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第45話 『宣言』

 興味深そうに事の顛末を見守っていた貴族が一斉にひれ伏す。令嬢達は万が一に出も目に留まらぬよう、顔を覆って蹲った。


 木槌を持ったまま固まったナズベル伯。額から汗を流す彼の元に、ずかずかと移動するバフェット。


「ねえ邪魔ぁ」


「お、仰せの通りに」


 ナズベル伯が小刻みに震えながら椅子から立ち上がると、彼は椅子に腰かけた。だが椅子より遥かに大きい彼の体躯に、椅子が耐え切れず折れ潰れる。


「あらぁ。ちょっとそこの子達さ。そこでうずくまってないで、こっちでうずくまってよ」


 震えながら身を隠していた令嬢達を呼びつけると、恐怖で涙と鼻水で顔がグチャグチャになった彼女達を指でつまみ上げ縦に積み重ね始めた。


 椅子にする気だ。


 あんな巨漢に座られたら彼女たちの背骨が折れるぞ。


 そうなる前に土の霊気を練り上げ巨大な椅子を作り上げ、風の霊気で周囲の椅子からクッションを引き剥がし並べた。


「バフェット卿。そんなものよりこちらにお座りください」


「んぁ? 気が利くじゃないか~」


 ドカッと椅子に座り込む椅子の座り心地を確かめだし、何度も椅子に尻を打ち付け始めた。霊気で作った椅子だけでなく、足場の床に罅が広がり始める。


あんな行為を人に対して行ったら凄惨という言葉だけでは済まない。


状況を見計らいナズベル辺境伯が口を開いた。


「それで先ほどのお話ですが、既に卿には所領があるはず。そちらの領政もあり大変でございましょう。アスピアはこちらの方で対処いたしますので、卿の手を煩わせることはないかと」


「りょうせい? そんなのてきとーで良いんだよ。パンが無くなったら家畜、家畜が無くなったら、魔獣でも狩って食えばいい。それもできないなら家族の肉とか食えばいいんだよ。そんな感じでいい感じにやるから、俺様にまかせてだいじょうぶだいじょーぶ」


 そう言いながらナズベル伯の頭を撫でまわすバフェットに、彼は脂汗を流しながらピクリともしない。


「ほかに文句ある人いる~? 代官やりたいよ~って人~」


 超越者の不興を買わぬように、誰もが息を殺した。あのハルギリウス将軍ですら沈黙を貫いている。


「それじゃあけって~い」


「私がなります」


 隣でシェリルが息を呑む音が聞こえた。イザベラさんやナズベル伯が血迷ったかと言わんばかりに目を見開いてこちらを見る。


「ん? なんて? もういっかい言ってよ」


 公王バフェットがにっこりと笑みを浮かべながらこちらを見てきた。悪いけど何度聞かれても答えは同じだ。


「代官は私がやります」


 バフェットの顔から表情が落ちた。余りの重圧感と彼の放つ異様な空気に貴族たちが泡を吹いて倒れ始める。


「おいお前。あいつになんか言ってやってよ」


 公王がナズベル伯の額をペチペチ叩いて促す。だが彼は押し黙ったまま一言も発さない。だんだん叩く威力が強くなっていき辺境伯の額から血が流れ始めると、彼はどもりながら口を開いた。


「メ、メテルブルク子爵。そなたは近衛騎士団長の職もある上に、最近はメテルブルク内でも領政の一部を担っているとか。それに加えてアスピア領の代官とは、些か荷が重いのではないか」


「そうそう。お前は部外者なんだから。黙って俺様に従えな~。はいじゃあもう一回さっきの質問の答え聞かせてよぉ~」


 ふっ。だから何度聞かれても答えは変わらない。部外者ね。僕はシェリルの肩を抱いた。


「ではシェリルと結婚します」


「えっ」


「「!?」」


 イザベラ宰相とナズベル伯が目を剥き、メテルブルク辺境伯は驚愕の余りもんどりうつようにひっくり返った。ハルギリウス将軍も唖然とした様子でこちらを見つめ、赤月の騎士は何か聞き間違えたかと怪訝な表情を浮かべる。


「これで部外者でもないですし。むしろ領政を行うのは僕の義務となった」


「お前、気に入らないねぇええええええええええ」


 バフェットが手をかけていた岩造りの椅子、その肘掛けが木端微塵に砕け散った。そのままこちらに急接近。蛸の様な瞳が僕をのぞき込む。黄色い長方形の瞳孔と真正面から視線が合った。


 常人なら一瞬で脳漿を撒き散らしながら発狂死するほどの歪み切った霊気が流れ込む。だが僕も目を見開き霊気を放つ。


 ぶつかり合う視線。紅い瞳と硫黄の様に濁った黄色い瞳から放たれる霊気がお互いに拮抗し、局地的に空間の霊気が歪み、空気を震わせる。


 一歩制御を誤れば拮抗する霊気が大広間に溢れ出し、ここに居る者は全員血の海の中で肉塊と化すだろう。


 今何が起きているか明確に察せているのは、ハルギリウス将軍と赤月の騎士だけだった。二人とも最悪の事態を想定して、腰の剣に手をかけた。それ以外は地震か何かかと思い、恐怖で蹲るのみ。だがこの場を収められる存在が一人いた。


「余もそう思うのじゃ。アスピアを任せられるのはリオンじゃと思う」


 声の主こそ、この国のもう一人の超越者の一族。フェイリップ殿下その人だった。バフェットが忌々しそうに頭上を見上げる。


「子供のくせに生意気だねえ~。お前の親と同様、殺しちゃうよぉおおおおお?」


「前の反乱でそなたは我が一族と約束したはずじゃ。約束を破るのか?」 


「……ううううううううううぅぅぅぅ! 帰る!!」


 激昂しながらバフェットが去ると、先ほどまでと違い文字通り嘘の様に空気が軽くなった。荒い息を挙げながらナズベル伯が起き上がり、木槌を振り下ろす。


「判決を言い渡す。罪人シェリルはアスピア辺境伯としての地位を奪爵。代わりに新領主としてリオン・ド・メテルブルク……いやリオン・ド・アスピアを陞爵し、アスピア辺境伯とする。これにて閉廷」

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