第14話 『灰燼と化す』
薄ら笑いを選べる盗賊達に静かに語りかける。だが彼らに引く気はないようだ。わずかに指先に霊気を集め小さな火球に変換する。その光景に盗賊の半数が後ずさった。
「お、おい。あれは魔法だ。やっぱりさっきのドデカイ光は魔法だったんじゃねえか」
「馬鹿野郎。あんなちっぽけな火の玉にビビッてどうすんだ。人数ではこっちが勝ってるんだ。囲んでやっちまおう」
このフレイを放てば目の前の盗賊は全員跡形もなく消し飛ぶだろう。貴族の自分が囁いてくる。彼らはみな罪人。残していても治安が悪化し、税収となる作物を窃盗する集団だと。
いやそれはダメだ。僕はかぶりを振って思い直す。ここにはナツやタツもいる。子供の前で見せる光景じゃない。指先を空へと向け火球を放つ。
直後、闇夜の空が閃光に包まれる。一瞬遅れて爆音が、もう一瞬だけ遅れて衝撃波が走った。周囲の草木が激しく揺さぶられ、本能的に危険を感じた鳥たちが大声で鳴きながら逃げ出した。
「もう一度言おう。盗賊共よ、服従か死か選べ」
轟音と衝撃、皮膚が焦げるような熱波……それらを前にして思考が止まっていた盗賊共に、急激に恐怖が広がった。あるものは泡を吹いて倒れ、あるものは一目散に逃げだし、またあるものは命乞いをするように蹲っている。
「盗賊はこれだけではないんだろう? 仲間の所に案内しろ。見た所馬がいない。徒歩でここまで来たなら、拠点はここから近いはずだ」
腰を抜かしている盗賊の一人の前に立ち命令すると、必死に顔を縦に振った。全員が立ち上がるのを待って、彼らに先を行かせる。盗賊達はぞろぞろと歩き出した。
「アイリーン、マリア。僕は今から盗賊の本拠地に行ってくる。この拘束した元代官の監視と事態の収拾を任せてもいいかい?」
「かしこまりました」
「お気を付けて、リオン様」
頭を下げる二人に頷いて僕は盗賊の本拠地へと向かった。
*
盗賊達についていくと彼らはまずナスタル村に行く際に通った街道へ入った。しばらく歩いたのちに、彼らが道から逸れ横の森へと入っていく。森の向こうには山が見える。
どうやらあの山に本拠地を築いているようだ。
さらに四半刻ほど歩き森を抜け山道を登っていくと火を起こしているのだろうか、前方に煙が見えてきた。
盗賊達の集落だ。それにしても明かりが多い。実りは悪いようだが、斜面にまあまあの広さの畑も点在している。
「予想より規模が大きいな」
そしてついに盗賊の本拠地に着いた。張り巡らされた木製の柵を超えると、至る所に縦穴の様なものがあり、痩せ細った女が夜泣きしている乳飲み子を二人抱えている。
ざっと見た感じ千人以上は住んでいてもおかしくない。これほどまでにメテルブルクは貧しく衰えているのか。
周囲を見渡す。深夜だけあって女子供はほぼ縦穴の中で眠っているようだ。起きているのは盗賊姿の男衆のみ。
誰も彼も暗い目をしている。突然現れた見慣れない格好の僕達に怯える者、警戒の眼差しを向ける者と様々だ。前を歩く盗賊の一人に命令する。
「頭の所に案内しろ」
「ひっ、は、はい。どうぞこちらに」
そうして案内された場所は巨大なテントだった。槍を持ち門番をしている男二人が怒鳴りながら駆け寄って来る。
「何者だ。てめえら!」
「メテルブルク辺境子爵リオン・ド・メテルブルク。お前たちの頭に会いに来た。通せ」
「ボ、メテルブルク!? お貴族様がこんなところに来るか! てめえ嘘も大概にしねえと痛い目を見るぞ」
一人の盗賊が槍を振り上げ殴り掛かってきた。体を半身だけ逸らして躱す。そのまま一歩踏み込み、拳で顎をかち上げた。一瞬で意識を刈り取られた相方に動転して、もう一人が槍を構えて突貫してくる。
力の霊気を指先に流す。腕を伸ばし槍の穂先を弾いた。刀身が衝撃に耐えきれず砕け散り、信じられない光景を前に盗賊が腰を抜かす。
「もう一度だけ言う。頭に会わせろ」
「俺がその頭だ」
テントから獣の毛皮を羽織った大男が顔を出した。片目には傷があり、黒い頬髭を生やしている。
「ナスタル村を襲わせた盗賊百人は全員投降した。単刀直入に聞こう。命は惜しいか」
