20XX年、地球は滅亡する。
《 地球は宇宙人に侵略され、滅亡する 》
そんな物騒な予言が、ある日突然SNSに投稿され、ちょっとした話題になった。
*
「はぁ……また一週間が始まるな」
「何だよ、朝から」
「ずっと学校が休みならいいのにな」
隣の席で、マサが気だるそうにぼやく。
「なぁハル。例のSNSのポスト、見たか?」
「ああ、見た見た。今どき予言なんて、誰も信じないだろ」
「まあな。でも、そのポストをしたアカウントがすぐ凍結されたらしくてさ、それで結構な騒ぎになっているみたいなんだよ」
僕の名前は春希。
みんなからはハルって呼ばれている。
そして今僕と話しているのが、大親友の優……通称マサだ。
「でもさ、ハル。宇宙人がいるとしたら実際どんな見た目なんだろうな」
「足が八本とか?」
「何だよそれ、気持ち悪すぎだろ」
そのタイミングでチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
出席確認もそこそこに、先生はいきなりこんなことを言い出す。
「最近噂になっているSNSの話題だが、無闇に拡散しないようにと、校長から通達があった」
……えっ?
たかがSNSの噂だぞ。
それを学校がわざわざ禁止するって、どういうことだよ。
――まさか、本当に宇宙人が地球を侵略しに来る、なんて言わないよな?
そう考えたのは、僕だけじゃなかったらしい。
教室のあちこちから、次々と声が上がる。
「せんせー。何で駄目なんですか? ……まさか、噂は本当で秘密の情報を知ってるとか?」
「そんなわけないだろ。噂を信じて息子が学校に行かなくなったって、保護者から苦情が来てるんだよ」
……何だよそれ。
ただのモンペじゃねえか。
「うっわ、誰だよそいつ」
クラスのみんなもあきれ顔だ。
「まぁ、そういう事だから。宇宙人が侵略してくるなんてバカな事を本気で信じるんじゃないぞ。僕が上から怒られるんだからな」
先生がおどけて言うと、教室にどっと笑いが起きた。
*
昼休み、マサと昼飯を食べていると同じクラスの女子が噂しているのが聞こえてくる。
「ねえ、朝の不登校の生徒さ……隣のクラスの男子らしいよ」
「え! だれだれ?」
「ほら、いつも大きなタブレット持ち歩いてる子いるじゃん」
「ああ……新聞部のハカセくんでしょ」
ハカセというのは隣のクラスの男子で、名前は博士……通称ハカセだ。
学校ではちょっとした有名人で、いつでもどこでもタブレットを持ち歩き、何かを調べている変わり者らしい。
……らしい、というのは、隣のクラスで面識がないから。
僕が知っているのは、あくまで噂話くらいなものだ。
「なあ、ハカセって前に『宇宙人を見た』って騒いでたやつじゃなかったか?」
マサが小声で聞いてくる。
「そう言えば、そんなこともあったな」
マサの言う“騒ぎ”とは、数か月前に起こった出来事のことだ。
ハカセが所属している新聞部の記事で、――『宇宙人を発見!』。
そんな見出しが掲載され、校内でちょっとした話題になったことがあった。
その記事の内容は、こんな感じだった――。
僕たちが住む町には、歩道の脇に雑に舗装された場所がいくつも存在する。
大人たちは、町の財政が厳しく、安い業者に工事を任せたせいだ――そんな愚痴をよく口にしている。
ハカセは、その舗装された場所の地下から“変な音が聞こえる”という噂を調べていたらしい。
そして、ある日。
工事途中のまま放置され、作業が中止された穴を見つけたという。
その穴は、申し訳程度に板で塞がれていただけだったらしい。
しかも長年放置されていたせいで、板は腐り、ところどころに隙間が空いていた。
ハカセがそこから中を覗くと、何かが動いた気がしたという。
気になって、カメラで穴の中を撮影してみた。
すると――。
映っていたのは、黒っぽい体に、赤く光る目。
これまで一度も見たことのない、生物の姿だった。
ハカセは、その写真を学校新聞に掲載した。
当然、すぐに騒ぎになり、新聞は学校側によって回収された。
だけど、すでに何人かの生徒が撮影していた画像や動画は、生徒の間で拡散してしまっていた。
……まあ、ざっくり言うと、これが例の騒ぎの概要だ。
*
――放課後。
僕とマサは、いつものように遊んで帰ろうという話になったのだが……。
校門を出たところで、大きなリュックを背負い、片手にタブレットを持ち、明らかに怪しい行動をしている人物を見つけた。
