第12話 『呪術の恐ろしさ』
僕は両手を臍の前に持っていき、手のひらを向かい合わせにする。体内の血の流れに集中して、思いを巡らせた。
……感じる。濃密な霊気が僕の体を流れている。
シュナが呪術を行使する姿は、僕とは違い静かで力みが一切ない。その姿を思い描きながら、集中して少しずつ少しずつ僕の中の霊気を手の中に集めていく。やがてフレイが打てるまでに霊気が集まった。
手の間にチラリと小さな炎が揺らめいた。だけどさらに僕は少しずつ霊気を注いでいく。火はやがて激しく白熱しだし、フレイヤが打てるまでの霊気が溜まる。
手元が眩しくて集中できない。僕は目を閉じ、全ての感覚を手の中の灯火へと集中する。いける、もっといける。
僕の中の霊気はまだ注がれ切っていない。どこまで行けるんだろう。そう思った時、周囲の霊気までが僕の手の中へと流れ込みだした。
なんで!? 僕は周りの霊気には干渉していないのに、勝手に!?
ちらりと少し恐怖を覚えた刹那、ドアが激しく開いた。そう気づいた時には僕は思いっきり殴り飛ばされていた。視界に火花が散った様な感覚に、遅れて鈍痛が僕の体を弾き飛ばす。
「馬鹿野郎!」
「ぐわっ」
眩暈のする視界で誰だか確認すると、ヒューイだった。いつものどこか軽薄な様子とは違って、額に血管を浮かべて明らかに激怒している。
頭を抑えながら周囲を見渡すと、あれほど輝いていた呪術の火がいつの間にか消えていた。
「死にてえのか!」
「ヒューイさん……一体今何が」
「霊気を一点に集めすぎたんだ。どうやった?」
ここで正直に禁忌を破って自分の霊気を使ったと白状すべきか一瞬悩んだ。しかし直ぐに思い直して正直に話すことにした。
「自分の霊気を手に集めていたら、突然周りの霊気まで集まってきて」
「馬鹿野郎!」
もう一度額をぶん殴られた。今度は突然の出来事じゃなかったので、より痛みが鮮烈に走る。イッタイ。むちゃくちゃ痛い。思わず視界が滲むくらい痛い。
「団長の傍にいながらなんでそんなことも知らねえんだ。自分の霊気は絶対に呪術に使うな」
「どうしてですか?」
「あ? お前、教わってないのか?」
「はい」
「チッ! 何やってんだ団長も。ここまで霊気がある奴に何にも教えないなんて」
流石騎士団の一員だ。普段おちゃらけて飄々とした態度をとっていても、怒るとここまで怖いとわ。
「いいか、今お前は二度死にかけた」
「二度?」
「一つは制御する方法も知らねえのに、身の丈以上の霊気量を集めたこと。そして、二つ目は自分の霊気を呪術に用いたことだ」
前者は何となく分かるけど、後者はよく分からない。なんで自分の霊気を呪術に使っちゃいけないんだ?
「なんで自分の霊気を使ってはいけないのですか?」
「霊気が歪むからだ」
「歪む?」
そう言えばフェルゼーン王も言ってたな呪術は歪みを操作する術だと。呪術は霊気を操作するなら分かるけど、歪みってなんだ?
