第6話 『地下墓』
城下町で襲撃された翌日の晩、アスピア帝都別邸で書類作業をしていると屋敷の庭に人が来たのを感知した。
「来たか」
窓から静かに庭に出ると鉄の面を被った一つ目のトロルが庭木の影に隠れていた。今日は隠密の魔法がかけられておらず、黒い外套の内から灰色の素肌が透けていた。
「じゃあアジトまで案内してくれるかな?」
「ヒィッ、ワ、ワガッタ」
会話はできるもののトラウマになってしまっているのか、決して目を合わそうとしない。
「君名前は?」
「ヒッ、オ、オーグ」
「そうか。いい響きの名前だ。僕の名はリオン。今夜はよろしく頼むよ」
「リ、リオンサマ。オデにツイテキテ」
オーグが走り出した。庭を囲う柵を飛び越え、隣の屋敷の庭に侵入しそのまま屋敷の屋根に登る。
僕も黙って後に続いた。すいません通りますお隣さん。
さすがに暗殺者を名乗るだけはあってその身のこなしは手練れていた。的確に通りの人々の死角になる屋敷を伝い、貴族街を出る。
城下町の向こうは繁華街だな。さらに人が多くなるが一体どうするのかと思っていると、裏道の様な所を何本か通り抜け、気づけば貧民街に着いていた。
人が道の真ん中で倒れ伏して死んでいる。壁を見ると薬物で焦点の定まらない集団がしゃがんで一列に並んでいる。
「コッチ」
何人か追いすがって来る者達を素通りし、さらに人気のない場所へと向かう。
やがて辿り着いたのは墓場だった。誰も手入れをしていないのか、蜘蛛の巣が張り巡らされ、墓石は砕けている物も多かった。
オーグが一つの墓の前に立つと、おもむろに墓石を押し始める。中から現れたのは、地下への階段だった。
霊気で中を探知すると、どうやら地下は複雑な迷路の様になっているみたいだった。なんだ? 霊気が引っ張られる様な……身体が地下墓の中に吸い寄せられる感じがする。
「気ヲツケテ。コノ先ハ、オデモ知ラナイ場所ガアル。迷ッタラ、出ラレナイ」
「明かりをつけるよ。フレイ」
指先に火を灯し宙に浮かべる。それを松明代わりにしながら僕はオーグについていった。壁には無数の髑髏が埋まっており、道はとても狭い。
通路は中で何本も枝分かれしていた。確かにこれは素人がおいそれと足を踏み入れられる領域じゃないな。
暫く進むと急に空間が開け、礼拝堂の前に出た。地面は大半が剥がれ落ちているものの石畳となっており、天井はアーチ状になっている。祭壇には朽ちかけた女の像が祭られていた。
……これはもしかして女神像という奴なのか? となるとここは異教の祭壇か。
この国の国教は超越者ムーンドールを唯一神としている。超越者バフェット卿は自身の事を外なる神と名乗っているが、基本的に教会で祀られるのはムーンドール帝のみのはず。
そして超越者ムーンドールは千年間一度も姿を現したことが無く、決して見てはならない至高の存在とされている。ゆえに偶像崇拝は禁止されているので、像が祀られている時点でこの国の宗教に沿った礼拝堂ではない。
「ア、アレ? イ、イナイ」
突然慌てふためきだしたオーグにびっくりしながら振り返ると、絶望した表情で僕に平伏していた。
「ど、どうしたの突然」
「オデ嘘ツイテナイ。本当ニ、ココガアジト」
必死にそう言う彼の姿を見て、ようやく理解した。ああここがそうだったのか。
やはり暗殺集団には逃げられてしまったか。まあアジトの場所を知っている仲間が敵に捕らえられたのに、移動しない方がおかしいしな。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。君はちゃんと仕事を果たした。ありがとう」
「コ、殺サナイ?」
「うん。それよりここはどんな場所か知ってる?」
「シ、シラナイ」
そうか。できれば知りたかったけど、仕方ないか。ここは明らかに異質だ。だってここは帝都の真下だぞ?
ムーンドールの支配下に入った後に、ここまで大規模な異教の地下墓を建築できるだろうか。流石にそれはないだろう。とするとここは千年以上前に出来たということになる。
でもまあ今は目先の事を考えるか。
「君の仲間たちがどこに行ったか分かる?」
「仲間ジャナイ。オデタチ、顔ヲ隠シテ、仕事スル。お互イノコト、ナニモシラナイ」
「そうか……場所も見当つかない?」
「ツガナイ。モシカシタラ、コノ地下墓のドコカニ潜ンデルカモ。デモ長以外、コノ地下墓デウロツイタラ死ぬ」
彼の目は嘘を言っているようには見えない。確かになんだか流れている霊気も奇妙な感じがする。あまりここに長居するのは良くなさそうだ。
もう少しこの墓地を探索する手もあるけど、地の利が向こうにある以上、ここで戦闘するのは危険か。
「分かった。帰ろうか。お腹すいたね。オーグは何が好き?」
「イノジジ」
「いいねそれ。繁華街とかで食べられるの?」
「旨イ店、シッテル。デモ、金ナイ」
「じゃあ奢るから案内してよ」
さっきまで下を向いていたオーグが急にこちらを見上げた。口元から涎がダバダバ垂れている。
「本当カ?」
「う、うん」
「リオンサマ。イイヤツ。オデ、コンナニ、ヒトニ優シクサレタコトナイ。オデ、リオンサマ、スキ」
元気に棍棒を振り回す彼に苦笑いしながら、僕達は地下墓を後にした。
*
貧民街の地下墓その深部で、黒い影達が集会を行っていた。老面の男がその中心に立つ。
「やはりオーグは敵の手に堕ちていたカ。メテルブルク邸に潜入したはずのノールからも連絡が来ナイ」
「使えなっ」
「奴がもう少しこの地下墓の奥まで踏み込んでくれれば、確実に殺せタ。直接ここに乗り込む大胆さだけでなく、引き際を弁える慎重さもあるようダナ」
「で?」
髑髏の面を被った女が気だるげに結論を促した。
「姿を隠して近づけば逆に敵だとばれ不利ダ。しかしお前なら正面から近づけル。だが手は出すナヨ。ヨギル家の関与が疑われたくナイ」
「ん」
素っ気なく返事をして影は暗闇へと消えていった。




