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第21話 『深部』

 大蛇の魔獣を消した後、僕とナツは皆の所に戻り食事を済ませていた。干し肉と硬パン、それにチーズもついていて中々満足できる。


 ナツはさっさと食べきってしまい呪術の練習をやっているようだ。ギムリは隠し持っていた酒を早速飲みだしている。僕はドワーフ族は飲まない方がむしろ調子が出ない事を知っているのでいいけど、フランさん達は心配になるんじゃないだろうか。


 一応ギムリの弁護をしておこうと彼女たちの方を見ると、彼の事は眼中になく明らかに僕を警戒していた。


 フランさんに至ってはさりげなく僕と彼女の間に入り、常に僕の右側を取る動きをしている。僕が不審な動きを見せたら、即座に左腰に帯刀したそれで切り裂くつもりだろう。


 そこまで神経を張って護衛するということは、サーシャさんがソフィー嬢であることは間違いない。


「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。メデュラモンの魔獣を討伐し抜け道を塞いだら早々に帰らせてもらいますので」


「……どうして手伝ってくれるのですか?」


 恐る恐るこちらを伺うような視線を向けてくるサーシャさんに僕は食事をとる手を止め、視線を合わせた。


「ナズベル辺境伯の依頼です。さらに言うなら交換条件として、アスピアとの交易路開発の認可が欲しい」


「でも辺境伯様ご自身の命まで危険にさわさなくても。いえすいません。来てくださったことは本当に感謝しているんです。そうじゃなくて、私が言いたいのはその」


「サーシャ殿のおっしゃる通りですぞリオン殿。このような荒事は、儂ら魔獣討伐隊にお任せください」


「ギムリまでシェリルみたいなこと言わないでよ」


「今のお言葉、お嬢に伝えますぞ」


「あ、いや。今の嘘。魔獣討伐隊には、アスピア領の安全を守るという大切な仕事があるし、まあ領民の為に体を張るのが貴族の責務ってやつだよ」


「全くこの若辺境伯の腰の軽さは。少しは付き合わされる側の身にもなってほしいですな。なぜ儂の主はみなこうなんじゃろうか」


「ごめんよ。運が悪かったと思って」


 そんな僕の言葉にギムリはやれやれと言った表情で酒を飲んだ。


「ふふっ。わたしアスピア辺境伯様のこと、誤解していたかもしれません。もっと怖い人かと思っていました」


「それ悩みなんですよね。近衛達にも遠巻きにされちゃってて……」


「リオン殿。そのような悩みがあったとはしりませんでした。ここは儂に任せて下さい。酒宴の場を設けますぞ。儂の秘蔵の酒を飲めば皆、翌朝には硬い絆で―」


「いや遠慮しとく。今度こそシェリルとマリアに殺される」


 やらかす未来しか見えない。というかギムリに前付き合って飲んだ時の記憶が無い。そもそもあまり酒を飲まないのに、自分の限界が良く分からないままドワーフに付き合って酒を飲んだのがまずかった。


 記憶はないが何かやらかしたらしく、僕には飲酒禁止令が出されているのだ。


 そんな僕達の様子を眺めてくすくすと笑っていたサーシャさんだったが、急に改まった調子でこちらを見つめて来た。


「申し訳ございません。わたし隠し事をしています」


「サーシャさん!?」


 フランさんが慌てた様子で言葉を遮るが、いいのと首を振る彼女に渋々引き下がる。


「私の名前はソフィー・ド・ナズベル。ナズベル家の長女です」


「なんと」


「そうでしたか。まさかナズベル家のご息女自らが魔獣討伐に向かわれるとは、立派な志です」


 あまり驚いていない僕に、やはりという表情をフランさんが浮かべた。驚愕の表情を浮かべるギムリを他所に、ソフィーさんがペコリと頭を下げていた。


「今までの非礼をお詫びします」


「いえいえ。お気になさらないでください。こちらこそ兄の件では大変申し訳ございません」


「……あれは私が悪いのです」


「そんなことは絶対に―」


 そう否定しようとした時、ナツが大声を上げながらこちらに走って来た。


「兄ちゃん!! できた!!」


 大興奮でこちらに駆け寄って来たナツの手元を見ると、灯火一つなかった。ギムリが呆れた表情になる。


「なんじゃ何も出ておらんではないか」


「うるせえな頑固ジジイ。走って来る途中で消えちゃったの! 今もう一回やるから見てろよ~」


 そうナツは意気込みながら、彼の人差し指同士を向かい合わせた。ソフィー嬢とフランさんも近寄ってきてのぞき込む。


 しばらく様子を見守っていると、彼の指先に霊気が僅かに集まっているのを感じた。


 この霊気の変換のされ方は、フレイじゃないな。火の霊気ではなく、これは―


 バチッ。


 火花が散るような音と共に、ナツの人差し指の間を青い雷光が走った。小さな光がついたり消えたりしている。


「ちっさ。なんじゃこれは」


「まあ! 可愛らしくて綺麗な光ですね」


「うっ、うるせー!!」


 なるほど。これは雷の霊気だ。ナツは一度銀獣に出会っている。その際に彼の霊気が魔獣の霊気で歪み、雷の霊気に近づいたのだ。


 火の霊気より身体に染み付いた雷の霊気の方が、扱いやすいのだろう。


「さっき自分の霊気を使うなといったけど雷の霊気は別だ。それはナツの属性だから使用を許可する。ただし使いすぎると命を落とすから、少しでもまずいと思ったら止めること」


「わかった!」


「上々だよナツ。次はその雷をずっと維持できる様にしよう。規模を大きくするのは、その後だ。ちゃんと制御できるようになる前に、威力の高い術に手を出すと怪我をするからね」


