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第27話 『一つの結末』

 まず僕の視界に移ったのは、獣の剛腕。だが今さらそんな攻撃をくらう僕ではなかった。後ろに跳び下がることで余裕をもって躱す。


 頭上から迫り来る銀獣。獣の咢が獲物を噛み千切らんと、唾液を撒き散らして牙を剥いた。


「シューティング・フレイム」


 一瞬で体を炎と変え、魔獣の背後を獲る。


 獲物を見失った魔獣が左右を確認するがもう遅い。体を実体化し抜剣。脳天掛けて刺突を放つ。


 炎による加速と力の霊気によって強化された腕力。二つの相乗効果により剣はあっさりと魔獣の頭蓋を貫通し脳髄を抉る。


 剣を捩じりながら引き抜くと、大量の血と共に黒獣が倒れ伏した。


「どうやら一体しかいないみたいだな」


「子爵様、ご無事ですか!?」


「結界を出るな! ここはまだ危険だ」


 青ざめた顔で駆け寄ろうとしたアイリーンを止める。魔獣は居ないけど、奴の歪んだ霊気がまだ充満している。常人には毒だ。結界の中でナツが恐怖で固まっている。当たり前だ。怖かっただろう。


 僕は剣の血を拭きとりながら、結界の中に入る。


「アイリーン、ナツ大丈夫?」


「はい。私は大丈夫です。人的被害は出ておりません。畑の方も奇跡的に無傷です」


「そうか、それは本当に良かった」


 さすがアイリーンだ、もう冷静さを取り戻している。僕はナツの頭を撫でようとして、右手が血で染まっていることに気づいた。左手で彼の頭を優しく撫でる。


「よく無事だったね。えらい。さすがはナツだ」


「お、おう」


「子爵様。マリア様から手紙がありました。イザベラ宰相閣下から帝都からの外出を禁じられていると……それなのにお呼びたてしまい申し訳ございません」


 不安と申し訳なさの混じった顔で見つめてくるアイリーンに僕は笑いかけた。


「うん。でも宰相の命令より、君たちの方が大事だ。取り敢えず僕は城に戻ることにするよ。後は任せてもいいかい?」


「はい。もちろんです」


 そう頷く彼女を後にして、僕は再びシューティング・フレイムを発動した。目指す先はメテルブルク本邸。転移陣で帝都に帰らねば。


 夜空の下を駆けながら、僕は状況を整理することにした。取り敢えずここは並行世界だ。白い女に導かれて光の河に呑み込まれたことから考えて、間違いない。


 問題は前のフェルゼーンと違って、この世界は元の世界とかなり似たルートを辿った世界だと言うことだ。


 恐らくこの世界は僕がムーンドール城に残らず、ナスタル村へ急行した世界線なのだろう。あの白い女の意図は分からないけど、この世界に飛ばしたのには何らかの意味があるはずだ。


 だがその意味は今のところ分かりそうにない。だったらムーンドール城で感じた違和感の正体について考えよう。


 頭を一度冷静にし、一つ一つ状況を確認していく。


 あの首輪の魔獣を操っていた奴は、ほぼ間違いなくガルディアン山脈で襲ってきた奴と同じだ。


 そして敵の狙いも間違いなく僕だ。


 でも妙なのは、ナスタル村を襲ったことだ。 


 まず敵はガルディアン山脈で僕の実力を把握しているはず。それならあんな銀獣一体で僕を殺せないことも分かっていたはずだ。


 それにそもそもあの村で開拓をしている事を知っているのは、メテルブルク家関係者と、商業ギルド、イザベラ宰相くらいでは?


 商業ギルドが開拓を邪魔する理由はない。畑が潰れれば儲けが減るだけだ。イザベラ宰相なら政治的に開拓を差し止められる。魔獣に襲わせる意味がない。


 残される可能性はメテルブルク家関係者だが、そんなことをしでかしそうなのは兄か執事のオグロだ。


 でも兄なら僕を殺すためにもっと多くの魔獣や、それこそエンキを呼び出すはず。執事の狙いは分からないが、アイリーンは畑も村人も無傷だと言っていた。これでは村を襲わせる意味がない。


