目の前で扉が閉められました。暗黙のルールを分からせます。
これは果たして、ざまぁの範疇に入るんでしょうか……。ジャンルも迷うところです。そんなとりとめのない話ですがお暇つぶしになれば。
学園の教室に入ろうとしていたら、私の前を急ぐ女生徒がいた。あまりの非礼さに唖然としたが、気を取り直して彼女の後に続いて入口を入ろうとしたその時、私の目の前でピシャリと教室の扉が閉められた。私が後ろに続いていると知っているのに、あの女生徒はわざと扉を閉めたのだ。
普通、令嬢は自分で扉を開け閉めしたりしない。使用人がするものだ。学園の扉も、教室付きの用務員が開閉する。だから、あの女生徒はわざわざ意図的に私の目の前で閉めたのだ。私が気に入らないらしい。
学園には一般クラスと優秀クラスがある。私は彼女らと同学年だが、この一般クラスの行儀作法の手本になるため招かれていた。
このクラスは、昨年までは大きな問題のあるクラスではなかった。せいぜい自分が優秀クラスでないことに不満を漏らす生徒がちらほらといるくらいで、その程度なら毎年のことだ。
だが、とある女生徒が転入してきてから、おかしなことになった。生徒たちの態度が急に怠惰になったり反抗的になったりしたのだという。どうやらその女生徒が煽動している様子があるのだが、まだその生徒を排除するという段階ではないということで、まずは様子見のため私が派遣されたというわけだ。なぜなら、私は入学以来ずっと首席を維持する優秀生だから。
そんな私でも、閉じられた扉の前で思わずため息をついてしまう。こんな「歓迎」をするような同年代の子女を指導するなど、どれほどの困難か想像に難くない。だが逃げ出すわけにもいかない。これも貴族として、将来を嘱望される首席の生徒としての義務のうちだ。そう自分に言い聞かせると、私は頭を高く掲げ、護衛や侍従を伴って教室へ入っていった。
「あたし、ドア閉めただけよ!」
私がはまず、件の女生徒の非礼を咎めた。すると彼女は立ち上がって抗議したのだ。
「私の目の前で、わざわざご自分で閉めましたね」
「そうよ、あなたが後ろにいるなんて気付かなかっただけなのに!」
そんなわけないのだが。
「……それがいけないことなんですのよ。そもそも、自分で扉を閉めること自体、いけないことなんです」
「そんなの、おかしいわ!」
「おかしくありません。これから貴族社会で生きていくつもりなら、このような暗黙のルールが多数あることを知らなくてはいけないのですよ。それを学ぶために学園に来ているのではないのですか?」
「だってこんなことおかしいもの!考えられない!ただの嫌がらせよ!」
「何がおかしくて、何がおかしくないのかは立場によって全く異なります。今までのご自分のルールをこちらに持ち込まないでいただきたいの」
女生徒は口をパクパクして絶句していたが、やがて憤然と前に向かうと教壇にたった。そして叫ぶ。
「みんな聞いた?やっぱこの子、腹黒の性悪だったでしょ!こんなのが首席だなんて、そこからおかしいのよ!身分を笠に着てやりたい放題の人間の授業なんて、受ける必要ないわ!」
女生徒がこちらを指差したので、私の護衛たちが前に出て剣を鳴らした。教室は見る間に静かになった。護衛が彼女に席に戻るよう指示すると、さすがの彼女も青くなり、彼らの剣を見ながら席に戻った。私は頷くと、教壇に立った。口を開く者はいない。剣の威力は素晴らしい。さすが権威の象徴。
「私は行儀作法の手本として本日参りました。行儀作法とは貴族の暗黙のルールの結晶といえます」
私が言葉を切っても、反応は無い。不機嫌さをあからさまに表している者もいた。
「この暗黙のルールとは、廊下の歩き方、人とのすれ違い方、部屋への入り方など多岐に渡り、それらを習慣レベルでスマートにこなせるのが上流社会の人間なのです。確かに「暗黙」でなので、ルールの存在を知らなければ気付くことさえ難しいのかもしれませんが、それを知らずに振る舞うのは、みっともないとでも言いますか……。そうですね、あなた方がよく使う言葉で言うと……、なんと言いましたかしら。そう、ダサいのです」
「ダサい……!?」
女生徒が声を上げた。発言は許可を得ましょうね。
「あなた方はもしかして、あなた方のその粗雑な……、いえ、奔放な行動が、他人に魅力的に映ると誤解しているようですが、まともな教育を受けた人間には、大変にダサく見えますの。見ていて恥ずかしいんです。とても見ていられないんですわ」
「で、でも、みんなはかわいいって言ってくれるわ!あんた嫉妬してるだけでしょ!そ、それに、「ダサい」なんでもう死語よ、考え方も言葉も古いのね!」
女生徒の声を皮切りに、クラスのあちこちから声が上がった。「成績は優秀なのに出自が低いだけでこのクラスに入らされた」だの「あいつら親の立場を利用して優秀クラスに入っていて汚い」だのと言っている。私は、その中でも沈黙を貫く生徒の顔と名前を確認した。覚えておこう。
