと言わんばかりにニヤリと笑う。
「うっ!…べ、別に迷子になったとかそういうことじゃないから!」
「あら?私は迷子になったなんて一言もいってないわよ?」
永琳の口元がますます歪んだ。
し…しまったぁぁぁぁ!ハメられた!
うう…恥ずかしい……あ、ちょっと視界がぼやけて…。
「うう……」
「----!!」
目から溢れようとする涙をこらえつつ、上目で永琳をチラリと見ると、胸を押さえながら、肌を赤く上気させ、荒い息を吐いていた。
「くっ!…私の心が撃ち抜かれるなんて…なんて恐ろしい子なの!?」
何かをブツブツ言っているが、人混みがうるさくて聞き取れない。
それよりも、あんなに荒い息を吐いて大丈夫だろうか?
永琳って病気持ちだったかな?
「とにかく、迷子さんは私と一緒に行きましょうね」
いつの間にか息を整えた永琳が私の手を掴んで歩きだした。
知り合いじゃなければ「助けてぇ〜!」と叫んでしまうレベルの邪悪な顔で…。
「みんながどこにいるか分かるの?」
私は永琳に聞いた。
「え?そんなの分からないわよ。でも、先に乗り込んでおけば、後から必ず来るでしょう?」
「あ、成る程……」
考えてみれば、これから宇宙に乗ることは決定しているのだから、そこに先回りすれば何ら問題ないのだ。
永琳に手を引かれ、そのままゲートを通過する。
完全に空港と同じシステムだ。
窓からは大きな金属の塊が見えている。
「ねえ、なに?あれ」
私は金属の塊を指差しながら永琳に聞いた。
指の指すほうを見た永琳は、「はぁ?」とでも言いたげな顔で答えた。
「なにって……私たちがこれから乗る船じゃない」
え?あれが!?ロケットじゃないんだ。
「なんだか……らしくないね…」
「仕方ないじゃない。これほどの大きな宇宙船を造るだけでも一苦労だったのよ?デザインにこだわる暇はハッキリ言って無かったわ。でも、性能は完璧よ!一機当たりの収容人数1万人、その割に船の大きさが小さいのは、空間制御装置によって船内空間を押し広げているからよ。また、重力制御装置によって船がどんなに傾いても物が宙を舞う事は有り得ない。さらに、動力は従来のロケットエンジンを廃止し、8つの重力制御装置を搭載することで、離陸や飛行が安定しているのよ!あ、因みに全部私の発明ね。あと、船の制御は―――」
永琳の口から、流れるように言葉が出ているが、私にはあまり理解出来なかった。
未だに永琳の宇宙船自慢は続いているのだが、いい加減頭がパンクしそうだ。
そこで、私は話を当たり障り無いように打ち切る事にした。
「えぇ!?そんなにすごい船なの?今すぐ乗ってみたいなぁ〜」
その言葉を聞いた永琳は気を良くしたようで、すぐに話を止めると、笑顔で私に言った。
「そうでしょ?フフッ…じゃあ、早く行きましょう」
永琳は私の手を掴みなおすと、スタスタと歩いていく。
さっきよりも、スピードが早いのは気のせいでは無いはずだ。
―――――
――――
―――
――
「ふぇ〜広い!屋敷の大広間以上だよ」
「それはそうでしょ。1万人が入るサイズなんだから…」
「それでもだよ。向こうの端っこがよく見えないよ」
えっと、通路を挟んで3人席と2人席で、一列それぞれ、足下に2mの超広々設計。
一列座席を含めて3mとすると……
10000÷5×3=6000
………6km!?
「ねえ、なんで横5列にしたの?もの凄く縦に長いんだけども」
「なんとなくよ」
だから、外壁に扉がやたらとあったのか……。
「因みに私達の席は、先頭だから、6km先よ。じゃあ、お先に」
そういって何かの端末を取出し、少しいじると、彼女は飛んでいった。
「えぇ!?」
わざわざ一番遠い扉から入ったのか……。
しかも、なんだ?今の。
重力制御装置は永琳の発明らしいから、それをうまく使ったんだろう……。
「はぁ……」
私は仕方なく6kmの道のりを走るのだった。
―――――
――――
―――
――
やっと席に到着すると、既に綿月家一行は着席していた。
「あら、以外と早かったわね」
「他人事じゃないですよねぇ?永琳さん」
一体誰のせいでこんなに走る羽目になったと思ってるんだ?
