第二話 惑いは姉妹の事
さて、どうしたものか…。
まさか潜入早々お持ち帰り去れるとは思わなかった。
「えへへ…。名前は何にしようか?」
「依姫。顔が緩んでいるぞ」
「え?豊姫だってそうじゃない」
先程からだらしなく笑いながら私の名前を考えていたいるのは、綿月豊姫、依姫姉妹。
私の名前は涼花なのだが、ここで「私は涼花です」何てしゃべってしまえば、計画が台無しになる。
「スピルバーグはどうだ?」
ひぃ…豊姫さん、それはやめて……。
「え〜?そんなの駄目だよ。この子は毛が真っ白だから……」
おお…依姫はマトモな名前を考えて……。
「クロって言うのはどう?」
物凄くひねくれていた!
「え…?さすがにちょっと…」
豊姫も流石に困惑気味だ。
「じゃあシロで良いよ。普通に」
いや、スピルバーグやクロよか良いけど、やっぱり安易だな…。
ガラッ!
「依姫様、豊姫様、お勉強のお時間ですよ」
「もうそんな時間?」
丁度私の(適当な)名前が決まったとき、誰かが襖を開けて入ってきた。
赤と青の原色の服に身を包み、輝く銀色の髪を後ろで束ねた少女。
皆さんご存知の幻想郷のドS……いや、優しいお医者さん。
八意永琳であった。
さすがは永琳だ。
この年で勉強を教えられるとは…。
注意しないと正体がバレるかもしれない。
「依姫様、豊姫様。今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「へ?いや、私は特には…。」
「私も…」
「…そうですか。何だかカチンときたのですが…」
えーりんの勘、ヤベー!!
眉をひそめた永琳と目が合ってしまった私は無意識のうちに目をそらしていた。
「ところで、それはなんですか?」
永琳は、私を指さしてそう言った。
どうやら、目をそらした事に違和感を感じなかったようだ。
助かった…。
「豊姫と家の前で拾った狐さんだよ。可愛いでしょ?」
「飼うつもりですか?」
「そのつもりです」
「そうですか…。ですが、今はお勉強をするのですから、暫く私が預かります」
「え~?」
「ふふっ…大丈夫ですよ。ちゃんとお返ししますから」
そう言って、永琳は私を抱き上げると、「あ、忘れ物をしたので、暫く自習していてください」と言って、部屋を後にした。
―――――
――――
―――
――
「さて…そろそろ誤魔化すのはやめなさい」
「………」
私を抱えた永琳は、豊姫たちの部屋を後にしたあと、少し離れた小さな部屋に入った。
「あの2人は誤魔化せても私はだめよ」
「はあ…どうしてわかったの?」
狐がしゃべるって、なんだかシュールだな。
「勘よ、勘」
勘って…。
「それよりも、何が目的?綿月家に潜り込むなんて」
どう答えたものか…。
正直に「情報盗みに来ました」なんて言ったら命がないだろうし…。
嘘をつくにしても、下手な嘘をつくとすぐにバレるだろうし…。
仕方ないな…。
「友達が欲しかったんだよ」
「友達?そのために来たって言うの?狐の姿で?」
「そういうことになるね」
「…その姿で人間の友達作ってどうするつもりよ」
「あ…」
しまったぁぁ!墓穴を掘ってしまったぁぁ!どう言ってごまかそうか…。
自分の犯したミスに気づき、冷や汗をかいている私を見て、永琳は可笑しそうに笑った。
「馬鹿なのね…あなた。まあ、いいわ。でも、おかしなことをしたら命がないと思いなさい」
あれ?思ったほど…というより、全然Sじゃないな。と思いながら、私は素直に頷いた。
「さて…あなたはこれをつけなさい」
永琳はどこからともなくひとつの首輪を取り出した。
「えっと…これは?ペット用にしては大きいような…」
理由はよくわからない――いや、わかりたくないが、私の体中から冷や汗が吹き出している。
「あなた、これを付けて人化しなさい。私の新しい発明でそうしたって事にしてあげるから」
「おお…すごいアイディアだ…でも、何故に首輪?」
それだったら、腕輪でも、リボンでも何でもいいはずだが…。
「そんなの決まってるじゃない。…趣味よ」
ああ…やっぱり体は小さくとも、ドSにかわりはないのか…。
「さあ!早く着けなさい!そして人化するのよ!」
ああ……なんと輝かしい笑顔だろうか…。
人に首輪を着けるだけでこんなにも輝ける人間が実在したとは……。
この時の私は多分、遠い目をしていただろう……。
「ところで、化けるときにエネルギーが要るんだけど、ここで妖力を使って大丈夫?」
「一瞬位なら誰も気付かないわよ」
一瞬か……。まあ、無理では無いな。
「変ッ身!」
「……なにそれ」
「いや、アレだよ……」
ご存知無いですか?覆面バイク乗りのこと……。
あ……ご存知無い……。
そりゃそうだ。
「良いから静かにやって」
「はい……」
テンションだださがりの状態で化けにかかろうとして、ふと気付いた事を聞いてみる。
「男と女のどっちが都合良い?」
「は?どっちでも良いわよ」
さいですか…。
じゃあアッチで良いか……年も近いし。
「チッ……」
何か舌打ちされた!