「呪術がなぜ呪われた術というか知ってるか」
「いえ」
「呪術は霊気の属性を変換する術だ。火の霊気を水の霊気にしたりな。だが俺達人間も魔族も空気中の霊気も、みんな自分本来の属性と流れを持っている。それを無理やり変換して形を変えることは生命の理に反している。自分の霊気を変換すれば、自分の霊気が歪むんだ」
なんとなく見えてきた。きっと呪術と魔法、霊気と魔力は似た物だのだ。
ムーンドールの貴族たちが風や火の魔法など一つしか使えないのは、彼らが生まれながらにして持っている属性のまま、一切それを変換せずに魔法という形で使っているからなのだろう。
つまり、空気中の霊気を変換し土、水、風、火、雷などに変換して使うのが呪術。デメリットとして、本来とは違う姿に変換するから霊気が歪んでしまう。
一方魔法は自身のもともと持っている霊気を一切変換せず、そのまま行使するから歪まない。デメリットは他の属性の呪術を行使できないということなのだろう。
「ちなみに歪むとどうなるのですか?」
「それは分からない。ただ……」
「ただ?」
ヒューイが恐ろしい顔で黙り込んだ。しばらく沈黙の時間が流れた後、おもむろに口を開いた。
「一度だけ団長から聞いたことがある。見えてはいけないモノが見えるようになったり、変な声が聞こえるようになったりするようになるらしい。最後には発狂するか、異形の姿に変貌しちまうんだとさ」
怖すぎないか、それ。でも納得がいった。自分の霊気を用いると歪んでしまう。だから空気中の霊気を用いるのだろう。それなら自分が歪むことはないし、比較的安全だ。
「でも、シュナは風や土の自然系の呪術だけじゃなく、回復の呪術も使っていました。あれは愛の属性なんじゃないのですか?」
人は基本的に一つの属性しか持たないのだとすると、シュナは自然と愛の二つの属性を用いたことになる。それって歪むんじゃないのか?
「それも恐らく空気中の霊気を用いたんだろう。自分の霊気じゃないから歪んでも問題無いは無い。だが、それも危険だ。空気中の多くの霊気は自然の属性。それを愛の属性に変換すれば霊気の歪みが起こる。いくら自分の霊気ではないとはいえ、歪んだ霊気に触れる事自体リスキーだ」
でもあの時シュナは顔色一つ変えずに平然とそれを行なっていた。やっぱり彼女は相当の使い手なのでわ?
「で、小僧どこか身体に異変はないか? いや、今すぐ医療班を呼んだ方がいいか」
「いえ、大丈夫ですよ。そんな大袈裟な」
いや厳密には頭が痛む。ヒューイに二度も殴られたところが。ただこれは僕が悪いので甘んじて受け入れることにする。後で濡らしたタオルで冷やそう。
「そんなはずはない。空気中の霊気だけではあんなに凄まじいことにはならない。相当自分の霊気を使ったはずだ。万が一それが歪んでいるなら、精神に異常をきたしてもおかしくない」
そう言われて改めて自分の身体を確認する。どこにも違和感はない。やっぱりヒューイの思い過ごしなのでわ?
「大丈夫だと思いますけど……」
「本当なんだな?」
「は、はい」
大丈夫だよな。あまりに真剣な表情で見つめてくるものだから、不安になってもう一度確認するけどやっぱり何ともない。
「お前は運がいい。きっと坊主の属性が自然系統の火なんだろう。だから呪術で火を起こしても自分の属性も火だから霊気が歪まなかったんだ。だが、もう二度とやるな。あんな呪術を行使しようとしたら普通は一生廃人だ」
「はい」
納得した様に頷いてため息を吐くヒューイを見ながら、僕は些細な疑問を感じた。
メテルブルク家は火でも風の家系でもない。時空間魔法の家系だ。もし、魔法の家系が霊気の素質と同じ関係なら、僕の属性は自然ではないはず。でも、特に体に異変は無い。
……謎だ。この件はいったん保留にしよう。
「まあ反省してるようだし、今回は不問にしてやるよ。第一こうやって怒るのは俺のガラじゃねえしな。ほら、今夜はお前の歓迎会だ」
「歓迎会?」
「小僧……騎士団に入団したんだろう? ダントンも準備したんだ。下で待ってるから早く来いよ」
ダントンが? 怪訝な顔を僕が浮かべているのを見て、ヒューイが苦笑した。
「あいつは不器用な所があるからな。団長にお供できなくてつい、小僧にぶっきらぼうな態度取っちまったんだろうよ。あいつ査問会で団長を庇ったのをむちゃくちゃ褒めちぎってたよ」
ダントン……そんな風に僕の事思っていてくれたんだ。向こうの世界では冷たい態度を取られることが多かっただけに、つい胸が熱くなる。
「分かりました! すぐ行きます!」
僕はすぐに階段を駆け下りていった。




