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第1話 『新生活と暗い敵意』

「どう似合っているかな」


「とてもお似合いです。リオン様の白髪によく映えますね」


「うむ。お父様の外套だったが様になっている」


 今僕はシェリルに見繕ってもらった先々代アスピア家当主、シェリン・ド・アスピアが羽織っていたとされる瑠璃色の外套を身に纏っていた。


 裏生地にはなんとミスリルが網の様にあしらわれている。かつてアスピア領に住まうドワーフ達がアスピア家に送った品らしい。


「でも本当にいいの? お義父さんの形見なんじゃないの?」


「お父様は病に倒れるまでは戦場でもそれ纏っていた。その服も倉庫に仕舞われているよりは喜ぶだろう」


「ええ。リオン様はいつも傷だらけにならないと気が済まないお方ですからね。少しは防御力のあるお洋服をお召しになってください」


「全くだ」


 うんうんと意気投合するシェリルとマリア。こうなったら逆らうことは不可能だ。でも正直僕自身すでに気に入っていた。


 メテルブルクの白外套は防御力に関しては紙といってもいいくらいだった。まあ魔獣相手に重い甲冑なんて無意味どころか邪魔になるから着ていなかったのだが、これなら軽いし、斬撃にも打撃にもある程度耐性を確保してくれそうだ。


「じゃあ行ってきます」


「うむ」


「いってらっしゃいませ。リオン様」


 二人に見送られながら転移陣に乗る。一気に視界が切り替わり別邸に到着すると、既にアスピア家の侍女達が待機していた。


「お待ちしておりましたご当主様。すでに馬車のご用意はできております」


「わっ、あ、ありがとう」


 思わずびっくりして変な声を出してしまった。以前は別邸に来ても使用人が待っていることも、ましてや馬車まで用意してくれていたことも無かったな。


 侍女達に見送られながら屋敷を出ると、見事な白馬に引かれた黒塗りの馬車が待機していた。この大きさ一目でわかる。魔馬じゃないか。従僕がアスピア家の紋章で飾られた扉を開けると、中は四人掛けとなっており座席は本革だった。


 恐る恐る中に座ると御者が丁寧に扉を閉め、それを確認した御者が手綱を取る。


 すでに僕のスケジュールは連携済みだったのか、行く先を伝えずともムーンドール城へ向けて馬車が走り出した。


 メテルブルク家の時は、徒歩で登城していただけに慣れない。いつも通り近衛騎士として当直に行くだけなのに、なんでこんなに緊張するんだ。


 馬車が城の正門前で止まり、従僕が恭しく扉を開ける。再び僕は恐る恐る馬車を降ると、城門の守衛が突然の貴賓の来客だと慌てて駆け寄って来た。


「招待状を拝見……あっ、ボーズド、いやアスピア辺境伯様でございましたか。こ、これは大変なご無礼を致しました」


「お勤めご苦労様です」


「い、いえ滅相もございません。さ、どうぞ」


 特に手続きをせず、そのまま大慌てで開門しようとする守衛を手で押しとめる。


「たとえ相手が騎士団長でも辺境伯だとしても、確認は怠ってはいけない。魔法で相手が変装している場合もありますからね。こちらが青月の騎士勲章です。確認ください」


「はっ、失礼いたしました。確かに」


 万が一何者かが守衛達を装って城に侵入してきた場合に、気づかないなんてことはあってはならない。近衛騎士団の者が勲章を付け忘れた状態で登城することは禁止にしてある。自分を例外にするつもりはない。


 城の庭園を通り騎士舎に入ると、四人の騎士がテーブルを囲んで何やら賭け事をしていた。一人がこちらを見ると膝を机にぶつけながら直立しだした。遅れて気づいた三人が慌てて机の上を隠し始める。


「騎士団長殿。お疲れ様です!!」


「お疲れ様。休憩中なんだから気を楽にしていいよ。今度混ぜてよ」


「は、はいっ」 


 なんか怖がられているんだよな僕……内心傷つきながら近衛服に着替え城の警備に入り、二人組で巡回していたうちの一人と交代し警備に当たった。


 交代する側はホッとするような表情が隠しきれておらず、残る方は緊張ではっきりと顔が強張っている。ペコペコと頭を下げながらそそくさと騎士寮の方へ向かうのを見送ると僕は残った方に顔を向けた。


「君、タール子爵家のクリスだよね。東ムーンドールの」


「はっ、はい。そうです」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、薄い赤色の髪の青年がびくっと跳び上がった。伏し目がちにこちらを見つめてくる。


