第十八話 私はアナタと一緒です
推敲する時間が無かったんです!
許してください!何でもしますから!
ゆっくりと森の中を歩き回り、出口を探し始めてからどれくらい時間がたっただろうか。
生い茂る木々の枝の間から降り注いでいた木漏れ日はずいぶん前にきえ、今は真っ暗闇が広がっている。
「夜の森不気味すぎ…」
暗闇の中からは鳥の声や生き物が走り回る音、そしてこちらに近づいてくるその足音の主は…。
「うわっ!な、なんだコレ!」
すぐ近くの茂みを揺らしたかと思うと、私を押し倒した。
「…犬?」
自分と同じ大きさの犬に組み敷かれた私は、すぐさま姿を変えると、犬を跳ね除け飛び起きた。
地面に転がった犬を見ると、そこには犬ではなく少女が突っ伏していた。
「なんだ?この子。さっきまで気配すらしなかったし、素っ裸だし。ってかさっきの犬コロどこ行きやがった!」
周りを見回すも、早々に逃げ出したのか、それらしい気配は感じられなかった。
「逃げたか…。それよりもこの子どうしよう…。置いていっても連れていってもどちらにせよアウトな気がする」
まあ、一先ず保護しますが。
―――――
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―――
――
「……ッ!」
「あ!コラッ暴れるなよ」
野宿にちょうどいい場所を探して森をさまよい歩いていると、背負っていた少女が目を覚ましたのか、突然暴れ始めた。
「落ち着けって!」
足を止め、彼女を地面に下ろすと、彼女はパタパタと走って近くの気の影に隠れてしまった。
いや、隠れたつもりになっているだけだ。
何故ならば、揺れる立派な白いしっぽが隠しきれずにはみ出して…。
「お前犬の妖怪だったのかよ…」
「……」
こちらの様子を伺うように木の陰から顔を半分だけ出して無言で此方を睨んでいる少女は未だに何も身に付けていない。
「睨むなよ…。ほら、妖怪なら服が作れるだろ?早く着な」
「…服ぅ?」
「なんだ?作り方がわかんないのか?」
「……フンッ!」
「しゃ~ないな…ほれ、これでも着ておけ」
俺は妖力で記憶の片隅にあった金魚柄の浴衣を作り出し、少女に渡した。
「……」バッ!ゴソゴソ
俺が差し出した浴衣を木陰から伸びてきた腕が掻っ攫い、しばらくゴソゴソしたあとに少女は恐る恐る木陰から出てきた。
「さて、お前の名前は?」
「……」
「ん?もしかして、しゃべれないのか?」
「…さく」
「ん?」
「…朔って言ったのよ!名前!」
「そうか。朔っていうのか。じゃあ、なんで俺に突然飛びかかってきたんだ?」
「あんたにはカンケーないわよ!」
「カンケーないことはないだろ…一体――」
そう尋ね終わる前に一陣の風が辺りを吹き抜けた。
風が吹き終わると、朔は俺の浴衣の袖をきつく握り締めていた。
「いや、やっぱり言わなくていい。答えが向こうからやってきたよ」
その大きな翼をはためかせ空から降り立ったソイツらは…。
「鴉天狗…か。何の用だ?」
「…来い!」
鴉天狗は俺の問いを無視して朔を連行しようと乱暴に腕をつかんだ。
「おっと!無視はないよ…なっ!」
俺の正拳突きが綺麗に決まった鴉天狗は声を上げることもできずに、その場に倒れた。
「貴様!何をッ」
「おぉっと!危ない危ない。そら、逃げるぞ」
「あ……」
そう言って朔の手を引くが、彼女はその場に根が生えたかのように微動だにしない。
「お、おい…」
「今だっ!取り押さえろ!」
こうして俺は天狗にとらわれてしまった。
未だに放心している朔の首には天狗たちの得物が当てられている。
「動くなよ。動くとこいつの首が飛ぶぞ!」
「…分かってるよ」
時々このような脅しを受けながら、両脇を抱えられて山の頂上へ連れて行かれた。
「天馬様、大天狗様侵入者を連行しました」
いかにも齢を重ねていそうな大天狗と、まだ若いように見える天馬のうち、口を開いたのは大天狗の方だった。
「ふむ…。侵入者は一人だったと記憶しているが?」
「いえ、こいつは我らの邪魔をしたため連れてきました」
「そうか。それでは女はいつものようににて晒しておけ。男は殺せ」
「はっ!」
大天狗の指示を受けた鴉天狗は、すぐさま朔の浴衣に手をかけた。
その行為が浴衣を剥ぎ取る行為なのは明らかで…。
「おい!お前ら!何のつもりだ!」