怒りを押さえながら、永琳の隣に座る。
通路を挟んだ2人席には豊姫と依姫が仲良く座っている。
もう暗い雰囲気はなく、2人とも笑顔だ。
「あ!涼花。どこに行ってたの?」
依姫が先に私に気付いた。
「迷ってたのよ。ね?」
答えづらい質問をされて、答えに詰まった私を出し抜いて、永琳が暴露してしまった。
「ちょっ!」
「静かにしなさい。もうすぐ発射するから」
永琳がそういうと同時に扉が一斉に閉まった。
いよいよ月に向かうのか……。
私はしみじみとしながら、窓の外をボーッと見つめていた。
すると、私の目に飛び込んで来たのは、こちらに向かってくる黒い塊。
「ねえ、あれなに?」
豊姫が私が覗いている物とは反対の位置に付いた窓の外を指している。
その指の先を見た永琳は、顔色を変えて窓に飛び付いた。
「最悪だわ……まさかこのタイミングで!?クッ!…あのスピードだと、離陸前に襲われる!」
永琳は憎々しげに言い放つと、コクピットに飛び込んで行った。
続いてコクピットに入ろうとした豊姫を座らせ、私はコクピットを覗いた。
「―――準備を急ピッチで進めていますが、妖怪の進攻スピードが早すぎて間に合いません!」
「防衛部は何をしているの!」
「現在交戦中ですが、数の差が圧倒的で持ちません!」
コクピットでは、永琳がパイロットから奪い取ったインカムでどこかと通信していた。
「ひ、東側の部隊が全滅しました!」
「なんとか時間を稼ぎなさい!」
そういうと、永琳はインカムを返し、こちらに向き直った。
「ねえ、東ってどっち?」
私はすかさず方角を聞いた。
「………」
永琳は無言で方角を指で示した。
わたしは、示された方角――豊姫と依姫の席にある窓を覗いた。
個々の妖怪の姿がハッキリ見える程に接近していた。
わたしは、コクピットに足を踏み入れ、パイロットに話し掛けた。
「準備が出来しだい何があってもすぐに飛んでください」
次に永琳に小声で伝える。
「豊姫達をよろしく」
永琳は何か言いたげだったが、そのまま目を伏せた。
最後に豊姫達の後ろの席に座る豊成と依雪さんに近づいた。
私は今、どんな顔をしているのだろう…。
「豊成様。申し訳ありませんが、本日で豊姫様と依姫様の護衛役を本日限りで辞めさせていただきます。1ヶ月間ありがとうございました」
「………そうか。いつでも戻ってきてくれ。いつでも歓迎する」
最後に私の言っている意味が理解できずに呆けている豊姫達に向き直る。
私は彼女達に笑顔を向けて、その言葉を口にした。
「じゃあね………転送」
一瞬2人の驚きに染まった顔が見えたが、それはすぐに別の景色に変わった。
「………テメエどっからあらわれやがった!」
私の目の前には東側を突破してきた妖怪達。
目の前に突然少女が現われたので困惑しているのだろう。
「どけ!小娘がぁぁ!」
突然1人の妖怪が私に向かって拳を振り上げ、突っ込んで来た。
私はそれをひょいと避けつつ、妖力を久しぶりに解放する。
調子は上々だ。
「小娘が相手ではやる気が出ないの?じゃあ、コレならどうかなぁぁぁあ!」
私は姿を一瞬で男に変えた。
いわゆる俺の真の本気モードって所だ。
「なっ!?妖怪!?」
妖怪達にさらなる動揺が広がった。
まさか同類が邪魔をするとは思って居なかったに違いない。
「さあ、ここは通さないぞ!」
妖怪共は動揺からか固まったまま動かない。
ならば、先制攻撃で数を減らす。
両手に霊力を集中させていく。
私の掌に集まる力に気付いて、慌てた妖怪共もいるが、もう手遅れだ。
「それじゃあ皆さん。前世で会いましょう。」
私は笑顔で両手を前にかまえた。
すると、構えた両手から巨大なレーザーが発射され、妖怪達を飲み込んだ。
「ふう……不意討ちだからこそ……か」
今のは相手が動揺がしていたから効いたようなものだ。
次も上手くいくとは限らない。
「次はどっから来るんだ?」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「あれ?」
俺の隣で戦況を見ていた『遠くがよく見える』という、特技を持った戦闘に全く使えないクズ妖怪が間抜けな声を発した。
「何だ?忘れ物でもしたのか?」
俺がソイツをバカにすると、後ろに控える部隊の中から笑い声が聞こえてきた。
