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第17話 『準備』

 ナズベル家と話を付けた僕はアイリーンと書斎に籠り四辺境伯筆頭執事会議に向けて、ひたすら書類作業に追われた。


 会議の内容は三つ。交易、魔獣対策、戦争だ。交易はアイリーン自身が主導しているだけあり、順調に資料の作成が終わった。


 魔獣対策もルルさんが渋々ながらも調査報告書を出してくれたおかげで何とかなりそうだ。ただアイリーンを執事から外さないのなら調査隊を辞めると言われてしまった……


「はあ……困った。どうしたものかな」


「魔獣調査隊隊長の事でお悩みなさっているのでしたら、ご心配なさらないでください。すぐに代わりの者を手配します」


「アイリーン……」


 目線は書類に向けたまま、テキパキと作業を進めるアイリーン。左手では竹製の計算機を弾き、右手では羽ペンが凄まじい速さで動いている。


「彼女の心情は察しますが、かといってそれを仕事に持ち込むのはいかがなものでしょうか」


「ルルさんは資料を提出してくれたよ」


「リオン様がわざわざ出向かれてから渡してきたのでしょう。そのやり取りが既に非効率です」


「人の感情というのは難しいんだよ。皆が合理で動くとは限らない。相手の心情を考慮に入れとかないと、判断を誤ることもある」


「このやり取りも非効率ですね。戦争準備ですが、こちらが見積もりになります」


 中々強情な彼女に苦笑いを浮かべながら、手渡された資料に目を落とす。そこには兵の動員数と、それに伴い必要な食料と消耗品等々の細かい数字が並んでいた。


「五万人か。領の財政が傾くな」


「そうですね。ただこれでもハルギリウス将軍から課された人数ギリギリです。これ以上は切り詰められないかと」


「他の四辺境も各五万とすると、二十万。それに帝都が中央ムーンドールの諸侯から徴兵した数が三十万は行くだろうから、合わせて五十万の軍勢か」


「はい。こちらで問題無ければ進めさせていただきます」


「いや動員する兵は十五万人だ。魔馬も用意できるだけしよう。帝国の南西に位置するアスピアはフェルゼーンに最も近い。進軍する際に必ず通過するだろう。新交易路から結界外へと補給路を伸ばし兵站を計画的に設置する」


 完全に想定外の回答に理解が追い付かなかったのか、アイリーンが固まる。暫くして赤い眼鏡を掛けなおしながら、恐る恐るこちらを伺う様に見上げた。


「なぜですか? ……いささか過剰では?」


「三つある。一つは軍部に対して発言力を持ちたい。二つ目はイザベラ宰相や諸侯に対し、アスピアの帝国への忠誠心を印象付けておきたい」


「元々の動員数でも全兵力の一割です。発言力は十分得られるかと。加えてリオン様は近衛騎士団長です。この国でリオン様を疑う者がいるとは」


 そう言い募る彼女を遮って僕は口を開いた。


「三つ目はサンシオの戦力が不明だからだ。首輪の魔獣の件もあるし、陽教の法皇サルヴァンという人物は相当な危険人物だと言う情報もある」


これには元フェルゼーンの人間だったアイリーンにも思い当たる所があるようで、押し黙った。


「承知しました。ではキュラン侯爵家にも当家へ資金援助するように話を通しましょう。せっかく派閥に入れたのですから少しは働いてもらわないと」


 不敵に笑う彼女に僕も笑いかけた。


「そうだね。新交易路への参加という飴があるし、多少の無茶は聞いてくれるよ。それに僕はキュラン侯爵の娘に気に入られている様だから」


 そう言って僕はティーカップを手に取り、紅茶に口を付けた。


 *


アイリーンと会議で提出する資料の内容について認識を合わせた後、大広間に皆を集めた。間にギムリとナナを挟んで、ルルさんとナツはお互い別の方を向いて、視線が合わないようにしている。


