第十九話 月もそんなに良くはない
遅くなりました。何とか完結できるように努力いたします。
「それじゃあ、荷物を取りに来ただけなので、そろそろ帰ります」
「あら、そう?もっと頻繁に会いに来てくれると嬉しいわね」
「努力します…」
そんな会話を交わし、鈴蘭さんの笑顔に見送られながら堂の中に跳んだ。
堂の中から外を覗くと、太陽が非常に高い所に来ており、思った以上に鈴蘭さんと話し込んでいた時間が長かったことを表していた。
朔はしっかりと練習しているだろうか?
そう思いながら再び川原へと向かうと、朔はサボることなく練習を続けていた。
「朔。どうだい?慣れてきたかな?」
近づきながら話しかけると、朔は作っていた大剣を川に戻してこちらに向き直った。
息こそ上がってはいないものの、何となく疲れているような雰囲気がする。
「あまり芳しくはありません。一瞬で作るにはまだまだかかりそうです」
「そっか。まあ、焦らずゆっくり練習すればいいと思うよ」
俺がそう言うと、朔の表情が突然変わった。
「それはダメです!一刻も早く使えるようにならないと…」
「ど、どうしたんだい?そんなに焦って」
「あ、いや、別に焦ってなんか居ないです…」
なんだか朔の様子がおかしい気もするが、大したことではなさそうなので、放置することにした。
「ふーん…。じゃ、俺はもっかい出かけてくるから」
そう言って、俺はライフルを背負って地面をけった。
行き先は諏訪大社だ。
十年前になんとなくで何も言わずに出てきたが、今になって流石に悪い気がしてきたため、謝りにいこうと思ったのだ。
とはいえ、どっちに行けば諏訪なのかが全くわからないので、方向は勘だ。
何となく人がたくさん居そうな方に飛んでみることにする。
「♪フンフンフフ~ン…っと!」
鼻歌を唄いながら昼間の日差しを受けながら風を感じて飛んでいくと、地上から弱々しい光弾が飛んできて少し先を通過していった。
空中で静止して下を見下ろすと、妙な格好をした爺さんがこっちに向かって必死に光弾を打ち出しているが、ここまで届いたのはさっきの一つだけで、他は途中で消えてしまっている。
御札を振り回している辺りから、どうやら退魔師の部類のようだが、私の知り合いには傷一つ付けられそうにもないほど弱々しかった。
「へ~こんなに早くから退魔師っていたんだ…というより、退魔師って初めて見た」
俺は地上で一人で頑張っている爺さんをスルーして、再び諏訪大社を目指した。
「…にしてもあの爺さん。相手の強さも分からないみたいだし、素人か?」
耳と尻尾を出しっぱなしにしているので、確かに見た目は妖獣そのものなので、パッと見た感じ攻撃対象に見えるのは分からなくは無いが、相手が万がーにでも幻月のような奴だった場合、次の瞬間には肉片一つ残さずに消し飛ばされているだろう。
「…ていうか、行き先はこっちで合ってんのか?何かないのか?諏訪大社にある分社の気配とか!……ん?分社?」
そういえば、『分社があるところにはどこからでも来れる』と諏訪子が自慢げに行っていたっけ。
そうと決まれば、善は急げ!だ。
俺は諏訪大社境内の分社に転移した。
―――――
――――
―――
――
「…ぷげら!」
社の中から吐き出されるようにして転移を終えた俺は、顔面を地面にこすりつけて停止した。
自分の空間転送とは違い、分社転移はうまい具合に調整ができないようだ。
デコと鼻の頭がひじょ~にヒリヒリしているが、これでも軽傷なのは言われなくても分かっている。
突っ伏しながら両手で顔を押さえていると、全身の毛が逆立つような寒気に突然襲われ、無意識のうちに飛び起きていた。
――ガキィ!
