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第13話 『急変』

 歓迎会のよく朝、僕とヒューイは食糧の買い出しの為に町に出ていた。


「ところでさあ、俺の知り合いにワイン製造やっているやつがいたから借りられそうだぜ」


「あ、ほんとですか! 助かります」


 葡萄を潰すプレス機があるなら印刷もできるぞ。文字ブロックもシュナが作ってくれたし。


「ついでなのですけど、女性向けの洋装店知りません?」


「なんで、そんなの知りたいんだよ。坊主、女装でもすんのか?」


「しませんよ! ほら六日後の御前会議の後は舞踏会でしょ。そこに向けてシュナはマナーの特訓しているんですよ。だけど登城姿が鎧姿じゃあれですから、ドレスを探しておこうと思って」


 しかし酔っぱらっているダントンの頭脳は長文には耐えられなかったようで、そのまま顔面をテーブルに叩きつけた。完全に沈黙している。


「そういうことなら、俺に任せな」


「ヒューイさん。服飾関係の知り合いがいるんですか?」


「いるも何も俺の嫁が王都で店を持ってるんだよ」


「本当ですか! ていうか奥さんがいらっしゃったのですか!?」


「ああ。嫁も団長のことは常々着飾らせてみたいって言ってたしな。なんなら今からちょっと店に寄って行くか」


 とってもありがたい。ありがたいけど、良いのだろうか。今フェルゼーンは魔獣に襲われてるんじゃ?


「心配すんな。団長が魔獣なんか蹴散らしてくれるだろうよ。それにいくら王都で俺らが不安にしてても事態はよくなんねえしな。普段通り必要な時だけ気を張ればいいんだ」


「なら、よろしくお願いします」


 しばらく歩くと可愛らしい雰囲気の建物の前でヒューイが立ち止まった。


 真っ白のペンキで丁寧に何度も塗り重ねられたことの分かるその建物は、真新しさと伝統を同時に感じさせる魅惑的なお店であった。


 店にはピンクの可愛らしい華が飾られ、ショーウィンドウには、それに似合うパステルカラーのドレスが並んでいる。


 ……若干気後れするくらいお洒落だ。


「あいつまたショーウィンドウに飾ってるドレスを変えてるよ。あいつ毎月新しいドレスを作ってはああやって飾るんだよな」


「これはもはや男性が入るには気圧されるくらい、お洒落ですね」


「気にすんな。俺も最初はそうだった」


 貴族の時もそうだったけど、なんかこういう場って緊張するんだよな。


 意を決して、店に入るとまず甘い香りがした。優しい花の香りが気持ちを浮ついた気持ちにさせてくる。どうやら店の棚に置かれた香水から流れているようだ。


「おい、タリア帰ったぜ」


「あらあなたおかえりなさい」


 店の奥から出てきたのはヒューイと同じく金髪の女性だった。二十代後半だろうか。若干お腹の膨らんだその女性は、丈は少々長が動きやすそうな白のワンピースを着ている。女性はこちらに気づくと、固まった。


「ヒューイ? その子はどちらのお子さんかしら」


「ん? あっ、お、この子は団長の子だよ」


「団長~? シュナさんは結婚していないはずじゃあ」


「あ~いや実子って意味じゃなくて、その団長が連れまわしてる子っていうかだな。まあ何でもいいじゃないか」


「何でもいい事は無いでしょう。ほんっとうあなたはいつもいつも」


 これはマズい。いつも余裕そうなヒューイが汗をダラダラ流して固まっている。空気がはっきり固まる瞬間を肌で感じた。


「ぼ、ぼくは団長の世話係として雇われました。今日は団長の用事のために、ヒューイさんにお店を案内してもらったのです」


「あらそうなの。それなら早く言いなさいよヒューイ」


「あ、ああ」


 悲しいことに僕はこの一瞬で彼ら夫婦の力関係を把握してしまった。今度ジュースを奢ってあげよう。お金ないけど。


「それで御用は何かしら」


 タリアと呼ばれた女性が僕の目線に合わせて屈んだ。


「シュナさんは、あと六日後に舞踏会出るんですけどそのためにドレスが必要なんです」


「ブトウカイ……舞踏会……舞踏会ですって!? あのシュナさんが!? 武道会の間違いじゃなくて? しかも六日後って、ヒューイなんでもっと早く教えてくれなかったのよ」


「いや急に決まったことだからさ」


「こうしちゃいられないは。どうしましょ」


 急に慌てだすタリアさんを前に僕たち男二人はただ立っていることしかできない。


 こういう時、男というのは基本的に無力だ。だが、本当に無力なまま案山子になっているのは大体まずいことになると、前に経験したことがある。


「な、なにかお手伝いできることはありますか?」


「え? ありがとうね坊や。じゃあシュナさんの好みの色とか嫌いな色とか教えてもらっていいかしら? お世話係ならもしかしたら分かるかしら」


 好きな色? 全く分からない。嫌いな野菜と好きな食べ物と好きなお酒なら知ってる。いや、考えろリオン。


 これまでの暮らしで何かヒントとなるものは無かったか? 記憶力と発想力が持ち味だろリオン。頑張れ。


 そう思った時、僕の脳裏に稲妻が走った。待てよ、ダントンの寮部屋の机に枯れた花束がなかったか。確か色は青。彼は誰にあの花束を渡すつもりだった?