「皆様に申し上げます」
わいわいと勝手に話す者たちを両手をあげて静まらせると、私は話し始めた。
「皆様は先ほどから随分なご意見を仰っていますが、我が身を振り返ってみてくださいませ。上位の者の前を歩く、自分で扉を開閉する、上位の者が話している最中に話し出す、発言に許可を求めない。これらは全て行儀が悪いとされることです。それだけではありません。椅子に座る姿勢、なっていない言葉遣い、ふさわしくない服装」
私は全員を見回した。
「当然、ご存知でしょうが、この学園のクラス分けは学業の成績順や家柄で決まる訳ではないのですよ。最も大切なのは行儀作法の習熟度です。現に、平民出身であっても美しい所作を習得している者は優秀クラスに所属しているではないですか」
これまでで一番の沈黙が落ちた。そういう平民は金を積んだとか体を使ったとかいう下品な噂があるのは知っていたが、まさか本気にしていたとは。
「……先ほどから申しておりますように、上流社会、つまり支配階級には独特のしきたりがございます。それを習得できない人物は、たとえ学業優秀であったり、剣技が優れていたりしても、優秀クラス、ひいては上流階級に入ることはできません。きちんとした貴族としての振る舞いができないなら貴族ではないからです。学園卒業後に一般クラス出身者が軽んじられる理由です。そもそも、この学園の目的は貴族としてのあり方を学び社会性を身につけること。わざわざ危険を冒して私たちを一カ所に集めて教育の場を設けているのは、そのためなのです。見事に行儀作法を習得し、全員が優秀クラスで卒業した学年も過去に存在するのですよ。学業は付録にすぎません」
反抗心らしき雰囲気が立ち上った。学業に全力を傾け成績優秀者に名を連ねる生徒がいることも承知している。あの女生徒もその一人だ。だが私はさらに畳み掛けた。
「もう一つわかりやすくお話ししましょう。私がまだ幼い頃、街で小さな子供と、その親らしき二人連れを見かけました。子供は何かに癇癪を起こし、地面に仰向けになって手足をバタバタとさせていました。その子の親は懸命に声をかけて、周囲はそれを見守っていたのです。私は驚愕しました。もし私があのようなことをすれば、即座に両手に鞭をいただいていたはず。親の意見に口答えなどしようものなら、立たされて食事を抜かれ髪を切られていたでしょう。王家に近しい子供たちは、そのように育てられるのが当たり前だからです」
それまでと種類の違う沈黙が落ちた。私は構わず続けた。
「その時私は「癇癪を起こす子供には鞭の一つもくれてやればいいのに」と言いましたが、当時の乳母は、「街には街の、城には城のやり方があり、城は罰と叱責で、街は愛で子供を育てている。どちらもその場にあったやり方で、どちらが良いとはいえないが、城のやり方を街に持ち込むのは難しい」と言いました。けだし名言と考えますし、城と街を入れ替えても同じことが言えるとは思われませんか?
さて、我が国は、国王陛下をはじめとする貴族たちによる、罰と叱責の支配の国です。皆様は城の中に入りたいのならば城のやり方を知り、実践していかなければなりません。古い伝統だと怒鳴っていた方もおいででしたね。確かに改革していくべき部分もあるでしょう。子供への鞭の使用もそうですね。でも、改革ができるのはルールを熟知している者だけです。例えば体罰の現状を知る者でなければ、それを止める方法も見出せないでしょう。ルールをよく知りもせずにそれを改革しようなど、できない話だとは思われませんか?ましてや、ただ現状を批判して自分たちのやり方に寄せるべきと唱えているだけなら、誰からも気にも留めてもらえないでしょう」
ぎりりと奥歯を噛む音が聞こえた。誰のものかはわからない。
「納得できないのならば学園を去っていただいても一向に構いません。しかし、もし支配階級の一員になって街を発展させるなり古い伝統を打ち破るなりしたいのならば、まず城に入る必要があることも、変えられない事実。コンチクショウと思うなら、行儀作法を身につけ暗黙のルールを学び、城に入って改革を進めてください。お断りしておきますが、私が手本としてここに来るのは今日一日。時間はどんどんと過ぎております。このままでよろしいのですか?」
女子生徒は再び憤然と立ち上がり、叫んだ。
「その台詞、十年経っても覚えていることね!私が城に入って、全部変えてやるんだから!」
「望むところでございます。楽しみにしておりますわ」
その後の授業は円滑に進んだ。大いに結構。
さーて二人の十年後が楽しみですねー。案外、強力な同志になってたり(なんの?笑)。
最後までお読みいただきありがとうございました。