次の瞬間さっきまで俺の首があった辺りの石畳に鉄輪が突き刺さっていた。
ギョッとして視線を上げると、今まさに鉄輪を投げた状態の諏訪子が立っていた。
「あの…諏訪子さん。これは一体?」
そう言いながら神力を少しだけ開放すると、諏訪子はちょっとだけ首をかしげた。
「その神力は…葵?いや~ごめんごめん。葵の分社の辺りに強い妖力を感じたからさ、どっかの妖怪が分社にちょっかいを出してるのかと思ったんだよ。」
「そ、そっか~。そういえば、何か口調変わってない?」
「ん~?自分ではよくわからないけど、どうなんだろう?葵が言うならそうかもしれないね」
諏訪子はケロケロと笑いながら、私を手招きして本殿に向かって歩いていった。
俺は痛みがひどくなってきた鼻の頭を撫でながら、諏訪子の後を追った。
本殿に入ると、威厳の欠片もない神奈子が、仕事もせずにだらけていた。
「あ~諏訪子?結局何だった?」
「ああ、それは―――」
「分社の持ち主だったんじゃないかなぁ?え?」
諏訪子が答える前に俺の低い声が部屋に響いた。
前回のことを謝りに来たつもりだったが、真っ昼間から仕事もせずにごろごろしている神奈子を見て、そんな気持ちは一気に吹き飛び、怒りがこみ上げてきた。
「あ、葵…これは、その…」
「なあ、諏訪子。こいつはいつもこうなのか?」
「まさか!そんな訳ないって。二割くらいは自分で仕事してるから大丈夫」
「ほう…」
この十年でどんな教育を受けさせられたのやら、笑顔で諏訪子はそう答えた。
諏訪大戦が終わった直後の彼女からは考えられないような大人の対応だ。
それに比べて……。
「お前さ……」
「これには深ーい訳が…」
「なんでそんなに堕落してんの?神の威厳を一ミリも感じねーよ。もっとしっかり仕事――」
――ピリリリ……
説教が勢いに乗るかという時に、懐から電子音が鳴り響いた。
電子音を知らない諏訪子と神奈子は、何事かと辺りを見回している。
「…もしもし」
『あ、葵?わたし、永琳よ。ちょっと相談があるんだけど、今から来れるかしら?』
「あ、久しぶり。全然大丈夫。今からいくから」
『そう?悪いわね。それじゃ、また』
電話を切った私は、ケータイを懐に戻し、諏訪子と神奈子にそれぞれ一言ずつ告げて、月の本殿内に転移した。
本殿の中は当然のように無人で、祭壇の上で月の都を守り続けている私の霊髪があるだけだ。
それを確認して、俺は狐の姿になり、綿月家に向かった。
―――――
――――
―――
――
できる限り人目につかないように細い路地を選んで進んだのだが、くねくねとしていて、時間がかかったばかりか、迷いかけてしまった。
「なんかスッゴク疲れた気がする……。永琳!居る?」
涼花の姿で玄関に入り、奥に向かって呼びかけると、すぐそこの襖が開いて手招きされた。
ゆっくりと中に入ると、そこには渋い顔をした依姫と豊姫、そして、深刻な面持ちの永琳が座っていた。
「急に呼び出してごめんなさいね」
私が空いている席に座ると、永琳がそう言った。
「全然大丈夫。で、何があったの?」
「……」
「あ…私が説明するよ。実は…」
口をつぐんで俯いてしまった永琳に代わって、豊姫が説明してくれたことによると、永琳がついに蓬莱の薬の開発に成功したらしい。
しかし、完成したとき丁度入れ物が無く、間に合せでそのへんにあったジュースの容器に入れたらしい。
その後、研究室に遊びに来た蓬莱山輝夜がジュースと勘違いしてその薬を飲んでしまった。
蓬莱の薬は永遠の命を手に入れる秘薬であり、それを良しとしない中央区によって開発直後、服用者を5年間の星流しにすると通告を出していたそうだ。
蓬莱山輝夜は、通告どおりに地球に落とされ、間もなく20年が経過するらしい。
「そっか、でも帰ってこれるんだね。良かった…」
「実は全然良くないの…」
私が肩の力を抜いてそう言うと、永琳が小さな声でつぶやいた。
「帰ってきたら実験に使われるの。あの子…」
「は?」
「何をしても絶対に死なない体。それを利用してあらゆる兵器や薬品の実験台にされるの…」
永琳はゆっくりと言葉をつなげていく。
それを聞いて私は反論する。
「ちょっと待って!だって罰は20年間の星流しだったじゃない!」
