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第24話 『取り調べ』

 馬車に揺られること三時間、僕はデビウス男爵の領地に入領した。この馬車の馬も魔馬だけど、やっぱり速くて便利だなあ。デビウス領の結界の隙間から彼の屋敷までは一息だった。


「ごめん下さい」


 屋敷の扉をノックして待っていると、侍女が恐る恐る顔を覗かせてきた。


 僕は懐からアイリーンからの紹介所を渡す。怪訝な表情でそれを受け取ると、しげしげと書状を読みだした。目線が手紙の中盤に差し掛かった時、書状を掴む手が震えだし、顔色がみるみる青くなっていった。


「あ、あっ、そのももも申し訳」


「突然の訪問申し訳ありません。リオン・ド・メテルブルクと申します。ご当主に会わせていただいても?」


「は、はい。ただ今っ」


 動揺した様子の侍女に通されたのは貴賓室であった。椅子に座って待っていると、ドタドタとした足音と共にデビウス男爵が現れた。


 かつてフェルゼーンで出会った時は、もっと太っていたし髪も黒髪だったが、今は白髪が混じっている。クルクルとした髪型は相変わらずだけど。


「デビウス男爵。今回は突然の訪問申し訳ありません」


「いえいえ、メテルブルク子爵様がお気になさることではございませぬ。本日は我が領を訪れて頂き恐悦至極にございます。娘は無礼を働いていませんでしょうか」


「ええ。我が領での開拓の差配をしてもらっていて、とても助けられています」


 僕の発言に驚いた表情でデビウス男爵が固まった。


「では娘の話は本当だったのですね。いや、娘からの手紙には、執事として働かせてもらっているなどと書いてありましたが、信じておりませんでしたゆえ。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


「まさか迷惑だなんて思っていいませんよ」


「いや娘は男勝りですから、花嫁修業よりも本の虫でして、大方妾になることを嫌がって執事として政り事をしたがったのでしょう。あやつのことは気にせず如何様にもして下さい。出来れば、第三婦人としてでも迎えて頂けると光栄の至り……」


 そういって擦り寄る様な笑みを浮かべるデビウス男爵。駄目だ。これは話が通じないぞ。もう本題を切り出そう。


「今日はフェルゼーンについて聞きたいことがあり来ました」


 男爵の顔がはっきりと強張った。空気が一気に張りつめる。先ほどまでの下卑た笑みは完全に剥がれ落ちていた。


「な、なんでございましょうか。私はもうフェルゼーンとは一切の関係を持っておりません」


「もちろん信じています。ただ私はサンシオという国がどうやって出来たのか知りたいのです。たしか先のアスピアの戦いでフェルゼーン軍の主力となった部隊は王立騎士団と聞きました。そんな王直轄の軍事力を持っておきながら、なぜフェルゼーン王は陽教に国を乗っ取られたのですか?」


「な、何故そのような事をお聞きに?」


 想定外の質問に、こちらの表情を伺うようにデビウスが僕を見てきた。


「皇帝からの勅命もあったように、近々ムーンドールとサンシオは戦争を始めます。その前に敵の情報を知りたいと思いましてね」


 前もって用意しておいた回答をそのまま口に出すと、彼は納得したようにほっとした表情を浮かべた。


「そういうことでしたか。さようにございます。フェルゼーン王はエルフの団長が率いる強力な騎士団を擁しておりました。しかし陽教も武力を隠し持っていたのです」


「それはどのような?」


「そ、それは」


 デビウス男爵が額から脂汗を流しながら黙り込んでしまった。答えようと口を開いては閉じてしまうことを繰り返している。


 当然だろう。陽教の武器はサルヴァンの太陽血剣と首輪の魔獣だ。そして目の前のメテルブルク家も首輪の魔獣を持っている。


 今、彼の頭の中では様々な懸念が過っていることだろう。


 その中でも最悪なのはメテルブルク家がサンシオと繋がっておりムーンドールを裏切っている可能性。その場合、首輪の事を知っている自分は口封じに消されてもおかしくはない。


