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第4話 『格の違い』

 殿下とのお目通りが終わるころには、時刻はもうすぐ昼過ぎになろうとしていた。


 僕がチラッと話した結界の外の話にフィリップ皇子が予想以上に食いついてしまったのだ。まあ僕もギル爺から外のことを聞いた時には夢中になったしなあ。


 そして今僕はヘレナに案内されて近衛騎士団の訓練場に案内されていた。そこで騎士団員との顔通しを行うらしい。


 お互いに沈黙のまま城の廊下を歩いていると、ヘレナが話しかけてきた。


「あの結界の外の話って、ほんとうに傭兵からの又聞きなのですの?」


「どういう意味ですか?」


「まるで見てきたように話すものですから」


 怪しむ様にこちらを見る彼女に対し、僕は笑って話を逸らすことにした。


「ほんとにある傭兵から聞いた話ですよ。それより殿下はヘレナさんのことよく知っているようでしたけど……」


「それはロラン様がわたくしの持ち場を殿下のお部屋前にして下さっているからですわ。あの方は言ってくださったの。殿下を御守りできるのはわたくししかいないと」


 そう胸に手を当てて顔を赤らめている彼女の姿と、先ほどの殿下への素っ気ない態度に僕は違和感を覚えた。


「なら殿下が寂しい思いをしていることも知っていたんじゃないのですか? なぜ殿下にあのような態度を?」


 殿下の御両親が崩御なさっていることは、この国の貴族なら誰でも知っている。幼い子供にとって、親が居ないということはかなりの孤独感を覚えるはずだ。


「……もちろん知っていますわ。でもお父様には殿下ではなく、ヨギル伯の次期当主に気に入られるように言われておりますし、ロラン様もわたくしにあまり殿下に馴れ馴れしくするなと言われましたし……」


 ポツリとそう言ったヘレナに僕は押し黙った。貴族としては彼女の父親の判断は正しい。


 ヨギル伯が自分の一族の者を皇子の伴侶とさせたがっている事は明白だ。


 もしヘレナが殿下に気に入られたら、彼女の家はヨギル伯に睨まれることになる。辺境伯と泥沼の権力闘争をして勝てる家はそれほど多くない。それよりは、ロランの妾を狙わせる方が家の利になるはずだ。


