表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/115

第39話 『エア』

 青い血で染まった洞窟の中、僕は一人佇んでいた。歪み捻じ曲がる体内の霊気の制御に集中する。気を抜くと人の形すら保てなくなりそうだ。


 小さく息を吐き、精神状態を安定させる……よし、大丈夫だ。


 今すぐマリアを追いかけないと。


 今さっき戦った超越者ナダや、先ほど話しかけてきた女の声、この場所の調査など、検証考察したいことは山ほどあったが、そんなの後回しだ。


 背中に炎翼を展開し一気に飛び立とうとした瞬間、再び女の声が脳内に響いた。


『端末番号30番の観測能力向上を確認。高次元思念体との適合率を演算します……90%。適合可能と判断。第七超越者エアのアイデアを端末番号30番の思考にリプレイスロードします』


 なんだ? さっきからこいつは何を言ってるんだ。第七超越者? 超越者のことか。エアとはいったい―


 その瞬間、脳味噌がねじ切れる様な痛みが僕を襲った。


「ぐああああああああアアアアア!」


 立っていられなくなり、頭を押さえながらのたうち回る。記憶が消えていく感覚。鼻から血が流れる。脳が溶け鼻から流れているのかと錯覚しかけた。激痛のあまり失神しそうになるのを耐え、脳が負った傷をアースレッドの霊気で再生しにいく。


 外部でも内部でもない場所から霊気に乗せて送り続けられている概念を、炎の霊気を壁にして焼き切る。なんだこの霊気は情報が含まれているのか。


 脳内に映し出される見知らぬ光景。彼方の暗黒、星々を駆ける七つの流星、建ち並ぶ箱の様な高層の建造物、空から降臨する光を見上げる人間たち、一つの光が少女の胸に入り込んでいく、少女の目線だろうか燕尾服に似た服を纏う男女に囲まれて何かを話している。


 光景が切り替わる。光の奔流が人を町を建物が飲み込んでいく、次の光景は燃え盛る都市だった。亡者や醜い魔獣が逃げ惑う人々を食い殺していく。空からは鉄の流星が降り注ぎ世界が燃え、黒い雨が降り注ぐ。


「こ、これは」


『端末番号30番への伝送処理が遮断されました。脆弱性診断を実施……脆弱性なし。伝送処理を一時停止します。プロセスが完了する世界線を検索……観測可能な並行世界内にプロセス完了の世界線が存在しないことを確認。人格置換プロセスを繰り下げます』


「ハァ、ハァ……き、聞きなれないフェルゼーン語だが、お前、僕を乗っ取ろうとしていたな。この人知を超えた霊気、お前も超越者だろう。名前はエアというのか。さきほどの光景から察するに超越者は七人いるようだな」


『端末番号30番に一部情報が伝送されていることを確認。当該インシデントのプロセスに対するリスクを統計的に演算します。世界線の観測を開始……観測した99%の世界線で端末番号30番の制御が失われることを確認。フォールバックプランを実施します』


「端末番号30番……僕を含めお前が干渉できる存在が、この世界に少なくとも三十は存在するということか? いずれにしてもさっきの光景や対話もなしに僕を乗っ取ろうとするその行動……人とは根本的に分かり合えなさそうだ」


 さきほど霊気に乗せて思念を送ってきたが、どこから送ってきた。思い返されるのは僕が並行世界に転移させられる直前に見た、あの白い空間と湖面に立つ白い女性の姿。


 あの場所を表現できる言葉が見つからない。フェルゼーン語を借りるなら、亜空間、異空間、別次元それらが適当な言葉だろうか。


「くそっ」


 また僕の時空間属性の霊気に干渉できなくなった。超越者エアに制御され返されたのか。恐らくあの空間に立ち入るには、かなりの量の時空間属性の霊気が必要になる。


『本基底世界線より180秒前の端末番号30番の記憶を、現在の端末番号30番の記憶にリプレイスロードします。処理実行……置換率10%…20%…50%……』


 なんだ。記憶が消えていく。先ほどのように炎の霊気で防ごうとするが、どうしてか防ぐことができない。エアの記憶を送り付けられた時と違い、自分自身の記憶が送り付けられているからかもしれない。自分自身がこの情報を遮断すべき異物として認知できていない。


「……」


 青い血で染まった洞窟の中、僕は一人佇んでいた。歪み捻じ曲がる体内の霊気の制御に集中する。気を抜くと人の形すら保てなくなりそうだ。


 小さく息を吐き、精神状態を安定させる……よし、大丈夫だ。


 今すぐマリアを追いかけないと。


 今さっき戦った超越者ナダや、先ほど話しかけてきた女の声、この場所の調査など、検証考察したいことは山ほどあったが、そんなの後回しだ。


 背中に炎翼を展開し一気に飛び立とうとした瞬間、自分の服についたナダの血がわずかに乾いていることに気づいた。さっきまでもっと濡れていなかったか? こんなに一瞬で乾くなんてこと……いや、今は先を急ごう。


