第8話 『登用』
襲撃事件の二日後、メテルブルク辺境伯の筆頭執事から暗殺者の襲撃があったと連絡がきた。
事情を聴くためにメテルブルク別邸に向かい、応接室でオグロを待っていると、やがて四度扉がノックされた。入室を促すと扉が静かに開かれ、彼が恭しく入って来た。
「失礼致します」
「襲撃があった旨、情報連携ありがとう。今日はそれについて聞きたいことがあって来た」
「何なりとお聞きください」
「質問は二つある。一つ目は暗殺者にどう対処したのか。二つ目は報告が遅くなった理由だ。襲撃を受けた二日後の早朝に連絡がきたが、少し遅くないかな」
質問を言いきった僕は静かに彼の目を見る。頭を下げたまま彼は口を開いた。
「まず一つ目についてですが、暗殺者は私の方で始末致しました。私がゴブリン族ということで油断したのでしょう」
「殺す前に何か情報は得られた? 加えて死体はどこに?」
「わたくしも必死でしたので隙を突いて殺すしかありませんでした。尋問などを行う余裕はどこにも……死体の方はお屋敷が汚れます故、焼却処分いたしました」
そこでオグロは顔を上げた。黒目しかない眼差しがじっとこちらを見上げている。その瞳からは一切の感情が読めない。
「襲撃を知らせる手紙が遅かったことは?」
「ここだけの話ですが襲撃者はリオン様を暗殺することと引き換えに、メテルブルクの転移陣に自身を登録することを、マルコム様に持ち掛けておりました」
「マルコムが? 本当?」
「ええ。それを見たわたくしは刺客が転移陣に乗りメテルブルクに転移した後で、マルコム様に気づかれぬよう始末しました。そのため襲撃のご報告もマルコム様に悟られぬよう、こっそりとする必要がありご連絡が遅れました」
嘘か真か。兄に確かめに行っても、無駄だろう。仮に真実だとしても彼は認めない。オグロの話の裏を取る術が無いのだ。
いくら怪しくても彼の行動を監視することもできない。なにせ目の前の男は誰にも気づかれずムーンドール城を行き来できる人物だ。
そもそも筆頭執事である彼の行動を制限するような権限は僕には当然ない。それが可能なのはメテルブルク辺境伯だけだ。
「……分かった。そもそも今回の暗殺の件を知らせてくれたのはオグロだ。信用するよ。ただ何か追加情報を得たら今度は直ぐに連携するように」
内心は全く信用していいなかったが、腹の内が見えないのはお互い様だろう。
「肝に銘じております。そう言えばリオン様、今度の四辺境筆頭執事会議はいかがするおつもりですか?」
「ん? なに? 四辺境筆頭執事会議?」
「年に一度、四辺境伯に仕える筆頭執事が情報共有を図り、魔獣災害、貿易、最近では戦争に向け動員する戦力などについて意見交換を行う場です」
「うわっ、そんなのあるの!?」
「アスピアの筆頭執事は死亡し不在ですから、まずは任命するところからでしょうな」
執事の情報共有会なんてあるのか。
「魔獣災害についてはともかく、貿易については例の新交易路がまだナズベル辺境伯に話が行っておりませんがいかがするので?」
僕が何か言う前にオグロが重ねて口を開いた。
「戦争準備に関しては、前任の筆頭執事はサンシオの間者だったそうですから、昨年の資料が当てにならないどころか、情報が流出していてもおかしくありません。一から練り直しでしょうな」
矢継ぎ早に伝えられる情報に頭が拒否反応を示そうとする。
今……自分の仕事は何があるんだっけ。
領土管理と魔獣からの防衛、新交易路の推進、メテルブルクの開拓管理、近衛騎士の当直、これに戦争準備と社交界と結婚式の準備……
えぐい。しかもこの状況下で、常に暗殺の警戒もしなきゃいけないのか?