俺は大天狗にそう怒鳴りつけた。
すると、大天狗はゆっくりとこちらを振り向き、平然としてこういった。
「何のつもりかだと?勿論若い衆の慰み者になってもらうのだ」
「このゲスが…」
「ほう…貴様誰に向かって口を聞いているんだ?」
「てめぇだよ!この糞天狗がぁぁ!」
俺が尻尾と耳を晒すと、辺りに俺の妖気が満ち、雑魚天狗たちはその気配だけで意識を失っていく。
素早く朔に近づくと、丁度目を覚ましたようで、俺の姿に目をパチクリさせている。
「その程度の力でにげられるとでも?」
流石は大天狗と言ったところだろうか、しっかりと地面を踏みしめ、団扇を構えていた。
「まさか、この程度が俺の本気だとか思ってないよな?」
俺は、大天狗にそう冷たく言い放つと、銃に貯めてあった神力弾を全てくれてやり、朔を抱えてその場から逃げ出した。
妖怪に神力を下手に当てると死ぬが、あんなクズどうなっても知ったこっちゃない。
俺は空の高いところを飛びながら、所謂“お姫様だっこ”の状態になっている朔の顔を見下ろす。
「……」
「…睨むなよ」
「!……」フルフル
鋭い目付きで俺の顔をじっと見つめていた朔に向かって、苦笑混じりにそう言うと、彼女は慌てて首を横に振った。
どうやら本人に睨んでいるつもりはないようで、ただ単に目付きが悪いだけのようだ。
「そうか。…ところで、お前はどこの犬だ?家まで送っていくぞ」
「……はぁ?」
「なんだ?お前、野良なのか?」
「…確かに私は野良。でも…犬じゃない!私は狼だぁ!」
「おぉっと!それは悪かったな」
「…別に、いい」
「じゃあ、何処に送ればいい?」
「……」
「ん?一人で帰れるのか?」
「……いや」
「じゃあどうすんだよ…」
「…ついて行く」
俺の浴衣をきつく握り締ま、朔は確かにそう言った。
「…は?」
「…私を連れていく権利を与えるって言ってんの!一人旅は危ないし」
「残念だな。俺と居るともっと危ない。ついさっきも悪魔に殺されかけたさ」
「…でも、生きてる。強い」
「あのさぁ、なんでそんなに俺について来たい訳?」
「そ、それは…」
「実際、行き場所が有るならそこに帰るべきだ」
「い、いいから連れていきなさい!だって…」
朔は目に涙を貯め、震える声でそう言った。
「気が付いたらあの森にいて…。その前のこと何にもわかんない…」
それだけ言うと、朔は目から涙をこぼし、静かに泣き始めた。
「…はぁ。あのさ―――」
この日、俺は泣き落しに異常に弱いのだと実感した。
―――――
――――
―――
――
「――とまあ、こんな感じだ。一番重要なのは“自分の身は自分で守れ”ってとこだ。朔は何かそういう特技とかあるのか?」
適当な場所の適当な位置に腰掛け、一緒に旅をするための心得のようなものを話してから、朔に向かってこう聞いた。
「……無い」
朔はその問いに対し、俯いてそう言った。
「そうか…それじゃあ、これから頑張らないとね」
俺はそう言って若干落ち込んだ様子の朔の頭を撫でた。
そうは言ったものの、自己流で適当に戦っている俺に教えられる事はあまりないのだが…。
「さて!道連れも出来たところで、人里でも探しますか!」
そう言って勢い良く立ち上がった俺の手がグイッと引かれた。
何事かと見下ろすと、朔が俺の手をギュッと握っていた。
「…手」
相変わらずの不機嫌顔を逸らした朔は、何だか妹のように可愛かった。
「じゃ、改めて人里を探しに行こうか」
そう言って俺は朔の手を引き、森の中を進んみ始めた。
しかし、こうも深い森では…。
「…朔?どっちに行ったら森を抜けられると思う?」
「……」
そう聞くと、朔は黙って空を指した。
「空から地上を見ればわかるって事か。朔は自力で飛べる?」
「当然。でも、ちょっと苦手」
「そうか。じゃあ、慣れていかないとね。それっ!」
不意に抱き上げられ、目を白黒させている朔に笑いかけ、地面をけった。
グングン高度を上げ、雲と同じくらいの高さに来たとき、俺は地上を見回した。
油断をすると飲み込まれてしまいそうな位深い深い闇の中に、人里の存在を知らせるような灯りは一切見え無い。
耳を澄まし、臭いにも意識を向けるも、やはりにんげんがいる様子はない。
「仕方ないな。一先ずは森の中で朝を待とうと思うけど、朔はそれでもいいか?」
そう尋ねると、朔はちょっとだけ迷ってから頷いてくれた.