「なぁ、あれって噂のハカセだよな?」
マサが僕に、そう尋ねてくる。
「ああ。制服じゃないけど不登校だって話だったし、なによりタブレットを持ってるしな」
視線の先では、ハカセがタブレットを確認しながら、歩道脇の舗装跡を撮影していた。
「ハカセ何やってるんだろう?」
「なぁ、話しかけてみようぜ!」
マサが、いつもの調子で言う。
最初は少し迷ったけど、例のSNSの予言や新聞記事の話をしたばかりで、僕自身も気になっていたんだよね。
「……そうだな」
「おーい、ハカセ!」
マサが声をかけると、ハカセはびくっと肩を揺らし、こちらを振り向いた。
「えっ? ……僕?」
「ハカセだよな? 何してんだ?」
マサのコミュ力には、いつも感心させられる。
初対面同然の相手にも、まるで躊躇なく話しかけるんだよな。
「ボクの名前は、ハカセじゃなくて博士だよ。そりゃ、みんなハカセって呼ぶけどさ……」
「呼び方なんてどうでもいいじゃん。それより、何してたんだ?」
「……調査、だけど」
「調査って、地下から『変な音が聞こえる』ってあれか?」
「……まあね」
その返事を聞いた瞬間、マサがニヤリと笑った。
嫌な予感しかしない。
そして案の定、とんでもないことを言い出した。
「なあハカセ。その調査、僕たちも一緒に行っていいか?」
……まあ、マサとは長い付き合いだし、薄々こうなるとは思ってた……けどさ。
「ハルもいいよな?」
「えっ? ……まあ、いいけど」
そう答えると、ハカセは少し考え込み、やがて頷いた。
「いいよ。一人でやるより効率良さそうだし」
「よっしゃ! それで、その調査って何するんだ?」
「実は……これから穴の中に入ろうと思っててさ」
「えっ!? 穴って、例の新聞で『宇宙人を見つけた』っていう、あれか?」
思わず聞き返す。
「そうだよ。SNSの予言が本当なら、宇宙人は既に地球に潜伏してるかもしれないだろ? それを確かめるのさ」
ハカセの顔は真剣そのもの、冗談で言っているようには思えない。
隣を見ると、マサは目を輝かせ、完全に乗り気だ。
「おもしろそうじゃん! 行こうぜ!」
マサのその一言で、僕たちは穴の調査へ向かうことになった。
*
ハカセに連れてこられたのは、長年放置された大きな廃ビルだった。
僕たちが生まれる前から開発が止まっている、通称“おばけビル”。
「ここが……そうなのか?」
「そうだよ。この中に穴があるんだ」
僕の問いに、ハカセが答える。
「よっしゃ、早く入ろうぜ!」
「マサ、焦るなって」
「なあハカセ。僕たち、準備なんて何もしてないけど大丈夫か?」
「大丈夫。このリュックの中に色々持ってきたから」
そう言って、ハカセはリュックからライトを取り出した。
――穴の入口は、新聞に書かれていた通り、板で塞がれていた。
だが長年放置されていたせいで腐り、あちこちに穴が空いている。
三人で力を合わせて板を引っ張ると、驚くほどあっさり外れた。
中を覗くと、内部は空洞になっていて、普通に歩けそうなほど広い。
「入口はちょっと狭いけど……問題なさそうだな」
「中に何があるか分からない。慎重に降りるよ」
ハカセの言葉に、僕たちは頷いた。
穴の中へ降りると、その構造は思っていた以上に広かった。
左右にはいくつもの横穴が伸びていて、ライトで照らしても奥までは見通せない。
「宇宙人は見当たらないな」
「でも、なんか匂わないか?」
「うーん……確かに動物っぽい匂いがするかな」
風に乗って漂ってくる匂いを頼りに、僕たちは一つの横穴へと足を踏み入れた。
先頭を進むのはハカセだ。
ライトを構え、慎重に進んでいくと、奥のほうから微かな物音が聞こえてくる。
その瞬間、全員に緊張が走ったのが分かった。
「見つからないように、慎重に進むよ」
ハカセが小声で指示を出す。
「了解」
「やべぇ……緊張してきたぜ」
マサの興奮気味な声を尻目に、僕たちは息を潜め、身を屈めながら前へ進む。
すると、穴の奥にぼんやりとした明かりが見えた。
「おい、あれ……」
「ああ……何かいるな」
物陰からそっと覗き込む。
そこにいたのは、体中に黒い布を何重にも巻き付けた生き物だった。
それが二匹。互いに向き合い、意味不明な鳴き声を発している。
「!”#%&%(□)’’%)〜?”}*…△!」
「#&’%△)$#”□◯#!!」
もしかして、会話している……のか?
