穢れた王城の浄化をほぼ一人でやっていた聖女ですが、離縁されましたので、これからは自由に生きようと思います! 王城がどうなろうと知りません。
短編です。
よろしくお願い申し上げます。
「ミレア・ノクティ! お前とは今日限りで離縁させてもらう」
それはまったくもって、予期もしていないことだった。
いつもは私の前に姿も見せない、形ばかりの婚姻相手、カイ王子が唐突に現れたと思ったら、唐突に私へ突きつけてきたのだ。
「は? 離縁? 突然どういうことですか」
「お前、僕に隠れて不貞を働いていたそうだな。執事や貴族たちをたぶらかしていたと聞く。そのうえ、ろくに『加護人』の仕事もこなしていなかったそうじゃないか」
……えっと、まったく身に覚えがないのですが?
私は毎日毎日、『加護』の任務を懸命に行なってきた。
『加護』とは、神に祈りを捧げることでその聖なる力を賜り、それを元に不浄な空気の要因である『悪素』を祓い、魔除けを行う行為だ。
悪素は放っておけば魔物を引き寄せたり、空気を悪くしたりと、さまさまな問題をひきおこす。
それを祓えるのは、加護だけだ。
これは、普通の人間にはできない。
神から選ばれた一部の女性のみに、その才覚が発現する。
が、それだけではうまくは扱えない。
何年もの月日をかけて鍛錬を積み、実践を繰り返すことで、ようやく習得できるのが『加護』だ。
そして私は幼い時分、運悪くその才覚を与えられてしまった。
以来『加護』の習得のため、鍛錬を繰り返して、人生のほとんどすべてを費やしてきた。
『加護人』とは、王家直属の聖職者として、その加護を行う人間を指す。
中でも、もっとも能力が高いとされる者は、『聖女』と呼ばれて、王族の妃の一人になることが国法に定められており、それが今の私だ。
そこに愛や感情などは一切ない。
いわば地位の代わりに、日夜の『加護』を付与する業務が求められるのだ。
現在、この王宮内でまともにそれができるのは、私だけだった。
他にも数人の見習いがいるが、その実力や体力は、一人前に達していない。
見込みのある者もいるが、彼女はまだ幼い少女だ。
だから、夜中の業務などはほとんど一人でこなしてきたくらいなのだが…………
「しらばっくれても無駄だ。他の加護を行なっている者からは、お前の横暴ぶりを糾弾する声が上がっている。昼は口汚く同僚を罵り、夜中には、街で男を引っ掛けて遊んでいたそうだな」
どうもこれは、誰かの妬みでも買っていたらしい。
この『加護』人としての仕事は、かなりハードだ。
一応お給金は、平民の平均的なものと比べるとそれなりのものであるが相当な高給取りというわけではなく、むしろ王族になりたいという野心を秘めて集まる者が多い。
そのためには、私が邪魔だったのだろう。
……やりそうな同僚の顔が、何人も浮かんでくるしね。
実のところ、私より、よほど彼女たちの方が仕事を放棄していた。
夜中に遊び回り、本来は『加護』人のみ立ち入りが認められている神聖なる祈りの間に男を連れ込んだり、目付役の役人とできている者もいた。
それを注意したことが、今回の糾弾に繋がったのかもしれない。
「それで、私はどうなるのですか」
「当然、離縁のみならず、クビだ。聖なる加護人は、お前のような下衆には務まらない」
「……私がいなくなったら、仕事が回りませんよ?」
「そんなもの、他の者が担えばいい話だ」
冷静に考えて、回せるはずがない。
今でさえ人手不足で、仕事が溢れているのだ。
「自分だけが特別も思うなよ、ミレア妃。……いや、もうただの一般人だったな。すぐに荷物をまとめて、出ていく用意をしろ」
これはもう、反論しても仕方がなさそうだった。
彼は、感情に流されやすい。
なによりここで変に口答えして、心変わりされて、処刑だなんて話になると困る。
私は頭を一つ下げて、「お世話になりました」とだけ残し、その場を去ることとした。
王都にいては、また気が変わって捕まってしまうかもしれない。