 遅れて転移陣の部屋からシェリルが出て来た。マリアにはなるべく別邸には来ないように言いつけてあるので、お留守番だ。


「全員揃ったね」


「筆頭執事がいなようですが」


 ルルさんが平坦な声そう言うと、ギムリがじろりと彼女に視線を向けた。


「アイリーンには、四辺境伯筆頭執事会議の準備をしてもらっている」


「ねえ兄ちゃん。なんで俺達が呼ばれたのか教えてくれよ」


「そう急かさないでナツ。結論から言うと、ナズベル伯からの依頼でメドュラモン鉱山の魔獣を討伐することとなった」


 僕の言葉に皆が三者三様の表情を浮かべた。ナナはめんどくさそうな、ルルさんは仕事の顔に、ギムリは何かを検討する様に顎髭を撫でた。


「よっしゃあ――――!! ついにオレの出番ってこと!?」


「馬鹿者。まだ儂との訓練中じゃろうが」


「え~いいじゃん。連れてってよ。頑固じじい」


「誰が頑固爺じゃ!!」


「ナツは連れて行く。メンバーは僕とギムリとナツの三人だ」


 その言葉にシェリルは片眉を上げ、ルルさんはあり得ないと言わんばかりの表情を見せた。ナナは……面倒ごとから逃げられてとても嬉しそうだな。


「ナツを連れて行くのは訓練目的。ギムリはフォロー役だ」


「もっと連れて行くべきではないか?」


 そう低い声で問い詰めてくるシェリルに冷汗が垂れた。相変わらず彼女の金色の目に睨まれると背筋が凍る。


「アスピアの対魔獣部隊を率いる人員としてルルさんかギムリの一人は残らないとまずい。ナナはヨギル家の刺客対策として、匂いで感知する役目がある」


「……そうか。気を付けるのだぞリオン」


「うん。出発は明後日。各自支度を整えておくように。ナツだけちょっと残って」


「お、おう」


 その言葉を皮切りに、皆が部屋を立ち去った。残された彼が頬を赤くしながら僕を見上げる。


「とうとうみんなの役に立てるんだなオレ! オレ、頑固じいちゃんに色んな事、教わったんだよ」


「それは頼もしい。でも明後日から始まる旅では魔獣と戦うんだ。油断は決してせず、必ず僕やギムリの言うことを聞くこと。何か異変を感じたら、自分で動かずまず僕達に報告するんだよ」


「分かってるって。そんなのもう頑固じいちゃんに毎日百回くらい言われてるよ~」


 ふくれっ面でそうごねる彼に苦笑いを浮かべながら僕は使用人を呼んだ。しばらくすると二人の使用人が大きな箱を一つずつもって部屋に入って来た。


「開けてみて」


 キョトンとした顔を浮かべているナツをそう促すと、少し苦戦しながら一つ目の箱を開けた。


「すげええ!!」


 大はしゃぎで彼が持ち上げた物は、黒いレザーアーマーだった。胸など急所の箇所はチェーンメイルが裏地にあしらわれている。黒い皮は黒獣の皮だ。その辺の鉄装備より、柔軟かつ防御力が高い。


「もう一個なんか入ってる。ローブ?」


 ナツが箱の底から黄色いローブを取り出しながら興味深そうに表裏を交互に見た。


「そのローブは魔獣からの霊気汚染を防いでくれる効果があるみたい。陽教徒の装備をナツ様に小さく仕立て直したものだよ」


「へえ~」


「ナツはまだ身体が小さいから、急所だけは保護された軽い皮の装備に、対霊気用のローブを羽織るのが良いと思って用意したんだ」


「ありがとう兄ちゃん! 大事に使う!」


「もう一個も開けてみて」


 喜色満面の笑みでガサゴソと二つ目の箱を開ける。


「うおおおおおお! すげぇええー!」


 彼が取りだしたのは銀色の短刀だった。紅水晶が嵌め込まれており、淡く輝いている。

 

「水晶には僕の霊気を籠めてある。危険がせまったら一度だけ身を守れるから」


「かっけ~! これ何で作ったの兄ちゃん?」


「銀獣の爪を削って作った。耐久性も高いし切れ味も鋭いから、魔獣相手でも通用すると思うよ」


 大興奮しながら短剣で空中を突いているナツを落ち着かせ、僕は明後日の旅に向けて気を引き締めた。

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