 縦穴を爆速で上昇し、途中で岸壁に張り付けられた転移陣を回収する。これはアスピア本邸に繋がっているのだ。忘れずに回収しないと。くるくると手に陣を丸めた後、再び上昇し、ついに縦穴を脱出した。霊気で周囲を探りながら、眼下の雑木林を見下ろす。


「居た」


 霊気でマリアとナツの霊気を感知し、その場へ急降下する。そこにはへたり込んだマリアと彼女の膝で眠るナツが居た。


 とてつもない安堵感で腰が抜けそうになる。


「マ、マリ」


 言葉に詰まって声が出ないから、彼女を抱きしめた。


「おかえりなさい。リオン様」


「うん」


 ずっとこうしていたい気持ちを無理やり切り替え、周囲を霊気で探る。現時点で最も警戒すべき、ヨギル家筆頭執事であるライマール・ド・ヨギルは周囲には居ないようだ。マリアへ向かい直り、状況を確認する。


「ライマールは?」


「ナツくんが倒してくれました。さっきまで起きていたのですけど」


「ナツが?」


「本人は負けたと思っていたみたいですけどね。私がナツくんが倒したといっても首をかしげていました。でにばっちり倒してくれました。凄かったんですよ! ナツくんの雷と風がぶつかりあって、どかーんって感じでした」


 そうか。ナツが……確かに周囲はすごい有様だ。木々が吹き飛んでいる。ライマールの死体が残っていないのも仕方がないか。


 仮にマリアに対して死を偽装して奴が逃げたのだとしても、ナダが倒された以上あいつにできることはないだろう。もう人質を取っても僕を殺す手段がない。一応、警戒はする必要はあるが……


「それよりリオン様! はやく式場に戻らないと」


「そうだね」


 懐中時計を胸元から取り出す。マリアの誘拐が発生したのが式の受付時間中だったが、今は結婚式の予定開始時刻より半刻過ぎている。これ以上の遅れは流石にまずい。


 僕は二人を抱えてアスピア邸に飛んだ。移動する際中、帝都の水路で前方に翼をはやした鳥人とトロルが戦っている様子が見えた。目元を隠す面をつけたあの鳥人はライマールの仲間だろう。それに焦点を合わせる。


「堕ちろ」


 鳥人を水路に叩き落とすと激しい水しぶきが舞った。水面とは言えあの高さから落とされればかなりの衝撃だろう。やがて水中からぷかぷかと鳥人が浮かんできた。気絶したようだ。


「オーグ。後は任せる。捉えておいて」


「リオン様。ワガッタ」


 僕はその場を後にし邸宅へ向かった。すぐにたどり着いたが、全身血まみれなので屋敷の裏口から入る。裏口から入るとアイリーンが待機していた。


「リオン様。よくご無事に戻られました。アスピア邸内の暗殺者は二名です。どちらも取り押さえました。被害はアスピア領への転移陣を破壊されたことのみです。その下手人はギムリさんとルルさんが取り押さえ、会場に潜んでいた暗殺者はシェリル様とナナさんが招待客にばれないように秘密裏に連行しました」


「対応ありがとう。ライマールもナツが始末してくれた。死体は見つからなかったが、恐らくもう大丈夫と思う」


「承知しました。ではすぐに式を始めましょう。これ以上の遅延は招待客に疑念を持たれます」


 僕がうなずくとマリアが僕に向けて口を開いた。


「それはすぐに湯浴みをしましょう。その間に燕尾服の用意をしておきますね」


 そういって彼女がいそいそと衣裳部屋に向かうと、侍女たちが急いで僕の外套を預かりながら部屋に案内しようとする。それを少しだけ待ってもらい、僕はギムリを呼びつけた。


「リオン殿! ご無事で何よりですぞ。しかし、いかがしますか。転移陣が破壊されてしまいましたが……」


「大丈夫。これがアスピア邸の一室に繋がっているから。後は頼んでもいいかい?」


「おお! 良かったです。ではしかと承りましたぞ」


 僕はさきほどの縦穴の壁で回収した転移陣をギムリに預け、浴室に向かった。


 そこからは怒涛の勢いで支度を整えると、僕は花嫁の待つ部屋の前に立った。侍女が恭しく扉を開けると、奥に真っ白なウエディングドレスを身に纏ったシェリルが背を向けて立っていた。


「お待たせ」


「遅いぞ」


 そういって振り返った彼女はとても美しかった。澄み渡った空を思わせる水色の髪、一目見るだけで相手の心をつかんで離さない金色の瞳が涙に潤んでいた。


「綺麗だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