 一人しかいない。シュナだ。


 ということはシュナの好きな色は青。いや果たしてそう言えるのか。ダントンチョイスの花が青色だっただけだぞ。


 当てにしていいのか? いやあいつは重度のシュナさんのストーカー。ここは同じ騎士団の仲間を信じるべきだ。


「多分、青……じゃないですかね」


「青? なかなか難しい色をチョイスするわね。でも彼女にはピッタリかもね」


 タリアがむむむと眉をよせる。言われてみて思ったけど、確かにドレスの色に青は難しい。


 若い女性なら青と言っても水色を好むことが多いが、シュナさんは黒髪に褐色の肌だ。水色より深い青の方が合うかもしれない。


「いや、挑戦するわ。任せなさい。あたしは常に大胆で奇抜で、だけど調和のとれた創造的な美を追求してきたの。やるわ」


 目が燃えている。そこからは完全に彼女の独壇場だった。もはや僕らの出る幕ではない。


「……行こうぜリオン」


「彼女妊婦さんなんでしょ? あんなに働いていいんですか?」


「俺も何回も言ってるんだけどな。まあ医者は多少なら大丈夫だってさ。あいつ自身も赤ちゃんに合うのがよっぽど楽しみなのか、赤子用の服を何着もデザインして作ってる位だし、そこら辺の事は俺より分かっているだろ」


 そういうヒューイは珍しく優し気な表情で彼女を見つめていた。その姿を見て改めて僕もムーンドールだけじゃなくて、この国にも守るべき大事な人たちがいるんだと分かった。


 そうして店を出た瞬間、その連絡は来た。ダントンが真っ青な顔をしてこちらに走って来る。嫌な予感がする。


「おい、ダントンどうした。そんなに顔を青くして二日酔いか?」


「そうじゃねえ。デロスから急報だ」


「まさか団長に何かあったのか」


「馬鹿野郎。団長にもしもの事なんか億が一にも有り得ねえよ」


「じゃあなんだよ」


「銀獣が出たらしい。それだけじゃねえ、黒獣の大軍も引き連れているそうだ」


 銀獣? 黒獣? なんのことだ。でもダントンの顔を見るとただ事でないことが分かる。


「本当かそれ。魔獣の群れなんて聞いたことねえぞ」


「ああ。もしかしたらデロスはもうお終いかも知れない」


「幸い今年の麦の収穫は終わっているだろうが、デロスがやられたら来年は麦の供給が全て途絶えると言っても過言じゃない。何千いや何万と餓死するぞ」


 そんな大規模の魔獣が押し寄せるなんてこと有り得るのか?ムーンドールは結界に守られていただけに、いまいち現実味がない。


「その銀獣とか黒獣ってなんですか」


「黒獣は見た目は黒い狼なんだが、よく見ると顔面が蛸みたいに開いて鋭い舌で相手を刺し殺し、呑みこんじまう化物さ。銀獣はその親玉だ。前に東支部の騎士団が遭遇した時には全滅して、辺境の都市が一つ滅んだらしい」


 あいつだ。僕を闘技場で殺そうとしたあの黒い魔獣だ。そんなのが大軍で? 


 生贄に見世物にされた奴隷たちの血溜まりが、喉を下で貫かれて喘ぐことも出来ず血を噴きだして死んだ男の姿が蘇る。焼けたドリス村やギル爺の遺言が蘇る。


「それにだ。まだ奇妙な報告があった」


「まだあんのか!?」


「その魔獣共は何故か首輪をしていたらしい」


「首輪? それって誰かに付けられたってことか。てことは今回の魔獣は人為的なものか。まさか……ムーンドールの仕業か?」


「可能性はある。魔獣を仕向けてくるなんてあいつらしか考えられねえ!」


 気持ち悪い。吐き気がする。こっちの世界に来て忘れていたあの感覚。ムーンドールのおぞましい闇、そして貴族としての責任。あの押しつぶされるような重圧。


「おいどうした坊主顔色悪いぞ」


 息が荒くなる。トラウマで息が出来ない。だけど僕はもう覚悟を決めている。それと戦い続けるという覚悟を。無理やり動悸を捻じ伏せて、頭を働かせる。


 今、ダントンが言った首輪は間違いなく兄マルコムがドリス村の魔獣を従えるために用いた物。だがだからといって今回の犯人は本当にムーンドールなのか?


