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第18話 『メデュラモン火山』

 支度を整えた僕たちは馬車に揺られナズベル伯の帝都別邸に着いた。事前にメンバーを申請していたので、ナツが居る事に特に何も言われることなく、転移陣と結界の水晶への登録が済んだ。


 転移の間に案内され陣を踏むと一瞬で視界が切り替わる。部屋を出ると空気の乾燥を肌で感じた。ナズベル領は高山地帯であり岩と砂に覆われた土地と聞く。


 待機していた使用人に案内されながら屋敷を進む。小声でナツに話しかける。


「ナツ。今から会う人はナズベル辺境伯だ。くれぐれも無礼の内容に大人しくしているんだよ」


「わかった!」


 小声でそう返すナツだがワクワク感が全身から溢れている。その様子にギムリが天を仰ぐ。


 貴賓室に通されると既にナズベル伯が座っており、その後ろには赤髪の筆頭執事が立っている。ナズベル伯が僕の姿を認めるなり立ち上がって握手を求めて来た。


「まさか本当に来るとはの。感謝する。ただし言っておくがメデュラモン鉱山は火山だ。魔獣が居る深層は灼熱のマグマも流れておるだろう。過酷な旅になるぞ」


「覚悟の上です。それで依頼内容は鉱山に巣食う魔獣の討伐と、魔獣の侵入経路の特定し、塞ぐ。これで認識合っていますか」


「そうだ。こちらでも調査隊を派遣しており侵入経路のおおよその位置は掴んでおる。だがそれ以上は魔獣の為に近づけず不明だ」


 なるほど。それは厄介だな。


「アスピア領魔獣討伐部隊隊長のギムリと申します。発言してもよろしいでしょうかな」


「許可しよう」


「そのおおよその位置までの案内人は付けて下さるのですか」


「……うむ。入ってこい」


 そうナズベル辺境伯がそう声をかけると、一人の女性が入って来た。そこそこ強い霊気を感じる。淡い黄色味がかったブロンドのショートヘア、小麦色に日焼けした肌。


 そんな健康的な容姿とは裏腹に、若干の警戒と怯えが混じった様な黄緑色の瞳がこちらを見つめていた。


 どこかで見た事がある気がする。どこだったか……そう記憶をたどっていると、彼女がペコリと頭を下げた。


「サーシャです。よろしくお願いします」


「ああすいません。リオン・ド・アスピアです。よろしく」


「この者が近くまで案内する。だが……本当によいのか? 相手は魔獣だ。命の保証はないぞ?」


「後ろのギムリはアスピアの魔獣討伐隊の隊長です。そして私は近衛騎士団長。戦力に問題ありません」


 そう回答するとナズベル伯が安堵したように頷き、背後の筆頭執事の方へ振りかえった。


「フラン。お主もついていけ。いくらアスピア辺境伯と言えども、慣れない土地では足元を掬われることもあるだろう。全員の補佐を頼む」


「承知しました。必ず御守り致します」


「頼んだぞ」


 フランさんも来るのか。この筆頭執事の実力は十分知っている。頼もしい。


 そんなことを考えていると彼女がスッとこちらに振り返り、頭を下げた。


「アスピア辺境伯様。この前はお見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございませんでした。此度はナズベルの危機に駆け付けて下さり感謝いたします」