私はその日のうちに、門の外へと出た。
♢
荷物をまとめるのに、時間はかからなかった。
五歳の時、地方の小さな男爵家の長女だった私はその才能を見出され、王宮内に連れてこられてから、約十五年、この内側で暮らしてきた。
しかし、仕事ばかりで、プライベートはほぼない。
そのため、荷物という荷物は数着の着替え程度で、ほとんどなかったのだ。
同僚らからの見送りなどあるはずもなく、警備に目を光らせられながら、王宮の外へと出る。
ずっと、ここで暮らしてきた身だ。
もう来ることはないと思うと少しばかり感傷的に………なってはいなかった。
一応、振り返って一礼だけするが、気持ちは清々とさえしている。
手足を縛る枷から、解き放たれた。
そんな感覚だった。
私は快調な足取りで、王宮から離れていく。
そして迷わず、王都の外へと出た。
目的地は決まっていなかった。
ただ王都内にいたら、また妙な復讐にあうかもしれない。
季節は、夏へと移りゆく七月だったから私は暑さを避けるため、とりあえず北へと向かう。
数カ月暮らせるだけの身銭は、持ち合わせていた。
加護人の給与は、王城内でのよい生活環境を提供されるかわりに、決して高くない。
ただその少ないお金すら使う機会がなかったから、しっかり貯まっていたのだ。
その道中はといえば、実に快適だ。
山や谷など険しい道もあったが、体力も気力も、加護人をしていた時の方がよほどきつい。
気づけば、夜通し歩いていたこともあった。
快適な理由は、食もだ。
「すいません、肉串を一つ、いや、三つくださいな」
好きなものを好きなだけ食べられる。
それは、王宮内ではありえないものだった。
立ち寄った町の屋台で売っていた肉串は一つで、銅貨五枚。
王妃として公的な場に出た時には、この何倍も高い料理を食べたこともある。
が、私の好みはガツンとした味付けだ。
その点、屋台ごはんの過度なくらいの塩味は、ぴったりだった。
気分を良くした私は、さらにもう一本と追加購入をする。
「よし、そろそろ行こうかな」
それを食べながら歩き出して、さらに北へと向かった。
♢
ーーそうして、ミレアが城を去ってから数カ月後。
王城内は、大混乱に陥っていた。
そのわけはといえば、そこらじゅうから沸き出る悪素だ。
歴史ある城内では、過去にさまざまな遺恨を残す形で人が亡くなってきた。
その恨み辛みは城内に色濃く残っており、都度『加護』により浄化を行わなければ、対策することができない。
そのための加護人なのだが、その仕事はといえば、まったく回っていない。
「いったいどうなってるの!?」
「だめ! こっちの『悪素』も強すぎるわ……!」
「なんで急にこんなことになるのよ!!」
圧倒的に、力も人数も不足していた。
それが二ヶ月続いたことで、新たに十人近くの人間が採用されたのだけれど、それを加えても、まったく回らない。
そればかりか、城内の『悪素』は増え続ける。
そしてそれはいよいよ、臨界点まで達しようとしていた。
「大変です! 今、魔物が、毒鳥・オオバメが、城に侵入してきてしまって!!」
なんと、王城内への魔物の侵入を許すまでになってしまったのだ。
本来では、ありえないことだが、溜まりに溜まった悪素が、それらを誘き寄せてしまったのである。
新しく聖女となった者も加わり、加護人たちは必死に祓い続けるが、まったく追いつかない。
「貴様ら、ふざけるなよ……!」
そこへカイ王子がやってきて、加護人らに、こう怒鳴り散らすが、そんなことでは解決しない。
それどころか、そこへ背後からオオバメの群れが現れて……
「危ないです!!」
と、加護人の一人が叫んだ時には、カイ王子は襲撃を受けていた。
「くそ、なにをする!!」
腐った動物の死骸が餌としてたかるかのごとく、猛攻が加えられる。
加護人らはそれをただ見るしかなくなる。
最後には衛兵が駆けつけて、カイ王子を救うが、その時にはもう傷だらけの姿になっていた。