「あそこの牛肉って本当に美味しいよね。涼しくて暮らしやすい土地だって聞いたけど」


「と、とんでもございません。タールは牛しかいない領ですよ。ほんと人より牛が多いくらいで。辺境伯領と比べものにもなりません」


「いや~アスピア領はまだしも、田舎具合で言ったらメテルブルクも相当だと思うよ。一面小麦畑しかない。去年まではてきとうに石を投げたら盗賊にあたるってくらいの治安だったし」


「そ、それはにわかには信じられないですね。あ、あはは」


 駄目だ。彼に合わせて自虐してみたけど、身分が上の人間の自虐はそりゃ笑えないか……会話って難しすぎる……幼少期から辺境の屋敷に閉じこもっていた弊害が……


「……そ、それにしても今日はいい天気ぃ、だよね~」


「そっ、そうですね~」


「……」


「……」


 詰んだか? 密かに絶望していると、気を使ってくれたのかクリスがひときわ大きな声を挙げてこちらを振り向いた。


「そ、そうでした! ご結婚おめでとうございます」


「あっ、うん。ありがとう」


「挙式はいつですか?」


「キョシキ?」


「ん?」


「やばっ」


 何にも考えてなかった。瞬間的に色々なことが噴き出してきた。結婚式って何をどうすればいいんだ? 招待客は誰を呼べばいいんだ? 何時が良いんだ? 場所は? ドレスとかどうするんだ? 費用はいくら用意すればいいんだ? というか指輪どうするんだ?


 うわっ結納とかどうしよう。アスピア家はシェリルのご両親は他界されているし、メテルブルクはもう色々終わっているものなぁ。


「あのぉ。顔、真っ青ですが……」


「クリスって結婚とかしていたりする?」


「い、いえまだですが……もしかしてまさか何の準備もなさられていない感じですか?」


「も、もしそうだと言ったらどうする?」


 二人の間に静寂が流れる。仮にもタール子爵家の跡取りであるクリスにとって、辺境伯の結婚というビッグイベントは迂闊に首を突っ込めないどころか、もはや父親に相談しないといけない次元の話だった。


 二人の間に流れる緊張。まさにそれは達人の間合い。


「……もちろん団長。お助け、します」


「ほ、ほんとうに?」


「お、おれ。いや自分も結婚式の事はよくわからないのですが、多分実家から牛を連れてくるくらい何とかなると思います」


「タール牛持ってきてくれるの!? 大丈夫? 無理しなくていいんだよ」


「任せて下さい」


「とても助かる! お礼は必ずするから。大分状況よくなったよ」


 うわ。じゃあ大丈夫だ。いったん大丈夫か。僕は心からの感謝を籠めて彼に握手を求めた。


「ありがとうクリス。君は心の友だ」


「ええ。だいじょぶっす」


 *


 近衛の仕事を終えた僕はそのままメテルブルクの別邸に向かった。だが屋敷に入ると使用人が怯えた様子ながらも僕の行く手を遮った。


「開拓の打ち合わせに行くだけだよ。通してくれないかな」


「で、ですがリオン様はそのすでにメテルブルクのお方では……」


 戸惑った様子でまごつく使用人。その時、使用人の後ろからオグロが現れた。


「お通ししなさい。開拓については引き続き、リオン様にお手伝い頂くと言うことでご当主様との間で話が通っております」


「そ、そうでございました。大変失礼いたしました」


 逃げるように去っていく使用人を見送りながら、僕は彼に向き直った。相変わらず感情の読めない男だ。


「ありがとう」


「お役に立てて光栄にございます」


 オグロはそのまま転移陣の間へと向かい、恭しく扉を開ける。室内に入り陣に足をかけようとした時、背後で咳払いが聞こえた。


 振り返ると意味深な表情で彼が扉を閉めた。黒い瞳がじっとこちらを見上げている。


「どうしたオグロ」


「最近、帝都が何かきな臭そうございます」


「きな臭い? ムーンドール城ではそんな気配はないが」


「城ではございません。城下町すなわち貴族街の下層のさらに下層……貧民街。その奥底へとヨギル家の筆頭執事が入っていくのを見ました」


 史上最大の都市である帝都ムーンドールの闇。それが貧民街。奴隷売買に違法な薬物の密売……盗賊なんかより何倍も質の悪い集団が犇めく魔境だ。


「ヨギル家の? そんなところへ何をしに?」


「ヨギル家には真か嘘か、表ヨギル家と裏ヨギル家があると聞きます。表は領海の海産物や塩の販売で得た富をふんだんに使い、有力者と婚姻関係を結び宮廷内で権力を握る。裏は暗殺や謀り事で政敵を亡きものにする。そういう棲み分けがあるのだとか」


「となると狙いは一つか」


「恐らく。貴方様はあまりに短時間で、お強くなりすぎました。表ヨギル家が何の手立ても打てないままにロランを団長の座から下ろされたことで、表と裏で均衡が崩れているのかもしれませぬな。ゆめゆめお気を付けください……」

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