「表向きはそれで終わりということになっているだけだったの。私も永琳も依姫もさっき初めて聞いたわ」
その問いには、腿の上で拳を握り締めた豊姫が答えてくれた。
そんな話があるのならば、ハイそうですか。と引き下がるわけにはいかない。
だから、私はこう言った。
「なら、帰ってこさせなければいい。ずっと地上で暮らせばそんなひどい事はされない」
「それは無理だ。監視の目が厳しすぎて一切の接触は不可能だ」
「依姫、そんなことは言われなくてもわかってるよ。でも、連れ帰るって事は迎えを出すって事でしょ?その時が接触のチャンスな訳だ」
「でも、誰が行くの?私たちは地上に降りるメンバーに入ってないし…」
「そこは何とかならないかな?ハッキリ言わせてもらうけど、誰かが輝夜について行かないと、一人じゃ逃げ切れないんじゃない?」
私がそう言うと、皆黙ってしまった。
「……私なら何とかなるかもしれない。研究者、だから…」
唇をかみ締めた永琳は“研究者”という単語を吐き捨てるように言うと、そのまま部屋を出ていった。
「…方針は決まったね。直接は無理だけど、私もできる限りの手は打っておくから。……それじゃ」
そう言って私はその場から姿を消した。
「のわぁ!」
突然目の前に姿を現した私を見て、神奈子がおかしな声を上げた。
諏訪子はいないが、今度はしっかり仕事をしていたようだ。
「こ、今度はちゃんと仕事を…」
「それは見ればわかるって。それより神奈子、どこかで妙な女の子の話を聞いたりしてない?」
「妙な女の子?それなら、もっと西に行ったところにかぐや姫っていう美少女がいるらしいねぇ。何でも竹の中から生まれたとか…」
「西だね。分かった」
聞くことを聞いた私は、お礼も言わずに諏訪を飛び出した。
まずは西には向かわず、朔の妖力をたどって堂に戻るとこからだ。
辺りを見回し、意識を集中させ、朔の妖力を探す。
辺りをぐるりと見回すと、北東の方角から朔の妖気が漂ってきていた。
妖気の濃さからそれほど距離があるわけではないようだ。
背中のライフルを背負い直し、体を地面と水平にする。
足元に神力を集中させ…。
「出発!」
一気に爆発させた。
すると、前回とは異なり、体は地面との距離を保ちながら空気を切り裂いて進んでいく。
「……朔の気配が近づいてこない?」
景色が文字通り飛ぶように変わっていくにもかかわらず、いつまで経っても朔の妖気の濃さに変化がない。
それ以前に堂があるのは深い森の中のはず…なのについ今しがたそこそこ大きな里を過ぎたところだ。
「一体どういう――あっ!」
気配が強くなったと思ったら、一瞬のうちに遠ざかってしまった。
慌てて急停止し、今度はゆっくりと戻っていった。
地上を見下ろし、堂を見つけて地上に降りた。
「あ、ご主人様。どこに行っていらしたんですか?」
「あ、朔。そんなことよりも西に行くよ!」
「え?どういうことですか?」
「いいから来る!」
堂の中で休んでいた朔の手を掴むと、空に舞い上がった。
「朔は自分で飛べるんだっけ?」
「多少は…」
「そう。なら後を付いてきながら聞いてて」
そう言って私は、掴んでいた朔の手を放し、朔の方に体の向きを変え、後ろ向きで飛び始めた。
「ここから西に行くとかぐや姫っていうお姫様がいるんだ。近いうちにそのお姫様を悪い奴らが攫いに来るんだって。だから助けてあげたいんだけども、私は手を出せないんだよ」
「ご主人様が勝てないくらい強い相手なんですか?」
「いや…強力な武器を持っているとはいえ、相手は人間。それほどでもないと思う」
「では何故?」
「…相手が月の人間だから」
うまい言い訳を考えたが、辻褄を合わせられずに本当のことを話した。
「……私は何をすれば?」
「ありがとう…朔」
「一先ず暫くはかぐや姫の近くで退魔師のまねごとでもやっておこう。後のことはそれから」
そう言って私は正面に向き直り、ひたすら西を目指した。
―――――
――――
―――
――
「大きな街ですね」
三日後の早朝。私と朔は藤原京の外の山から都を見下ろしていた。
「確かにおっきいね。で、都の近くに来たし…そろそろ耳と尻尾を隠そうか」
「え!?」
朔の頭を撫でながらそう言うと、朔は引きつった表情でこちらを見た。
え…もしかしてできないの?