「デビウス男爵、あなたはフェルゼーンとは関係を断っているのですよね?」


「も、もちろんにございます」


「ご息女のアイリーンさんには本当にお世話になっております。私も彼女の御父上を疑う様なことはしたくありません。どうか正直にお答えしていただけませんか?」


 デビウス男爵が掴んだティーカップがカタカタと震え、紅茶が跳ねる。何とか一口それを飲むと、掠れた声で口を開いた。


「陽教は首輪をつけた魔獣を用いたのです」


「ほう。それは初めて聞きました。ちなみにそれは……まさか兄が用意した物と同じですか?」


「そ、それは……お、お恐らくそうなのではないかと……」


 大粒の汗を流すデビウス男爵の手を握りしめて、僕は感謝の言葉を述べた。


「よく知らせて下さいました。この情報、早速宮廷に報告致しましょう。敵国の戦力を把握しておくことは大切な事ですからね。では今日はこれにて失礼させて頂こうと思います」


 これで僕が首輪と陽教の関係を知っていても不自然ではなくなった。心のなかでため息を一つつく。後は父と兄にアスピア領を魔獣に襲わせたかどうか聞くだけだ。


 席を立ちあがると、慌てて男爵も立ち上がった。屋敷の出口に辿り着くと、僕は立ち止まり彼の方を振り向いた。怯えたように縮こまるデビウス男爵。


「今日は変な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした」


「い、いえいえいえ滅相もございません。メテルブルク子爵様は辺境伯の御子息。男爵程度のわたくしに遠慮なさることなど何もございません」


「最後に一つ良いですか?」


 デビウス男爵が玄関のドアノブに手をかけたまま固まった。頬を汗が伝うまま、振り返ることすらできていない。


「ご息女のことは必ず守りますので、ご安心ください。これだけは何があっても約束します」


 呆気にとられたような男爵を置いて僕は再び馬車に乗った。急いで帝都に帰らなければ。


 *


「いないですって?」


 宰相イザベラは鋭い声音で文官を問い詰める。時は正午過ぎ、メテルブルク家当主、バランと、次男のリオンを呼び出そうとした矢先のことであった。


「そ、それがリオン子爵の方が本日の早朝、帝都を出たという報告がありまして」


「どこに向かったの?」


「方角的には恐らくデビウス男爵家かと……」


「デビウス?」


 考え込むように沈黙した宰相に恐る恐る文官は口を開いた。


「ですので、取り敢えず当主と長男のマルコムに宮廷への参上を命じました。もう間もなく到着するかと」


「兄の方を呼んでどうするの。討伐隊と現場に居たのは、次男の方でしょう。まあいいわ通して頂戴」


 イザベラが眉間を抑えながらため息をついていると、宰相の謁見室の扉が開いた。入ってきたのは、メテルブルク家特有の白コートを羽織った二人だ。当主のバランが喜色満面の笑みで口を開いた。


