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第15話 『宿願』

 扉が四回ノックされた後、侍女が紅茶を運んできた。一言礼を述べてカップに口を付ける。高級茶ではあるのだろうがやはり他領には劣る。辺境伯領は文字通り辺境。数多の領地を経由すれば香りや味が落ちるのは仕方がない。


「それで帝都とはどの様な提案を受けたのですか? 大方食糧援助や徴兵や軍資金拠出の免除とかでしょうか」


 ふんと鼻を鳴らすナズベル辺境伯。当たりの様だ。


「ですが長続きはしませんよ。いずれ援助は止まり、再び高い値で食糧を輸入することなる」


「かもしれんな」


「では何故否と?」


「腹を割って話そうか」 


 ナズベル辺境伯の雰囲気が変わった。もう静かにこちらを観察する様子は一切ない。激しい怒りと警戒心がビリビリと部屋の空気を震わせる。


「一つ儂はメテルブルクが嫌いだ。特にお主の兄はな。娘にした仕打ちは決して忘れん。二つイザベラは信用が置けるが、お主は何を考えているのか全く分からん」


 衝撃発言に頭痛がし、思わず眉間に手が伸びる。不意に動いた僕に反応し、彼の背後に立っている執事が刀の柄に手をかけた。


 ここで響くのか。兄とソフィー嬢との婚約破棄が。思えばドリス村も、アスピアへの魔獣襲撃の冤罪も、元をただせばマルコムに直結する。


 本当に目障りだ。小さくため息をつき、僕は彼に向き直った。


「兄のことは大変申し訳ございません。このような言葉一つではとても償えるものではないでしょうが…… しかし二つの話なら私が回答できます。私の宿願をお話ししましょう。後ろの執事も含めて人払いして頂いても?」


「危険です。二人きりになるべきではありません」


 赤髪の執事が主に警告する。その手は未だ刀の柄を握ったままだ。僕は彼の瞳を直視した。腹を割って話したいのだろう? ならしようじゃないか。


 押し黙ってしまったナズベル辺境伯。額には汗が滲んでいる。室内の重圧に耐えきれず侍女が気を失い倒れた。


「いいだろう」


「マルセイ様!」


「フランよ。下がっておれ」


「ッ……承知いたしました。ですが、もし何かあれば直ぐにお呼びください。そうでなくとも異変を感じましたら駆け付けます」


「うむ」


 そう彼が頷き返すとフランと呼ばれた執事が気絶した侍女を抱えて部屋を辞した。霊気で周囲を感知し、周りに誰もいないことを確認する。


「人払いありがとうございます。しかし犬族の様な聴覚が優れる者が屋敷の使用人にいるかもしれない。部屋を私の魔法で覆っても?」


「随分と慎重じゃな。だがそれには及ばん。儂の魔法で覆わせて頂こうか」


「いいでしょう」


 そう僕が返すとナズベル辺境伯が手を叩いた。直後にソファーに座って向かい合う二人を囲う様に、黒い岩でできた壁が覆った。これがナズベルの土魔法か。


 壁には彼の霊気が行き渡り僕が怪しい動きを見せれば、前後左右から槍でも伸びて僕を突き殺す構えのようだ。


「これでよい。では話してもらおうか。お主の宿願とやらを」


「その前に、一つお尋ねしてもいいですか?」


「……なんじゃ?」


「先ほどナズベル辺境伯殿は、我が兄のご息女への仕打ちを忘れないと仰っていましたが……そもそもその様な事態を招く原因となったのはなぜでしょうか?」


 不可解な質問に怪訝そうなナズベル辺境伯。だが次第に質問の意味に気づくにつれみるみる顔を青くしていく。


「そう。あの舞踏会の夜、超越者バフェットが貴方のご息女を無理やり手籠めにしたからです」


「お主……自分が何を言おうとしておるのか理解して―」


「憎くはないですか? 貴方の職務は罪に応じた正しい罰を下すことだったはず。なのに自分の愛娘を辱めた者は裁くことすらできない」


 理解不能の異形な存在を見るような目で僕を見つめてくる彼に、笑みを浮かべて手を差し出した。


「私の手を取ればそんな世界が訪れる」


「ありえん。あってはならんのだ。その様な世界は。ならんぞ。 ……この国を壊す気か」


「私はヨギル家を潰しメテルブルクの実権を握った後、四辺境伯連合を創設しその盟主となる。殿下の号令のもと帝都から近衛騎士団と、同時に四辺境からも連合軍を起こし、超越者バフェットを討つ。この国の最大の膿を出し切った後、殿下と共にこの国を創り変える」


