第二章 小学生編①
小学校編3章の内の第①章になります。
小学生初期の記憶を追体験して、
双極性障害に繋がるトリガーを探していく。
印象に残っているのは、小学1年生で、
運動会のリレーの選手に選ばれたことだろうか。
足が速くないと選ばれないので、
非常に光栄なことであった。
しかし、運動会の当日に高熱を出してしまい、
運動会に参加できず、リレーも走ることができなかった。
残念ではあったが、リレーの選手に選ばれたのは誇りだったと思う。
冬はマラソン大会が開催されると知った。
これは挽回の機会だと思い、練習を頑張った。
しかし、ここでも、練習中に指を運動場のトラックで、
石にぶつけてしまい、爪が割れてしまった。
当時は、裸足の方が早く走れると思っていたので、
それが原因で、マラソン大会への参加もできなくなった。
今考えると、裸足で、マラソン大会の会場つまり、学校外に、
裸足で出場するなど、大変危険で今では考えられないことだ。
小学1年にて、2度の活躍できそうなイベントへ出場できなかったことは、
大きな心の負担と思われる。
しかし、当時の私は、それに対して、ストレスも悔しさもなかったようだ。
小学2年でもリレーの選手に選ばれ、運動会に参加できたが、
当時を思い返して、あまり記憶もなく、本人にとっては大したことではなかったのだと思う。
話はそれて、恋愛の話である。
小学1年2年はクラスが同じで、
私は、元気で活発なクラスの人気者の女子を好きになった。
が、特に大きな進展もなく、小学3年のクラス分けで、離れ離れになってしまった。
人を好きになるという感情を理解できていなかったが、
小学5年になるまで、別クラスでありながらも引きずっていった。
小学3年では、大きな出来事が三つ発生した。
軽い方から記載すると、アスベスト(石綿)事件である。
授業にて、アスベストが大きく人体に影響を与えると聞いた。
その後、理科実験しtにて、石綿をしようした科学の授業が行われた。
ここが私のもっとも弱い思い込みの部分なのだが、
実験中に猛烈な咳が出て、水場で吐く始末である。
アスベストは長年解体などを行い、体内に蓄積して毒になるのだが、
思い込みから、理科の実験室で使用されてたアルコールランプで熱する網に、
アスベストが使用されていたことから、精神的に体に変調をきたしたと思い込み、
咳がとまらず、学校を早退したのだった。
誰が聞いても笑われるできごとだが、当時の私は本当に信じていたのだと思う。
なので、人体の被害がない悪臭で、気分が悪くなり病院に搬送される人の気持ちは理解できる。
では、中ぐらいの事件について、思い返してみる。
毎年ならが、運動会の選抜競争が行われる。
その際、私のズボンのゴムが切れ、ズボンが脱げそうな状態だった。
その状況で走ったのだから当然本気を出せることなく、
結果、リレーの補欠という結果になってしまった。
小学1年と2年にリレーの選手に選ばれていた私にとって、
ズボンのゴムひものせいで、補欠になったことがそうとう悔しかった。
今まで感情を露わにしなかった私ですが、さすがに泣いてしまった。
後日、泣いてたことを見た人がいて、
「リレーの選手に選ばれなくて、あいつは泣いていたんだぜ」と
耳に入ったときは、悔しさより、恥ずかしさが先行し、悔しさなど忘れてしまった。
小学校3年にてもっとも私を恐怖に落とし込み、トラウマになり、私の思い込みで、旅行さえも行かなかった話を語りたいと思います。
それは私の誕生日でした13日の金曜日まー普通はそれを気にする人は少数だと思いますが、
この日は私に13日の金曜日を叩きつける出来事でした。
その日、テレビ鑑賞会があるので、他のクラスと共同で見るので、教室移動を命じられました。
そして、テレビ鑑賞会にて、あの作品を視聴することになるのです。
作品のタイトルは「裸足のゲン」私は見たことなかったのですが、有名な広島の原爆投下の出来事を綴った作品でした。
その作品は私にとって恐怖でしかなく、見終わった後から、家に帰ってもその作品が頭から離れることはありませんでした。
誕生日を祝われても、全くその記憶はなく、作品で見た映像が離れることはありませんでした。
ここで、私の思い込みの悪さが発揮されます。
雨の日、汚れた差し掛けが、雨に打たれて汚れが落ち、黒い水になったのを見たとき、原爆時の黒い雨に見えて、早々に家に帰宅したのを覚えています。
また最悪なのが、巨人ファンだった父親が、広島で、巨人と広島の野球を夏休みに見に行こうと家族旅行を計画したのです。
現代の広島になにもないのですが、私の思い込みにより、絶対に広島にはいきたくないと、誘いを拒絶しました。
皆様は、それぞれ経験があると思いますが、小学3年生が、なぞの理由で、旅行に行きたくなく、一人で一晩留守番をするというのです。
※良く親もひたすら理由もなくいやだという私を連れていかなかったのは、私の拒絶が半端なかったのでしょう。
このことも誰に話しても笑ってしまう行動だと思います。
兎に角思い込み、全く情報を調べるでもなく、勝手に恐怖し、頭をグルグルとした思考で支配してしまうのは、今の双極性障害のうつ状態になってしまう状況と似ていると感じられました。
そして、思い込みによる逃げる思考も今と同じと感じることができました。
過去を振り返り、このころから、双極性障害のうつ状態を垣間見ることができました。
過去を思い出し、文章に綴ることにより、
双極性障害の片りんは、小学生低学年より現れていたと客観的に分析できました。




