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第23話 『アースレッド』

 メデュラモン火山。その深部へと僕ら一行は歩みを進めていた。複雑に入り組む横穴を鳥の鳴き声と霊気を頼りに進む。


 横穴を抜けるとそこには巨大なマグマの河が流れていた。向こう岸までは大分距離があるな。だが道が無くても、ギムリとソフィーさんが土魔法が使えるので困ることはない。


「みなさん道を作ります。少し下がっていてください」


 ソフィーさんが祈るように手を組み合わせると、地面が削りだされ橋が架かっていく。ギムリがマグマを噴出させ、僕がそれを水の呪術で冷やし固め橋脚とし補強した。


「すげぇ~」


「あちらから吹き込んでくる霊気がどんどん濃くなっている。ここを渡れば恐らく魔獣の抜け道はすぐだろう」


「行きましょう!」


 ソフィーさんの覚悟を決めた眼差しに全員が頷き、橋を半ばまで渡ったその時、僕は突如として異常な霊気を感じた。


 これは―


 ガーンという岩石が砕け散る音がしたかと思うと、衝撃が足元を走った。ナツが橋から転落するのが視界に入る。瞬時に焦点を合わせ、彼の身体を浮かばせこちらに引き寄せた。


「大丈夫ですか!」


 倒れかけたソフィーさんを支えながらフランさんが叫ぶ。ギムリは斧を構えながら油断なく周囲を見渡していた。


「下じゃ。マグマの中に何かいるな」


 この霊気量……エンキ以上だ。この火山の魔獣を喰らってここまで膨れ上がったな。きっと鉱山に魔獣が出没しだしたのもこいつから逃げる為だ。


「なぜ姿を見せん」


「分かりません。ですが恐らくアースレッドです」


「フランさん。鳥は鳴いていますよね?」


「ええ」


「さっき橋から落ちかけた時にさ、一瞬だけどマグマの中に影が見えた。とんでもねえデカさだったよ! 逃げた方がいいんじゃない!?」


「そうみたいだね。あいつはこの橋を壊す気だ」


 そう僕が言った途端、マグマの中からそいつは姿を現した。全身に灼熱のマグマを纏った巨大な蚯蚓。顔面が四つに別れ無数の牙を覗かせながら、こっちに突っ込んでくる。


 魔法で造った橋脚がなんの障害にもならず打ち砕かれ、橋が奥からどんどん崩壊していく。砕け散った石礫は蚯蚓の口蓋に呑み込まれ、みるみるうちに磨り潰されていた。


「みな走るぞ!」


 ギムリの声に弾かれる様に皆が動き出した。僕もナツを担いだまま走り出す。後方で巨大な霊気のうねりを感知。駄目だ。向こう岸までまだ距離がある。間に合わない。


「ギムリ! 迎え撃つ。ナツを抱えて先に行け!」


「リオン殿!! また―」


「うわあああああ」


 投げ飛ばされたナツが絶叫を上げながら宙を舞った。無事に受け止められたのを確認すると僕は体内の霊気を一気に練り上げる。だが後方を気にする様な隙を魔獣は許さない。もう眼前に迫っていた。


「クソ」


 アースレッドの口が引き裂かれた様にばっくりと開いている。その口内に深紅の光を見た次の瞬間僕の身体が炎に包まれた。


「兄ちゃん!!」


 ナツは大蚯蚓の口から放たれた炎の大渦巻がリオンを呑み込む様子を見て叫んだ。火炎の勢いは火山の岩壁にぶつかっても衰えず、岩を焼き溶かしていく。


 ソフィーがその光景に口元を抑えた時、火炎旋風が内部から弾け飛んだ。姿を現したのは炎翼を羽ばたかせ宙に浮かぶリオンの姿。


「ジガンテ・ブラキオン」


 ギムリには自身の主が何を行っているのか皆目見当もつかなかった。だがあの翡翠色に煌めく右手に途轍もない力が込められていることだけは確かだった。


「フル・フレイム」


 深緑に輝く拳が紅蓮に燃え上がった。異変に気付いた魔獣が身を隠さんと、マグマの中に頭から潜りだす。


「シューティング・フレイム」


 刹那、リオンの身体が赤い閃光となり巨大蚯蚓の胴体を消し飛ばした。爆炎は衝撃波と共にマグマ溜まりを吹き飛ばし巨大な穴を穿つ。押し広げられたマグマが高波のようになって、ナツ達に襲い掛かった。


 だがリオンが視界をやるとマグマが突如、真下へと弾かれたかのように底へと落ちていく。


 千切れ飛んだアースレッド……その巨体の断面からは大量の血が噴き出し、衝撃で吹き飛んだ頭部が岩壁に叩きつけられた。 


「やったか」


「いやまだだ」


 そう僕が告げた時、千切れ飛んだ大蚯蚓の断面が盛り上がったかと思うと一瞬で肉体が再生した。なんて再生力だ。巨体が突如うねりだし再びマグマ溜まりの中へ潜りだす。次は逃がさない。


 魔獣に焦点を合わせると、そいつの胴体が再びマグマから浮かんで来た。あと少し。そう思った途端、アースレッドが自身を自切し胴体の一部だけでマグマに潜り込まれてしまった。