 圧政を行う貴族も、蔓延る奴隷商も、魔族への差別も全て消し去る。


 それきりナズベル伯は身じろぎ一つしなくなった。長い、長い沈黙の間の後、押し殺すような低い声で彼が口を開いた。


「気は確かか?」


「ええ」


 さらに重苦しい時が流れた後、ナズベル伯が自らの手に霊気を纏った。その手を壁に付けると、一瞬だけ壁が淡く輝く。どうやら感知妨害の魔法の用だ。


「お主の言う改革は過激すぎる。この国は巨大じゃ。多くの者は急激な革新についていくことはできまい。いつか振り返ったとき、屍の山しかなくお主一人だけが立っている。そういう可能性に気づいておるのか」


「だからといって手を付けない事は未来へ負債を先送りにするだけだ。やり切れなくとも礎は作って次の世代に託す。だが少なくともバフェットは必ず討つ」


 これは僕がやらなければいけない。奴を倒せるほど強い者が、今後生まれるか分からないからだ。いつかは現れるかもしれない。でもそれは何百年も先かもしれないのだ。


 あの裁判でバフェットと霊気をぶつけ合って分かった。あいつは人智を超えた強さだ。シュナですら敗れた存在が邪知暴虐の限りを尽くしているのだ。冗談ではない。


「……娘は儂の命よりも大切な存在じゃ。それを穢したバフェットは許せん。じゃが危険すぎる。負ければ皆死ぬぞ」


「僕はある一つの村を守ると誓ったのに、約束を果たせなかったことがあります。その時家族のように父のように思っていた人も喪いました」


 僕の言葉の続を静かに待つナズベル伯。


「ご息女も命は助かったかもしれないけれど、受けた心の傷はとても深いでしょう。貴方と同じ無力感と絶望を、今この瞬間も味わっている人たちがバフェット領には大勢居るのです。助けられる力があるなら助けるべきだ」


 瞳を閉じ皴の混じった額に増えるナズベル伯。しばらくの静寂の後再び口を開いた。


「……負債の未来への先送りか。確かにの。儂ら、いや何百年も帝国はそうしてきた。じゃがここらで若者の熱意に賭けてみるのも悪くなかろう。条件が二つある。それを呑むならイザベラの申し出は断り、そなたの話に乗ろう」


「伺いましょう」


「なぜ長くは続かぬと知りながらイザベラからの食糧支援の提案を飲もうとしたか。それは現在ナズベルのメドュラモン鉱山の採掘が止まっておるからじゃ」


 止まっている? 金銀やダイヤ、水晶、その他貴重な鉱石の一大産地として知られるナズベルの高山地帯。その中でも最も剣俊だが莫大な富が眠っているとされるメドュラモン鉱山が枯れるなど俄かには信じられない。


 僕の顔を見て言いたいことを察したのか、おもむろに彼が口を開いた。


「枯れたのではない。メドュラモンの大坑道の奥底から魔獣が出てきたのだ。あの山は余りにも巨大じゃから山の半分はナズベルの守護結界から飛び出しておる。きっと結界のあちら側からきたのだ。今や坑道や鍛冶場は魔物の巣窟となっておる」


 なるほど。あの鉱山地帯の地下は自然の縦穴や横穴が無数に張り巡らされていると聞く。当然結界外と繋がっていてもおかしくはない。


「なぜ最近になって急に魔獣、いや蜘蛛などの巨大な虫も出てきておるからもはや魔物と言った方が良いか。いずれにせよそやつらが出てきたのかはわからぬ。調査隊を派遣したが全員死亡した」


「つまりメドュラモン鉱山の奥地に行き、魔物が大量に出没する原因を調査し解決せよと?」


「断っても良い。じゃがその場合はイザベラの提案に乗り、メドュラモン鉱山に軍部の者を派遣してもらうがな」


「いいでしょう。調査に向かう要員はこちらで決めます」


「それは無理じゃ。鉱山はナズベル領の中にあるのじゃから、当然ナズベルの結界水晶に登録する必要がある。あまりアスピアの者を大勢登録することは保安上できん」


「では事前に要員は少人数にして、事前に一覧を送付します。それで擦り合わせましょう。取り敢えず私の要望は以上です」


 こちらとしても魔獣絡みなら実力が無いものを連れて行っても死ぬだけなので、少数精鋭で行くつもりだ。ただナツだけは修練の為にも連れて行きたい。


「ならわしの二つ目の条件を言おう。この後当家の筆頭執事のフランを呼ぶ。あれと手合わせして頂こうか」


「なぜ?」


「超越者を討つと言った者と手を組もうとしているのだ。これはナズベル家だけでなく、領民全ての命運が掛った決断じゃ。しかとそなたの実力を目にしなければとても判断なぞできん」


「いいでしょう。では外に行きましょうか。この壁消しますよ?」


「なにを―これは儂の魔法で創った―」


 僕は土の霊気を軽く練り壁に触れた。ボロボロと崩れ落ちる岩壁に、目を見開くナズベル辺境伯。


「なっ」


「さあ行きましょう」


 そう言って僕は彼に微笑んだ。

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