そのクズは少し吃りながら俺に見えたものを伝え始めた。
「い、いえ、忘れ物な、等ではなく、東側から突入したぶ、部隊が何者かの攻撃によって消し飛びました」
「何者だ?人間共の新しい兵器か?」
「わ、わかりません。現在北側の部隊が人間と交戦中のようです」
「もしや………いや、まさかな。よし!我々も出るぞ!」
俺たちは街に向けて進攻を開始した。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「はあ……はあ…。どんだけ居るんだよ!」
一先ず、宇宙センターに近づく妖怪を中心に迎え撃って時間を稼いでいる。
たった今、宇宙船は離陸の準備が整い、動き出した所だ。
私は、飛び立った宇宙船に軽く手を振って、防衛部の援護に走った。
―――――
――――
―――
――
私の戦い方の基本は肉弾戦だ。
しかし、相手が複数の場合、初めのように、遠距離攻撃を行う場合もある。
それは相手が油断もしくはそれに類する状態や、こちらに注意が向いていない時等に特に有効だ。
「よっしゃ!3発目!」
三度目の遠距離攻撃。
今度も上手く妖怪を撃ち落とす事ができたが、一発目よりも明らかに威力が落ちている。
「やべぇ……体力が…」
偽マスパの連発と度重なる格闘が祟って、俺の霊力と妖力、そしては最早無いに等しい状態だ。
「こっからボス戦とかあったら死ぬ……」
「そうか…ならば、死ねばいい!」
「―――っ!」
疲弊しきっている俺の背後から誰かの声が掛かった。
振り向いた俺が目にしたものは、俺の頭を目がけて飛んでくる大量の妖力弾だった。
ギリギリ直撃は免れたが、髪の毛の先が少し焦げた。
「まだこんなに………」
妖力弾を飛ばしたのは十数の妖怪たち。
そのひとりひとりが今までを基準にすると、十分ボスとしてやっていけそうなレベルだ。
「なんだ?こんな人数を一度に相手するのは無理だと言わんばかりの顔だな」
それらボス級の妖怪の先陣をきっている妖怪。
その妖怪には会ったことがある気がする。
「なんだ?俺を忘れたのか?涼花」
「………稜」
「ああ……忘れられたのではないかと心配になったぞ」
私が“涼花”に戻ると稜はクククッと笑った。
「お前は一体何をしているんだ?こんなところで…」
「別に……稜こそどうしたのよ、そんなに妖怪を従えて、まるで隊長みたいね」
表面上は穏やかな会話だが、今にも戦闘に発展しそうな張り詰めた空気が流れている。
「…………」
「…………」
「………おまえらは各々散れ」
しばらくの沈黙の後、それを破ったのは稜の方だった。
稜の指示を受けた妖怪は皆別々の方向へ飛んでいく。
「なっ!―――っ!」
散っていく妖怪を追うために飛び立とうと足に力を込めた時、俺の鼻先を妖力弾が掠めた。
俺は飛び立つのを止め、妖力弾を発射した奴を睨み付ける。
「邪魔をしないで!」
「邪魔?邪魔をしているのはどちらだ?」
稜は掌をこちらに向けたままそう言った。
「お前は邪魔だ。涼花。俺の障害でしかない。障害は……当然消す!!」
稜が弾丸のように一直線に俺の方へ突っ込んで来た。
それをいつも通り体をさばいて避け、反撃のために稜を目で追っていた。
が、途中で見失ってしまった。
目を離した訳ではない。
急に消えてしまったのだ。
「ど、どこに!?」
俺は足を止めて辺りを見回した。
そう、“足を止めて”だ。
戦闘中に動きを止める事はすなわち、恰好の的になるという事を意味する。
特に敵を見失い、攻撃が読めない状態では、無抵抗でなぶり殺されかねない。
足が止まったのはたったの数秒間。
自分のミスに気付いて慌てて足を動かした時、何かが脇腹に激痛を残して通り抜けて行った。
「グ…ギィ!」
痛みの元に目を向けると、脇腹の肉をゴッソリ持っていかれ、純白の振袖が赤く染まっていた。
「あーあ、外しちまったなぁ」
痛みを堪えて声がした方向を向くと、稜が凍り付くような笑みを浮かべて立っていた。
その顔を見た時、私の頭には、ある単語が浮かんだ。
――死
稜に勝てる気がしない。
自然に足が震えだしている。
な、なんとかしないと、本当に死んでしまう……。
……そうだ!能力で動けないようにすれば……。
「なん…で…」
き、効かない!?
