第33話 『くだらない打合せ』
村の様子を確認した僕は昼過ぎには本邸に帰った。屋敷に帰るとマリア以外にもオグロが恭しく頭を下げて出迎えていた。
「ということは父もいるのか」
「さようにございます。リオン様」
マリアが僕の後ろに回り外套や剣を預かってくれる。そのまま奥に下がったタイミングで、オグロが僕を案内した。
普段は使われていない当主専用の書斎に入ると、父バランが椅子に座り込み待ち構えていた。
「おお息子よ。遅かったではないか」
「ナスタル村を視察しておりましたので」
「そうか。まあ取り敢えず座らんか。それで先の殿下襲撃事件の件だが、でかしたぞ」
……村が魔獣に襲われた話は聞いているだろうに、そっちの無事の確認はしないのか。
「いえ襲撃者の城内への侵入を許してしまっただけでなく、殿下の御前まで入り込まれてしまいました。明確な失態です」
「大事なのは結果だ。殿下が無事なのだからそれでよいではないか。それよりだ。これでアスピアの魔獣の件の疑いを晴らすことが出来るぞ」
鷹揚に頷く父の姿に頭痛を覚えていると、マリアが紅茶を運んで来てくれた。助かる。爽やかな香りが鼻を抜け僕の気持ちを落ち着かせた。
「この屋敷も人手が足りなさそうだな。どれ今度本邸にもメイドの数を増やしてやろう」
「いえ結構です」
「リオン様。ここはご当主様のご好意をありがたく頂戴しては? そこの侍女も人手が増えた方が何かと助かるでしょう」
「オグロの言う通りだぞ。人ではこやつに見繕わせるゆえ、間違いはあるまい」
僕はチラリとマリアの方を向いた。彼女は困った様な顔をしていたが、嫌がっている様子はないみたいだ。
彼女は身の回りの世話や、村と僕との連絡係、屋敷の手入れまで行ってくれている。
今までは僕に仕えようとする侍女は一人としていなかったので、彼女に頼りきりになってしまっていたが、今なら彼女の負担を楽にできるのか。
ただ父やオグロの手配で集められた侍女はあまり信用できないのも事実だ。かといって今は自分で探している時間も無い。
「ありがとうございます。ただ集められた人員に関しては念のため、一度こちらの方でも素行調査をさせていただきます」
「うむ」
「それで父上、本題はなんでしょうか。まさかこの為だけにお越しになったわけではないのでしょう?」
「もちろんだ。明日の朝、今回の襲撃に関して査問会が開かれることとなった。その場で我らメテルブルクに汚名を着せた宰相に責任を取らせようぞ」
「はい?」
どういうことなんだ。明日行われるのは殿下への襲撃事件の話をする場で、メテルブルクの汚名うんぬんは話題が違わないか?
「申し訳ございませんが父上。私は近衛騎士として事件の経緯、原因、被害、今後の対策、逃亡した襲撃者は捕縛できたのか、これについて話すべきだと考えております」
「そんなもの後で良いわ。殿下もご無事で襲撃者も撃退したのだ。これで良いではないか。お前は近衛騎士の前に、メテルブルクの貴族なのだぞ。もっとその自覚を持たんか」
どうしようか。根本的にこの人と僕は価値観が違う。そもそも僕はイザベラさんに迷惑をかける気はないのだ。だがこのまま無理やり話を切り上げてしまえば、明日の査問会で暴走されかねない。
どうにか説得できないか。そう返答に窮していると、オグロが静かに口を開いた。
「ご当主様。ここはリオン様に近衛としての態度を全うして頂いた方が、明日は都合が良いと愚行致します」
「なぜだオグロ」
「理由は二つございます。一点目はイザベラ宰相に借りを作れます。散々疑っておいて、その本人に殿下どころか娘まで救われたのですから」
「なに? リオンはあやつの娘まで助けたのか」
驚く父に頷くオグロ。耳が早い。どこで僕がイリスを助けた話を入手したんだ。
「二点目はロラン・ド・ヨギルを近衛騎士団長の地位から引きずり下ろせます。もともと城内でも評判の悪かったヨギル子爵ですが、今回の事件では真っ先に倒された上に殿下の居場所を襲撃者に漏らしてしまったそうです」
「それはこの上ない失態だな」
「ええ。ですからイザベラ宰相への借りも相まって、リオン様が近衛騎士団長になられることは間違えございません。さすればメテルブルクの宮廷内での権力も……」
「ククク。上がっていくのう。そうだな。明日はその方針で行こう。ではわしは帝都に帰るぞ。明日の仕込みをせねば」
そう言って父が急ぐように部屋を去った後、オグロがこちらを振り向き意味ありげに頭を下げその場を辞した。
やっと帰っていった二人に思わずため息を吐くと、マリア様がバタークッキーを差し出してきた。
「ありがと」
優しい甘さのクッキーを口で咥えながら、僕は目をこすった。
「今日は大変な一日でしたね」
「うん。眠いや」
突然に並行世界に飛ばされ、帰ってきたと思ったらシュナと戦い、村に駆け付け、父と面倒な会話をし、おまけに尻尾まで生えてきた。
「リオン様。明日の査問会のお洋服ですが、ズボンに穴をあけておきますね」
「……うん」
「尻尾はもうどうしようもないですけど、爪は縮めたりできないのですか? 爪切り取ってきます?」
彼女の言葉を受けて手を見てみる。霊気が流れている感覚はある。流す霊気を弱めていくと、黒い竜の爪の様になっていたそれが縮んでいく。
「どう? 一応人並みに戻ったけど」
マリアが僕の手を掴んでしげしげと見つめている。小さく柔らかい彼女の指の感触に、思わずドキリとした。
「大きさは戻りましたけど、爪の色は黒のままなのですね」
「うん。漆黒といって差し支えないね」
「まあいいのではないでしょうか。マニキュアだと思えば」
うんうんと頷く彼女を見ているともうなんだかどうでもいい気がしてきた。ぶっちゃけてしまうと、マリアさえ問題ないなら僕の外見がどう変わろうが別にいいや。
「じゃあもう寝るよ。おやすみマリア」
「はい。おやすみなさい。リオン様」