俺は朔に微笑みかけ、とある方向に向かってとんだ。
「…何処に行くの?」
「川だよ。生活の基盤は水だからね。丁度喉も渇いたし」
「そこには屋根があるのよね?」
「…え!?やっぱ要る?」
ちょっと驚いたように言うと、少しだけ柔らかくなっていた朔の表情がスッと固くなった。
やはり、一晩とはいえ女の子に吹きさらしはマズイらしい。
とはいえ、作ったことなんかないし…まともなのが出来るかどうか分かったもんじゃない。
神様パワーでどうにかなんないだろうか…。
「ちょっとここで待ってな。頑張ってみるからさ」
川の近くの森の中で朔を下ろし、辺りに生い茂る木々をじっと見つめて、それらが建物になる様を思い浮かべながら神力をそれらに当てた。
すると、森が不自然にざわめき次々と木が木材に変わっていく。
あまりの出来事に唖然としているうちにどんどん木材が組み上がり、堂が出来上がった。
「すげ…。でも、思ってたのとかなり違う上に何かどっかで見たことある形だな…?」
「…すごい」
イメージと実際の出来の違いに首をかしげていると、目を輝かせた朔が堂に近づきながらそう言った。
「いいか、別にこれでも。風雨は凌げそうだし」
「ご主人様!水が要りますよね?持ってきます」
急に元気になった朔はそう言って川の方に走っていってしまった。
キャラ変わってね?とか、ご主人様って何?とか、言いたいことはたくさんあるが、まずは器もなしにどうやって水を汲む気なんだろうか?
「ご主人様!ハァハァ…今戻りました!」
「朔は少し落ち着こうか。器もなしに水なんか汲めるわ…け……」
息を切らして堂の中に飛び込んできた朔を、すぐさま嗜め始めた俺の目には彼女に抱えられた大きな球体が映っている。
その球体の内部はゆらゆらと揺れ動き、まるで液体のよう…。
「朔?その抱えている物体は一体何かな?」
「水をお持ちしました!」
「…それはどんな手品なのかな?」
「手品…?これは私の能力」
「なんだ?水を操る能力ってこと?」
「水だけじゃないです……。こんなこともできます」
そう言った朔が眉をしかめると、堂の中に一瞬強い風が吹いた。
「…能力の名前はわかるか?」
「それは自分のことだし、それは分りますよる。“流体を操る程度の能力”…だと思います」
分かるといった割にはアバウトな感じだな…。
“流体を操る程度の能力”だったっけか…流体と言われて頭に浮かぶのは、液体に気体…そして、確かプラズマも流体に分類されたはずだ。
さっき朔は『戦闘向きの能力はない』って言っていたが、使い方を知らないだけで、恐ろしい能力を持っているじゃないか…。
この能力の使い方は正しく無限通りと言えるだろう。
そこで、俺は朔にある提案をした。
「朔、明日から自分の身を守るための訓練を始めたいんだけど…いいかい?」
「…自信無いです」
完全に落ち着いた朔は尻尾をダラリと垂れて、申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫だよ。朔の能力は攻撃にも守りにも使える可能性が高い。だから、練習次第だよ。今日のところはその水を戻してお休み」
「…分かりました」
朔に向かってニッコリとほほ笑みかけると、彼女は小さく頷いて走っていった。
「ちょっと冷えるな…」
今が夏なのか冬なのかは全くわからないが、このまま何も掛けずに寝たら確実に風邪をひく寒さに耐えきれず、俺は体を小さくしてしっぽにくるまった。
しかし、この姿ではしっぽの中に入り切らずに足やら手やらがはみ出してしまう。
若干面倒に思いながらも姿を“涼花”に変えると、三本の尻尾のなかに簡単に収まることができた。