 あのドリス村の出来事は元世界でフェルゼーンが滅んで五年以上も後の出来事だ。


 時系列的に考えて、ムーンドールが今それを実戦に用いているとは考えづらい。ではあの首輪は何処から来たのか。僕の脳裏に兄が言っていた言葉が浮かんだ。


『驚いたか? こいつはハレム魔導学院製だ』


 ハレム魔導学院。あの首輪はあそこから持ち込まれたものだ。でも学院が黒幕と考えるのも違和感がある。動機が浮かばない。じゃあ誰だ。いや一人黒い奴がいる。査問会の時に一人だけ魔導学院と関係を持った人物がいたじゃないか。


「ヒューイ。教皇サルヴァンってハレム魔導学院出身なんでしたっけ」


「あ、ああ。それがどうした?」


 怪訝な顔でこちらを見つめてくる彼を無視し、僕はさらに考えを深める。陽教の教皇サルヴァン。あいつしかいない。


 あいつならあの魔導の首輪を用意できてもおかしくない。だが何故だ。何故、自分の国を襲わせる必要がある。


「……王権。そうか」


「あ? なんつった?」


「おい、ヒューイ。俺達も一刻も早くデロスに救援しにいった方が良くねえか!」


「確かに、そうだ。おい、坊主。俺達は今すぐデロスに向かう」


 サルヴァンは王座が欲しい、でもそれには騎士団の派閥が邪魔だ。だから直接こちらの力を削ぎに来た。北の穀倉地帯デロスの壊滅という騎士団最大の不祥事で止めを刺しに来たのだ。


 そこまで考えて違和感が僕の中に浮かんだ。待て、そこまで強硬な手段に出る奴がデロスだけに魔獣を向かわせるか? 


 きっと相手には騎士団長であるシュナさんが出てくることは分かっているはず。万が一彼女に鎮圧されたら逆に相手に功績を渡し、敵に塩を送ることになる。


 それに今は秋だ。ヒューイが言った通り麦の収穫は終わっている時期。もし不祥事にするなら、もう夏に収穫の終わった麦の産地を狙っても被害は少ない。


 より大きな被害をもたらすなら、今から収穫を行う稲作地帯である南部を狙うべきだ。


「つまり北のデロスは囮。ヒューイ、この国最大の稲作地帯はどこですか!」


「そりゃ南東のヘルプストだろ」


「北西のデロスと真逆だ。そこが狙われています。今すぐ行かないと間に合わなくなる」


「おい、なんでヘルプストが狙われるんだよ」


 今すぐシュナさんの助けに向かいたいのかダントンが苛立ちながらこちらを見る。


「良いですかダントン。これは騎士団の権威を失墜させるための罠です。首輪付きの魔獣は明らかに人の手によるもの。そしてデロスは囮で、本命はまだ収穫の終わってないヘルプストです」


「そんな話信じられるか。連絡が来たのは北方からだ。そっちを助ける」


 いきり立つダントンは今にも殴り掛からんばかりに僕に掴みかかる。しかし僕も折れるわけにはいかなかった。


 今度は絶対に助ける。もう魔獣の犠牲に誰もさせない。きっとヘルプストにもドリス村みたいに、ヒューイとタリアみたいに家族のある人がいっぱいいる。絶対に失敗できない。


「いや、ダントン。小僧の言う通りかもしれねえ。今回の黒幕がムーンドールだろうと、騎士団が目障りな者だろうと、デロスを狙うのは合理的じゃねえ。狙うなら相手の弱点だろ。つまりヘルプストだ」


「ヒューイ、お前まで」


「安心しろダントン。デロスなら団長一人で十分だ。あの人がやられるわけねえ。団長は俺らに国を託したんだ。だろ?」


「……分かったよ。おい小僧。俺はヒューイを信じてるんだ。だからな俺もお前を信じる」


 ダントンがまっすぐな瞳で僕を見た。僕は頷いて口を開いた。


「ヘルプストには僕も行きます」


「馬鹿野郎! ガキはお呼びじゃねえ」


 今度はヒューイが激怒し、僕の胸倉を掴み宙に持ち上げた。苦しいけど、それが彼の優しさだとはっきり分かる。でも、僕は行かなきゃいけない。


「フレイ」


「な!?」


「お、おい!」


 僕の背後に十個の火球が現れた。一気に大通りの気温は上昇し、鳥も猫も皆逃げ出す。突然のことに、腰を抜かした人もいる。


「僕は呪術が使えます。もしヘルプストに魔獣が来るなら黒獣だけじゃなくて、銀獣も来るかもしれない。そうなったら戦力は一人でも多い方がいい」


「だが、民間人の子供は巻き込めねえ」


「ヒューイ。こいつはもう騎士団なんだぞ。一人前の漢だ。行くのか行かねえのか決めるのはお前じゃねえ。小僧だ」


 ヒューイに思わぬところから援護が来た。ダントンだ。彼が僕の同行に賛成したのだ。二人はしばらく睨み合いやがてヒューイが折れた。


「分かった、分かったよ。そうと決まったなら今すぐ行くぞ。ヘルプストへ!」

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