「これはこれは、イザベラ宰相閣下。此度は宮廷への直々のご招待、お礼申し上げまする。して何用ですかな?」


「……? メテルブルク伯、冗談がお上手ですわね。私が言わなくても、用件は辺境伯ご自身が一番よく分かっておりましょう?」


 イザベラとバランの間に一瞬、妙な沈黙が流れる。バランが彼女の発言の真意を汲み取ろうとした時、メテルブルク家長男マルコムが割って入った。


「ああ。もちろん知っているが宰相殿。俺の宮廷入りの内示でしょう? できれば俺は宰相の側近より、軍部に入りたいですがね」


 その様子にとうとう我慢できなくなったのか、文官の一人が口を開いた。青筋を浮かべながらも表面上は笑みを浮かべている。


「メテルブルク伯ならびに子爵様、そろそろ、しらばっくれるのも大概にして頂けないでしょうか」


「おい、そこの文官。口の利き方に気を付けろ。俺は辺境伯の息子だぞ。そしてじきにお前の上役になる男だ。飛ばされたくなかったら、口を慎むことだな」


「下がりなさい。私の部下が失礼したわね。今日の用件はアスピア家の魔獣討伐隊を襲った魔獣についてよ」


 イザベラの言葉にメテルブルク家の二人が怪訝な表情を浮かべる。まるで事情を呑み込めていない様子の二人に彼女も懐疑的な表情となった。


「失礼ですが、話が見えてきませんな。アスピア家に魔獣が現れたからと言って、それが当家と何の関係がありましょうか?」


「そうだ。宮廷入りかと思ったら、アスピア家の話だったとは興ざめだな」


「その魔獣には首輪がついていたとの報告があるわ。つまり裏に人間がいる。すでにアスピア家には甚大な被害が出ているの。そしてメテルブルク家は首輪のついた魔獣を所持していたわよね?」


 底冷えするようなイザベラの声。最初は理解が追い付かなかった様子の二人だったが、しだいに片や顔を真っ青に、片や顔を真っ赤に染めた。


「さ、宰相閣下。当家は全くの無関係ですぞ。そうだろうマルコム」


「当たり前だ! どうせあのアスピアの女当主は部隊壊滅の責任を負いたくないから、メテルブルクに責任を押し付けてきたんだ。薄汚い女だな」


「無関係という証拠がお有りで? アスピア辺境伯領もムーンドール帝国の一部、そこを魔獣に襲わせたのであれば、これは帝国への反逆になります。自分は無関係だの一言で引き下がれるほど、事態は軽くないの」


 イザベラの瞳が細まる。蛇に睨まれた蛙の様になった二人がじりじりと追い詰められていく。バランが脂汗を流しながら、宰相を仰ぎ見た。


「そ、そうは言いますが、関係ないものは関係ない。無いものを証明しろと言われましても」


「首輪の魔獣の方こそ、証明できるのかよ。こんだけ俺達を問い詰めておいて、後でやっぱりそんなものは居ませんでしたでは、ただでは済まさねえぞ!」


「生存した魔獣討伐隊の全員が目撃者よ。その中にはリオン・ド・メテルブルクの名も挙がっているわ」


「……ッ!?」


「これでお分かりになったかしら? 今回の件で最も容疑が濃厚なのはあなた方メテルブルク家なのよ」


 驚愕の表情で二人が固まった。当主のバランの方に至っては腰が抜けて今にも尻もちをつかんばかりである。突如、マルコムが辺り構わず怒鳴り散らし始めた。


「あいつだ! あいつが俺達を嵌めたんだ。魔獣を用意したのも、あいつだ。俺達に反逆の罪を被せようとしているに違いない!」


「ば、馬鹿者! それではどの道、魔獣を用意したのはメテルブルク家になるではないか。イザベラ宰相閣下、今回の件、本当に当家は一切の関係がございません。どうかお許しを」


「お許し? 何を許すのかしら? 我々帝国は何も許す気はありません。不穏分子は完全に排除する。あなた方の容疑が晴れるのは、あなた方が首謀者でないと分かった時だけ。それまではメテルブルク領には宮廷から代官を派遣します」


「そ、そんな」


 がっくりと両膝をつく当主バラン。マルコムは完全に頭に血が上っており、城に入る前に剣を預けていなければ確実に斬りかかっていただろう。


「もちろんメテルブルク辺境伯の権限の一切は、派遣した代官ひいては私が預かります。領で実施している開拓事業は凍結させてもらうわ。よろしくて」


 そうイザベラが妖しく微笑んだ時、謁見室の扉が開いた。


「遅れてしまい大変申し訳ありません。メテルブルク辺境伯家が次男、リオン・ド・メテルブルクにございます。お目に掛かるのはこれで二度目ですね」


 白い近衛騎士の服を羽織った白髪の青年が恭しく一礼した。

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