「…あ、尻尾が増えてる。……ま、良いか」
「…ご主人様。何してるんですか」
訝しげな朔の声を聞いて、私はしっぽの中から這い出した。
「ん?勿論寝る準備だよ。朔、寒くない?」
「そう言われれば少し肌寒いかもしれません」
「じゃあ、こっちにおいで。この中にお入り」
「え…で、でも」
「いいからいいから」
私はそう言って朔を抱きかかえると、再びしっぽの中にくるまった。
「こうすればあったかいでしょ?じゃ、お休み」
「え!?ちょっ、ご主人様!?……もう寝てるし」
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―――
――
「それじゃあ、昨日言った訓練をはじめようか。まず、朔の能力で操ることができるものに何があるかについて教えるよ。それじゃあ、朔が操ったことがあるものをおしえてくれるかい?」
つぎのひ、朝早く起きた私は姿を変えて、朔と一緒に川辺に移動した。
「やったことがあるのは水と空気だけです」
「よし、まず水は液体に分類される。液体というのは水みたいにチャプチャプしたもの全般がそうだと思ってくれていい。次に空気、これは気体に分類される。大抵目に見えないものだから、具体例を挙げるのは難しいけど、水中以外だったらどこにでもあるからすぐに使えると思う。もう一つ有るけど、それに関しては扱いが良くわからないから置いておこう。まずは水を使って練習しようか。見えるものだから、どちらかというとやりやすいはずだ」
「だからはじめから川辺で話していたんですね。わかりました」
「じゃあ、この水を使って刃物を作ってもらおうかな。出来る?」
「出来るかどうかはわかりませんが、一先ずやってみます」
朔が大量の水を持ち上げると、彼女の手の中でグネグネと気味悪く動くと、彼女の背丈よりも大きな大剣が出来上がった。
大きすぎる気もするが、フォルムは完璧と言っていい出来だ。
「形はいいね。ただ、重くないの?」
「全く問題ありませんよ?」
「そうなんだ。朔は力持ちなんだね。さ、後は物が切れれば完璧だ。さあ――」
――ブォン!
言い終わる前に朔は大剣を近くの木に向かって振り抜いていた。
しかし、水の刃に切り裂かれたはずの木は傷一つない状態でその場に立っていた。
「…ダメみたいです」
「そうか…何か別な手を――」
――ズズーン…
頭をガリガリと掻きながら次の案を考えていると、さっき朔が切りつけた木がゆっくりと倒れていった。
「――考える必要はないようだな。よし!液体は一先ず大丈夫だ。次は気体の方に挑戦してみよう」
「水と一緒のものを作ればいいですか?」
「そうだね。やってみて」
静かに頷いた朔は、頭上に手のひらを掲げて目を閉じた。
すると、静まり返っていた空気に動きが生まれ、ゆっくりと朔の方に向かって動き出した。
「クッ!……あぁ…」
朔が眉を顰めて小さく声を漏らすと、さっきの大剣のフォルムが一瞬現れたが、すぐに霧散してしまった。
「ん?どうしたんだ?朔」
「……すみませんご主人様。周りの気流で空気が乱れてしまうので一瞬保つのが限界です」
「それは練習でどうにかならないかな?」
「目に見えないものなので形を保つのはやっぱり…」
「そうか…。じゃあ水から大剣を一瞬で作れるように練習してて頂戴。俺は空気の方が何かに使えないか考えてるから」
「わかりました」
朔はそう言うと、また水の中に手を突っ込んだ。
こっちはこっちで空気の扱いを考えたいところだ。
どこでも簡単に手に入るものだから、使えなかったで済ませたくはない。
しかし、一瞬しか形にならないのでは武器としての使い道はほぼないと思う。
…となるとやっぱり防御系になるか?
