その4
4
その日は食事が振舞われ、風呂も用意された。
食事は小麦や獣肉が中心の、食い慣れないものだったが、戦場で空腹を凌ぐことを考えれば、慣れさえすれば非常に美味な物であることが分かった。それに身体が若返ったせいか、こういう脂っこい食事が好ましくも感じる。
立派な設えの部屋に案内され、棚の上に置かれた布団に寝ることになった。
ベッドと言うらしい。
「知らぬ事を考え込んでも詮無い事」
「今は、心身を休めることに集中しよう」
実際、短時間で様々な事があった宗矩は、すぐに眠りについた。
手から刀を離すことはなかったが。
翌日の午前、宗矩はサウルから城内の教会へ共に行くよう言われた。
そこで人に引き合わせるから、しばし待てとサウルは言い、それに従う。
案内された祭壇の間には、美しい女人の姿をした純白の像が祀られている。
その像は、観世音菩薩に何処となく似ている・・・ひとり宗矩はふと思った。
「ヤギュウ様・・・この像は、女神イヴィリアを象ったものです」
すると後ろから、若い女性の声がした。
「申し遅れました、わたくしはイヴィリア宮の神官を務めております、アヤと申します」
サウルと共に、別の人の気配が近づいてくるのは感じていたが、それが若い女性のものとまでは分からず、振り向いてその姿を見た時、その美しさに息を呑んだ。
肌の色、瞳の色、髪の色・・・全てが日本人とは異なるものの、その姿は普遍的な美しさを湛えている・・・そう、女神像に瓜二つなのだ。
「おお!これは、お美しい姫君にござる・・・某、柳生又右衛門宗矩と申します」
宗矩はそう言った後、我に返った。
いくらなんでも、今まで、初見の人物に、こんな若輩のような物言いはしなかったからだ。
己の肉体が若返った影響を考える・・・精神も引っ張られるものなのだろうか?
「いや、失礼」
「私としたことが、無配慮な物言いを致しました、お許し下さい」
その時宗矩は気がついた、言葉遣いも、この世界の年相応のものに変化しつつあると。
「お気になさらずとも結構です」
「サウル様より、転生の儀の影響で若返られたとお聞きしております」
「魂が、肉体の年齢に影響されることは珍しい事ではありません」
「ご心配には及びません、日をおけば、それらは自然に馴染んでいくことでしょう」
アヤの言葉に、宗矩は取り敢えず安堵する。
老境に入った自分が、今さら若輩者としての過ちを繰り返すのは、さすがに締まらぬと思ったからだ。
「そうですか、それは一安心です」
宗矩は本心から、それを口にする。やはり言い方が若くなっているようだ。
「さて、ヤギュウ卿」
「勇者転生、そして魔王との戦いについて、これからご説明します、が・・・その前に」
サウルがそう言って、アヤの方を見る、それを受けたアヤが頷く。
「貴殿が那辺の星を持つ勇者かを調べねばなりません」
「そのために、アヤ様をお呼びしたのです」
サウルによれば、神官を称するアヤは、実はルーム帝国ただ一人の聖女であり、聖女とは女神イヴィリアの意志と力の一部をその身に宿した、神聖なる存在であるという。
この事は極秘の事であり、皇帝と嫡子および宰相、そして筆頭聖騎士と勇者にしか知らされぬ事だと言う。
そのことで、宗矩はアヤと女神像が瓜二つである事に合点が行った。
だが、その事実さえ、通常は認識阻害がかけられていて、アヤの素顔を知る者は無いらしい。
そんな重大な一国の秘密を、勇者として転生したという理由で、俄かに教えられた宗矩には、実感がまだ湧かない・・・ただ、幕府の重職を経験した身でもあり、事の重要さと守秘の義務は自覚している。
「では、ヤギュウ様、今から聖気を放ちます」
「それを受け入れ、心身に巡らせることにより」
「貴方様が、何処の彼方より召喚された「何星の勇者」かが分かります」
「心を鎮めて、力を抜いて下さい」
宗矩はアヤの言葉に従う。
サウルは一歩引き、アヤの儀式を見守っている。
アヤは何かを唱えている・・・それは、あたかも万物が「記号として持つ波動」のように感じられた。
ふっと肉体から意識が遠のき、全てを等しく俯瞰する・・・ほんの一瞬、大いなる深淵を垣間見た、気がした。
「・・・これが『無の境地』なのか?」
沢庵と共に理想とした心の在り方・・・ほんの刹那、その可能性を感じ、すぐに消えた。
それゆえ、その是非は分からなかった。
「ヤギュウ様、分かりました」
「貴方様は、東星からの勇者・・・・」
笑みを浮かべて宗矩に説明しようとした矢先、アヤの表情が引きつった。
アヤが震えている。
それは、恐怖を感じた者の姿だ。
「・・・え? まさか・・・勇者が、時を同じくして四人」
「極遠を囲んで 北、南、西、東・・・そんなことが」
そう小さく呟くのを聞くと、サウルの顔色も変わった。
「・・・何という事だ」