「わかった!」


 また駆け出そうとするナツの肩をフランさんが掴んだ。


「休憩は終わりです。出発しましょう」


 こうして再出発した一行はその日の夜、メデュラモン火山の山麓へと到着した。一晩眠りについた翌朝、変な鳥の声で起きた僕達は地下洞窟の入り口の前で最後の準備をしていた。


「ねえサーシャ姉ちゃん。なんで洞窟に入るの? 火山に登るんじゃねえの?」


「メデュラモン火山へはここから入るのよ。上層は現在もマグマも火山ガスも活発に流れていて危険なの。それに私達の目的地は頂上じゃなくて、この火山のどこかにある魔獣の通り道を見つける事でしょ?」


「たしかに! りょうかーい」


「後さっきナツくんには言いそびれちゃったけど、私の本当の名前はソフィーというの。改めてよろしくね?」


「おう! よろしくソフィー姉ちゃん!」


 そう納得するナツを傍らに僕も疑問点を解消するため口を開いた。


「調査にあたり気を付ける点はありますか?」


「はい。まず炎の魔法は使用禁止です。火山内部は可燃性の瘴気が充満している場合もあり、火花一つでも起こすと全員焼死します。また地下洞窟を魔法で掘り進めるにあたり発生する粉塵にも気を付けて下さい。こちらも粉塵爆発を引き起こす危険があり、また吸い込むと毒です」


 顔を青くするナツに内心で同意する。分かってはいたけど気を抜くと本当に死ぬな。


「ナツ。昨日練習していた呪術は火山の中ではしちゃだめだよ」


「う、うん」


「瘴気対策はどうするつもりじゃ? それも吸えば毒じゃが、儂らには見えんじゃろ」


「はい。今朝の内にピロピロ鳥を捕まえておきました」


 そういってフランさんが取りだしたのは籠の中に捕まえられた極彩色の鳥だった。ピンクや紫、赤、青、黄色、緑の斑模様がなんとも言えない。


 変な声の鳥だ。目は大きいし、頭からぴょいと跳ねた毛がふよふよ動いており、不思議な見た目だな。


「これなに? 食べれるの? おいしくなさそう……」


 珍妙なものを見る眼差しでピロピロ鳥を見つめるナツに、ソフィー嬢が優しく話しかけた。


「この鳥は人間より瘴気に敏感で異変を感じると鳴くのを止めるの。だからこの鳥が突然泣き止んだら、その場所は危険だと察知できるのよ」


「へぇ~この鳥そんなすげ~んだ」


「では行きましょう」


 その言葉を皮切りに僕らは地下洞窟に足を踏み入れた。凄い急に気温が変わった。ひんやりとする。むしろ寒いくらいだ。


 壁面は溶岩が固まってできたのだろう。黒くザラザラとした肌触りで、定期的に魔石のランプが取り付けられている。その光を反射して光苔がエメラルド色や紫色に輝いている。天井から伸びる氷柱は落ちてきたら頭に突き刺さりそうだ。


 暫く歩くと道は細くなっていき下り坂となった。一刻ほど下るとだんだん周囲が急にジメジメとしたきた。なんだか暑苦しいな。


「どんどん下に降りますね」


「はい。しばらくは下り道ですが途中でいくつも分岐があります。迷えば出られなくなりますので、はぐれないよう注意ください」


 しばらく下に降りると地下水に満たされた空間に出た。まるで湖だ。湖の真中には岩で出来た橋が架かっており、途中で湯気に隠れ向こう側まで見えなくなっている。ただ橋に定期的に魔石のランプが設置されており、道が分かるようになっていた。


 下を覗くも、底は暗く湖の深さは見当がつかない。


「うぇ~なんかでっかい人食い魚とかいそう」


「いや霊気感知にはなにも引っ掛からない。大丈夫だと思うよ」


「はい。ですがこの湖は高温かつ人が落ちると跡形もなく体を溶かすでしょう」


「ピロピロ鳥はまだ鳴いていますね」


「はい。ですがあの蒸気も吸いすぎると毒です。すぐに通り抜けましょう」


 そう答えるフランさんに頼もしさを覚えつつ、僕達は足を踏み外して落下しないように注意深く、でも急ぎ足で橋を渡った。


 向こう岸に渡るとまた横穴が待ち構えていた。歪んだ霊気を感じる。この霊気の濃度……いるな。


「この穴の向こう側は溶岩地帯です。この先は今までと違い道の舗装はできていません。そして魔獣もでてくるでしょう」


 そう告げるフランさんにナツは緊張した面持ちに、ギムリも顔を引き締めた。


「魔獣はどんなのがいるのですか?」


「蠍や蜘蛛の様な姿の魔獣が多いですが、毛のない犬型の魔獣も居ます。ですが一番危険なのは巨大な蚯蚓型の魔獣です。マグマの鎧を身に纏っており、岩盤を砕きながらどこからでも襲い掛かってきます。我々はそいつをアースレッドと呼んでいます」


「以前ナズベル家だけで調査した際は、戦闘したのですか?」


 そう聞くとソフィーさんが顔を曇らせた。口ごもる彼女の代わりにフランさんが厳しい表情で口を開いた。


「いえ戦闘にもなりませんでした。アースレッドを見た部隊は、私とお嬢様以外は全員発狂し出血死しました。私達も頭が割れるような激痛と悪寒に加え、出血もしましたが、辛うじて耐えきれました。しかしもはや撤退するほかなく」


 となるとエンキと同等以上の魔獣ということか。ギムリはエンキとの戦闘で霊気汚染に耐性ができている。ナツは陽教徒の外套を羽織っているから大丈夫だろう。


「分かりました。では行きましょう」


 こうして僕たちはメデュラモン火山の深部へと足を踏み入れた。

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