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第22話 『最後の仕上げ』

 風の魔法で加速した馬を駆け、騎士団一行を置き去りにして僕達は王都へと帰った。


 そこから徹夜の作業が始まった。


 まず僕が聖書を翻訳し、シュナが追加で文字ブロックをすさまじい勢いで創り出し、文字の読めるヒューイや他の騎士団員がブロックを文章通りに並べる。最後に力仕事が得意なやつらがインクを付けてプレス機を押す流れだ。


「地獄だぜ」


「地獄ですね……」


「弱音を吐かない。気合が足りないわよ」


 そう叱咤激励を飛ばすシュナの目もまた死んでいた。


 無理もない小さなブロックに文字を作る作業を無限にしていたら誰でも発狂する。なんか同じ文字を作りすぎてこれってこんな文字だったけ? というなぞの感覚に襲われている。


「この作業変わってくれねえか……ケガ人にこの作業はきついんだが」


 黙々と作業に集中している僕やヒューイ達に、満身創痍のダントンが援護を要請した。しかし誰も聞こえないふりをして、チラリとすら見ない。


 ダントンがやっている作業は文字ブロックが敷き詰められたゲラと呼ばれる箱にインクを塗り紙の上に乗せて、上から押しつぶす仕事だ。


 上半身に包帯を巻いて人力で印刷作業を行う彼の雄姿には涙を禁じ得ない。


「俺にもこいつらが使ってる圧搾機を使わせてくれよ。なんで俺だけ腕でやってんだ」


「他の団員さんはダントンほどの筋力はないんですよ」


 獣人の彼がチラリと隣を見ると、隣では同じく騎士団の団員が死んだ目になって圧搾機を使ってゲラを紙に押し付けていた。


 圧搾機はダントンが馴染みの酒屋から借りてきたのだ。本来は葡萄をワインにする為に使われるものだが、今はゲラを押し付けることに使わせていただいている。


 今やフェルゼーン王直属の王立騎士団は聖書複製所と化していた。


 ちなみに全ページの翻訳は早々に諦めた。黒獣の群れを倒し、銀獣を倒し、ヘルプストを守れても、千ページもの聖書を翻訳しきることはできなかった。無理な物は無理だ。あと四日しかない期限が翻訳で終わってしまう。


 妥協案として僕は魔族差別について重要な部分だけを抜粋して翻訳することとした。


 具体的には聖書冒頭の建国神話……つまり初代王と親友の魔族が超越者の支配を逃れて国を創る話。それと陽教の聖書の中でも特別重要視されていた、八律法だ。


 八律法とは、陽教と及びフェルゼーン国民が守らねばならぬ魂の法であるらしい。その内容は名前の通り八つある。


 一、超越者に屈してはならない

 二、超越者は神ではない。神は自らの内にある

 三、人と魔族手を取り自由の為に戦え

 四、父と母を敬い、子を守れ

 五、罪なき者を殺してはならない

 六、自他の心身を尊べ

 七、盗んではならない

 八、偽りの言葉を述べてはならない


 後半は人が共同生活をするうえで当たり前のことが述べてあるけど、前半はやはり難民を引き連れて支配者から逃亡した直後に作られただけのことはある。


 どれも超越者という絶対的な存在を否定し、人と魔族関係なく戦えという内容だった。


「にしても陽教の奴らが新しく発行した聖書では第三律法が見事に改竄されていたな」


「そうですね。魔族の記述が削除されて人間が団結して超越者と戦えと記載されていましたね」


 ヒューイの呟きに僕も応じた。それにしてもサルヴァンはなぜ魔族を嫌うんだ? いや今はそんなこと考えても仕方ない。今は作業を終わらせないと。


「そういや団長、北方の穀倉地帯のデロスにも銀獣は沸いたんですよね?」


「ええ十体湧いたわ」


「十体!?」 


「マジで行ってるんですか!? 俺達は一体に全滅するところでしたよ」


 仰天する僕にヒューイも呆れた声で同調した。一体倒すだけでも周囲の霊気を使い切って、僕自身の霊気も使ったのにそれを十体……半端ないな。


「ホントはもう少し早くそっちに行けたはずだったんだけど、前の戦争で溜めていた霊気をだいぶ使っちゃったから今回は私もカツカツの戦いをすることになったわ」


「霊気を溜めるって何ですか?」


 そう僕が疑問を述べると、シュナが自分の首飾りをとって投げ渡してきた。片手でキャッチするとくすんだ色の水晶が目に入った。


「霊気は水晶みたいな霊気の伝導性が高い物質に保存できるの。血液が一番多くの霊気を溜められるけど、血は乾いて溜めた霊気も空気に発散しやすいからアタシ的には水晶がおすすめね」


 なるほど。だからシュナは首飾りや耳飾りを付けているのか。確かに言われてみれば初日にあった時にはこの水晶ももうちょっと光り輝いていた気がする。


「あと魔獣はね。あんなにバカでかい炎を出さなくても、霊核を突ければ一発で倒せるわよ」


「え!? それ早くいってくださいよ」


「しょうがないでしょ。霊核の存在を教えたってあの時のあなたじゃどこにあるのか分からなかったでしょうが」


 ……たしかに。そんなものの存在が分かった所で、結局は炎で消し飛ばすことになっていたかもしれない。


「まあ霊核なんて大抵は隠された場所にあるから、どのみち強力な呪術を用いなきゃ到達できないしね。あの時は全部焼き払うのが正解よ。今度王都の外に連れて行って教えてあげるわ」


「それって実戦で学ぶってことですか?」


「ん? 当然でしょ?」


 ッスー。乾いた息だけが漏れていった。かわいそうな子羊を見るような眼差しで、僕に憐れみの眼差しを向けてくるダントンとヒューイを尻目に僕は苦し紛れに反撃した。


「あと四日ですからね。シュナさんのマナーの練習も王城で実地研修するとしますか」


「うっ……にゅう」


 かわいそうな子猫を見るような眼差しで、シュナに憐れみの眼差しを向けているダントンとヒューイを尻目に僕らは無言で作業に戻った。

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