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第16話 『セカンドステージ』

 ダントンの肩の上で僕はガクガクと揺さぶられていた。硬い肩が鳩尾にあたって痛いが、今はそれどころではなかった。


「ダントンもっと速く走れないんですか」


「うるせえ、俺はヒューイほどあんまり足が速くねえんだ」


 そんなに全身筋肉だるまにするからこうなるんだ。犬族は足が速いのではなかったのか。霊気で周囲を探る。


「右です」

「おわっ」


 ダントンが慌てて身をかがめた。上空を黒い影が通過する。あとちょっと位置が上だったら僕と一緒にダントンの頭は無くなっていただろう。


「このまま真っ直ぐ進めば罠のポイントです」


「分かってる、だがまっすぐ行こうにも魔獣が」


「左から高速で接近!」


 ダントンが全身の筋肉を力ませ大きく跳躍、今度は真下を駆け抜けていく魔獣の姿がはっきり捉えられた。


「フレ―」


「呪術は罠の場所までとっとけ!」


 地面に着地。そのまま彼は僕を担いで懸命に夜の森を走り抜ける。担がれている僕には前方の光景は一切見えない。先ほどから木々の枝葉が鞭のように僕の後頭部を叩いていく。


「どこ通ってるんですかっ。さっきから枝があたってむちゃくちゃ痛いんですけど。ちゃんとした道通ってないでしょ!」


「俺は夜目が利くから獣道でも走れるんだよ。小僧、もう直ぐつくぞ! 呪術を準備しろッ」


 周囲の霊気を探る。駄目だ。先ほどのフレイムでもうここら一帯にはほとんど霊気が残ってない。自分の霊気を使うのは前提として、これじゃあフレイヤが限界か。いや罠の着火にはこれで十分。後はヒューイを信じるしかない。


「着いたぞ!」


 急に視界が開けた。そう思った途端、僕の目の前に魔獣が飛び出した。喰われる! その時、ヒューイの叫び声が僕の耳に届いた。


「ダントンッ、跳べ!」


 突如として空中に土の足場が生まれた。ヒューイが呪術で作ったのか。ダントンは迷わずそれを踏みしめ、空中に大きく跳躍した。眼下には落ち葉で偽装された罠が広がる。


 獲物が急に空中へ逃げたため、魔獣も僕らを追って跳び上がった。迫りくる魔獣の口蓋が丸見えになり、吐き気を催す臭気に鼻がねじ曲がりそうになる。だがぎりぎり魔獣の牙は僕らまで届かない。


「フレイヤッ!」


 跳び上がった魔獣達へ向け巨大な火球を振り下ろす。火炎は魔獣を罠まで叩き落し、敷き詰められた藁の上に墜落。炎は油の染み込んだ藁に一瞬で着火し、魔獣達は全身が火だるまと化した。


「今だッ。火矢を放て!」


 ヒューイの合図とともに、隠れていた騎士団が一斉に火矢を放った。雨の様に降り注ぐ火矢は魔獣の全身に突き刺さり、罠はさらに燃え盛る。


「投擲班、放て!」


 今度は騎士団が訓練された動きで、槍を投擲。犬族やドワーフも混じった魔族たちによって投擲された槍は凄まじい速さで、魔獣の肉を貫いた。


 それでもなお魔獣は暴れまわり、再度跳躍せんと上体を持ち上げた。それをいち早く察したヒューイは剣を一撫でし、詠唱する。


「ウィンド」


 剣が呪術の風を纏った! あんな使い方もできるのか。僕は今後の参考に霊気の流れを見つめていると、ヒューイは大きく剣振り払った。ダントンが自慢げに口を開いた。


「あの風の刃は斬れるぜ」


 風刃は鋭く火炎を切り裂いて真っ直ぐ走り、射線上にいる魔獣の背筋を血飛沫と共に切り裂いた。


「ギュオオオオ―」


 痛みに激高し吠える魔獣の横面に第二の火矢が放たれる。油の染みた藁束に、呪術の火と火矢が集中しついに罠が高熱で爆発した。


 魔獣は完全に沈黙した。燃え盛る炎からパチパチと火の粉が散る音が辺りに響く。しばらく罠を警戒した表情で監視していたヒューイがやがて静かに一言呟いた。


「終わったな」


 その言葉を皮切りに安堵と疲労がどっと押し寄せてくる。みんなも同じようで尻もちをついたり、兜を脱いで座り込んだりしている。


 ヒューイがゆっくりこちらに歩いてきて笑顔で拳を突き出した。僕も拳を突き出そうとして……


 おかしい。敵の狙いはこちらが本命のはず。なのに……


「ヒューイ、デロスからの連絡では銀獣が出たんですよね?」


「……ああそうだ。リオン、何が言いたいんだ」


 そう尋ねる彼の声には、だがすでに答えを悟っているような確信の響きがあった。


「まだ戦いは終わっていない。後一匹親玉がいるはずです」


「だがどこに?」


 そうだヒューイの言う通りだ。あともう一匹、銀獣とかいうのがいるならそいつは何処にいる? 魔獣は霊気に引き寄せられるはず。これだけ呪術を発動すればこちらに現れるはずだ。


