第22話 『帰還』
無事にアスピアの結界を通り抜け、本邸に辿り着いたのは深夜であった。医者を呼ぶ声、マリアを呼ぶ声、ただ事ではない剣幕にシェリルやマリアが着の身着のまま扉から飛び出してきた。
「リオン様!? 大丈夫ですか! 血がっ」
「僕は大丈夫。この服の血はほとんど魔獣の血だから。それよりすぐにこの人を」
僕は自体が呑み込めず右往左往している屋敷の使用人を押しのけ、ルルさんを部屋のベッドに寝かせた。すぐにマリアが回復の魔法かけ始める。
「その他にも骨を折った人が大勢いる。悪化する前に医者に診せないと。シェリル、この街の医者の手配を」
「わ、わかった」
シェリルは明らかに動揺を隠せてなかったが、それでも立ち直りは早かった。すぐさま使用人達を統率し、迅速な対応を取り始めた。
屋敷の大広間にベッドを並べ簡易的な診療所を作り、包帯やアルコール、鎮痛剤や清潔な水が運び込まれていく。
マリアには街の医者の指示に従って、重症の人に魔法をかけるように指示する。そして事態が小康状態となったのは夜明けを過ぎてからであった。
隊員のほとんどはエンキによる攻撃で落下した際の怪我や、霊気による精神汚染のため昏睡している。
「リオン、改めて何があったのだ」
今僕は事態の報告の為に、シェリルの書斎にいた。だが彼女も隊長のグルドンの姿がないことにはとっくに気づいているだろう。口調こそは落ち着いている者の、顔色は真っ青になっていた。
「ガルディアン山脈の谷底で調査隊の遺体とルルさんを発見した。その直後に計十二体の銀獣……雷を操る魔獣に襲われた。挟撃にあったんだ」
「雷を操る魔獣だと!? そんなの聞いたことないぞ」
「内九体は討伐し、最後の三体を突破した時、報告書にあったエンキという魔獣に襲われた。その際グルドンさんが……犠牲になった。彼がいなければ谷から生還できた者は一人もいなかったかもしれない」
予想はしていたのだろう。だがそれでも信頼していた部下の死を改めて知らされ悲壮な表情を浮かべるシェリル。彼女の握りしめている拳からは血が滲んでいた。
強くなったと思っていた。
でも今のままでは駄目だ。サルヴァンどころか、魔獣共からも皆を守れない。
「グルドンのことはリオンの責任ではない。調査隊も討伐隊のことも全ての責は私にある。今はリオンや他の者達が無事に帰って来てくれた。それだけで嬉しい」
「シェリルにこそ責任はない。全ての魔獣に首輪が付いていたんだ。君も見たはずだ。決起式の時、兄のマルコムが献上した魔獣の首についていたのと同じものだ」
「そんな……。それでは……」
「そうだ。人間が裏に居る」
思わず息を呑んだ様子のシェリル。この様子だとやはり彼女は何も知らない様だ。彼女がどれだけ領民や隊の者達を愛しているかは十分知っている。
声を震わせながら彼女が口を開いた。
「な、なら今回の首謀者は」
「いや、それはまだ分からない。ただ断定はできないけどペドルスが怪しい。彼は首輪の事を一言も話さなかった。ルルさんが報告を書き漏らしたのでなければ、誰かが握りつぶしたことになる」
衝撃の事実を知らされ愕然とした様子の彼女。
僕自身も今回の本当の首謀者が分からない。ペドルスですら本当の黒幕ではないかもしれない。果たして彼一人であんなに沢山の銀獣やそしてあのエンキを用意できるだろうか?