「それでも、たった十歳の子供が孤独に苦しんでいるのを見過ごしたくない」


「ッ! あなたも貴族でしょう? 綺麗ごと言わないでくださらない? 家の力というものを何も分かっていないようですね」


「黙って見ているだけじゃ始まらないでしょう。あなたが無理だと思うのでしたら、私がやります」


 ヘレナを正面から見つめる。彼女はわずかに息をのみ、俯いて足早に前を歩いて行った。やがて僕らは城内の訓練場へとたどり着いた。


 壁は石積みで出来ており剣や盾が立て掛けられてある。室内の明かりは壁や天井に吊るされた篝火のみだ。


 正面の壁面にはムーンドールの紋章が彫られており、左右に近衛騎士の旗が吊るされている。その紋章の前にロラン・ド・ヨギルと他の騎士団が並んでいた。


 どうみても歓迎モードじゃないな。ヘレナも事態を察したようで、壁際に下がり息を殺している。


「ずいぶん皇子と長く話していましたね。私は気にしていませんが、周りが不満に思ったようでお話する場を設けました」


 ロランを取り巻いている騎士たちが下卑た笑いを浮かべて指を鳴らしている。彼らも一応貴族の子弟のはずだけど、これではまるでゴロツキだ。


「単刀直入に言いましょう。殿下を侍女や近衛騎士を使って、孤独に追い込む様なことを止めて頂きたい」


 僕の言葉にロランがスッと目を細めた。


「私がそんなこと指示した覚えなんてありませんね。仮にそのようなことがあったとして、それは私の事が好きになった侍女たちが勝手に忖度してしまったのでしょう」


 そう彼は自分の緑の髪を撫でながらそう言った。あくまでシラを切るつもりらしい。


「そんなことせずとも、ヨギル子爵ご自身が殿下の話し相手になって、親しい間柄になればヨギル家と皇族の関係は強固になるはずです」


「あいにく私はあなたと違い多忙なのですよ。殿下とお話する時間などありません」


「城で侍女と遊んでいる時間を割けば、足りると思いますが?」


 あまりに直球な指摘に、周囲の騎士たちがざわめいた。ヘレナも信じられないものを見る様な目でこちらを見ている。ロランが唇を歪めて、こちらを睨みつけた。


「ぶ、無礼ですね。どうやら近衛騎士としての教養が足りないご様子。少し団員に教育してもらいなさい」


 そう彼が言った瞬間、騎士たちが剣を抜いた。ギラリと刀身が鈍く光る。訓練用の木剣ではない。ヘレナが恐怖で固まった。一気に空気が緊迫したものとなる。


 だが魔獣の放つ殺意に比べればこんなもの児戯に等しい。


「……どうしたのです。来ないのですか?」


「ッ!?」


 予想に反して一向に怯える様子を見せない僕に困惑したのか、騎士たちの動きが止まった。期待した光景が見られず苛立ったロランが声を張り上げる。


「お前たち何をやっているのだ。速くやれッ! ヨギル家の不興を買いたいのか!」


「う、うおおおおお!」


 一人の騎士が飛び出してきた。剣を上段に構えての突撃。だがその一撃は今まで僕が見てきたどの剣撃よりぬるかった。


 身体を右に少し逸らして躱す。そのまま通り過ぎていく騎士の腹部に突きを放った。


「ボォエッ」


 身体が少し浮かんだ後、崩れる様に地面に倒れた騎士。それを見た騎士団に動揺が走る。


 騎士とは言っても彼らは貴族。痛みとはかけ離れた場所で生きていた彼らには、眼前の光景が理解できない。


 恐怖心に駆られたのか僕を取り囲む。奇声を上げながら全員で切りかかってきた。


 剣を抜くまでもなく前後左右の挟撃を難なく躱す。十人がかりでも、その攻撃数はシュナが一秒間の間に放つ突きの数に全く及んでいない。


 後方からの奇襲。横なぎの剣撃をしゃがんで躱す。そのまま腰を使って反転。回転の勢いを利用して、後ろの騎士を蹴り飛ばした。


「ゴフゥッ」


 無様な音を出しながら宙を飛ぶ男を無視して、後ろにいた別の騎士の頬を殴りつける。男は呻く間もなく地面に叩きつけられた。


 背後から懲りずに剣での突きを放ってきた騎士の腕を掴み、目を合わせる。


「まだやるか?」


「ヒイッ」


 ヘレナと同じく女騎士だったのか、高い声で悲鳴を上げながら剣を落とした。周囲の騎士たちが完全に委縮したのを確認して、再度ロランへ向き直った。


「ロラン、殿下への工作を止めてくれますね」


「あ、ありえない。私はヨギル辺境伯家のロランだぞ。みんな私の思い通りに動くべきなんだ!」


 発狂した様に叫びながらロランが手を前に突き出した。彼の手中に風が集まりだす。その様子にヘレナが驚いて悲鳴を上げた。


「ロ、ロラン様! 魔法はいくらなんでもやりすぎですわ。死人がでてしまいます!」


「うるさいッ。お前たちもあいつに向けて魔法を打て! 打たない奴は父上に言いつけるぞ!」


 あまりの言動に騎士達もどうしたらいいのか分からず互いの顔を伺いだした。一人の騎士がおずおずと発言する。


「お、おそれながらロラン様。このまま魔法を打てばメテルブルク子爵の傍で倒れている騎士にも当たりますが……」


「この近衛騎士から追放されたいのか? そうなったらお前の家はお前を見放すだろうなあ」


 その言葉に怯えながらその騎士がこちらを振り向いた。その手には水球が浮いている。隣の騎士が魔法の準備を始めたことで、一人一人と魔法の行使を開始した。


 火球や水球、雷や土の槍が空中に漂い、ロランの魔法が旋風となって訓練場の剣や鎧を巻き上げていく。


「ああ、もう終わりよ」


 そうヘレナが呟いた瞬間、全方位から水火風雷土の魔法が放たれた。


「フレイヤ」


 灼熱の業火が立ち昇った。火炎は僕と倒れた騎士を守るように渦を巻き、全ての魔法を呑み込み消し去っていく。爆風が訓練場の壁を壊し、周囲を吹き飛ばした。


 軽く手を振って炎を消し全員の無事を確認する。爆風で吹き飛ばされただけで精々打撲している者がいるくらいか。


 尻もちをついているロランのもとへ歩く。一歩一歩距離が近づく度に、彼の顔が恐怖に歪んでいく。


「そ、そんな。ありえない。十人以上もの貴族の魔法を一人で防ぐなんて。そうだあり得ないよ。お前たちきっと今の魔法でリオンは死にかけだ。もう魔力は残ってないに違いない。も、もう一度」


「フレイヤ」


 僕の人差し指の先に再び巨大な火球が現れた。あまりの熱と光にロランは腕で顔を覆う。


「ヒ、ヒィッ」


「お忘れかもしれませんが私も辺境伯の一族です。集団で襲った上に、魔法まで行使した。これは立派な傷害罪です。訴えられたくなければ……分かっていますよね?」


「わ、分かった。もう殿下への干渉は止める」


 僕は手を振って火球を消し去った。これで少しは殿下の孤独が癒される方に向かえばいいけど。そう願いながら僕は訓練場を去った。

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