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第30話 『赤月の騎士団』

 

 シュナの顔が今度こそ驚愕に染まった。理解が出来ず思わず槍に込めた力が緩む。


「どうして私の名を……いやその前にこれはフェルゼーン語!? ムーンドールの人間が何故」


「時間がない。こっちに近づいてくる霊気を感じるでしょう。恐らくかなりの使い手達だ」


 シュナは目の前の騎士の言葉に従い索敵した。どうやら本当の様だ。かなりの速度。人数は十人か。


「そうみたいね。その前にあなたを殺すわ」


「それはできませんよ」


「どうかしら」


 シュナは近衛騎士の身体に突き刺さった槍を捩じろうとして、全く動かせないことに気づいた。彼の手が槍を掴んでいるのだ。


「槍で殺れなくても、槍から風の霊気を放つわ」


「それは痛そうだ」


「……ッチ」


 彼の余裕の理由はシュナにも分かっていた。エル・ラファール・テンペスト、自分の切り札ともいえる術ですら仕留めきれなかったのだ。


 槍から放つ霊気程度では止めは刺せないだろう。より大きな霊気を練ろうとすればその前に、彼に迎撃される。


「理由は省きますが僕はあなたを知っている。フェルゼーンで何があったのですか。ダントンとヒューイは無事ですか? それとフェルゼーン王の孫娘は―」


「!? どうしてそれを知っているッ。言えッ! 誰からそれを聞いたッ」


 シュナの槍を捩じる力が強まった。僕は痛みに思わず呻く。


「グッ。説明すれば長いんです。僕はあなたの味方になりたい。サルヴァンからフェルゼーンの姫君は守れたのですか」


「グダグダ言わずにあたしの質問に答えないと今すぐ殺す」


「ヒューイには奥さんがいた。名前はタリア。それに子供も生まれる予定だった。ダントンはガサツだけどここぞって時はいつも本質を見抜いていた。それにシュナ、あなたの好きな酒はパム酒だ」


 僕は込み上げてくる血に咽ながら言葉を紡いだ。シュナがついに槍から手を離した。動揺した様に後ろに後ずさる。


「生きてるわ。姫様はサルヴァンに囚われている。ヘルプストを魔獣に壊滅させられた責を問われ、王立騎士団は解体された。フェルゼーンは陽教徒の手に落ちたわ」


 やっぱりか。並行世界では穀倉地帯のヘルプストは僕とヒューイとダントンで守った。でもこっちでは僕がいなかったから、王立騎士団はヘルプストの防衛に失敗したのだ。


 それでサルヴァンは王城で反乱を起こすまでもなく政権を奪い、姫を捕えてしまったのか。


「次は私の番よ。あなたは何者なの? なぜあたし達を知っている?」


 そうシュナが問いただそうとした時、頭上から大剣が振り下ろされた。僕もシュナも反射的に後方へ飛び下がる。


 シュナは槍を僕から引き抜き、僕はイザベラ宰相の娘イリスを咄嗟に抱きかかえた。


 誰もいない空間を大剣が両断し、それが地面に接触した瞬間、大地が大きく陥没し地割れが走った。


 地割れは屋敷の庭を両断し、隣の屋敷まで到達した。屋敷が音を立てて崩れ去る。


 襲撃者の確認を保留し、まずイリスの無事を確認。良かった。気絶しているようだけど怪我はないようだ。


 僅かに安堵の息を漏らしながら僕は大剣の主に向き直る。


 こいつ子供がいるのもお構いなしに攻撃してきた。


 襲撃者を睨みつける。


 一見普通の茶髪のショートカットの少女だ。片眼は髪で隠れていて見えない。だがその出で立ちが彼女の異質さを表していた。襟に赤月の紋章が付いた騎士団服。


 少女が気だるげな表情を浮かべて口を開いた。


「ウザ。空ぶったんですけど」


「気を付けろ、ソレイ。女の方はともかく男の方はメテルブルクの子爵だ。あの白髪を見れば分かったはずだ」


「あ~ほんとだ。霊気がキモかったから魔獣かと思った」


「アハハ! あの子の霊気ぃ最ぃッ高だね! 僕のコレクションにしよぉ~と」


「任務に集中しろ。テル」


 銀髪の男の声が聞こえていないのか、紅いフード付きの騎士服に身を包んだ少年がスキップしながらこちらに近づいてくる。


 フードから覗く髪は淡い金髪だった。銀髪の男に諫められるも、全く聞く耳を持っていない。


 今僕とシュナは襟に赤い月の紋章をしている十人の騎士達に囲まれていた。こいつらが噂に聞く赤月の騎士団なのか? 