「ということは、これは陽動か。僕を帝都から村に誘き寄せることが狙いなのか。だが敵は僕を帝都から引きずり出して、何をしたい?」


 嫌な予感が鎌首をまたげてくる。僕は霊気をさらに消費し加速する。どちらにせよ、帝都で良からぬことが起きようとしているのは間違いない。


 ここまで情報が出ているのに黒幕の正体が未だに見当がつかない。僕は何か見落としているのか。何を見落としている。


「一連の黒幕の条件は三つ。一つ目は首輪の入手経路を持つ者。つまり陽教かハレム魔術学院と接触可能な人物。二つ目はエンキや銀獣に首輪を嵌められるほどの力を持つ者。三つ目はナスタル村の存在を知ることができた者……さっぱり分からない。今までの容疑者の誰が黒幕でも違和感がある」


 そうこう悩んでいる内に、僕は本邸についた。そのまま転移陣の部屋へ駆け込み帝都へ転移する。


 帝都の別邸を飛び出すと、夜だと言うのに悲鳴と怒号が飛び交っていた。大通りは逃げ惑う人と、ある一点を見上げる者達とでごった返している。


 彼らに釣られて僕も同じ方向を向いた瞬間……言葉を失った。


「なん、だこれは」


 半壊したムーンドール城の本殿を白い月光が照らしている。見慣れた青ざめた月光ではない。本物の白い月明りだ。ハッと城の上空を見上げると、ムーンドール城上空の結界が溶け落ちたかのように消えていた。


「殿下は、ご無事なのか」


 僕は体を炎に変え、真っ直ぐに崩壊したムーンドール城に乗り込んだ。見慣れた城の廊下に転がり込むと、すぐに酷い血の臭気が僕の鼻を襲った。近衛騎士が二人死んでいる。


 一人は蹴り飛ばされたのだろう、上半身が廊下の壁にめり込んでいた。もう一人は首が真っ直ぐに斬り飛ばされている。これは魔獣の仕業じゃない。人間がやったものだ。


「グッ……なんだこの臭い。一体何人死んでいるんだ」


 他にも城の文官や、使用人も絶命していた。運悪く現場に居合わせたのだろう。


 まだこの惨状を創り出した人物がいないか霊気で周囲を探る。だが襲撃者どころか人の気配一人すらなかった。


 廊下の奥に進むと青い近衛騎士の服装の死体以外にも、赤い騎士服の死体も散らばっていた。この人達はどこ所属の騎士なんだ。襟首には赤い月の勲章がついている。


「もしかしてイザベラさんが言っていた赤月の騎士団か?」


 どの死体も死因が様々だ。焼死、溺死、圧死、斬殺、刺殺、撲殺……襲撃者は複数人いる? そうでなければこんなに死因がバラバラになるはずがない。


「殿下は……」


 表域の間を通り抜けて王域の間に入る。だが僅かに残された希望を打ち砕くかの様に、そこには血と死体だけの世界が広がっていた。


 だが表域の間とは明らかに異様さが増している。死体の様子がおかしい。僕は地面に倒れ伏している赤月の騎士の死体を起こす。


「瞳が無色に変色している。霊気も体に残っていない。幼年期の呪いと完全に同じ症状だ。一体どうして」


 死体の目をそっと閉じ、再び慎重に歩き出す。あの扉の向こうは殿下の寝室だ。鼓動が速くなる。口の中が乾き、汗がにじむ。扉をゆっくり押して中を確認する。


「そんな……」


 ヘレナがフィリップ皇子を庇うように抱きしめた状態で死んでいる。慌てて駆け寄ると、殿下も息をしていなかった。襲撃者にヘレナごと貫かれたのだ。


 凶器は剣ではない。槍で心臓を一突きされている。ヘレナの傍には折れた直剣が落ちていた。きっと襲撃者に命を捨てて挑んだのだ。


 僕は膝から崩れ落ちた。ドリス村の光景が蘇り我慢できず嘔吐する。内容物が出尽くし、胃液だけになっても止まらない。だが、自分に残った理性がここは並行世界だと訴えていた。