「あの〜どうかなさいましたか?」
「別に……可愛すぎて悔しいとか無いから」
そんなにかわいい?
とは聞かない。
なぜなら、命に関わりそうだからさ!
「それよりも、早く首輪を着けなさいよ」
ああ…もの凄く期待している人の目だ…。
正直着けたくないが、着けないとひどい目に会いそうだ。
私は、仕方なく渡された首輪(いつの間にかリードがついてる)を首にはめた。
「変な趣味の人みたいだ…」
「いえ、完璧などれ…ペットよ」
「あなた今、奴隷と言いかけましたよね!?」
もちろん、ペット呼ばわりもイヤですが!
「そんな事言ってないわ。聞き間違いよ、私はペット(私のおもちゃ)といっただけ」
(カッコ)が付いていたような気がするが、追及しても無駄なだけだ。
「さて…それじゃあ戻りますか」
「そうね。ただし、最後にもう一度だけ言うわ。ここで…いえ、この街でおかしなことをすれば、命はないわよ」
そう言って私をひと睨みしたあと、また、豊姫達のところへと戻っていった。
私はと言うと、永琳にリードを無理やり引かれ、後に続いた。
「お待たせしました。それでは始めましょうか」
「はーい!わかっ…誰?その繋がれているのは」
「あら?お2方が拾ってきた狐ではありませんか。遊び相手にちょうどいいかと思いまして、このようにしてみました」
「その首輪は?」
「この姿はこの首輪の力なんです。あ、因みに私以外の人が外すと爆発しますから」
「「「えぇー!」」」
「まあ、そういうことですから、無理にはずそうとしないように」
え?爆発!?首輪が?そ、そんなことになったら…。
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ドゴォォ!!
「あれ?なんでわたし、空から首のない体を見てるんだ…ろ……」
こうして、私の物語は終演を迎えるのだった。
――――BAD END
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――ってなるじゃないか!
豊姫と依姫同様、真っ青な顔をしている私に、永琳は、
「大丈夫、ハッタリよ」
と、非常に小さな声で囁いた。
なんて恐ろしいハッタリをかましてくるんだ!
チビ永琳、恐ろしい子!
「あ、流石にリードは取ってくれますよね?これじゃあ、流石にあやしいです」
「まあ、それは(残念だけど)取りましょう。……さて、落ち着いたところで授業を始めます。今日は微分です」
え?微分?この子たちが?
10歳位にしか見えないんだけどなぁ…。
さすがは東方の世界。
「あの〜、ちょっといいですか?」
「「どうしたの?シロ」」
「豊姫様と依姫様に言いたいんだけど、私の名前はシロじゃなくて、涼花だよ。あと、私も参加していいですか?」
「そうなの?それじゃあ、私達も涼花にお願いが有るわ。゛様゛付けと敬語は止めて?」
「わかった。これからよろしくね」
涼花は豊姫、依姫と友達になった!
「さて、そっちの話はもう良いかしら。涼花、あなた授業に参加したいようだけど、出来るのかしら?」
永琳の目が、「狐風情に数学が解けるハズがない」って言っている。
「大丈夫だって」
ナメて貰っては困る。
こちとら高校生やってたんだ。
―――――
――――
―――
――
「あなた、賢いのね…」
あのあと、与えられた問題全て華麗に微分してやったさ!
何と言っても、語学教科以外は県トップ3だったからな!
………え?語学教科?ワースト3でしたが何か?
「狐のくせに中々やるじゃない」
「まあね」
「じゃあ、私はこのあとも用事があるから帰るわ」
永琳はそう言い残すと、さっさと帰ってしまった。
忙しないな…。
「ねえ、涼花。何かして遊ぼうよ」
「んー。豊姫と依姫はいつもどうやって遊んでいるの?」
「大体お庭で遊ぶんだよ」
「でも、つまんなーい」
そりゃそうだ。
例え好きな事でも、毎日繰り返していると、飽きが来るってものだ。
「外には出られないの?」
「危ないから、あまり出たらダメだって」
なるほど、危ないから外出禁止ね。
「だったら、遊び相手が物凄く強ければ良いわけだ」
「へ?まあ、そういう事になるかな」
そうか。じゃあ私が妖力で………はダメか。
よし!ここは早くもあの力を再び使う時がきたな。
――能力を操る程度の能力 発動!
