第19話 『手ほどき』
僕達一行はギムリを先頭に、サーシャさん、フランさん、ナツ、僕の順で森の中を進んでいた。この森は広大だが真っ直ぐ突っ切れば、一日もあれば火山へ至れるそうだ。
ギムリが斧を片手に草木を切り開いてくれるのでとても快適だ。少し蒸し暑いが許容範囲内である。道案内はサーシャさんがしてくれており、迷う心配もなさそうだし、至って順調であった。
ナツは最初こそ威勢が良かったものの、慣れない環境に少しばてている様だ。
「それにしても平和な森ですな。果物もそこかしこに実っていますし、鳥も元気にさえずっておる」
「そうですね。これでも最近は魔獣を見かけることも多くなりました。ただ今日の森は本当に平和です」
多分それは僕の霊気に反応して魔獣達が逃げているのだろう。さっきからちらほらと霊気の索敵範囲に魔獣が引っ掛かるが、直ぐに離れてしまっている。
「ちぇっ。オレ魔獣と戦いたいよ」
「馬鹿者。魔獣なんぞ出会わんに越したことはない」
僕もその意見に完全同意と言いたいところだが、それではナツの訓練にならない。少し霊気を抑えて、魔獣を誘ってみるか。
……これで魔獣からは丁度良い霊気を持った獲物が森を歩いている様に感じるだろう。暫くここで待っているか。
「フランさん。ここらで少し休憩にしませんか? 見張りには僕とナツがつきます」
「分かりました。では少し休憩しましょう」
「え~オレも休みたいよ~」
「こらこら文句言わない。ついでに呪術も教えてあげるから」
「え! ホント!? いくいく」
急に元気になったナツを落ち着かせながら僕とナツは少し森の奥へと入った。
「前に霊気の感じ方を教えたよね?」
「うん。でも何度やっても何も感じないよ」
「体の中にも何か感じなかった?」
「うん……オレってやっぱり魔法使えないのかな」
俯いて拳を握るナツの頭を撫でながら微笑んだ。
「魔法は僕も使えないよ。今から僕が教えるのは呪術だ。こっちは必ずできるようになる。どちらも霊気を使っていることには変わりないんだけどね。僕も最初は何度も試したけど、何も感じなかったよ」
「嘘だ。兄ちゃんはあんなすっげえじゅじゅつ? 使ってるじゃん」
「最初は本当に感じなかった。ムーンドールには何故かほとんど霊気が存在しないんだ。でも本当は自身の血肉にも霊気は宿っている。まあ自分の霊気は生まれた時から一緒にいるから、実感しにくいけど」
「じゃあ兄ちゃんは初めて感じた時はどうやったんだ?」
純粋な疑問と好奇心の眼差しを向けるナツに、シュナさんもこんな気持ちだったのかと感傷的になる。
「最初に霊気を感じたのは魔獣の血の中だった。でもその時は切羽詰まっていたし、無我夢中だったからな~。ちゃんとこれが霊気だって認識したのは、霊気が存在する場所に行った時かな」
僕の場合は、その場所はフェルゼーンだが、そんなことを言っても混乱するだけなので黙っておく。
「霊気が存在する場所?」
「うん。今この場所にも存在しているよ。目を閉じて集中してみて」
瞳を閉じて集中するナツ。中々感じ取ることができないのか、集中しすぎて力んでしまっている。
もう少ししたら自力でも感じられそうだけど、どうやらこちらに気づいた魔獣が近づいてきている様だ。少しヒントをあげるか。
「火山の方向を探ってみて。あの山は結界外と繋がっているから霊気が流れてきているのを感じるはずだよ」
「……ん? あっ、これ? これなのかな?」
どうやら霊気を感じたようだ。恐る恐る手を伸ばし掴もうとしているが、当然触れるはずもなく手が空を切っている。僕はナツの前で腰を落とし、彼の顔の前で人差し指を立てた。
「今からこの霊気を小さな灯火に変換する。よく観察するんだ」
空中を漂う微量な霊気を指先に集め圧縮し熱へと変換する。すると指先に小さな火が灯った。
「これがフレイ。目を開けてみて」
ゆっくりと目を開けた彼の瞳にゆらゆら揺れる灯火が映り込む。さっきまで目を閉じていたので一瞬目がくらみながらも、次の瞬間には興奮で頬を赤く染めた。
「すげ~」
「これが出来る様に何回も練習するんだ。ただし自分の霊気は決して使ってはいけないよ。一度霊気を感じたから、もう自分の中にも感じるようになっているだろうけど、決して手を出さないこと」
「なんで?」
「人の持つ霊気には生まれながらの属性がある。その属性以外の術を使うために、自分の霊気を使えば霊気が歪むんだ。やり過ぎると肉体や精神に異常をきたす。使う時は必ず僕が傍にいる時にするんだ」
「は~い」
「そしてちょうどいい所で魔獣が来たね」
僕の指さす方向をナツが振り返る。草影から顔を出した紫色の大蛇と瞳があった。
「え? おあああ~!!」
少年が叫んだ瞬間、蛇の目が細まる。次の瞬間、大きく口を開けながら飛び掛かった。毒液に濡れる白い牙が彼の肌に突き刺さる前に、身体を割り込ませる。
大蛇は問答無用で僕を呑み込もうと突進するがそれは叶わなかった。僕の振り上げた尻尾によって、遥か空中に打ち上げられたのだ。
「ナツ。最後に大切な事を教える。それは歪みだ。歪みこそが呪術の本質。よく見ていなさい」
手を頭上へと翳す。すると手のひらに小さな火球が生まれた。さらに周囲の霊気を集め圧縮すると、火球が白く発光し始め、小刻みに震えだす。
構わず圧縮を重ねると、ついに臨界点を超え空間が歪み始めた。霊気が空間を窪ませ、周囲の霊気が自然に流れ込みだす。
「に、兄ちゃん、体が引っ張られてるみたい」
「体内の霊気が僕の手の先に吸い寄せられているんだ」
落下中の大蛇も異常な霊気を感じたのか、何とか逃げ出そうと空中で藻掻いている。
「何事ですか!?」
後ろから凄まじい剣幕の女性の声がした。フランさんか。ちらりとそちらを見るとギムリとサーシャさんもいる。
「目と耳を抑えておいてください。フル・フレイム」
小さな火球が激しく発光しながら打ち出された。キラキラと周囲を照らしながら上昇し、大蛇と衝突する。直後、世界が白く塗りつぶされ、一瞬遅れて轟音、熱波、爆風が森の木々を襲った。
世界に二つ目の太陽が顕現し天を焼く。爆炎は一瞬で空を灼熱地獄へと変貌させ、大量の火の粉が降り注いだ。それが森へと到達する前に、僕は指を鳴らし霊気の残滓へと戻す。
淡い光の粒は儚く空中で掻き消えていった。
「いいかいナツ。呪術を決して甘く見てはいけない。軽んじれば自分の命だけでなく、他人の命も失われる。最新の注意を払って修行に励みなさい」
「わ、わかったよ。兄ちゃん」
「驚かせてしまい、すいません。修行の為に手本を見せていました。魔獣はさっきの魔法におびえてもう周囲に居ないので、ご飯にしましょう」
そう皆に声を掛けながら僕たちは休憩地に戻った。