「もちろん」
「ならこれから私が言う条件を全て飲んでもらおう」
盗賊の頭は目を見開いた後、僕を案内した盗賊達の姿を見て今の話が真実だと認めたようだった。今は観念したように目を瞑っている。
「まずこれから一切の略奪行為を禁じ、この街道の治安維持に当たること。ナスタル村から誘拐した人々を元の故郷へ返すことに協力すること。この街道を含め知っている限り全ての他の盗賊拠点を私に密告し、辺境領全土の盗賊の摘発及び取り締まりに協力すること。以上だ」
「……この集落には千人もの貧民がいるんだ。盗みもできず正業もなく、どうやって生きていける。結局俺達クズ共は死ねってか」
「命が掛かっていたからとは言え無実の人々を苦しめた罪は変わらない。同情を買おうとするな」
視線と視線がぶつかり合う。貴族の自分が語りかけてくる。ここにいる彼らはみな盗賊。本来なら生存する権利すらない。
だがその一方で紛れもなく彼らもまた領民だ。
生まれたその瞬間から、犯罪者だったものは一人もいない。そうならざるを得ない環境があったことに、領政を行う僕だけは目を背けてはいけなかった。
「代わりにこちらからも見返りを用意しよう。まずこの街道の治安が確保された場合は、この街道沿いの村落から得られた税金の一割を報酬として毎年提供する。また盗賊の拠点を摘発した場合はその大小を問わず別途報酬を用意しよう」
目を見開いて驚く頭に対して僕はさらに言葉を続ける。
「それと急場の対応策として当面の食料とタロ芋と麦の種を貸し付けよう。返済は来年以降収穫した作物の現物でも、治安維持の報酬からでもいい」
「……あんたは俺達にやり直すチャンスをくれるってことか」
僕はゆっくりと手を差し伸ばした。
「道を選ぶのはあなた方だ」
その言葉に盗賊の頭が俯いた。わずかの時を経て、再び顔を上げた彼の眼差しには強い光が灯っていた。ガシッと力強く手が掴まれる。
「どうやら交渉成立の様だね」
「今からあんたのことはお頭と呼ばせてくれ。虫が良いのは分かっている。だけど俺達はもう一度だけ太陽に顔を向けて生きて行けるように生きていく。一生罪を償って生きていく」
ああホントに虫が良い。でもここでこの盗賊達を皆殺しにすれば、きっとあの縦穴の中にいる乳飲み子はみな死ぬことになるか、また将来新たな盗賊になるだろう。
なら僕がやるべきことは一つだけだ。
「そう言えばこの山に斜面の緩やかななるべく平らな土地はあるかい?」
僕の質問にキョトンとしたような表情を見せた頭。少し考えて彼は集落の向こうの木々が鬱蒼とした場所を指さした。
「あそこは割と平らな土地だが、それがどうしたんでお頭?」
「種だけを渡しても畑がないんじゃ困るでしょう?」
そう言って僕は彼が指さした方へと向かった。後ろから盗賊の頭が不思議そうな顔でついてくる。森の前に立つと僕は一気に霊気を集中した。
「フレイヤ」
詠唱の刹那、森が業火に包まれた。木々も雑草も一瞬で燃え盛り、灰へと朽ちていく。
集落へ溢れ出ようとした炎は完全に制御され、渦を巻きながら巨大な火柱となって天に立ち昇る。やがて炎が全てを焼き尽くした後、岩と灰の土地が残された。
僕は地面に手を突き、大地へと霊気を流す。目を瞑り集中。
「バル・グランス・ロック」
突如、辺りの大岩が灰を落としながら宙に浮きあがった。それらがゆっくりと一か所へと集まってゆく。
遅れて焼け焦げた表土も吸い込まれていき、やがて空に球体の隕石が出来上がった。それはさながら小さな月の様である。
これはシュナがサルヴァンと戦った時に見せた土の呪術だ。周囲の物体を浮き上がらせ対象に叩きつける。彼女はもっと速くこの術を行使していたけど、僕にはまだ無理だ。修行するしかない。
僕は手を動かしゆっくりと慎重にそれを操り地面に置く。慣れない土の霊気を使ってまた霊気が歪んだのか、全身の血管が僅かに痛んだ。
「邪魔な岩や木の根は取り除きました。残った草木灰は良い肥料になるでしょう。来年は豊作だと良いですね」
そう言って僕はにっこりと頭に笑いかけた。




