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第34話 『会議は踊るされど進まず』

 翌朝僕が帝都へ転移すると、まず王城が目に入った。崩れ落ちた箇所が朝日に照らされている。貴族街を通り抜け登城し、大広間に入ると早々たる面々がいた。


 フィリップ皇子に、ハルギリウス将軍とイザベラ宰相、アスピアを除く四辺境伯、ロランを始めとした近衛騎士たち、そして赤月の騎士も一人登城している。


 あの銀髪の男、昨日シュナの術を無効化した人だ。その他にも大勢の貴族達の姿がある。


 がイザベラ宰相と赤月の騎士を除いてみんな僕を見ている。なんだ。僕の顔になんかついているのか。


 その時後ろから近衛騎士服を身に纏ったヘレナが話しかけてきた。


「ちょ、ちょっとあなた。その尻尾はどうしたんですの」


「あっ! いやこれ、いやまあそうだよね。なんか生えてきた」


「なに馬鹿なこと言っているんですの!」


 思わず声を挙げた彼女を無視して、査問会の開始を知らせる木槌を叩く音が響いた。


「ではこれより昨晩の襲撃事件についての査問会を始める。書記長及び判事はこの四辺境伯が一人にして、大法官であるマルセイ・ド・ナズベルが務めさせて頂く。また今回の場は査問会としての性質も持つこととする」


 ナズベル辺境伯の厳かな宣言により、査問会が始まった。ナズベル家は代々中立を維持し、法務官の役職を務めている大貴族だ。


「では近衛騎士団長ロラン・ド・ヨギルよ。此度の件についての経緯を説明せよ」


「えぇそれはですね。私が警備についておりましたところ、突然襲撃者の卑劣な不意打ちを受けまして……それでその即座に応戦しあと一歩で撃退出来るところでしたが、今一歩力及ばず、無念でございます」


 そうしどろもどろに答弁するロランの背後で、取り巻きの近衛騎士や貴族たちが頷いている。そんな様子をナズベル辺境伯が冷ややかな眼差しで見つめた。


「まず警備中と言ったが複数の女性と庭園を歩いていたという目撃情報が上がってきておるが? しかもその時間そなたは当直時間だったという情報もある」


「嘘です。ででたらめです。そんなこと!」


「証人として昨夜そなたと歩いていたという者を召喚する。ここに」


 そうナズベル伯が手を叩くと、貴族の中から一人の令嬢が出てきた。青ざめた顔でおずおずと前に進み出す。


 ロランがその女性に必死に視線を送っている。だがサッと令嬢は視線を逸らした。その様子に愕然とするロラン。


「昨晩の事を正直に話しなさい」


「はい。昨晩はヨギル子爵に連れられて宮庭を散歩しておりました。その時、突然襲撃者に襲われ、剣も持たれていなかった子爵は直ぐに倒されてしまいました。そして殿下のおわすところを聞かれ」


「嘘だ! この売女め! ナズベル伯、この者は嘘をついております」


「ヨギル子爵。静粛に。証人は続けなさい」


「すぐに殿下の御寝室をばらしました」


 悲鳴が上がった。ざわざわと会場が騒然とし、ロランの取り巻き達が膝を突いたり、逃げ出したりする者もいた。


「この場で虚偽の報告を行い、近衛騎士団長の身でありながら殿下へ不忠を働いた狼藉、この罪は重い。よってロラン・ド・ヨギル子爵は近衛騎士団長の任を解く」


「そ、それはあんまりだ。ナズベルめ。いい気になるなよ!」


 怒声を上げながら立ち上がったのは、緑髪の男性。ヨギル辺境伯だ。だがその怒声は会場の冷ややかな空気の中に消えていった。


「またロランに付き従い同じく警備の任を疎かにした近衛騎士達にも追って沙汰を下す」


「ヨギル家の息のかかった侍女たちも、もはや殿下の傍仕えとして不適でしょうな。代わりの人員はこの私、バラン・ド・メテルブルクが手配いたしましょう」


「宮廷の人事権はメテルブルク伯には与えられておらぬ。そういうことはイザベラ宰相閣下にお伺いして欲しいですな」


 演技がかった動きで頭を下げるメテルブルク辺境伯に、ナズベル辺境伯が煩わしそうに視線を向けた。


「メテルブルク! お前!」


 今にも憤死しそうなヨギル伯であったが、もはや誰の視界にも入っていなかった。隣に居るヘレナが小さく言葉を漏らす。


「これでヨギル家も没落ですわね」


「今こんなことしている場合なのだろうか」


 僕は冷めた表情で話の推移を見守った。


「ではここから先の経緯は、メテルブルク子爵そなたが述べよ」


 急に白羽の矢が僕に立った。とりあえず会場の中央に進む。周囲の視線が一挙に集中する。


「昨晩は警備の任についておりましたところ、メテルブルク領の村が魔獣に襲われているという情報を得ました」


 実はメテルブルク領も襲撃されていたという事実に会場がざわめいた。それが収まるのを待って再び口を開く。


「しかし私はこれを城から私を離すための陽動と考え、殿下の御許へ駆けつけました。そこで襲撃者と遭遇し、応戦。その間にヘレナ子爵が殿下を避難させ、その他の近衛が城内の人間を避難誘導いたしました」