稜に何かが起こった様子はなく、平然と立っている。
どうしたら………と、とにかく次の攻撃が当たったら……。
「なんだ?的を小さくして当たらないようにってか?あぁ?」
「!?」
狐の姿に戻ろうかと考えたとき、すかさず稜に考えを読まれた。
「フッ愚かだな……。」
稜はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
死ぬ訳には行かない……。
体に残る妖力と霊力を掌に集める。
次第に身体から力が抜けていく。
「なんだ?まだ抵抗するのか?そんな残りカスの力で!今頃人間共は全滅だ!少し取り逃がしたが……」
稜は憎々しげに宇宙を睨み付ける。
「………」
対して私は何も言わない――いや、言えない。
意識もハッキリしなくなって来ている。
「最初で……最後…」
両手を稜に向ける。
掌に集めた力を解放して………私の意識は暗闇に落ちた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「………チッ!」
思わず舌打ちしてしまった。
俺は涼花の実力をはかり違えていたようだ。
「クソ!腕を一本持っていかれた……」
アイツが最後に放った攻撃……。
あんな威力の攻撃をする力は残っていたとは……。
まあいい……。
どうやら人間共は最期の抵抗で自爆装置を起動したらしい。
さっきからブザーとメッセージが鬱陶しい。
まだ息があるようだが、このまま置いておけば間違い無く街と一緒に吹っ飛ぶだろう。
「まっ!俺はさっさと逃げるけどなぁ?アハハハ!」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
私は、洞窟で見つけた結晶を握り締めたまま兄さんを探しに来た。
さっきから街中に響いている声によると、後10分で街が爆発するらしい。
「どこに行ったんだろう……」
周囲を見回しても、人間の肉片と妖怪の残骸が落ちているだけで、兄の姿は見当たらない。
「私も早く逃げないと……」
そう呟いて、元来た道を戻ろうとした時、見覚えのある白い物が見えた。
白い髪の毛と同じく白い振り袖が真っ赤な液体に沈んでいる。
「――――っ!?」
私は声にならない悲鳴を上げて、その場に駆け寄った。
私が近づいてもその人はピクリともせず、うつ伏せで倒れている。
脇腹が大きく抉られ、そこから真っ赤な液体が流れだしている。
とにかく、此処から運び出そうと、手を掛けた時、握っていた結晶を血溜りに落としてしまった。
「あっ………!」
拾い上げようと手を伸ばしたが、結晶は何故か溶けて消えてしまった。
溶けた結晶は虹色の光を放ちながら、地面に流れ出ている血液に広がっていく。
そして、光を帯びた血液は、まるで生き物のように独りでに傷口へと戻っていく。
夢でも見ているような光景だ。
「う………」
身動ぎひとつしなかった身体から声が発せられた。
私が目にした出来事は一体何なのだろうか……。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「う………」
私は重たい目蓋をゆっくりと持ち上げた。
目だけを動かして周りを確認する。
稜の姿は既に無いようだ。
代わりに私の事を心配そうに覗き込む影が……。
視界がハッキリしないので、顔は分からない。
「……誰…?」
喉からはかすれた声しか出ない。
「ああ……生きてる!良かった!早くここを離れないと!」
その影の声は少しだけ震えていた。
私の耳には自爆まで後3分を知らせるメッセージがぼんやりと聞こえている。
「……自爆……装置…」
誰かが起動させたのだろうか……。
「よいしょ!」
影の人物は私を担ぎ上げて走って逃げようとしている。
それでは十分な距離は稼げない。
「……それじゃあ…ダメ……洞窟の…天井を落と……して」
確か、入り口は街とは別の方向を向いていたはずだ。
「え?」
何を言っているのか分からなかったのだろう。
しかし、説明に費やすことが出来る時間も力も残っていない。
だから、私は最後に一言だけ言葉を発した。
「…………転…送…」
その数分後、自爆した街は、自らが抱えていた生命を根こそぎ刈り取って行った。
誤字脱字などがあれば教えてください