 でもここにいないのも事実。相手の考えを読むんだ。狙いは騎士団の権威の失墜。その手段として最も標的にしやすいのは何だ。畑か、村か、いや違う。


「避難した女子供たちが危ない」


「そんなはずはない。魔獣は間違いなく俺達を最初に狙うはずだ」


「普通はそうかもしれません。でもここに銀獣がいないのは事実です」


 最初から僕の思い過ごしでそいつがいないならいい。でももしそいつが存在するなら、またドリス村のようなことが再び起きることになる。


「馬で駆けるぞ。俺とダントン、リオンでいく。ダントン! ついて来い」


「分かりました」


「おいおいまじかよ!」


 僕とヒューイは即座に馬に飛び乗った。まだ事情が呑み込めていないのかダントンが遅れて馬に乗る。ヒューイが二、三言詠唱すると馬の脚が宙に浮かぶ。シュナが使っていたのと同じだ。


「団長程上手くはできないが、これでも十分に速いだろう」


「小僧、お前馬に乗れるのか」


「ええ。それより速くいきましょう」


 三騎の馬はまるでなんの荷も無いかの様に軽快に空を駆けだした。周りの景色を置き去りにして全速力で走る。


「それで俺達どこに向かってるんだ?」


「先ほど騎士の一人が言っていました。避難した人たちは川の手前にいると。今頃はもう橋を渡っていてもおかしくない」


 ヘルプストの村を突っ切り大河へ繋がる小道へ入った。道の左右は森に覆われ一直線に伸びている。


「ならもっと飛ばすぞ」


 ヒューイが馬の腹を蹴り、一気に加速する。馬が激しく上下に揺れ、しっかり捕まらないと振り落とされそうなほどだ。それに耐えながら僕は彼我の距離を計算する。


 銀獣は途中までは黒獣と一緒に来たはず。そして僕らと交戦する前に道を逸れたとしても、最初は村へ住人を探しに向かっただろう。暫くはそこで獲物を探したはずだ。


 そして、村からの避難経路は複数ある。近隣の村への道、収穫した作物を卸す商業都市、王都へ大河を渡る道。その中から正解の道を探るのにも時間を使ったとして……いやそれでもギリギリだ。


「見えたぞッ」


「あれは……」


 銀獣の後姿を捕らえた。デカい。黒獣より二回りか、いやそれ以上大きい。そして最悪な事に川と橋も目の前だ。しかも避難者たちは今ようやく最後尾が渡り切った所みたいだった。


「フレイッ」


 僕は奴の注意を引くために、即座に発射可能のフレイを選択。火球は真っ直ぐ魔獣へと射出された。直撃する。そう思った時だった。


 突如火球が空中で掻き消えた。いや消えたんじゃない。切り払われた。


「誰かあの魔獣の背に乗ってやがる」


「奴が魔獣を直接操っているんだッ」


 夜目の利くダントンが真っ先に敵を視認した。確かにいる。背丈からして男だ。黒いローブを纏っていて見えづらいけど、誰か乗っている。


 僕らは構わず馬を加速させる。遠距離攻撃が通らないなら、直接敵を仕留めるしかない。接近に気づいた黒ローブの男が剣を振るった。咄嗟に霊気を集めフレイを放つ。


 またしても空中で火球が掻き消えた。それを見てヒューイが叫ぶ。


「あいつ俺と同じく霊気で風の刃を飛ばしているぞ!」


「おかしい。敵が霊気を用いたら気づくはずです。あいつは空気中の霊気を使ってない」


「じゃあ自分の霊気を使っているのか?」


 ダントンが信じられないという声で喋った。


 自らの霊気を使うのが禁忌とはいえ、その可能性は大いにある。自分の元から備わった霊気を別の属性に変換すれば霊気は歪む。でも風の属性の霊気を持つ者が、風の呪術を用いても霊気は歪まない。