「そうだ。これは悪い夢。悪夢だ」


 よろよろと立ち上がると、寝室の壁にもたれかかるようにして一人の女性が倒れているのを発見した。マリアだ。


「マリア!」


 大丈夫だ。生きている。気絶しているだけみたいだ。見た所、体に外傷はない。いったい何があったんだ。


「マリア、大丈夫か。起きろ!」


 揺さぶってみても反応がない。取り敢えず抱きかかえ寝室のベッドに寝かせる。クソッ。何が起きているんだ。頭が混乱し次に何をすればよいのか分からない。


 その時、貴族の自分が囁いてきた。冷静になれ。霊気だ。もっと本能に身を任せて集中しろ。臭うだろう? 咽返るほど醜悪な霊気の香りが。


 声に従って、霊気の流れを辿る。な、なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。魔獣の霊気でもない。こんな冒涜的な歪んだ霊気なんて、存在していいのか。


 霊気の出所を辿って走り出す。場所はここじゃない。城の窓から飛び出し、城の尖塔の屋根に登り集中する。


「東塔の方か?」


 東塔には研究室と大書庫がある。僕は屋根から屋根へと飛び移り、東塔に辿り着いた。閉ざされた扉を開こうとするも、本能がこれ以上は止めておけと訴える。


「今さら引き返せるか」


 扉の向こうはやはり死屍累々であった。貴族もそうでない者も関係なく、頭部が破裂している。黒板には鮮血が飛び散り、山の様に積まれた書類は血でぐちゃぐちゃだ。


 ペンを握ったまま死んでいる者や、何かを発表していたのか黒板の前でチョークを握ったまま死んでいる者もいる。


「ガルディアン山脈でエンキを見てしまった人と同じだ。皆発狂したんだ」


 研究室を通り向け、大書庫の扉を開ける。古い木製の扉を開けるとやはり血と古びた紙の臭いが噴き出した。


 東塔は一階から最上階まで蔵書で覆いつくされており、吹き抜け構造となっている。この世全ての情報が詰め込まれていると言われる大書庫。


 ここの人間も等しく死んでいた。頭どころか全身が破裂している。


「ルフト」


 僕は霊気の導きに従って、風の呪術で宙に浮かぶ。ゆっくりと塔の中を上昇し、そしてついに一台の書架の前に辿り着いた。この向こう側だ。今までにない霊気を感じる。


「この書架動かせるな」


 ゆっくり書架をずらしていくと、連鎖して書架がずれて移動していく。重低音と共に最後の書架がどいた向こうには真っ暗な深淵が広がっていた。


「馬鹿な。そんなはずない」


 ここは大書庫塔だ。円柱である構造上、壁の向こうにこんな広い空間があるはずがない。どうなっているんだ。


 その時、僕は瞳からだらだらと涙の様に血が流れてくるのに気づいた。空気中の霊気だけで、ここまで僕の霊気も歪むのか。研究室の人達が皆狂ってしまう訳だ。


 理性と本能が今すぐこの穴を塞いで、塔を離れろと告げてくる。だが僕の中の何かが先へ進めと訴えていた。


 ここは並行世界だ。何の手がかりも得られずに、現実に帰れるのか? お前には力が必要なはずだ。


「覚悟を決めろ」


 僕は一歩を踏み出した。深淵に足がつく寸前、突如として暗闇の向こうから尋常ではない力によって身体が弾かれた。


 僕はそのまま吹き飛ばされ大書庫の蔵書を巻き込んで東塔の壁を突き破った。空中に弾き飛ばされた僕は、蔵書と瓦礫と共に地に落下する。


「なんだ、グワッ」


「蜉帙r謇一の干渉を確認。対抗不能。現の縺励◆縲ょへ転送します」


 体を白い極光が包み込む。目が覚めると僕の前で、ヘレナとマリアが心配そうな顔をして立っていた。


「何!? 今の白い光。まだ目が痛いですわ」


「リオン様大丈夫ですか?」


「それよりあなた、村へは助けに行かなくてよいのですか?」


 僕は立ち上がり、肩をさすってくれていたマリアと事態が掴めず混乱した様子のヘレナの肩を掴んだ。


「いや、村へは行かない。マリアは直ぐにメテルブルク本邸へ避難して欲しい。そしてアイリーンに手紙を出すんだ」


「承知いたしました。なんとお手紙を」


「女子供は結界の方へ避難させ、男衆は火矢にて防壁から迎撃しろと伝えて欲しい。僕とヘレナは今すぐ殿下の元へ向かう。殿下の御身が危険だ」

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