マルコムは首輪をハレム魔術学院から入手したと言った。だがフェルゼーンで出会った魔獣の首輪を用意していたのは陽教のサルヴァンだ。しかしそのサルヴァンも学院の出身とヒューイは言っていた。
首輪の出所の可能性は三つ。
一つ目は僕に不満を持ち、結界外で暗殺しようとしたマルコムが首輪の魔獣を用意した可能性。二つ目は陽教サンシオがムーンドールを攻撃するために用意した可能性。三つ目はハレム魔術学院が用意した可能性。
「とにかく重要なのは、あれほど強力な魔獣に首輪を嵌められる奴が裏にいると言う事なんだ。この件は君から帝都に報告して欲しい。いいね?」
「だがそんなことをすればお前のメテルブルク家が危機に瀕するのではないか? 首輪のことを聞けば誰もが、メテルブルク家と結び付けるぞ」
それはもう避けようがない。決起式の場であれだけ兄が盛大に首輪の魔獣をお披露目したのだ。結びつけない方がおかしい。
「シェリルはアスピア辺境伯の安全を第一に考えるんだ。僕の家の事はいい」
無実の証明はかなり難しいだろう。なぜなら陽教と首輪の関係を知っているのが僕だけだからだ。これは並行世界で知った事実。下手に情報を伝えれば、敵国との内通者として疑われかねない。
「リオン……」
「今確実な事は二つだ。一つはアスピア領外に非常に危険な魔獣がいること。二つ目はそれを操る首謀者が裏に居ること。僕は黒幕を探ってみる。君は自分の領の防衛に専念するんだ。特にペドルスは今すぐ更迭して尋問しないと」
「信用できませんな」
ハッと後ろを振り返ると、アスピア家の筆頭執事ペドルスが部屋に入ってきた。死人の様な肌に、感情の読めない鉄仮面。
「ペドルス! リオンは命懸けで討伐隊の皆を逃がしてくれたのだぞ」
「自作自演かもしれませぬ。そうやってお嬢様に恩を売り、再びアスピア家の婿養子の座に返り咲き、当家の実権を握るつもりかもしれません。先ほど話が聞こえましたが首輪の件も、調査隊が書き漏れたのでしょう」
慇懃無礼に頭を下げるペドルス。限りなく怪しくとも証拠が無い以上、他家の筆頭執事をどうこうできる権限は僕にはない。
「とにかくお嬢様、首輪のことから考えましてもメテルブルク家が何らかの関係を持っていることは明白。場合によっては国家反逆罪としてお家の取り潰しもあるやもしれません。巻き添えを避けるためにもメテルブルク家と関りを持つことは控えて頂くようよろしくお願い致します」
「ペドルス!」
「メテルブルク子爵がお帰りになられるようです。転移陣までご案内してあげなさい」
怒りをあらわにするシェリルを無視し、淡々と指示を出すペドルス。ここで抵抗しても何の意味もない。
僕はシェリルの傍に行き耳打ちをする。
「僕の魔馬が背負っている荷物袋に小型の転移陣を忍ばせている。後でこっそり回収して、ルルさんの様態が回復したり、それ以外に何か異変が起きたりしたら僕に手紙を送ってくれ。特にルルさんの身の安全は必ず確保して欲しい」
「わ、わかった」
こくこくと頷くシェリルへ最後に笑いかけ、僕はマリアを連れて帝都ムーンドールを経由して、メテルブルク家へと帰った。
*
僕は書斎の椅子に座り疲労した体を休めていた。マリアがノックして部屋に入ってきた。紅茶の良い香りがする。
「リオン様、ナスタル村からアイリーンさんの報告書が届きましたよ」
「ありがとう。今読むよ」
メテルブルク家は時空魔法の家だ。他家と違い、小さな手紙を転移できるような小型の転移陣なら贅沢に使える。
報告書には小麦が順調に育っていると書いてあった。クローバーは狙い通り、家畜の飼料として活躍しているらしい。それにしても目が痛む。
「帝都の別邸には今回の事件を伝える手紙を送ってくれた?」
「はい。確かに筆頭執事のオグロさんにお渡しいたしました」
オグロか。彼はメテルブルク辺境伯の筆頭執事だ。彼もアスピアの筆頭執事ペドルスと同じく、腹の読めない男なんだよな。
でも長年当家に仕えている彼なら問題ないだろう。そう判断し僕は気持ちを切り替えようとして、僅かに瞳に違和感を覚えた。
「ねえ、マリア。右目がちょっと痛いんだけどどうなってる?」
「大丈夫ですか。どれどれ」
急に顔を寄せてジッと目を見てくるマリアにびっくりしてのけぞる。くりくりとした目に、サラサラとした金髪。花の様な香りがする。
「もうよく見えないですよ。動かないでください」
「わ、わかったよ」
そういって黙って彼女のなすがままになっていると、彼女はむむむ? といった顔を浮かべた後、口を開いた。
「ちょっと瞳が、赤みがかっている様に見えますね」
「ゴミでも入ったかな。充血してる?」
「それにしては白目は綺麗ですね。瞳だけが赤くなっている様な……少し目を休まれたらどうですか。根を詰めすぎです」
口を尖らして指を立てて注意する彼女が可愛らしくて僕は苦笑しながら、いうことを聞くことにした。
「おやすみマリア」
「おやすみなさい。リオン様」