『霊力を操る程度の能力』を追加。
――――現在の能力
partition,0/『能力を操る程度の能力』
partition,Ⅰ/『封じる程度の能力』
partition,Ⅱ/『霊力を操る程度の能力』
partition,Ⅲ/――No Ability――
「よし!これで大丈夫だ」
「私たちには何が大丈夫なのか全く判らないんだが…」
「つまりは、この首輪のおかげで、今の私は強いから外に出ても問題ないってことだよ」
「え?でも、強いって言っても涼花はやっぱり狐だし…ね?依姫」
「うん、そう思う」
全く信用がないな…。
よし、こうなったら!
「じゃあ、私の強さを証明するから、誰か強い人と組手でもさせてよ」
「そこまで言うんだったら、今晩お父様に頼んでみるよ」
「お願いね。じゃあ、今日はなにをしようか」
―――――
――――
―――
――
―――――その日の夜のこと
3人で食事をしたあと、豊姫と依姫の二人は両親に私のことを話すためにどこかに行ってしまった。
私は、二人の部屋で暇を持て余していた。
「あ~暇だ。何かやることないかな…。あ!霊力のチェックでもしようかな。あれだけ大丈夫だって言っておいて瞬殺されたら笑えないし…」
そう思い立った私は、庭に降りて霊力弾を作ったり、霊力を身体に纏って運動能力や動体視力を底上げしてみた。
その結果、霊力弾は雨のように降らせることができる量を問題なく作ることができ、運動能力も格段に上がった。
具体的には、あと一歩で瞬歩になるんじゃないかというほど早く動けた。
ただし、身体強化は5分が限界のようだった。
「涼花、ちょっと一緒に来て」
一通り出来ることの確認を済ませた頃、依姫が戻ってきた。
「どうしたの?」
「あのね、お父様とお母様があなたに会いたいって」
そりゃそうなるにきまっている。
そもそも、最初から私も一緒について行って挨拶をするべきなのだ。
しかし、豊姫たちにここで居るように強く言われてしまったのでそれに従った。
「分かったよ。ちょっと待って」
私は着物についた土埃を落としてから依姫についていった。
―――――
――――
―――
――
「きみが涼花か?」
「はい。娘さん方に拾われた狐です」
今、私は豊姫達の父親である綿月豊成の前で正座をしている。
その横には豊姫達の母親の綿月依雪が控えている。
「なんでも自分の強さを証明するために組み手をさせろとか」
「はい、その通りです」
それにしても、このオッサンこえぇぇ!
それはもう視線で人を殺せるんじゃないかって程に。
さすがの私も冷や汗と体の震えが止まらない。
「豊成さん。表情表情」
「ああ、すまんな」
どうやら依雪さんが私のテンパりに気付いてくれたようで、私はホッとした。
「ごめんなさいね。この人、根はやさしいのに顔が恐いからいつも勘違いされるのよ」
どうやら豊姫と依姫は、父親と母親にそれぞれ似たようだ。
「んん!それはそうと、明日の午後に組み手の相手を用意する。その相手に勝てたなら、君を娘の護衛として衣食住付で雇おうじゃないか。元々護衛を考えていたしな」
つまり、負けたら追い出すぞ。と………。
ますます負けられないな。
「それじゃあ、明日に向けてしっかり休んでね」
優しい依雪さんの言葉に見送られて、私達3人は部屋に戻って行った。
「ねえ、涼花。本当に明日大丈夫なの?」
「多分問題は無いと思うよ?」
いくら妖力を封印中だと言っても、私は妖怪だし。
「もちろん油断しないで臨むけどね。奢りは身を滅ぼす原因だから」
その時、部屋の外に人の気配がした。
誰が来たのかと意識をそちらに向けると、
「豊姫様、依姫様。御入浴の準備が整いました」
「涼花。一緒に入ろうよ」
「いや、でも…」
そんな一部の大きいお友達が大変喜びそうなイベントを起こしてなるものか!
