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その1

異世界と剣豪





柳生宗矩が我に返ると、見慣れぬ地でバテレン風の甲冑の騎士と対峙していた。


自身に残る最後の記憶は、徳川家光が病床の己が手を握り、長年の労苦を労う姿に感涙した光景であった。


だが今、目の前にあるのは、自身が想像もしたことのない事態であるのは間違いが無かった。


宗矩が人に勝ったのは、膂力でも体格でもない。その状況認識の確かさと速さである。自分を軽く二回りも上回る、奇妙な髪の色を持つ、鋼の鎧に身を包んだ巨躯の戦士が、自分と対峙していることを素早く理解した。


何か異国の言葉を叫び、己が太腿のような分厚い剣を肩に抱えている。

徐々に、言葉の焦点が合って来た。


「突如結界から出現するとは、貴様は魔王の手の者か?」


そういう意味を言っていることを理解した。


「結界? 魔王・・・?」


かの右府(信長)様は、第六天魔王と呼ばれていたが、何か関係があるのか?そんなことが一瞬チラと頭を掠めたが、それに浸る余裕はない。


「ま、待たれよ!」


理由も定かでないのに、見知らぬ相手と争うのは得策ではない。

宗矩は、まず初めに己に敵意が無い事を示そうとする。

だが、未だこちらの言葉は通じぬらしい。


巨体が繰り出す大剣の一撃が頭上から襲い掛かる。

宗矩は逆らわず、大剣の外へと逃げる。

刀で受けても、曲げられて刀が使えなくなると判断したからだ。

幸いだったのは大きな剣だけに、思ったほど相手の動きが速くなかった事だ。

正面からは、受けず相手せず、まずは自分の逃げ道を探ることにした。


堅固な石積の塀が周囲を囲み、幾つかの出入り口には、似たような異国の屈強な兵が守る。

七十をとうに超えた老人である己では、あの塀を飛び越えるのも無理だろう・・・に、しては、随分と身体が軽い気もする。


次第に、相手の動きに無駄が無くなって来た。


こちらがチョコマカと逃げ、思ったように斃せない事で、油断を捨てたのだろう。

あの大きな剣を、巧みに良く遣う・・・宗矩は体格の利に奢らない、相手の剣術の技量に素直に感心する。


だが、感心しているゆとりなど、宗矩にもない。

ここで手こずり手負いとなれば、逃げおおせる余力を失う。


巨躯の騎士の一撃を狙い「逆風」の応用で、甲冑に守られぬ手首を攻める。

流石は相手も手練れ、手首の切断を寸前のところで躱すも、剣を取り落とす。

その瞬間を狙い、宗矩は相手の膝に蹴りを入れる。


巨躯の相手に対し、小柄な宗矩は、相手の懐に入りやすく、小柄故に重心が低い。

それを活用し、相手の足を奪う。


バランスを崩し、動きの止まった相手の膝裏に、刀を薙ぐ。

これで、相手は自分を追えない、脱兎のごとく最も手薄そうな出入口へと走る。



その瞬間


「お見事!!」

「引け! この仁の剣技は誠のもの」

「魔術に非ず!!」


賞賛の声がして、衛兵の敵意が消えた。

声の主は、兵の奥から宗矩の元へと歩み出でた。


「我が名は、サウル・エル・ローランス」

「ルーム帝国の筆頭聖騎士を預かる者です」

「異国の剣士殿・・・ご芳名をお伺いしたい」


兜を脱いだその顔は、透き通るほど白く、瞳は碧眼、髪は長く金色で、彫像のような彫の深い美しいものであった。

立場上、幾人かのオランダ人との接触もあったが、サウルと名乗る男の現実離れした美しい容貌には、さすがの宗矩も驚きを隠せなかった。


・・・九郎判官義経公が師事したる、鬼一法眼もかくありなん、これはいずくかの魔物か天狗か?


一瞬、宗矩は警戒を強める。

人を惹く容姿は、時にそれを誘う罠であることを兵法として知っているからだ。


・・・だが、殺気は感じない。


とまれ、無益な争いを好まない性格もあって、宗矩は刀を鞘に納める事で、敵意なしの意を伝える事にした。


「某は将軍家剣術指南、柳生但馬守宗矩と申す」

「俄かに信じ召されぬとは存ずるが、先ほどまで某は、己が宅にて病に臥せっておりました」

「そして、気がつけば、この有様・・・何か、ご貴殿にお心当たりはお有りか?」


通じぬ事を前提の上で、宗矩は言葉を発した。

先ほどのようにいきなり刃を交えるよりはマシと判断したからだ。



「ご貴殿の発音は、古き高貴の言葉とお見受けします」

「我が国にも、もはや伝承する者は少なくなったはず・・・貴方はそれを何処で?」


サウルが少し驚いたように宗矩に尋ねた。

当然、宗矩には心当たりが無い。


「いえ、武家として「まっとうに」言葉を交わしたるのみにて、心当たりはござらぬ」


宗矩の正直な物言いを、サウルは感じ取ったらしい。

顎に手を当てて少し考え込むと、こう言った。


「ふむ・・・これは魔王の召喚術の影響かも知れません」

「ご貴殿はその影響で、予期せぬ召喚に巻き込まれたと考えるべきかと」




「魔王? 召喚術?」

「・・・一体それは、何なのでしょうか?」


聞き慣れぬ言葉に宗矩の理解は追いついていない。

そして、サウルはその困惑を理解しているようだ。


「如何に剣の腕が立つとはいえ、貴方はまだお若い」

「困惑するのも無理はありません・・・まずは、我が館にて一息つかれるが良いでしょう」

「事情は、そこでご説明いたしましょう」


そういうと柔和な笑顔を浮かべる。

宗矩は不審に思った。


それは己のような、齢七十を超える老人に対する物言いでは無かったからだ。

サウルはどうみても30を大きく超える年齢ではない。

長子・十兵衛よりも下であろう。


しかし物腰からして、無礼を働く人物には見えない・・・それが何故?


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