第7話 『招待状』
「すいませんでした!」
今僕はアスピア本邸の書斎で、渾身の土下座を披露していた。周りを囲うのはシェリル、マリアに、ギムリ、ナナ、ルルといった魔獣討伐隊のメンバーだ。
昨夜暗殺集団と決着を付けられなかったので、僕は皆に事態を明かすことにした。当然彼女たちは怒り心頭となり今に至る……
「リオン様! もうっ、ほんっとうにあなたという人はっ! 信じられません」
「この馬鹿者が。お前はもうアスピアの当主なのだぞ」
「やはりこいつは馬鹿なのなの」
「そうは言うがのう。リオン殿の気持ちも分かってやってはくれんか」
「お父さん。こう言うことはちゃんとお諫めしないと」
娘のルルに睨まれ唯一の味方が倒れてしまった。シェリルとマリアはなおも怒り冷めやらずと言った様子で、マリアは僕の胸をポカポカと叩き続け、シェリルは後ろで仁王立ちしている。
久しぶりに彼女の鷹の様な鋭い眼光を見た。こわいぃ。
「暗殺者につけられていたことを黙っていたどころか、追いかけて行って戦闘を行い、あろうことか黙って敵のアジトに単独で突っ込むなんて……言いましたよね私。無茶はしないでくださいって?」
「ということはリオンお前、城下町で私を置いていったということだな。なぜ連れて行かなかった。二人で戦えばより安全だったはずだ」
「いえ、シェリル様。そもそも追うこと自体が間違いです。リオン様はオグロ様から警告を受けていた段階で、我々魔獣討伐隊を護衛に付けるべきでした」
ルルさんが厳しい顔で指摘する。もう石の足での移動も慣れたらしく、完全に現場に復帰している様子だ。父親譲りの赤茶色の髪を後ろで三つ編みにして束ね、ドワーフ製の甲冑を身に纏っている。
「本当に悪かったと思っているよ。ただあまり警備を厳重にしすぎると、相手が手出しできないと思ってさ。あえて誘い出して尻尾を掴みたかった」
「ではリオン様。暗殺者の一人を捕え、アジトに向かう段階で我らを連れて行かなかった理由はなんでしょうか」
「君たちには結界外の魔獣の調査、討伐という任務があったからね」
「本当か疑わしいの。私たちのこと、足手纏いと思ったんじゃないのなの?」
べぇ~と舌を出すナナに僕は返事が出来なかった。僕が言葉に詰まっていると、ギムリが有無を言わさぬ声で、ナナを窘めた。
「リオン殿がそう判断されたということはそう言うことなのじゃ。ナナ。責めるのはリオン様ではなく、力不足と判断された我らしかあり得ぬ」
「だがギムリ」
「お嬢。貴方様も刺客に背後まで接近されても、気づかなかったでは有りませぬか。先のシャルメンドラの件についても、結局はリオン殿に任せてしまった」
重苦しく気まずい空気になってしまった。失敗した。なんて言えばいいだろうか。僕が言葉を選んでいると、ギムリが手を叩いた。
「何を黙っておるルル。こういう時、グルドンならどうしておった」
「……豪快に笑って、訓練に出ますね」
「そうじゃ。我らが強くなればいいだけの事よ。それにリオン殿も今こうして打ち明けて下さっておる。その期待に応えようではないか。の?」
「ふんっ。なの。だけどしょうがないなの」
そっぽを向いてツンとした表情を浮かべるナナ。マリアはいつものもうしょうがないですね顔を浮かべている。
「リオン。私はそれでも許してないからな。お前が危機に向かうなら、私も共にいる」
「……うん。いや」
「リオンッ」
「は、はい」
駄目だ。これは逆らえそうにない……
僕が白旗を挙げた所で、ギムリがコホンと咳払いした。
「それでリオン殿。状況はどうなっているのですかな?」
「ヨギル家が貧民街を根城にする暗殺集団に僕の殺害を依頼した。彼らの一人を捕えアジトに向かったものの、既に放棄されていて逃してしまった。そのため今後はマリアを始めとした非戦闘員は帝都に行くことを暫く禁じる」
「ふむ。それで対処法はいかがいたしますか」
「相手は自らの姿を隠す魔法が使える。もしかしたらナナの嗅覚による感知が可能かもしれない。今後は君をシェリルの護衛に付ける」
「わかったの。任せるの」
フンスと自信満々の顔で頷くナナに大丈夫かとジトっとした眼差しを向けるルルさん。だが今回の相手に彼女以上の適任者はいないだろう。
「ガルディアン山脈を始めとした結界外の調査警備も疎かにできない。ルルさんは引き続き、調査隊での監視をお願いします。加えてサンシオの陽教徒が再び襲撃してくる可能性もあります。異変があればこの転移陣で直ぐに手紙を送ってください」
「承知しました」
前に伝書鳩での報告をペドルスとグルドンに握りつぶされてしまった反省を踏まえ、今はルルさんから小型の転移陣で直接手紙を僕に送信する仕組みになっている。
「ギムリさんは明日からこっちに来るナツという少年と隊の訓練を行ってください」
「承りましたぞ。してナツという少年は何か特別な力をお持ちなので?」
「魔法が使えないにもかかわらず、村を守るために魔獣に立ち向かった勇気ある子です」
「……なるほど。鍛えがいがありそうですな」
立派な髭を撫でながら鷹揚に頷くギムリを頼もしく思いながら手をたたく。
「ではいったんこれでこの会議は解散しよう。シェリルはちょっと相談したいことがあるから残ってくれないかな」
「ああ。分かった」
それを皮切りに書斎から皆が退室し、シェリルが書斎のソファーに座った。
「それで相談とはなんだ?」
「これ読んでみてよ」
僕が彼女に手渡したのは一枚の招待状だった。赤い封蝋の代わりに溶かした純金で封緘されている。紙質もとても滑らかだ。
「これはキュラン侯爵家からの招待状ではないか! 八富の!」
キュラン侯爵家……庶民や旅人向けのチュニック、ズボン、マントから、富裕層向けのコートやシルクのドレスなどを販売し、巨万の富を築いた名家だ。
そして帝都の商業ギルドの運営方針を決定できる八つの家……通称八富の一つでもある。
「正直アスピア家というか僕って社交界を疎かにしすぎだと思うんだよね……」
「案ずるな。私が辺境伯から降り体が空くからな。これからは私がリオンの妻として社交界の場は担当する。リオンは自分の仕事に集中してくれ」
「大丈夫? 今でも結局アスピア領の運営でめちゃくちゃ頼っちゃっているのに」
「リオンは辺境伯として領政を行ったことが無いのだから、人に頼って当然だ。むしろどんどん私に頼って仕事を覚えてくれ」
「シェ、シェリルさん! ついてきます!」
なんと頼もしい僕の奥さんなんだ。キラキラとした眼差しで見つめていると、シェリルは照れたように頬を染めながら手紙に目を通し始めた。
「私たち二人への招待状の様だな。参加しておいた方が良いのではないか? 例の新交易路は帝都の商業ギルドにとっては面白くないはずだからな。向こうが経済的に牽制してくることも考えられる。交渉の窓口を確保しておくのも悪くはあるまい」
「そうだね。参加の返事を返しておこう」
そう言って手紙を書斎の机に置く。
「リオン」
「なに?」
振り返るとシェリルが胸元に抱き着いてきた。びっくりして彼女の顔を見ると唇を尖らせ涙目だった。
「無茶しないで」
「ごめん。せめてシェリルには話すようにする」
「分かればいい」
シェリルが上目遣いでこちらを見つめた後、ゆっくりと瞳を閉じた。