「え、ええ。気にしないでください」


「寛大なお言葉感謝します。では皆様を転移の間へと案内します」


「メデュラモンに転移陣を設置しているのですか?」


「はい。メデュラモン火山へは、馬で行くと三十日ほどかかってしまいます。それでは重要拠点の管理ができないと言うことで、四代前の当主が設置しました」


 ふ~ん。それはありがたいな。ギムリとナツを抱えながら空を飛んで行くことも考えていたので助かる。


「なんとそれでは水と食料をこんなに持ってくる必要はありませんでしたな」


 そう言って笑いながら背負った荷物を見せてくるギムリにナツが呆れたように声を挙げた。


「こんなにって、半分くらいは酒だろ~?」


「ば、馬鹿者。そんなわけあるか。半分の半分くらいじゃ」


「二人とも?」


 じろりと二人を睨みつけると、サーシャと名乗った女性がくすくすと笑った。その様子にフランさんがチラッと振り返った後、手を鳴らした。


「では行きましょう」


 再び転移の間に入った僕らは、転移陣に足を踏み入れた。即座に視界が切り替わると、まず聞こえたのは稲妻の様に何かが轟く音。ついで鼻を突いたのは硫黄の匂いだった。


「くせぇ~何の匂いだよこれ~」


 鼻をつまむナツにサーシャさんがかがんで視線を合わせた。


「これはねボク。硫黄の匂いよ。今この館はメデュラモン火山の風下になっているようね。近づけばもっと臭くなるのよ」


「いおう? ってそれよりボクって言うな!」


 サーシャさんに噛みつくナツを他所に、フランさんが扉を開けて皆を外へ誘導する。そのまま彼女の後をついて、屋敷を出るとそこには見事な景色が広がっていた。


「す、すげぇ~」


「これが火山か。僕も初めて見た。」


 まず目につくのは巨大な黒い火山。巨大すぎて、結界から山の斜め上半分が飛び出してしまっている


 標高の低い部分には背丈の低い植物が生えているようだが、その頂上ではマグマを噴き出しながら自然の猛威を振るっていた。その黒煙は天まで届き、稲妻が轟いている。


 だが不思議な事に黒煙が風に乗ってこちら側に流れてこようとすると、何かにぶつかったように球状に広がってしまっていた。煙はそうしてしばらく何かに沿う様に流れた後、やがてこちらに流れ込んでいる。


 ……なるほど。よく目を凝らすと青い守護結界が黒煙を一度遮っている様だ。噴火したての煙は霊気を大量に含んでいるから結界に遮られているのか。


 そんな元気よく噴火中のメデュラモン火山の裾野の方では、意外にも緑生い茂る森が広がっていた。よく見ると村の様なものもちらほらと散見された。


「メデュラモン鉱山地帯は毎年大量のマグマを流して、それが長い年月をかけて金鉱床になる。その山麓から流れる大量の湧き水は栄養豊富で植物が良く育つの。私達には母なる山よ。まあ時々頑張って耕した畑を全部マグマで焼き払っちゃうこともあるけど」


 そう語るサーシャさんの横顔に僕はシェリルと似たものを感じた。そうかこの人も自分の領を、この土地を愛しているんだな。


 ……この人もしかしてソフィー嬢か? 


 ナズベル辺境伯のご息女にして、マルコムの元婚約者。以前帝都の社交界で見かけたことがある。


 髪も短くなっているし、日焼けもしていて分からなかった。確認しようと口を開きかけた時、フランさんが話し始めた。


「サーシャさん。失礼します。ここには皆さん観光に来たわけではありません。あまり気を緩めてはいけません」


「あっごめんなさい。フランさん」


「いえ。では現在の状況を改めて説明します。このメデュラモン鉱山地帯は全てあの火山から生成されています。そして見て頂いた通り、山の半分は結界外です。この山のどこかの鉱脈を通じて魔獣が侵入し、それが高山地帯にまでやってきているというのが、現在の状況です」


「装備は食料と水、包帯と塗り薬等の基本的なものは用意していますが、これで十分ですか?」


 偽名を使っているということは自身の立場を隠しておきたいと言うことだろう。別にこちらとしては、どちらでもいい話なので放置するか。


 いったんサーシャさんの正体は頭の隅によけ、僕は自分とギムリが背負っている荷物を降ろした。


 中身は基本的な旅の必需品だ。干し肉やビスケットなどの日持ちする一週間分の食糧と水。小型のナイフ。荷物をくるむ布は寝具としても使える。


 フランさんが真剣な表情で中身を一つ一つ確認していく。


「水が少ないようです。この量でも普通の旅なら三人で一週間は持つでしょうが、火山となると三日持つかどうかです。いささか心許ないかと」


「水は私が魔法でも生み出せますが、念のためもっと担いでいきますか」


「アスピア辺境伯の魔法は炎では?」


 同行者として認めてはいても、油断はしていないらしい。僅かな違和感も見逃さないと、細められた瞳が語っていた。


「私の妻は水魔法の使い手なのはご存じですよね。まあ色々手段があるのですよ」


「……結構です。では行きましょう」


「うおおおお! しゅっぱーつ!」


 フランさんの言葉を聞くや否や、ナツが大森林へと走り込んでいった。

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