第47話 『誓いの言葉』
お昼過ぎに城を出ると正門の前でマリアが待ち構えていた。満面の笑みだ。あれは相当キレてるぞ。
僕は恐る恐る彼女の元へ歩いて行く。たどり着くまで後十秒。色々頭をひねったが無情にも僕の頭脳は諦めろと通告した。
「リオン様」
「はっ、はい」
「お召し物が近衛騎士の制服のままですが、メテルブルクの外套はどうしたのですか」
「あ、あれっ着替え忘れちゃったぁ……みたいな」
「左肩、青く滲んでいますよ」
えっ、慌てて肩を見ると血が滲んでいた。包帯を巻いていたはずだけど、傷口が塞がり切らなかったのか。
「もう。お洋服は捨ててしまったのでしょう。私が縫えないくらいボロボロにしないでください」
「うん」
ぷりぷりと怒るマリアにペコペコ頭を下げる。はあやっと日常に戻ったみたいだ。本当にこの数日はひどかった。
「シェリル様は帝都の御屋敷にお送りいたしました」
「ありがとう。大丈夫そうだった?」
「お部屋に籠られてしまいました。さすがに身も心もお疲れだと思われるので、お休みになっているのだと思うのですが。というかリオン様も早くお休みになってください」
……会いに行くべきか。僕だったら一人になって気持ちの整理を付けたい。夕方過ぎに様子を伺いに行こう。
僕は振り返って、心配そうに傷口を見つめるマリアに笑いかけた。
「そうだね。さすがに僕も疲れたよ」
城下町を二人で並んで歩く。喫茶店のテラスでは男女が楽しそうに談笑している。空を見上げると、いつもの青い空に青い雲が広がっていた。
「結婚するよ。僕」
「わたしはリオン様が漢を見せてくれて感動しましたよ」
「夕方過ぎくらいに会いに行こうと思うんだけどさ、フラれたらどうしよう」
「……はぁ」
*
一度メテルブルクの本邸に帰った僕はマリアに傷を癒してもらった後、ベッドに横になっていた。尻尾が邪魔で仰向けになれん。
「さてこの後どうするかな~」
アイリーンにはまだ引き続きメテルブルク側で開拓の推進を手伝ってもらいたいな。
やがて軌道に乗り始めたら、現地で差配する人を新たに見つけて彼女の知見を引き継いでもらおう。後々彼女はこっちに連れてきて全体的な計画を考え側に回ってもらいたい。
ナツは今すぐ連れて行こう。この先自前の戦力は必ず必要になる。狩猟協会は数も大事だけど、質重視にしたい。サルヴァンや凶悪な魔獣、シュナを前に一般的な戦闘能力の集団だと太刀打ちできないだろう。
あとはアスピアの……
瞼が重い。まだ考える事がいっぱいあるのに。僅かに抵抗しようとした僕だったが、気づいた時には眠りの世界に落ちていった。
目が覚めるともう夕暮れ時だった。身支度を整え転移陣に乗る。帝都の別邸を出ると雨が降っていた。
「雨か。よくよく考えると雨や風は結界を通り抜けるのに、魔獣や人は弾けるのって不思議だな」
そう言えば僕がシュナと戦った時も、上空に放ったフル・フレイムが結界に遮られたな。霊気を一定以上含むものは弾く仕様なのだろうか。
とりあえず歩きではいけないので、僕は馬車に乗りアスピア邸に向かった。
石畳の道をガタゴトと走る馬車の中で、僕は頭を抱えた。
「あ~どうしよう。まさかあんな形で結婚の申し込みをすることになるとは。というかこの後どうしよう。何が正解なんだ。あっやばい。何にも贈り物用意してない!」
マリアにどうすればいいか聞いとけばよかった。今まで周りに参考にできるような既婚者が居なかったし……いやヒューイが居たな。
うわ失敗したぁっ~ダントンのくだらない話じゃなくて、そっち聞いとけばよかった
終わったな。完全にノープランだ。今までぶっつけ本番の場面は何度かあったけど、今回ばかりは勝算が見えない。
グルグル巡らしていると唐突に馬車が止まった。窓の外を見るといつの間にかアスピア邸についている。
「リオン様、到着いたしました」
御者が扉を開けて恭しく屋敷を手で示した。シェリルの部屋には明かりが灯っていたがカーテンがかけられており中の様子はうかがえない。
覚悟を決めるか。
御者に軽く礼をし、屋敷の正門を抜け庭を通り抜け、恐る恐る扉を叩く。
しばらくすると中から使用人が顔を出し、来たぞという顔をした後、スッと顔から表情を消した。
「夜分にすいません。アスピア辺境―いやシェリル様はいらっしゃいますでしょうか」
「お嬢様はお部屋でお休みになっております。しかしどなたにもお会いしたくないと仰せです」
そう答える使用人の声は、主の言葉に従って明確に拒絶の意を表していた。
「今日王城からお戻りになった後、ご様子はいかがでした?」
「お食事も召し上がらず、お部屋に籠りっきりにございます」
淡々と話すものの、僅に心配げな声が混じる侍女。行くか。
「そうですかではまた伺います」
「えっ」
思わず声を挙げてしまい口元を抑える侍女に、会釈し正門へ踵を返す。
僕は正門から出ると、地面を蹴った。一つ飛びで屋敷の二階の窓へ飛び移り、ヘリに足をかける。
「シェリル話にきたよ」
「……」
窓の向こうから返事はない。
「僕は君を尊敬しているんだ。まだ幼い時に父を亡くしたのに、一生懸命領主として頑張ってきたのを知っている。領民やアスピアが大好きな事も知っている。僕はそんな君が好きだ」
雨音に混じって噛み締めるような嗚咽が僕の耳を打った。脳裏に過るのはいつかの自分。
「僕もある村を犠牲にしてしまったことがある。その時に大切な人を失った。僕の剣の師匠であり、折れない気持ちを教えてくれた人だった……誰だって失敗はする。でも君にもまだやり残したことがあるんじゃない?」
カーテンの向こうに人影が見えた。こつんと額が窓にあたる音がした。
「……わ、わたしは」
「うん」
「わたしは悔しくて、辛くて、悲しくて、なにより申し訳なくて」
「一緒に歩こうよ」
その時窓が突然バンと開いた。
「うわぁっ」
突然の事にびっくりし、窓にも押されて思わずヘリから片足を踏み外す。落ちそうになった僕の手を慌ててシェリルが掴んだ。体勢を立て直そうとした僕はつられて窓の内に倒れ込む。
気づくと僕は部屋に倒れ込み目の前には彼女の顔があった。息をはずませながら見つめ合う二人。雨に濡れた僕の髪から一滴の雫が彼女の頬にあたり流れてゆく。
「あなたが好き」
「僕も」
瞳を閉じる彼女の手を抑え僕は誓いの口づけをした。