「ほら!いくよ」
しかし、抵抗虚しく私は2人に引き摺られていった。
―――――
――――
―――
――
「ほらほら、ちゃんと脚を開いて?涼花」
「え?ダ、ダメだよこんなところで……ひゃん!依姫!そ、そんなところを触らないで……」
「ダメだっていう割りには随分と気持ちよさそうだぞ?」
「そうそう。こんなにヌルヌルになってるし」
今現在、浴室には私の声が響いている。
恐らく、外で控えている使用人(女)は中で何が行われているか気になって仕方ないだろう。
「らめぇ〜!そ、そこは弱いの!それ以上されるッと!トんじゃう!だから、だから――」
「脇腹はやめてー!」
豊姫達は素直にやめてはくれず、2人は飽きるまで私の身体をすみずみまで洗い倒した。
その後、私が(体力的に)満身創痍の状態で広い湯船に仰向けでプカプカ浮いて居たのは語るまでも無いだろう。
「ヒドイ目に遭った……」
「涼花の体、真っ白でスベスベだったね」
「ああ、髪の毛もサラサラだったな」
「「だから、思わず気合いが入っちゃった。テヘッ♪許してね」」
謝る気が有るのか無いのか分からないな。
おかしなところで息の合う姉妹だな。
「アレ?私は今日どこで寝ればいいんだろう」
「私の布団で一緒に寝ようよ」
「いや、待て。涼花は私と一緒に寝るんだ」
2人はどちらが私と寝るかについてもめはじめた。
「本人の意志は?」
「「涼花は少し黙ってて(黙ってろ)!」」
え〜!?本人は蚊帳の外ですか?
そもそも、わたしは誰かと寝るなんて一言も言ってないのに……。
「もういいや……ほっといて寝よう」
そのまま布団も掛けずに眠りに堕ちた。
―――――
――――
―――
――
目が覚めると、左右を豊姫と依姫に挟まれていた。
「いつの間に………」
面倒だからほっといて散歩でもしようかな。
なんか寒いな。
「………うん、なんで何も着てないんだろうか」
あ、あんなところに…。
昨晩私が寝たあとに何があったのだろうか……。
知りたいが、知ってはいけない気がする。
「んん〜?涼花?」
どうやら依姫が先に起きたようだ。
「どこ…いくの?」
「ちょっとした散歩だよ。少ししたら帰ってくるから、そしたらご飯を食べよう」
寝ぼけてふにゃふにゃしている依姫を置いて私は街へと出かけた。
―――――
――――
―――
――
「しまった…」
私は今、物凄く後悔している。
大後悔時代だ。
「周りから浮きまくってんじゃん……」
綿月家を出る前に気付くべきだった。
真っ白で下半身がキワドイ振り袖なんて明らかに目立つじゃないか。
しかも、森には下着なんて物は存在しなかったし、必要も無かった。
したがって、ちょっと油断すると、通行人に中身を公開することになる。
それにしても……。
「さっきから誰かの視線が……」
先程から何者かに後をつけられている気がする。
しかも相手は只者ではないようだ。
全く姿が見えない。
炙り出す必要が有ると判断した私は、人気の少ない路地に入った。
そこで物陰に隠れて様子を見ていると、明らかに怪しい奴がやってきた。
「バカなガキだ。まあ、おかげで捕まえやすくなったがな。ありゃあ好きな奴に高く売れるぜ……」
なんだ、ただの人さらいか…。
こっちは街を見て回りたいのに。
さっさとブチのめして戻ろう。
「バカなガキで悪かったね」
物陰から現れた私に人さらいは少し驚いたようだが、すぐに私に飛び掛かって来た。
私をただのバカなガキだと思い込んでいるため、叩くのはさほど難しくはなさそうだ。
「ふんッ!」
カウンター気味に回し蹴りを食らわせたら、顔に当たってしまい、一発KOとなってしまった。
「……まあ、自業自得だよね?」
そして、私は観光に戻るのだった。
「うわー!なに?この塔の高さ。東京スカイ〇リーどころの騒ぎじゃない」
「あっ!リニアモーターカーだ!」
「普通の公園も有るんだ……」
30分程度の散歩を済ませて、私は綿月家に帰って来た。
――のだが、
「お前はだから、シャキッとしないんだ!」
「豊姫はそんなんだから友達が居ないんだよ」
「それはお前もだろうが!」
絶賛姉妹喧嘩中だった。
どーせキッカケは目玉焼きに何をかけるかに代表されるくだらない事何だろうな。
「2人とも何で朝っぱらから喧嘩なんかしてるの?」
「お!良いところに帰ってきたな。聞いてくれ、依姫の奴、目玉焼きにはソースだと言ったんだ」
くだらない争いの種の代表例だったぁぁ!
「で?豊姫は?」
「もちろん私は正しい醤油だ」
「へぇ……」
ヤバイ。あまりにも関わりたくない。
騒ぎが納まるまで、私は自分の分の朝食を黙々とたべるのだった。
私が食べ終わる頃、言い争いも決着が着いたようで、2人とも朝食を再開していた。
「アレ?結局どうなったの?」
「個人の好みだって事になったよ」
ああ、そう。
喧嘩の理由が最も馬鹿らしく見える終焉を迎えたのね。
そして、あれよあれよと言う間に午後になってしまうのだった。