いや、だとしても空気で攻撃を防げるとは思えない…。
「確かめるか…」
「?ご主人様。何かおっしゃいましたか?」
「朔、この木の前に空気の壁を作ってくれ。できるだけ密度の濃い奴を」
「でも、一瞬しか…」
「ああ、大丈夫だ。俺は銃を連射し続けるから、それを防ぐつもりでやってくれ。それじゃあ、行くぞ!」
俺はそう言って銃を構えた。
……ズガガガガァン!
マガジンに貯めていた妖力を全て吐き出した銃をホルスターに戻した俺の顔から自然と笑みがこぼれる。
20を超す数の弾丸が打ち込まれたにもかかわらず、的になった木には数える程度の穴しか空いていない。
ならば残りの弾はどこに行ってしまったのか。
それは勿論朔の作り出した障壁に阻まれたのだ。
「…成功だ!朔は基本スタイルとして奇襲を受けた場合は今のように盾を作って、一度だけ攻撃をやり過ごすんだ。そして、その一瞬の間に水で大剣を作り出して反撃するんだ。いいね?」
朔にそういうと、彼女は力強く頷いて練習に戻った。
そんな彼女をその場に置いて、俺は空に舞い上がった。
明るくなった今なら森の切れ間が見えるのではないかと思ったからだ。
案の定、昨晩は見えなかった建物を辛うじて見つけることができた。
ここがどこなのかを確かめるため、一先ずその建物が立っている辺りの様子を見に向かった。
木々の間を縫うようにしてこっそりと建物に近づくと、気の陰に隠れて様子を伺った。
当然耳と尻尾は隠して…だ。
「意外と規模があるな…」
堂の有る位置からはひとつしか見えなかった建物はそこそこの規模を持つ人里の一部だったようだ。
ここからでははっきりしたことは言えないが、この里はどうやら森に完全に囲まれ、一種の孤立状態にあるように見える。
しかし、その割には里全体に活気が満ちており、外との交わりを拒絶しているような気すらする。
眉をしかめてると、誰かの話し声が近づいてきた。
「おっと…誰か来た」
しっかり隠れて息をひそめる俺のすぐ近くを鍬などの農具を担いだ若者が、農作物の出来について話しながら通り過ぎていった。
その背中を見送った俺は、ここが日本であることを確信し、言い様のない安堵感に包まれた。
「日本なら焦って移動しなくていいか…。暫く森の中でゆっくりしよう」
そう思うと同時に、あることを思いついた俺は神殿に跳んだ。
神殿内にある私の部屋のリビングのど真ん中に姿を現した私は、部屋の状態を見て唖然とした。
部屋のドアには封印をかけているので、泥棒などが入った訳ではないのだが、埃がひどい。
家具という家具の上に厚く積もっていて、一人で片付けるのは骨が折れそうだ。
「…今度朔に手伝ってもらおう」
私は問題を先送りして、寝室に向かい、クローゼットの封印を解いた。
その中から埃をかぶったケースを取り出した。
再び封印をかけなおし、ケースを抱えて鈴蘭さんを探しに向かった。
神殿の中は俺の部屋を除いて、きれいに掃除が行き届いていて歩いていて心地がいい。
その廊下を銃を腰に下げた男が闊歩しているのはなんだかおかしい気もする。
「あら、葵じゃない。久しぶりね今日はどうしたのかしら?」
そんなことを考えながらブラブラ歩いていると、向かいから鈴蘭さんがやって来た。
「あ、いえ特に用があるわけではないのですが、顔でも見せていこうかと思いまして」
「あら、そうなの?十年近く顔を見せなかったから、どうしたのかと思ってたところよ」
「十年…ですか?」
「そうよ」
十年という空白の時間がなんなのかと頭をひねると、すぐに“夢幻世界”という答えにたどり着いた。
どうやらあの世界と外の世界は、時間の流れに大きな差があるようだ。
「幻月の奴、そんなに強い力があるなら逃げなくてもいいんじゃないのかな?」
「なんの話かしら?」
苦笑いを浮かべながら呟くと、鈴蘭さんが不思議そうに首をかしげた。
私はこの度々起こる時間の欠落に、何者かの意思が絡んでいるような気がしてならなかった。