「え…じゃ、じゃあせめて妖力だけでも…」
「……」
朔は表情を変えない。
「マジか…」
妖力を垂れ流した状態でズカズカ入るわけにはいかない。
なんとかしなくては…。
「朔。暫くこの近辺で隠れてられるかな?」
「多分大丈夫ですが…」
「じゃあ、私は一週間位出かけるから。くれぐれも人間に見つからないようにね」
そう言って私は神殿に転移した。
―――――
――――
―――
――
「あ~!!なんとかしないとぉぉ!これじゃ話にならないぃぃ!」
私は頭を掻き毟りながらベッドの上を転がりまわった。
「鈴蘭さんに何かないか聞いて…いや、でもさすがに頼りすぎだよなぁ。かと言って私一人じゃ妖力を消すような式を書く位しか方法を思いつかないし。仕方ない…やるか」
私は顔を上げると意識を集中させ、ある能力を使用した。
――能力を操る程度の能力発動!
『霊力を操る程度の能力』に『式を創り出す程度の能力』を上書き!
―――現在の能力
Partition0/『能力を操る程度の能力』
PartitionⅠ/『封じる程度の能力』
PartitionⅡ/『式を創り出す程度の能力』
PartitionⅢ/『転じて飛ばす程度の能力』
「これでどうに……か?」
能力を書き換え終えた途端に言いようのない虚脱感に襲われた。
「やっぱり書き換えは疲れるな…眠い」
そう言って閉じた目を再び開くと布団の中に入って横になっていた。
完全に寝ていたようだ。
まだカラダが怠かったが、ゆっくりと立ち上がって机に向かった。
「…あ、何に書こう?紙…はすぐにダメになりそうだな。何かないかな?」
私はクローゼットを開けて転がっていた首輪を取り出した。
今度別なもので作り直すとして、一先ずはこれでいいだろう。
書き換えたばかりの能力を使って首輪の裏に模様を刻んでいく。
妖力を感知されないような式と目くらましで耳と尻尾を見えなくする式はもちろん、私とラインを確立して力を使ったり念話ができるようなものも追加した。
因みに自分の分は腕に墨で直接書き込んでおいた。
「すごい!与えたいたいモノを考えるだけで式が頭に浮かぶ!」
調子に乗って当初の予定にはなかった機能まで付けてしまったが、まあ問題はないだろう。
この時代で行動しやすいように姿を“葵”に変え、作ったばかりの首輪を持って藤原京の上空に転移した。
―――――
――――
―――
――
藤原京の上空に無事転移を済ませた俺は早速朔を探した。
トラブルに巻き込まれずに隠れられているといいのだが…。
「ご、ご主人様!遅いですよ!三日間もどこ行ってたんですかっ!」
「うお!」
朔を探して上空を旋回して居ると、木の陰から朔が飛び出してきた。
「どしたんだ?」
「ご主人様。実は…」
――ゴッ!!
俺に飛びついてきた朔を追うように森の中から大きな岩が飛んできた。
「何だ!?今の」
「アンタやるね!面白い!」
俺が朔を抱きかかえてそれを難なくよけると、今度は人影が飛び出してきた。
そいつの額には立派な角が一本生えていた。
「鬼か…」
「ご明察!アンタはそのチビの仲間かい?何だかはじめての妖力を感じてはるばる来たのに、大して面白くなかった。アンタは強くて面白そうだね。この星熊勇義と正々堂々勝負しろ!」
星熊と名乗る鬼は、一方的にに戦線布告してきたと思ったら、こちらの答えを聞かずに襲いかかってきた。
俺は朔を抱き抱えたまま、その直線的な攻撃をよけていく。
「朔、これを付けな。これで妖力を誤魔化せるからさ」
「おい!真面目にやれよ!」
「だって、勝負を受けてないし。じゃっ!俺たち忙しいから」
朔が首輪を付けたのを確認して、星熊に手を振って後ろをむいた。
すると、星熊はすぐさま正面に回りこみ、再び拳を構えた。
「逃げようったってそうはいかないよ!大人しく勝負しな!」
「しつこいなぁ…。眠れ!」
俺は星熊に向かって突っ込み、すれ違いざまに銃のグリップで思いっきり彼女の頭をぶん殴った。
一瞬で意識を刈り取られた彼女は、藤原京の近くの森に墜落していった。
「ったく…。さ、行こうか。朔」
「えっ?あ、はい…でも、いいんですか?」
「何が?何かあったっけ?記憶にないな…。覚えてないってことは大したことじゃないんだって」
袖をクイクイと引く朔に笑顔でそう諭し、俺は地上に降りていった。
そして、木の陰から藤原京に通じる門の様子を伺った。
門番は……居ないな。
「よし、朔。張り切っていくぞ!」
「はいっ!」