なぜこうなってしまったのか。
その理由は、加護人たちもカイ王子も口にこそしないが、本当は気づいていた。
妃の立場を追われ、城を去ったミレア・ノクティ。
ひとえに彼女の力があって、業務は回っていたのである。
聖女・ミレアの力は他の加護人のそれの比ではなかった。
ミレアは『加護』に、人の何十倍も向き合ってきた。
その浄化に使う聖なる力は、一般的なそれを優に凌駕する。
その力も、浄化の継続時間も、何もかもが違う。
実際、ほとんどの悪素は彼女が一人で祓っていたのだ。
他の人間が遊びに興じる間も、昼夜問わず、働き続けて。
そんなミレアを難癖つけて追い出した。
そのミスを隠して、彼らは破滅へと向かっていくのであった。
♢
ーーーー同じ頃、王都から数百キロ離れた北方の辺境地のエヌイエにて。
王妃を追われた元加護人、ミレア・ノクティは王城にいた頃とは、まるで異なる生活を送っていた。
加護人の頃は朝まで仕事に終われていたのだが……
「ふぁ、おはよ〜」
今は宿のふかふかベッドでがっつり十時間寝て、朝九時に起きる生活。
いわゆる、ぐーたら生活を送っていた。
「ミレア。少し寝すぎだろう。まぁ構わないが」
それも朝起きると、リビングの食卓にはすでに食事が用意されている。
野菜出汁のスープに、鶏肉のほろほろ煮、さらには焼きたてのパン。
こんな素敵すぎる朝ごはんを用意してくれたのは、整った顔立ちをした男、アシュレイ・フォード。
当てのない北への旅の途中でたまたま出会った辺境地の領主だ。
彼の馬車が魔物・オオバメの群れに襲われているところに出くわしたので、私はそれを助けた。
魔物の中には『悪素』に惹きつけられて動くものがおり、オオバメはその類だ。
周囲の『悪素』を加護で払ってやれば、すぐに立ち去った。
大したこともしていない。
私はすぐにその場を後にしようとしたのだが、律儀な彼はどうしても礼をしたいと聞かず、しばらく旅を共にする。
その料理の美味しさにつられるがまま、結果として辿り着いたのが、ここだ。
エヌイエは、あまり発展していないうえ、人口も少ない小さな町である。
だが、だからこそ。
私には、やりがいが生まれていた。
昼頃、外へと出た私は町の周りの木柵に『加護』を付与して回る。
「ありがとうございます、本当に助かります!」
と言ってくれるのは、町の住人だ。
大したことじゃないのだけれど、加護人をしていたときは誰にも褒められたものではなかったから、嬉しいものがあった。
小さな町だからその作業自体はすぐに終わり、私は続いて畑へと移る。
そこでも私は『加護』を使った。
私はこれまで『加護』を魔除けとしてしか使ったことがなかった。
しかしこの『加護』、かなり応用が効く。
たとえば土壌の改善なども行うことができるし、水の浄化、さらには武器への魔法付与など、いろいろなことに使えることが旅の中で分かったのだ。
王城では、悪素を祓うことばかりに使っていたわけだが。
「本当にすごいな。こんなところにいていい人材とは思えないよ」
と、アシュレイは私を評してくれる。
そのうえで、
「それこそ王都で聖女にでもなれるなんじゃないか」
まさか私が元王妃とも知らない彼は、たぶん褒め言葉としてこう言ってくれるのだけれど、私はそれに首を横に振る。
「そんなの、私にできることじゃないわ。それに、あなたのご飯は美味しいし、たくさん寝られもするもの」
世間様にはもしかすると、落ちぶれたと思われるかもしれない。
でも、私にとってはこちらの方が王妃をしていた頃よりよほど幸せだ。
たとえ頼み込まれても、もう絶対に王妃には、戻らないし、王城にも帰るつもりはない。
これからは自分と、本当に大切な人たちのために、この『加護』の力を使っていきたい。
そう思うのであった。
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