 それならあいつの攻撃方法にも納得がいく。


「確かめてみるか。見た所あいつの呪術は風。なら岩の弾丸なら捌けまい」


 そう言ったヒューイが手を前方に突き出し、周囲の霊気を掌握する。それらが素早く土属性に変換され発射された。


「バル・ロック!」


 彼の手から拳の五倍ほどはあろう岩石の弾丸が射出された。岩は風を切り黒ローブの男への直撃する軌道に入る。僕も援護に入ろう。


「フレイ!」


 ヒューイの岩石砲とタイミングをずらして火球を放つ。最初の岩は風の呪術じゃ防げない。別の属性の呪術を使うしかない。そしてそちらに対応すれば今度は遅れてくる火球が奴を燃やす。


 僕は目を凝らして男を観察する。一挙手一投足見逃す気は無い。最初の岩が直撃する刹那、男が腰から別の剣を引き抜いた。それでどうするつもりだ。


「え?」


 男が剣を振り抜いた途端、刃が黒く硬化した。そのまま流れるような手つきで飛来した岩石を弾き飛ばし、僅かに遅れてきた火球も今度は最初に持っていた剣で切り払った。


「見ましたか、ヒューイ」


「ああ。どういうカラクリかは分からねえが、あの剣はそれぞれが別々の属性の霊気を纏っていやがる」


 剣を持ち替えるだけで、実質的に全属性の霊気を瞬時に切り替えられるという訳か。


「おい、小僧どうする。このままだと銀獣が橋を渡り始めちまうぞ」


「こうなったら、無理やり」


 そう僕が言いかけた時だった。急に銀獣が立ち止まった。


 それは上に乗った黒ローブの男にとっても予想外だったようで、分厚い鋼鉄の首輪から伸びる鎖を両手で引っ張る。引っ張られるたびに首輪に刻まれた文字が赤く光った。


 だが不気味なくらい魔獣はピクリともしない。だが暫くすると狂ったように頭を地面に叩きつけ、身体を振るわせ始めた。


 まるで一生懸命我慢していたが、もう欲求に耐えられないといった感じだ。


 焦ったように黒ローブの男が再度首輪を引っ張ろうとした瞬間、赤い火花を散らしながら首輪が外れた。男の疑問の声が聞こえる。


「なんで首輪が外れたんだ!」


 そこから先は一瞬の出来事だった。


 魔獣の口から伸びた舌が背に乗った男の足首にぎゅるりと絡みつき、信じられない力で男を地面に叩きつけた。骨の砕けるような鈍い音が響き、錯乱した男が叫びながら片手で剣を振り回す。


 剣からは風の刃が放たれるが、魔獣の銀色の毛はそれを一切通さない。


「誰かぁあああ! 助けてくれッ。誰か頼む、誰かぁ」


 背骨が折れているのか掠れるような声で懸命に叫ぶ男に魔獣が顔を近づける。黒獣と同じく顔面が口のはずなのに、その様は獲物の匂いを嗅いでいるようだった。


「助けてくれ、助けて下さいお願いで―」


 魔獣は自らの顔面を地面に叩きつけた。いや地面ごと男に喰らいついたのだ。肉と骨を潰す音が辺りに響き、男がいた場所に血溜まりが出来上がる。


 やがて魔獣は男の持っていた剣まで噛み砕いて、余さず飲み込むとゆっくりとこちらへ振り向いた。


 精神が崩壊しそうな凄惨な光景に恐怖が込み上げる。怖くて足が地面に縫い付けられたように動かない。正気が削られていく。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖いこわいここここ……


 その時誰かの声が聞こえた気がした。


『負けるな。覚悟を決めろ』


 くそッ!


「フレイッ」


 小さな火球が弾け飛んだ。炎は束の間だけ夜道を照らし、やがて銀獣の顔に当たり儚く消えた。全く効いてない。


 僕は振り返って硬直している二人の急所を蹴り飛ばす。文字通り息を止めていた彼らが悶絶するほどの痛みに耐えかねて、息を吹き返した。


「ぐぉッ、こ、小僧何すんだよ」


「あなた達こそ何やってるんですか! ここで僕たちが殺されたら次は橋の向こうのあの人達が殺される。その中にはきっとあの少女だっている」


 そう彼らに叫ぶが、それはまさしく自分に言い聞かせていた。戦う理由を懸命に自分に言い聞かせ、何とか心を振るわせようとする。


 まだ足も手も喋る唇も震えている。でもやるしかない。


 そう自分に言い聞かせる僕の肩をヒューイが力強く叩いた。僕の前に立ち剣を抜き放つ。


「ありがとうな、リオン。目が覚めた。戦うぞ」


「……おいヒューイ、お前ばっかりカッコつけるんじゃねえよ」


 ダントンも大きく一歩踏み出し、大剣を勢いよく肩に担ぐ。そうだここでこの悪夢を終わらせる。今度こそ誰も死なせない。

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