言葉の意味は分からないけど、様子からして焦りや苛立ちを感じる。
しばらく観察していると、一匹が足元に落ちていた棒を拾い上げ、もう一匹を思い切り殴りつけた。
「……バケモノ……!」
思わず声が漏れる。
「おい、見つかるぞ!」
次の瞬間、そのバケモノは倒れた相手から何かを奪い取り、それをむさぼるように食べ始めた。
僕たちは言葉を失ったまま、その光景を呆然と見つめる。
やがて食事を終えると、バケモノはゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「やばい、このままじゃ見つかる!」
「一旦、入口まで戻ろう」
「そうだな」
そう言って引き返そうとした、その瞬間。
――カランッ、カラカランッ。
足元の金属片を蹴飛ばしてしまった。
洞窟内に響き渡る金属音に、バケモノも即座に反応する。
「――#%△)!! $#”□&’◯#!!」
棒を振り上げ、こちらを威嚇してきた。
「やばい、見つかった! 入口まで走れ!」
マサが叫び、走り出す。
僕たちも必死で後に続いた。
だが、もう少しで入口というところで、マサが急に足を止める。
その先には――
さっきのバケモノの仲間なのか、二匹の同じ生物が立ちはだかっていた。
「やばいぞ、どうする!?」
「……仕方ない。念のため持ってきておいて正解だったよ」
そう言って――。
ハカセはリュックから護身用の光線銃を取り出し、迷いなく照準を定めた。
放たれた光弾は、正確に二匹を撃ち抜く。
二匹のバケモノは、抵抗する間もなく崩れ落ちた。
その直後、背後から最初の一匹が追いついてくる。
だがハカセは、ためらうことなくそれも撃ち倒した。
「ふぅ……光線銃が効いてよかったよ」
「効かない生物も結構いるからな……」
「運が良かった……のかな?」
体から何かの液体を垂れ流すバケモノに目を向ける。
「なあ、正体を確かめてみようぜ」
「……そうだな」
恐る恐る近づき、布切れをゆっくりと取り払う。
――そこにいたのは。
小さな頭に、二本の腕。
二本の脚で立つ生物。
「なんだよ……ただの人間じゃん」
人間。
この地球上のどこにでもいる、珍しくもない生物。
知能は低く、攻撃的で、発見次第駆除が推奨されている存在だ。
「なんだよ、びっくりして損したぜ」
「結局ここはハズレだったみたいだな」
「うん、残念」
三人同時にため息をつく。
一気に緊張が解けた。
「他にも候補を探してあるから、今度はそこに行こうよ」
「いいね。じゃあ、このあとカフェで次の場所を決めよう」
「ああ、今度こそ宇宙人が見つかるといいな」
僕は四本の脚に力を込め、穴から跳躍して地上へ出る。
外は、すでに夕焼けに染まりつつあった。
三人で並び、カフェへ向かって歩き出す。
結局、宇宙人は見つからなかった。
でも、僕たちにとっては、ちょっとした冒険の一日だ。
空を飛び交う車を眺めながら思う。
――今日も地球は、平和だな。
*
「あっ、局長。うちのアカウント、凍結されちゃってますよ! ……これって、極秘情報なんじゃ……!?」