「ふむ。フィリップ殿下、今までの話でこの者が虚偽の報告をしている箇所はございましたでしょうか」


「ないのじゃ」


 フィリップ殿下がうんうんと頷いている。ヘレナがそれをキュンとした表情で見つめている。


「ありがとうございます。殿下。それではメテルブルク子爵。その襲撃者はどうしたのだ」


「それについては、そこにいらっしゃる赤月の騎士にお聞きください。襲撃者は逃亡し、それを追っていったのは赤月の騎士でございます」


「それは本当ですかな。赤月の騎士団隊長ジン殿」


「そうだ」


 太く静かな声で銀髪の男が立ち上がった。赤月の騎士を噂には聞いていたが初めて見た者も多いのか、会場は僅かにざわめき皆恐る恐るその者の顔を仰ぎ見ている。


 この人はジンという名なのか。僕は彼の名前を忘れないよう記憶した。


「襲撃者はシュナ・エルハイム。かつてアスピアおよび中央ムーンドールの戦いで、フェルゼーン軍を率いた人物だ」


「おお!」


「まさかそれほどの人物が襲撃者だったとは」


 中央ムーンドールの戦い。フェルゼーン。その言葉に貴族たちが一気に沸き立つ。そんな人物が城に現れたのかと青ざめる者もいれば、それを撃退したのかと顔を高揚させる者もいた。その声を打ち消すようにジンが静かに言葉を放った。


「そして、その強さは超越者バフェット卿と相まみえて生還した程である」


 超越者バフェット、その言葉に会場は一気に静まり返った。先ほどまで顔を興奮で赤くしていたものも今は、パクパク口を開け閉めすることしかできていない。ナズベル伯ですら固く口を閉ざした。


 イザベラ宰相が代わりにジンに質問すべく声を挙げる。


「それで赤月の騎士殿。そのシュナとやらは捕らえられたのかしら?」


「まだだ。部下に追跡させている。シュナはムーンドールの結界の裂け目から警備兵を蹴散らし結界外へ逃走した。すでに三人殺られた」


「シュナか。ぜひとも再びその面拝ませてもらいたい。部から人を出しても良いぞ。ジン」


 ハルギリウス将軍が獰猛な笑みを浮かべて、拳を握りしめた。


「不要だ。奴の速さは流れる星。今から追っても到底追いつくことは叶わん」


「ではその襲撃者は赤月の騎士に任せましょう。話を前に進めませんか。ナズベル伯」


 イザベラ宰相がそう水を向けると、押し黙っていたナズベル伯が一つ息を吐いた。


「そうですな。ここまでで何か述べたい者がいるなら、立ちなさい」


「一つ良いですかな」


「なんでしょうか。財務卿」


 財務卿と呼ばれた初老の貴族が立ち上がった。眼鏡の奥の瞳が僕に向けられる。


「城の修繕費はどなたがお支払いになるので? また貴族街の屋敷もいくつか被害報告と陳情が上がってきております」


「そ、そうです! 皆さんもご覧になったでしょう。あの城の有様を。殿下を守るためとはいえ、そこのリオンは帝国の財産であるこのムーンドール城を傷つけたのです。その罪、無罪放免で済むはずがございません」


 ロランが息を吹き返したように立ち上がったが、ナズベル伯は話がややこしくなると眉を顰め、将軍は退屈そうにあくびをしている。


「経費で払いなさい。そこの赤月の騎士殿も仰っていたでしょう? 今回の襲撃者は破格の存在だと。それで一つの人命を失うことなく事を収めたのですから、賞賛されることはあれども、非難される故はないでしょう」


「宰相閣下、そうは言いましても城の天守が吹き飛んだのですぞ。修繕費も馬鹿には」


「くどい」


「ご息女を救われたからと言って、メテルブルク子爵の肩を持つのは感心できませんな」


 誰が責任を取るでも良いが金だけは貰いたい財務卿が、鉄仮面で話を譲らない。その様子にイザベラさんが満面の笑みを浮かべた。だが口の端がぴくぴくしている。あれは相当苛立っているな。


 なんだこれ。大事な話かもしれないけど、今すべき話なのか? 同じことをナズベル伯も考えていたようで、パンパンと手を大きく叩いた。


「静粛に。財務卿、心中は察しますがそういった話は具体的な被害総額が出てから改めて、お話を持ってきてくださらんか」


「こちらが額を計算しても、押し付け合いになるのは目に見えております。ここで誰が払うのか決めて頂きたい。このままでは殿下の御寝室の修復すらままなりませんぞ」


「では余は別の部屋で寝るからよいのじゃ。この城には部屋なんぞいっぱいあるのじゃから、別にお金がないのなら天守も別に直さなくてもよいぞ」


「殿下! な、何を仰いまするか。超越者であらせられる皇帝陛下の血をひかれるあなた様に、そ、そのような事はできませぬ。修繕費は財務院でご用意いたしまする」


 財務卿が目を剥いた。流石に殿下にご迷惑をおかけするのは不味いと判断したのか、おずおずと引き下がっていく。うむうむと頷く殿下に隣のヘレナが鼻血を漏らした。


「他にまだ何か述べたい者はあるか? なければこの会は閉廷する」


「一つございます」


「なんだね。まだあるのかメテルブルク子爵よ」


 ナズベル伯の空気を読めと言いたげな目を無視して、僕は一歩前に出た。どうしても腑に落ちない事が一つだけあるのだ。このアスピアの魔獣に始まった一連の事件、それで見落としている何かが。


「襲撃者であるシュナ・エルハイムは、逃亡時は結界の裂け目を突破したと伺いました。しかし侵入する時はどうやって誰にも気づかれずに、この結界に守られた帝都に侵入したのですか」

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