 銀髪の男が前へ出てきた。


「また会ったな。シュナ・エルハイム」


「中央ムーンドール以来ね。でもお生憎様、今あんた達に構っている暇はないの」


「ふっ。そんな満身創痍の状態で逃げ荒れるとでも?」


「試してみる?」


「あ~シュナちゃんじゃん。ずっと探してたんだよ! 僕の物になりに来てくれたんだね。とっても嬉しい!」


 僕に近づいていた少年が急に立ち止まったかと思うと、喜色満面の様子でジャンプし始めた。


「ちょっと待っててね! すぐ戻るから」


 そう少年が僕に向かってペコリと頭を下げた。


「シュナちゃん。それじゃあ……あそぼっか。ヒューイ、ダントン、出ておいで!」


 フードの少年が振り返りながら手を二回叩いた。


 その刹那、シュナの前後にダントンとヒューイが地面から出現した。いやあれは本物ではないな。この霊気の感じ……覚えがある。


 法皇サルヴァンが見せた狂気属性の霊気だ。人型の何かを狂気属性の霊気が覆っている。さしずめ実体のある幻影といったところか。


 突如としてシュナの背後からヒューイが斬りかかった。だがシュナはそれを察知していたかのように、急反転し槍を振り払う。


 それをヒューイが驚異的な動体視力でのけ反って回避。槍はあっさり躱され、ただ槍に付着していた僕の血がかかっただけだった。


 何の迎撃もされなかったダントンの大剣がシュナに迫るが、半身を逸らすだけで回避する。


 だが二人の完璧にコンビネーションのとれた連撃は止まらない。ヒューイが剣に風を纏わせ突き技を放とうとした時、一手早くシュナが詠唱した。


「エル・ルフト」


 ヒューイの身体に付着した僕の血が爆ぜ旋風が放たれた。ゼロ距離で放たれた風の刃に腸を切り裂かれ、彼が血を噴いて倒れる。


 最初からシュナは槍についた僕の血に含まれる霊気を利用する気だったのだ。


「あちゃ~。でもまだダントンが残ってるよ! いけ~僕のダントン!」


「ブラキオン」


 ソレイと呼ばれた少女が大剣から剣撃を放った。あれは力の霊気ッ。剣撃は射線上のダントンを真っ二つにしながらシュナに襲い掛かる。咄嗟に槍で防ぐも力負けし、槍が空中に弾き飛ばされた。


「エル・ラファール・ルフト」


 無手となったシュナが敵に接近戦に持ち込まれぬよう迎撃の一撃を放った。


「ちょっと! 逃げないでよ。 僕のコレクションになにするんだよ!!」


「だるいから」


 だが迫り来る烈風に少年と少女は気にもしない。そんな二人の前に銀髪の男が静かに立った。


「ペルデレ」


 風が掻き消された!


 一体どういうことだ。術自体が無効化されたように見える。 


「ソレイ。今だやれ」


「ブラキオン」


 茶髪の少女が気だるげそうに大剣を振るった。再び放たれる剣撃。槍も失い、術も無効化されたシュナは回避することも出来ず、両断された。


 シュナッ! 危うく僕がそう叫びそうになったその時、切断された彼女の姿が跡形もなく掻き消えた。僅かな霊気の残滓のみが残っている。


 これは狂気の霊気。今のは彼女が見せた幻影か。


 少年が頭を抑えて蹲った。


「うわ~やり返された~!」


「チッ! うっざッ。お前なにやってんの」


「でもいつの間に逃げたんだろう?」


 茶髪の少女の怒りを他所に、少年が首を傾げた。疑問に銀髪の男が答えた。


「初手のブラキオンで槍を上空に弾き飛ばした時だろうな。狂気の霊気で奴自身は槍に化けて姿を変え、かつ自身の姿も幻で出しつつ風の呪術で迎撃している間に消えたのだ」


「あっちゃ~シュナちゃんの槍って一人勝手にビュンビュン飛び回るものだから、途中でどっかいっても気にしてなかったや」


「追うぞ。今度は見破れ」


「はぁ~い」


 銀髪の男が掻き消えると同時に、残りの騎士も掻き消えた。


 クソッ、意味が分からない。あいつら一体なんなんだ。気絶しているイリスを地面に横たえて傷口を縛る。


 僕も後を追うか? いやそれよりナスタル村に行かないと。今あっちは銀獣に襲われているはずだ。立ち上がった途端、思わず膝をついた。


「……流石に、身体に穴をあけられちゃ立っていられない。まったくシュナも容赦がないよ」


 ほんの少し休憩し立ち上がろうとしたが、足が上がらない。気づくと僕の周りは青い血で血だまりとなっていた。


 近衛騎士の服も青色なのが救いだな。シミになっても目立たないかも。


 頭がまともに働かないせいか意味不明な事ばかり浮かんでくる。もう目を開けるのも億劫だった。


 誰かが走って来る気配を感じる。音の軽さ的に女性だろう。ここは貴族街だし、この走り慣れてない感じ的にも貴族かな。


「イリスッ! ああ、イリス」


 この声。イザベラさんか。そりゃそうか。ここはプゥル家の屋敷なんだから。


「無事なのね。良かった。本当に良かった」


 背後で聞こえる心からの安堵の声。それからしばらくくぐもった嗚咽が聞こえた後、再びイザベラさんの声が聞こえた。


「あなたはリオンなの?」


「ええ。なんか尻尾が生えていますけど僕ですよ」


「あなた身体っ。ということはこの青い液体は……まさか血、なの」


 いつも人を食った様な笑みを絶やさない彼女が、驚きと混乱した声はちょっと面白いけどそろそろ意識が。


「僕の事はいったん良いですから、殿下は無事ですか?」


「え、ええ。レーベン子爵が安全な場所に避難させたわ」


「やっぱりヘレナが守ってくれたんですね。そうだと思いました」


 もし殿下があのまま寝室に留まっていたら、シュナは僕に止めを刺しに来ず殿下の方に向かっていたに違いない。


 僕を追って屋敷に来たということは、殿下が居なかったのだろう。そして近衛騎士の中で殿下を土壇場で守ってくれるのは彼女しかいない。


「それよりあなたは自分の心配をなさい。そんな重傷で、どうしましょう。い、医者をすぐに呼びに行かせます」


「いや僕は行かなければならない所があるので、これで失礼し―」


 そこで僕の視界は暗くなった。

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