思わずめっちゃ苦いお茶を飲んだような顔になる。遠い眼差しになりながらも、やらなきゃ終わらないので現実逃避から帰らないと。
「とりあえずアスピアの筆頭執事はアイリーンにする」
「彼女とは開拓作業と新交易路で手紙のやり取りをしております。会議の場ではわたくしも助力いたしましょう」
「……よろしく頼むよ」
僕はとぼとぼ歩きながら応接室から転移の間に移動し、転移陣に乗ってメテルブルク辺境領に転移した。
身体を浮遊させ炎の翼を展開。空気を引き裂く様な爆音を置き去りにして、僕はナスタル村へ飛び去った。
直ぐに村に到着しアイリーンの館前に降り立った僕はそのまま屋敷に入る。屋敷の従者達が相変わらず書類の束を抱えて右往左往している。
一人がこちらに気づくと、慌てて頭を下げてこようとした。書類を抱えたまま頭を下げようとするものだから、書類が床に飛び散りそうになる。慌てて抑えつけながら、落ち着かせに入った。
「わっ大丈夫!? 僕の事は気にしなくていいから。どうしても気になるなら会釈程度でいいよ」
「い、いえそう言う訳には」
「ほんと大丈夫だからっ、大丈夫」
縮こまってしまった彼を落ち着かせてから僕は彼女の書斎に転がり込んだ。しかめ面で書類から目を離した彼女が僕の姿を認めるなり、目を丸くして立ち上がった。
「辺境伯様っ!? 申し訳ございません。予定よりお早くいらっしゃられたので気づきませんでした」
「いやいいよ。というかアイリーン。急で大変申し訳ないんだけど、君をアスピア家の筆頭執事に任命する」
「はい?」
主である僕が立っているので自分も慌てて立ち上がろうとした彼女が腰を浮かせた姿勢のまま静止した。
「なんか今度四辺境伯の筆頭執事が集まる会議があるらしくて、完全に知らなかった……僕の認識もれだ。ほんとごめん」
「ですがもっと相応しい人材がいるのでは?」
「魔獣災害、貿易、戦争準備が主な議題らしいんだけど、新交易路とかメテルブルクの開拓状況を把握しているのが僕を除けば君しかいない。あと戦争準備については前任のペドルスが情報を漏らしているかもしれないから、彼と繋がりのあった人材を除外するともう君しかないんだ」
彼女の激務を知っているだけに恐る恐るアイリーンの顔を見ると、いつもの怜悧な表情でこちらを見つめていた。
「お任せください。辺境伯様こそ仕事を抱えすぎなのでは? ちゃんとお眠りになられてますか?」
「大丈夫。最近はマリアに加えてシェリルにも強制的に眠らされるから……」
「なら良かったです」
満足そうに微笑む彼女に頭をペコペコさげつつ僕は話の続きを始めた。
「魔獣関連の資料は魔獣調査部隊隊長のルルさんという人に頼めば用意できるから。会議とか資料の雰囲気とかはオグロに聞けば教えてくれると思う。戦争の方は先代当主のシェリン辺境伯の時の資料を引っ張り出すしかないかも」
「承知しました」
「それとここの後任への引継ぎもお願い。追加の人員は募集を始めたから来月には新しい子が来ると思う」
「既に私の後任は決めてありますので、引継ぎ資料を作成し連携します」
「うん。一応任命する前に面談したいから設定だけお願い。それじゃあ僕はナツを迎えに行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
僕はそのままナツの家に向かう。ナスタルの大通りを外れ、畦道を暫くまっすぐ行くと前方に小さな小屋が見えてきた。家の窓から茶髪の日に焼けた少年の顔が覗いている。
僕を見つけるなり家から飛び出してきた。
「兄ちゃん!」
「迎えに来たよ」
全身でタックルしてくる彼を受け止めながら僕は遅れて家から出てきたナツのご両親に目を向けた。別れの挨拶はすでに済ませていたらしい、父親が一歩前に立ち深々と頭を下げる。
「息子をよろしくお願いいたします」
「はい」
僕も頭を下げナツ背中から彼の両脇を持ち上げた。
「わっ」
「それじゃあ飛ぶよ」
身体を浮遊させ一気に上空に舞う。行きの様な速度を出すと彼の身体が持たないため、炎の翼をはためかせながらゆっくり移動を始めた。
眼下を見下ろすと点の様になったナツのご両親と小屋が見える。だが遠目でも彼らはこちらを見上げ、ナツを見送っているのが分かった。
ナツもじっと両親の方を見ているようだ。だがその表情は伺い知れない。
メテルブルク本邸に着いた僕はオグロに転移陣にナツを登録してもらい、一緒に帝都へ転移した。
一瞬で視界が切り替わった経験に目をぱちくりし、別邸から出て初めて馬車に乗るなり椅子の座り心地に驚愕し、窓から帝都を見るなり大はしゃぎし始めた。
「すげえええええええ!! 何もかもでっけえ~。道が全部石でできてる!」
「アスピアの屋敷に着いたら僕の妻が待っているから、彼女と一緒に先にアスピアに行ってて」
「兄ちゃんは来ないの?」
「僕はムーンドール城で殿下の護衛の仕事があるんだ」
「お城!? 見たい! オレ絶対みてえ! あれっ!? てか兄ちゃん結婚するの!? マリア姉ちゃんと?」
ほんとにナツはコロコロ表情を変える子だ。キョトンとした表情でこちらを見つけてくる彼の頭を僕は優しく撫でた。
「シェリルという女性だ。マリアと同じくらい大切な人なんだ。守ってくれるかな?」
「当たり前だろ! オレはしゅりょうきょうかいの最初の一人だからな! ナスタル村も母ちゃんも父ちゃんも、兄ちゃんも、アスピア? もみんな守ってやるよ!」
「ありがとう。向こうに着いたらギムリというドワーフが結界の外で生きる術や、魔獣と直面した時の対処法、戦士として大切な心得を教えてくれる。彼の言うことをしっかり聞きなさい」
「え~兄ちゃんが教えてくれないの~」
ふくれっ面をするナツに苦笑しながら僕は口を開いた。
「呪術については僕が教えるよ。でももっと基本的で大切な事があるんだ。それをしっかり学ばないと決して強くはなれない」
「は~い」
再び大興奮しながら馬車の中で飛び跳ね始めたナツに手を焼きながら僕は彼をアスピア邸に送り届け、ムーンドール城へと向かった。