 くそ。しぶとい。先ほどまであんなに煩かった魔獣が身じろぐ音も岩壁が崩壊する音もしなくなった。マグマの音も止んだ。静かにグツグツとマグマの煮える音だけが響く。


「奴め、どこへ行ったのじゃ」


「分からない。でも嫌な予感がする」


 そう呟いた時、突如地面が激しく振動しだした。いや地面だけじゃない。この空間、いやメデュラモン火山自体が揺れ出した。フランさんが何かに気づいたような顔をした後、声を挙げた。


「まずいです! 奴はきっと地下の岩盤に穴を開けました。この火山を噴火させる気です」


「なんじゃと!」


 目を剥くギムリに対して、切羽詰まった表情でフランさんが頷き返した。


「ギムリ! 今すぐこの橋を渡り切りあの横穴に入って穴を塞げ。まっすぐ進めば恐らくその先に魔獣の抜け穴がある。頼んだ」


「リオン殿はどうする気ですか!」


「少しの間噴火を抑え時間を稼ぐ」


「無茶だよ! リオン兄ちゃん!」


「そうです。皆で行きましょう」


 そんな人の想いなど関係ないとばかりに真っ赤に染まった地獄の釜土からマグマが吹きあがった。咄嗟にマグマに焦点を合わせ奈落に押し戻す。


「私は大丈夫です。貴方は貴方の成すべき事を成してください」


 固まって動かないソフィーさんに視線を合わせ頷く。すると彼女は一礼した後、弾かれたように駆けだした。


 狩るか。


 瞳を閉じる。全身の霊気を瞳へ集中させ圧縮。生み出すはガルディアンの支配者エンキが纏っていた土の霊気。何者もこうべを上げることは許されない。


「ひれ伏せ。グランテ・グラビティ」


 瞳が開かれた。不可視の斥力がマグマ溜まりを吹き飛ばした。マグマが中央から押し広げられ、逃げ場を失ったそれが火山の縦穴を這いずり上がる。


 火山の噴気孔の全貌が明らかになり、再び大蚯蚓の姿が白日の下に晒された。


「ジガンテ・ブラキオン。フル・フレイム。シューティング・フレイム」


 再びアースレッドの頭部と胴体が爆炎と共に掻き消された。夥しい量の鮮血と肉片が降り注ぐ。だが一瞬で断面が隆起し頭部まで再生した。


 そのままの勢いで血と唾液を撒き散らしながら魔獣は獲物へと喰らいつきにかかった。


「グゥゥゥゥゥゥガギャアアアアアアアアア!!!!」


「煩い」


 身体を回転し黒い尾を魔獣の顔面に叩きつける。打撃音と肉の潰れる音と共に魔獣の頭がもげるも、血煙を出しながらみるみる再生していく。


「こいつの弱点はなんだ」


 血と肉とマグマが降り注ぐ中、僕は再び噴火し始めたマグマを視界に収めながら息を整えた。奴の頭部は急所ではないのか? ……頭部?


 違和感を覚えた僕は自分の手のひらを切り裂き、血を垂れ流しながら一気に噴火道を上昇する。濃厚な青い血に反応し、蚯蚓がマグマから飛び出した。


 今だ。強引に引き釣り出す。


「グランテ・グラビティ」


 大蚯蚓がまるで地の底に落下するかのように、こちらに吸い寄せられる。暴れうねり狂う魔獣。なんて巨体だ。


 強引に自身に掛けられた呪術を破ろうとしている。瞳が纏う霊気が急激に歪み、血の涙が流れた。


 遂に全身が出た。そう思った瞬間、そいつの口蓋がばっくりと裂け火炎旋風が視界を覆った。


 嫌でも焦点が火炎に合う。凄まじい勢いでこちらに吸い寄せられる火炎を前に、やむを得ず術を解いた。


 防御の為に炎翼を前方に回した刹那、紅蓮の炎がぶつかった。あまりの勢いと爆風に成すすべなく、僕の身体はどんどん噴火口へ向けて上昇していく。


 肺すら焼き尽くされそうな熱波の中、僕が考えていたのは奴の弱点だった。


 さっき一瞬だけ奴の全身が見えた。あいつの尻尾の先は断面が焼け焦げたまま再生していなかった。なぜあそこだけ再生しないのか? あそこには元々何がついていたのか。


 僕の脳裏に過ったのは、先ほど千切れ飛んで壁に叩きつけられた大蚯蚓の頭部。あの後直ぐにマグマに潜られ、次に顔を出した時には頭部があったから分からなかったが、あいつには前と後ろに頭が二つあるのだ。


 いやそもそもあの魔獣には前とか後とか、頭とか尻尾とかいう概念がないのかもしれない。


「フル・フレイム」


 僕は喉に霊気を一点集中し、超高温の熱線を放つ。白く発光するそれは火炎旋風を貫通し、魔獣の口内まで届いた。魔獣の全身が爆ぜ飛ぶ。


 夥しい量の血肉が巻き散るが、グチャグチャと気色悪い音を立てながら再生が始まった。その一瞬の隙を突いて再び噴火道を高速で潜行する。


 どこだ。どこにいった?


 魔獣のもう一つの頭部はどこに……左右を漏れなく確認するが見つからない。ある可能性が頭を過ったその時、それは見つかった。


 岩壁の一部に巨大な穴が開いている。壁には汚臭を放ちながら肉片がこびり付いていた。


 首だけで壁を掘ってどこかに移動したのか。行先は考えるまでもない。


「ナツ―」


 ほんのわずかに意識を逸らした次の瞬間だった。自分の足元から光が差し込む。しまったと思った時にはもう遅かった。身体が溶け落ちるほどの熱が僕を襲う。メデュラモン火山が噴火した。

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